97 巡る幸せ
私は精霊さんと手を繋いで、女神様たちの部屋から出てきた。
白い光の中で、繋いでいた手の温かな感覚がすっと消えていく。かつてお母さんとお別れした時のような寂しさと喪失感はもちろんあったけれど、精霊さんたちと紡いできたたくさんの楽しい思い出がそれを優しく上回っていたから、前ほど悲しくも寂しくもなかった。
「アリ……アリスさん!!」
どこか切羽詰まったレオンくんの声が聞こえてくる。
目を開くと、目の前ではレオンくんが私の肩をしっかりと掴み、心配そうな顔で見つめていた。
「あ……レオンくん」
「……セリーナ?」
私がレオンくんと恋人として付き合い始めてから、彼のことを「レオンくん」と呼ぶようになっていた。だから彼は、私がもう精霊さんではなく、セリーナ本人に戻っているのだとすぐに察してくれた。
「はい、私です。……サクラリアは?」
私の胸元から、サクラリアが元気よく飛び出してきた。
『わたくしはここにいますわよ!』
「本当に消えてしまわなくて……よかった……っ」
私は思わず、サクラリアをそっと掌で抱きしめた。そして、ようやく周りの景色に目を配る。
「ここ……は?」
よく見回してみると、ここはかつてノルン様の神殿があったはずの静かな草原だった。レオンくんが、私たちが神殿の奥へ足を踏み入れた後の様子を教えてくれる。
「セリーナ……? 急にピタリと立ち止まって固まったから驚いたぞ。名前を呼んだらすぐに返事はしてくれたけれど……アリスさんは用事で、一旦精霊界に戻ったのか?」
あ、そうだった! 私たちはノルン様たちの部屋で、確か半日ほどお茶会やアニメを楽しんでいたのだ。あの部屋は時間が止まっていると説明されたけれど……。
私はすぐにメニューを開き、システム上の現在時間を確認した。
「午前の、11時……」
時間が本当に進んでいない。それどころか、強く念じるだけで、私の視界には精霊さんが来てくれた時から見慣れていたミニマップや、私とサクラリアがよく会話で使っていたチャット欄が浮かび上がってきた。
『真実の目』の効果により、レオンくんの頭上には彼のHPゲージとレベルまで見えている。
(私……本当に精霊さんがいなくても、メニューの力が使えるんだ……! ここにある一番左の下のボタンが、いつも精霊さんたちが精霊界に戻る時に押していた『ログアウト』がいるはず)
当然ながら、そんなボタンはどこにも存在しなかった。分かっている。私はこの世界に生きる人間なのだから。
続いてメニューの制作ページを開いて確認してみると、私が作れるものは最高レアリティは『SR』に制限されていた。精霊さんが言っていた最高ランクの『UR』装備は、どれも制作不可になっている。システム上の制限といえば、ほぼこれくらいのものだった。
理由はよく分かっている。強力すぎるUR装備はこの世界には強すぎるから……待ってください! 精霊さんがいつも大切に着ていた『星月ドレス』は……!?
大慌てでストレージを確認すると、そこには星月ドレスの画像、集めた貴重な素材たちもそのまま残されていた。……本当に良かった。
そして、女神様から託された『卵』も、ストレージの中に納まっているのを確認した。
するとその時、画面のチャット欄にサクラリアからのメッセージが届いた。
サクラリア:セリーナ、わたくしたちは女神様の部屋で半日も過ごしましたわよね
サクラリア:女神様の部屋で起きたことは、誰にも話してはいけないお約束ですわ
サクラリア:だからこそ、ここで会話をするのです!
サクラリア:頭で念じるだけでここで会話ができるなんて、本当に便利ですわね!
セリーナ:はい、
セリーナ:あ、本当に念じるだけでここで会話できました!
サクラリア:精霊様たちと違って、
サクラリア:強く念じれば、ミニマップもチャット欄も非表示にできますわよ!
そうなの!? 私は試しに「消えて」と心の中で念じてみた。すると視界にあったミニマップもチャット欄も、レオンくんの頭上に浮かんでいたレベル表示すらも綺麗に消えてなくなった!
セリーナ:本当ですね!
セリーナ:では、早速卵を時の神殿に置いて、森の小屋に戻りましょうか
サクラリア:わかりましたわ!
