93 打ち上げ
シルヴィアからの「すでに王都へ到着しました、明日は時間が取れます」という手紙が届いた。
ということは、打ち上げは明日行うということだ。そして予定では、打ち上げの翌日に最後のクエスト『ノルンの神殿で祈る』を進行することになっている。
「……」
『……』
セリーナ:……精霊さんたち! 早くタピオカの作り方を教えてくださいよ!
サクラリア:……そ、そうですわ! わたくしもタピオカ様の名前が一体どんな飲み物なのか知りたいのです!
少し無理をしているような感じも受け取れたが、どうやらセリーナたちは本当の意味で、悠希たちとの残された時間とお別れを受け入れたらしい。
その姿を見て、悠希とタピオカの胸にも温かいものが込み上げていた。
(……どうやら自分たちがいなくなっても、女王様とレオンが側にいてくれれば、明後日の別れの日、二人はもう大丈夫だろう。残りの時間も、目一杯楽しい思い出を作らないとな)
「分かりました。作り方は意外と簡単ですよ」
『そうそう……いいかい、セリーナ、サクラリア、それと女王様も、絶対飲みすぎないようにね。太るわよ?』
こうして、悠希は一時的にログアウトしてリアルでタピオカのあの黒いの団子の作り方をリサーチし、タピオカはセリーナと共にゲーム内で手に入る材料を用意し始めた。
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そして、翌日。今日は打ち上げ当日だ。
いつものお嬢様魔法使い装備に身を包んだセリーナに憑依した悠希と、サクラリアに憑依したタピオカは、朝一番でバールヴィレッジへと転送した。
最近、貴族からのドレスの注文が増えて忙しくしていたセリーナのおばあちゃん——クラリス夫人を街外に隠した臨時拠点経由で小屋へと連れ出し、さらにはほぼ家族公認の恋人であるレオンも同行させ、王都郊外に隠した臨時拠点の扉から外へと出てきた。
聖女であるシルヴィアとマティルダ大司教のようなお偉方が、おいそれと動けるはずもない。そのため、打ち上げの場所は当然ながら王都の大聖堂となる。
マティルダの手配によって特別に用意された一室で、シルヴィアが王城への報告を終えるのを全員で待つことになった。
その間、マティルダは悠希たちと最後のクエストについて話し合いをした。
(もっとも、創造神ノルン様の名を直接出すわけにはいかないからな……)
悠希は上手く言葉を選びながら、「とある神殿へ行き、女神エリシア様にセリーナを幸せにする任務の完了報告を行うだけ」だと説明した。そして、このクエストを達成した瞬間、おそらく自分たちはもうこの世界に戻れなくなるという事実を伝えた。
その時、外から賑やかな歓声が聞こえてきた。どうやら聖女シルヴィアが王城での報告を終え、大聖堂へと帰還したようだ。
しばらく待つと、クールな聖女姿のシルヴィアが着替える間もなく、聖衣のまま部屋へと入ってきた。
「私はしばらくここで休みます。マティルダ様と邪竜封印についての協議がありますので、皆さんも休んでいて構いませんよ。お疲れ様でした」
「「はっ!」」
護衛の聖騎士たちを退出させ、重厚な扉が閉じられた瞬間——彼女が被っていた「猫」は一瞬で投げ捨てられた。シルヴィアはだらしなくソファへと倒れ込む。
「やっと帰ってきた〜〜〜っ!」
「だらしないわよ、シルヴィア」
「マティルダ様、許して……! ほぼ一ヶ月間も理想の聖女を演じ続けるのは本当に疲れるのよ……っ」
「はぁ……精霊殿たちが見ていますよ」
「はっ!?」と反応し、慌てて周囲を見回すシルヴィア。
悠希とタピオカは、彼女の元々の庶民的な一面を知っているため、笑顔のまま小さく手を振った。シルヴィアも「あはは……」と気まずそうに手を振り返す。
しかし、その横に視線をやった瞬間——シルヴィアの動きがフリーズした。
まさか悠希たち以外にも、この打ち上げに参加している人物がいたとは!
