91 昔話
打ち上げの計画が決まった後、俺たちは小屋から繋がるセリーナの実家——ガンド村の家へと移動し、4人で夜遅くまで懐かしい思い出話に花を咲かせた。
俺がかつてガンド村の悪徳元村長の家に忍び込んで悪事の証拠を探したことや、最初にセリーナとどう打ち解ければいいか悩んでいたこと。
セリーナからは、「ある朝目を覚ましたら、突然自分が『星月のドレス』を着ていて本当に怖かった。脱いだ瞬間にドレスが消えてしまって、なぜか少しホッとしたんです」という告白が飛び出した。
詳しく理由を尋ねてみると、「もし脱いだドレスが消えてくれなかったら、本来の持ち主が現れた時に盗人扱いされてしまうと思ったから」という、いかにも彼女らしい生真面目な理由だった。
俺が「あの時は驚かせてごめんなさい」と改めて謝ると、彼女は「ふふっ、もう笑い話ですから気にしないでください!」と笑って許してくれた。
続いてタピオカくんからは、妖精の身体になった感想や、初めて『魔法少女』の衣装に変身した時の恥ずかしさについての暴露が飛び出した。
もちろん、セリーナたちはタピオカくんの正体がリアルの30代女性だとは知らない。彼女たちにとって、あの魔法少女姿は単に「サクラリアの特別な魔法の衣装」に過ぎないのだ。それに、この世界では一風変わった装備を身に纏う冒険者も珍しくないため、タピオカくんがなぜそこまで恥ずかしがっているのか、今ひとつ理解できていない様子だった。
その後はサクラリアから、「実はときどき、お母様と一緒に妖精用の冷蔵庫からお菓子を盗み食いしていました……」という衝撃の(?)告白があった。
だが、毎日素材の在庫をチェックしていた俺たちからすれば、そんなものはとっくにバレバレだ。それを伝えると、サクラリアは「まさか知られていたなんて……っ!」と驚いてた。
そんな風に思い出を語り合っているうちに、チャット欄は静かになり、セリーナたちはいつの間にか眠ってしまった。
「セリーナたち……眠ってしまいましたね」
『そうね。……じゃあ、私たちも動きましょうか』
「ええ、そうですね」
俺たちはセリーナの実家から翠夢の森の小屋へと戻り、レオンの部屋の前へと向かった。
コンコン、と軽く扉をノックすると、彼はまだ起きていたようだった。
「えっと……アリス……さん?」
「ええ、アリスです。夜分遅くに起こしてしまってごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。セリーナたちはもう寝たのか?」
「はい。意識の奥で、静かに眠りにつきました」
俺は、自分たちが近いうちにこの世界へ来られなくなること、そしてこれからのセリーナのことを彼へ託すために言葉を続けた。
「レオンさん……セリーナはワタシたちの前で感情を抑えて、無理に明るく振舞っている可能性があります。できれば明日、一日中彼女の側にいてあげてくれませんか?」
「ああ……なんとなく想像がつく。俺に任せてくれ」
「それと……ワタシたちが去った後、この小屋やセリーナの装備がどうなってしまうのか、ワタシにも分からないのです。アリスとしての力はこの世界にとって異物すぎますから、最悪の場合、全てが消滅してしまう可能性もあります。ある日突然居場所が消えてしまえば、あの子の心が傷ついてしまうかもしれない……。その時、どうか一番側で、あの子を支えてあげてください」
「もちろんだ。……打ち上げまでの間、セリーナは君たちと一緒に過ごすんだろう? だったらその間に、必要になるかは分からんが……一応、迷宮都市で二人で住める家を探しておくよ」
「ありがとうございます。……セリーナのことを、よろしくお願いいたしますね」
「任された。……はぁ……短い間だったが、アリスさん、タピオカさん。改めて、武闘祭で俺やダリオンを助けてくれてありがとう。そして……セリーナを救ってくれて、本当にありがとう」
レオンは深く、まっすぐに頭を下げた。
薄い緑色の中で、サクラリアの中にいるのタピオカくんは空中から優しく彼の頭を撫でながら、微笑みを込めて声をかけた。
『こちらこそ。セリーナを貴方に任せられるなんて、これ以上なく心強いわ。……私たちはまだ寄りたい場所があるから、これで失礼するわね。お休みなさい』
「ああ、おやすみ」
レオンが部屋の中へと戻っていくのを見届け、時間を確認する。間もなく夜の11時だ。俺たちは急ぎ足で次の目的地へと向かった。
小屋の森側の扉から外へ出ると、夜の『翠夢の森』を走って中心部へと向かう。
そこには相変わらず、ゲームの原作には存在しなかった巨大な大樹——宙に浮かぶ『妖精の城』が静かに佇んでいた。
城に近づくと、警護の妖精騎士がスッと舞い降りてきた。
『こんばんは、サクラリア様、セリーナ殿。お久しぶりでございます。このような夜更けに、一体いかなるご用件でしょうか?』
タピオカくんが騎士へ言葉を返す。
『こんばんは。私たちは精霊のほうです。夜分遅くに大変不躾なのですが……急用で女王陛下にお目にかかりたいのです』
『あ、失礼いたしました。タピオカ殿でございましたか。……ですが女王陛下は既にお休みになられております。急ぎのご用件とは一体……』
騎士が言い終わるより早く、可愛らしいパジャマ姿の女王様が城のバルコニーからふわふわと飛んできた。
『スティローサ、よい。配置に戻るがよいぞ』
『陛下! ……承知いたしました』
妖精騎士スティローサは女王様へ一礼を捧げると、静かに闇へと消えていった。
俺は大樹の根元にある草地の上に腰を下ろした。膝の上にタピオカくんが着地し、その隣に女王様もちょこんと腰掛けた。
「女王様、夜分遅くに申し訳ありません。少し差し迫ったお話がありまして……」
『そう身構えずともよい。そのまま申してみよ』
「感謝いたします」
静まり返る夜空の下で、俺たちは先ほど『ステラ・ビブリオテカ』でリーンベル様から告げられたこと——クエスト完了の報告と、俺たちがもうこの世界に来られなくなるという真実を打ち明けた。
『そっか……。