「セリーナ……? 大丈夫……?」
ずっと黙り込んだまま、空中を指でチョンチョンと動かしていた私を心配して、レオンくんが覗き込んできた。
「はい、大丈夫です! 実は先ほど、すでに神殿に入り、お祈りは無事に終わったのです。精霊さんたちはもう、精霊界へと戻られました」
「え……? ここ、何もないぞ……? あ! そういうことか、だから急にアリスさんからセリーナに戻ったんだな」
レオンくんは優しく私を抱きしめてくれた。彼はきっと、私が精霊さんたちとお別れして傷ついているのではないかと心配してくれていたのだ。だから私もそっと彼の背中に腕を回し、優しく抱き返しながら答えた。
「ありがとう、レオンくん。心配しないで。私たちは、笑顔でお別れをしてきたのですから」
「そっか……良かったな、セリーナ」
その瞬間、私の視界の前に通知ウィンドウが現れた。
【レオンが仲間に加入しました。】
【これはエリシア様からのご褒美です。 リーンベルより】
「おお~~っ!?」
急に変な声を上げてしまった私に驚き、レオンくんが慌てて私から離れた。
「えっ!? き、急にどうした……!? どこか痛かった……!?」
「いいえ、違うのです……!」
以前、精霊さんが言っていた。精霊さんたちが聖杖と聖衣をシルヴィアさんに渡した時、彼女が正式に仲間として加入し、パーティーを組めるようになったのだと。
私は早速慣れた手つきでメニューを操作し、レオンくんとパーティを結成した。
「おおお~~~っ!!」
『おおお~~~~っ!!』
私とサクラリアは声を揃えて大歓声を上げた。
「え……? ええっ……!? な、なんだ……!?」
レオンくんだけが相変わらず、何が起きているのか分からず呆然と立ち尽くしている。
私は彼に嬉しく説明した。レオンくんとパーティーを組めたことで、これからは私のメニューの力で一緒に転移ができるようになったのだと。
当然、最初のうちは彼も何を言われているのか理解できていなかったけれど、私たちがナイジェリアの森にある『時の神殿』の最寄り転送ポイントへ一瞬で転移した瞬間、目が飛び出んばかりに驚いていた。ふふっ、可愛いな。
そして、私たちはそのままクエストの指示に従って時の神殿へ向かうと、入り口の小さな『隙間』を発見した。時の神殿の内部へ入り、指定された台座の上へあの不気味な『卵』をそっと安置した。
神殿から外へ出ると、本当に女神様が言っていた通り、神殿の入り口だった隙間はただの巨大な岩へと変化していた。押し触ってみても、ただの硬い岩肌の感触しかない。きっと私であっても、二度とあの神殿の中に入ることはできないのだろう。
視界の左上を確認すると、クエストクリアの文字が輝いていた。私たちはそのまま、転送を使って一気に『翠夢の森』の我が家へと戻った。
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『卵』のクエストをクリアして森の小屋へ戻った頃には、すっかり昼下がりになっていた。
転移で小屋に戻ると、真っ先に私たちを迎えてくれたのは女王様だった。無事に帰ってきたサクラリアの姿を見て心底安心したようで、約束通り冷蔵庫から冷えたチョコレートケーキを取り出し、みんなで食卓を囲んでこれまでの出来事を報告し合った。
当然私たちは、神様の部屋で起きた出来事は固く秘密にし、ただ女神様の神殿へ足を踏み入れて綺麗な長い回廊を歩いたこと、精霊さんの本当のお名前のこと、そしてあの息を呑むほど美しい女神様の石像に祈りを捧げ、そこで精霊さんたちとお別れをしたのだとだけ説明した。
最後には、女神様から時々クエストが届くため、私はメニューの力をそのまま引き継いだのだと話し終えると、レオンくんも「その時は俺も絶対に手伝うよ!」と力強く言ってくれた。本当に心強いな。
報告が一通り終わると、サクラリアが女王様に向き直った。何か自分に伝えたいことがあるのではないかと、察していたようだ。
女王様はいつもの威厳ある表情で頷いた。
『あるとも。サクラリアよ、そなたには妾の後継として、翠夢の森の妖精の国を維持する責務がある。妾には他にやらねばならぬ仕事があるゆえな』
そう言って、女王様はサクラリアへ『次期女王修行』を言い渡した。
以前は、精霊さんたちとお別れした後にサクラリアまで消えてしまうのではないかと危惧していたからこそ、彼女に余計なことを考えさせないよう、女王様はあえて黙っていたのだろう。サクラリアが消えずにこうしてここにいてくれるということは、彼女が次の女王として立派に育たなければならないということだ