悠希たちの隣には、「何も見ていません」と言わんばかりに窓の外の景色を必死に眺めているレオンと、すっと静かに目を閉じているクラリス夫人の姿があった。
顔を真っ赤にしたシルヴィアは、ゆっくりとソファから立ち上がった。そして何事もなかったかのように完璧な「猫」を被り直すと、洗練された聖女の雰囲気を纏ってゴホンと咳払いをした。
「コ、コホン……失礼いたしました。クラリス夫人、レオンさん……」
レオンは「何も聞こえませんでした!」と首を振り、クラリス夫人も「何かありましたでしょうか?」と、大人の対応でその場をやり過ごしてくれた。
そんなシルヴィアはマティルダへと忍び寄り、蚊の鳴くような小声で詰問した。
「(マティルダ様! 精霊様たち以外にこの打ち上げに参加する人がいるなんて聞いていませんわよ!?)」
「(二人ともセリーナの家族なのですから、参加するのは当然でしょう)」
「(夫人は理解できますけど、どうしてレオンさんがいるのですか!?)」
「(レオンさんはセリーナと交際を始めたのですよ。そのため、精霊様たちのこともすでに知っているのです)」
「(なんですって!? セリーナがレオンさんと付き合った!? 私、何も聞いていませんわよ!?)」
「(あのパーティーの後、あなたはずっとお忙しかったですからね……)」
「(くっ……!)」
セリーナとレオンの交際を知ったシルヴィアは、目が全く笑っていない完璧な笑顔を浮かべたまま、レオンの前へと歩み寄った。
「レオンさん」
「は、はい……! 何でしょうか、聖女様……」
なぜだろうか。レオンは背中に嫌な汗をかきながら、精一杯のマナーを絞り出して聖女に応じた。
「セリーナはもう、私の妹も同然の存在です。……もし彼女を泣かせるようなことがあれば……分かっていますね?」
「ご、ご安心ください……! 俺……私めは一生を賭けて、セリーナを幸せにします!」
「良い覚悟ですね」
圧をかけ終えたシルヴィアは、すぐに悠希たちの前へとやってきた。
「今お話しされているのは、精霊様ですね?」
「はい。セリーナも聞いていますので、ワタシが代弁しますね」
シルヴィアは悠希の肩をギュッと掴み、チャット欄の向こうにいるセリーナへ語りかけた。
「セリーナ……何かあったら何でもお姉ちゃんに言っていいですからね! 私はずっとあなたの味方ですから! そうだわ、結婚式はここで挙げましょう! 私があなたたちを全力で祝福しますからね!」
「あの……シルヴィアさん。セリーナが『結婚はまだ早い』と言って恥ずかしがっていますよ」
「〜〜〜っ!」
シルヴィアは結婚式のこと以上に、セリーナが「シルヴィアさんはお姉ちゃんじゃない」と否定してこなかったことに激しく感動し、思い切りセリーナの身体に憑依した悠希を抱きしめた。
「……し、シルヴィアさん……!?」
「セリーナ〜〜〜っ! お姉ちゃん、お休みが取れたら絶対にカフェに行くからね〜〜っ!」
被っていた猫を完全に放棄し、どこかへ投げ捨ててしまったシルヴィア。隣にいるマティルダ大司教は、それを見ても止めようとはしなかった。
彼女が聖女になって以来、理想の聖女を演じ続けるためにずっと感情を殺して努力してきたことを誰よりも知っているからだ。だからこそ、せめて本当の自分を知る人々の前では自由にさせてあげたい——そう思い、感情を爆発させるシルヴィアを優しく見守っていた。
マティルダは暴走するシルヴィアを放置し、同年代であるクラリス夫人へと声をかけた。
「クラリス夫人、あのパーティー以来でございますね」
「マティルダ様、お久しぶりでございます」
「いいのですよ、ここでは気兼ねなく普通にお話ししてくださいな。あのパーティーの後、お店に何かご迷惑はかかりませんでしたか?」
「いえいえ、滅相もございません! おかげさまで『リリアナローズ』の名は一気に広まりまして……今度は王妃様のドレスをお仕立てすることになったのですよ」
「まあ、そうなのですか! それは本当に良かったですね。では、迷宮都市の支店のお話は順調ですか?」
「ええ、マティルダ様が良い場所を手配してくださったおかげで、まもなく建設が始まりますの」
「ふふ、それならもうすぐお孫さんと一緒に暮らせますね。おめでとうございます」