けれど、当のサクラリアは意外なほどやる気に満ち溢れていた。サクラリアが立派な女王様になる日は、きっとそう遠くないはずだ。
ケーキを美味しくいただき、お話しも一段落した頃、女王様は妖精メイドに命じて、綺麗に装飾された小さいな長方形の木箱を運ばせてきた。
「綺麗な箱……。女王様、これは……?」
『それは昨晩の深夜、精霊殿が妾に預けていったものじゃ。セリーナへ渡してほしいとな』
「私に……?」
『そうじゃ。精霊殿たちが去った後、もし“メニュー”という力が消え去ってしまった場合、この箱も一緒に消えてしまい、そなたに知られぬまま無かったことにするつもりだったらしい。……だが幸いにも、力は残ったゆえな』
「そう……だったのですね。ですが、この箱の中には何が入っているのでしょうか……?」
『そなたに渡すものゆえ、妾も中身までは知らん。精霊殿たちは元々、そなたとレオンが結婚する直前に渡すつもりだったようじゃが……生憎と妾はこの中に何が入っているのか気になって仕方がないでの。今渡すことにした』
「け、結婚……!? ま、まだ早いです……っ!」
『あら、人間の結婚などそなたの年齢でするものであろう? いいから、早くそれを見せておくれ』
「は、はい……!」
女王様から手渡された、掌に乗るほどの大きさの長方形の木箱。木箱の蓋を優しく開けると、中から繊細でどこか懐かしい、美しい音色がこぼれ出してきた。
「なんて綺麗な音……。これ、曲……?」
その優しい旋律を耳にして、サクラリアが叫んだ。
『箱から綺麗な音楽が聞こえてきますわ、セリーナ! 真実の目で確認してみてくださいませ!』
「あ、そうですね!」
私は『真実の目』を使って、その木箱を見ました。
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【 R 追憶のオルゴール 】
家具効果:幸運のステータス+20
(効果時間:12時間)
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「この曲を聴いた後、少しだけ運が良くなるみたいですよ、サクラリア!」
『本当ですわ! 精霊様たちは本当に過保護でいらっしゃいますわね!』
女王様が私の肩に飛び乗り、箱の中身を覗き込みながら呟いた。
『ほう……なるほどな。だからセリーナが結婚する直前に渡したかったのか……』
オルゴールの箱の中には、一枚の紙が畳んで置かれていた。
「手紙……?」
それを開いてみると、文章ではなく——
”セリーナ”、”サクラリア”、”元気?”、”結婚”、”おめでとう”
単語しか書かれていなかった。
私は深呼吸し、込み上げてくる涙を必死に我慢した。隣にいるサクラリアは手紙を見ておらず、さっきからずっとオルゴールの音楽に乗せて、妖精メイドと一緒に周りで楽しそうに踊っていた。
そして、その紙が敷かれていた下には、大切そうに並べられた『贈り物』があった。
全く同じデザインの綺麗な指輪が2つ。そして、妖精サイズの小さなティアラが1つ。
あの小さなティアラは、明らかに精霊さんたちからサクラリアへのプレゼントでしょう。
「サクラリア」
『はい? なにかしら?』
ダンスを止め、サクラリアが私の隣へと飛んできた。
「これはね、精霊さんたちからあなたへのプレゼントですよ」
『まあ……! なんてお綺麗ですの……!』
サクラリアは迷うことなく、その小さなティアラを自分の頭へちょこんと載せた。そして女王様の隣へ飛んでいき、胸を張る。
『ふふん! お母様とお揃いですわ〜!』
『そうじゃな。サクラリアもそれに見合う気品を身につけねばならんぞ』
『え〜〜!? もしかしてわたくし、王女らしくありませんの〜〜!?』
『はぁ……』
女王様は頭を抱え、無言で冷えたプリンを口へ運び始めた。
そして……箱の中に残された、2つの指輪。
派手な金色ではなく、美しく輝く白金の細いアーム。その中央には、極小のダイヤモンドが埋め込まれていた。リングの内側を覗き込んでみると——そこには『永遠の誓い』と小さな文字で刻まれていた。
ペアリングの意味なんて、バカな私にだって分かってしまう。
『真実の目』でその名前を確かめると——
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【 SR 誓約のツインリング 】
装備効果:
ーNPCとの好感度によって、全ステータス増加(最大15%)