「それもこれも、全てマティルダ様のおかげでございます」
「では今度、修道服を注文する時は少し勉強してくださいね?」
「もちろんでございますわ。そういえば……今の王妃様はどのようなお花がお好きなのでしょうね?」
「あ〜、確かにそれは気になりますね……」
一方、シルヴィアに思い切り抱きつかれていた悠希は、ストレージから用意してきた最高級の料理と新作のお菓子を取り出し、打ち上げを本格的に開始した。
新作の飲み物である「タピオカ」を口にしたシルヴィアは、それを大絶賛。あまりの美味しさに3杯目に突入しようとした瞬間、サクラリアの中にいるタピオカから容赦ない忠告が飛んだ。
『太るわよ』
その一言を聞き、シルヴィアは苦渋の決断で3杯目をテーブルに戻した。
その後、シルヴィアはまるで酔っ払いのようにゼノヴィウスの愚痴や、聖女になってからの苦労話をぶちまけ始めた。
それも無理はない。大聖堂で昔からの自分を知る者たち相手であっても、今の立場では昔のように軽々しく話すことができなくなっていたのだから。
宴の後半、悠希とタピオカはセリーナとサクラリア自身にも打ち上げを楽しんでもらうため、一時的にログアウトして身体を返した。
表に戻ったセリーナは案の定、シルヴィアに捕まり、レオンも巻き込まれる形で二人の馴れ初めを根ほり葉ほり聞かれることとなった。照れる二人は濁して答えようとしたが、サクラリアが親切心から詳しく経緯を補完してしまい、部屋は大きな笑いに包まれた。
こうして賑やかな打ち上げは終わり、シルヴィアからの強い希望もあって、全員で今夜は大聖堂に一泊することになった。
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その夜。セリーナとサクラリアはシルヴィアの部屋に招待され、思い出話に花を咲かせていた。
途中でリアルの夕飯を済ませて再ログインした悠希とタピオカも加わり、話題は悠希たちの世界や、シルヴィアたちが思う「精霊界」の話へと移っていった。
「精霊様たちの世界は、私たちの世界とはかなり雰囲気が違うのですね……。あ! そうだわ! 今日、陛下に謁見した時に急に『アリスを召喚して、直接お礼を言いたい』と言われて……あの時は本当に焦りました」
悠希はそれを聞き、すぐにシルヴィアへ返事をした。
「あ、それは大丈夫でしたか?」
「ええ。『アリス様を召喚するには女神様の許可が必要なのです』とお伝えして何とか納得していただきました」
「そうでしたか。もし本当にアリスとして姿を見せなければならない場面になりましたら、セリーナに話してください。お礼を受けるだけでしたら、おそらく大丈夫だと思います。……セリーナ、その時はよろしくお願いしますね」
しかし、チャット欄には何の返事も戻ってこなかった。
システムメニューで時間を確認してみると、すでに夜の11時を回っている。セリーナとサクラリアは、喋っているうちにいつの間にか寝落ちしてしまったようだ。
シルヴィアのベッドの端に腰掛けていた悠希は、思わず穏やかな笑みをこぼした。
「セリーナたち、無事に眠れて本当に良かったですね」
同じくベッドに座っていたタピオカも、柔らかい声で応じた。
『そうですね。私たちとお別れしたくないから、あの二人は今日は絶対徹夜するつもりだと思っていましたけど……。流石に今日は久しぶりにシルヴィアさんと話せたのが楽しすぎて、自然と眠っちゃったみたいですね』
シルヴィアも二人を見つめながら微笑む。
「ふふ、そうですね。私の方こそ、久しぶりに羽を伸ばして騒げて……本当に良い気分転換になりました。セリーナとサクラリアには心から感謝しています。これで明日からも、また理想の聖女を頑張って演じられそうです」
その言葉を聞き、悠希の胸に申し訳なさが込み上げた。
「ごめんなさい……聖女という重い責任をあなたに……」
ベッドの上に座るシルヴィアは、すっと手を伸ばして悠希の言葉を遮った。
「いいえ。私は精霊様たちに、心から感謝しているのです。……あの夜、裁きの塔の前で私を救い出してくださって、本当にありがとうございました。何度お礼を言っても足りないくらい感謝しています」
シルヴィアの瞳に、まっすぐな光が宿る。
「精霊様が『聖女を仕事だと思って、自分の中の理想の聖女を演じればいい』と言ってくださった言葉……私、今でも大切に覚えています」
「タピオカ様も、理想の聖女についてたくさんアドバイスをくださいましたね。あの小屋でみんなと過ごした日々は、私の人生の中で一番楽しかったです。……私は、聖女になったことを後悔していません。忙しい毎日ですけれど、とても充実していますから」
言葉を区切り、シルヴィアは精一杯の笑顔を作った。
「だからこそ……私だって、お二方とお別れなんてしたくありません……っ」
溢れ出そうになる涙を必死に堪えるシルヴィア。
悠希は無言のまま、そっと彼女の頭を優しく撫でた。するとシルヴィアは我慢の限界を迎えたように、悠希の腰へとしがみつき、顔をうずめた。
タピオカもまた、無言で優しくシルヴィアの頭に手を置いた。
静かな部屋の中、シルヴィアが黙って悠希の腰を抱きしめる時間が一分ほど続いた。
やがて、彼女はいつもの力強いシルヴィアへと戻り、すっと手を離した。そして照れ隠しのように元気よく声を張り上げた。
「よし〜〜っ! 魔力充填完了です! 明日からはまた聖王国に向かうのですね……長い道のりになりそうです!」
その威勢の良い言葉に対し、悠希は少し肩の力を抜いて冗談めかして言った。
「そうですね。……焼き鳥丼でも食べて元気を出しますか?」
“焼き鳥丼”というワードを聞いた瞬間、シルヴィアの顔が一気に青ざめた。
「い、いいえっ! 遠慮しておきます……っ!」
タピオカもすぐにその冗談に便乗する。
『ただいまキャンペーン実施中! 焼き鳥丼ご注文いただくと、なんともう一杯おまけで付いてくるよ!』
「い、嫌です〜〜〜っ!! もう焼き鳥丼は見たくもありません〜〜っ!!」
かつてあの遺跡ダンジョンでスパルタレベル上げを行った際、効率よく経験値を稼ぐために毎日『獲得経験値アップ』の効果を持つ焼き鳥丼を食べさせられ続けたシルヴィアにとって、それは軽いトラウマになっていたのだ。
ひとしきり笑い合った後、忙しい聖女様の安眠を邪魔しないよう、悠希たちはリラックス効果のあるハーブティーを淹れてあげてから、セリーナの割り当てられた部屋へと戻ろうとした。
「精霊様たち……」
扉に手をかけたところで、シルヴィアが優しく呼び止めた。
「あなた方に、温かな祝福を」
聖女シルヴィアの身体から眩い黄金色の光が溢れ出し、悠希とタピオカの身体を優しく包み込んだ。
【 聖女シルヴィアより『聖女の祝福』が付与されました 】
悠希たちは興味本位でステータス画面を開いてみたが、具体的な効果値や詳細は表示されていなかった。それでも、彼女からの心からの祝福がただただ嬉しかった。
黄金の光が静かに収まり、二人は満面の笑みでシルヴィアにお礼を告げた。
「シルヴィアさん、ありがとうございます。……おやすみなさい。どうかお元気で」
『お元気で! 私も、シルヴィアさんのことを絶対に忘れませんわよ』
「ええ、おふたりともおやすみなさいませ。どうか、お元気で……」
カチャンと静かに扉を閉め、セリーナの部屋へと戻る廊下の中で、タピオカがふと思い立ったように提案をした。
『ねぇ、豆腐くん』
「どうしました?」
『ずっと貯めてた“ティリーポイント”、使っちゃってもいいかな?』
「いいですよ。UR素材もいくつか交換できると思います。……まあ、ワタシたちが作ったアイテムが、ワタシたちが去った後も消えずに残るかは分かりませんけれど」
『まあね。別にUR装備を作りたいわけじゃないし……なんていうか、私たちの気持ちとしてね!』
タピオカは製作メニューを開き、作成候補のアイテムを悠希の画面へ提示した。
「……なるほど、良いアイデアですね。確かそれ、リアルでも公式グッズとして発売されていましたよね」
『聖杖と聖衣は、多分この世界から消えないと思うのよね。これも別に特別なレア装備ってわけじゃないし……明日会う創造神様なら、これくらい消さずに残してくれるんじゃないかしら。……たぶん!』
「ふふ、どのみちティリーポイントも余らせたまま消えてしまいますからね。早速作りましょうか」
『うん!』
こうして二人は、ここ数ヶ月で貯め込んでいたティリーポイントを惜しみなく消費し、まだ行ったことのない『魔導国』でしか手に入らない希少な素材をいくつか交換し始めたのだった。