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ずっと隣で黙っていたレオンくんが、そのペアリングを目にした瞬間、顔を真っ赤にして反応した。
「あ……いや! セリーナが嫌じゃないなら……! 俺は別に……っ!」
私はその時、なぜだか言いたいことがたくさんあるはずなのに言葉にならず、ただ真っ赤な顔でレオンくんをじっと見つめ続けてしまった。結婚のことを考えていなかったわけじゃない。私の年齢になれば、周りのたくさんの人が結婚しているのだから。けれど急すぎる展開に、どう反応していいのか分からなくなってしまったのだ。
そんな私を見て、レオンくんは大きく深呼吸をした。
そして私の目の前にすっと膝をつき、私の手を優しく取り、顔を林檎のように真っ赤に染めながら叫んだ。
「せ、セリーナ! お、俺は君のことがす、好きだ! 一生かけて君を幸せにする! だから、俺とけけけけ……っ!」
サクラリアも、女王様も、周りにいたメイドさんたちも、まるで劇場で感動の演劇でも観ているかのような真剣な眼差しで、レオンくんの一挙一動をガン見していた。
「けけけけ……俺と、結婚してください!!」
『おおおおっ!!』という妖精たちの歓喜の叫びと拍手の中で、私も真っ赤な顔で、彼に答えた。
「……はい! 喜んで……っ!」
レオンくんは勢いよく立ち上がり、私たちは周りの妖精たちの視線も忘れて、深く長いキスを交わした。
……長いキスの後、ハッと我に返ると、女王様が真っ先に声を上げていた。
『おめでとう、セリーナ。レオン……セリーナは妾の大切な友人だ。泣かせるような真似は絶対に許さんぞ』
「もちろんです、女王様……!!」
『式はどうするつもりじゃ?』
「は、はい! 今はセリーナのお姉さんである聖女様が聖王国へご出発されたので、彼女が王都の大聖堂へお戻りになられた後、ゆっくりと準備を進めて式を挙げる予定です!」
『聖女の祝福か。よかろう』
どうやら精霊さんの指輪のせいで、レオンくんに無理やりプロポーズさせてしまったみたいだ。
「ご……ごめんなさい……っ」
「いや! 謝らないでくれ、セリーナ!」
彼は視線をそらし、真っ赤な顔のまま照れくさそうに続けた。
「本当はアリスさんに教えてもらった通り、君の18歳の誕生日にカッコいい服を着て、良いレストランで一緒にご飯を食べて、指輪を花束の上に置いてプロポーズするつもりだったんだが……」
「精霊さんが……?」
「ええ、まあ……」
「あの……私の18歳の誕生日って……今日ですよ?」
「………………えーーーーーーーーっ!!? なんで俺たちに教えてくれなかったんだ!?」
「だって、精霊さんたちの『ユウキュウ』は今日まででしたし、昨日もみんなで盛大に打ち上げをしましたから……誕生日くらいで、わざわざお祝いしてもらう必要もないかなって……あははっ……」
すると女王様とサクラリアが両側から飛んできて、私の両頬をギューッと引っ張った!!
『セリーナ! そういうことは真っ先に言いなさい! 精霊様たちと一緒に祝ってから、明日神殿に行っても遅くはなかったはずですわ〜〜!』
『セリーナよ、今回ばかりは我が娘の言う通りじゃぞ!』
「ほ、ほへなふぁい(ごめんなさい)……っ!」
その後、女王様は本当に『女王様』らしく、周りの妖精たちにテキパキと命じた。
『レオンよ、セリーナは今日カフェを営業するつもりだったのか?』
「はい!」
『今すぐ休業の看板を出してまいれ!』
「かしこまりました!」
レオンくんはダッシュでカフェの表へ向かい、『本日休業』の看板を掲げた。
「えっ……? でも、もう一週間もお休みをいただいたのに……」
『黙りなさい! セリーナ、今日は宴じゃ! これより妾と共に妖精の国へ向かうぞ。よいな!』
「は、はい……っ!!」
その後、私はレオンくんとしっかりと手を繋ぎ、妖精の国へと向かった。そこで妖精たちに囲まれながら、夜遅くまで賑やかにワイワイと遊び明かした。
18歳の誕生日。
精霊さんたちと女神様の部屋で遊び、その後は妖精の国でみんなとお祝いをした。
女神様の部屋で止まっていた時間を含めれば、この誕生日はまるで2日分の時間を丸ごとプレゼントしてもらったみたいだ。
そして、精霊さんたちが残してくれた最高のプレゼント。
レオンくんからの、不器用で温かいプロポーズ……。
お母さん、お父さん……。私、今はとっても、とっても幸せです! これからもずっと、幸せに生きていきます!
どうか、新しく生まれ変わったあなたたちも、ずっとずっと幸せでありますように。




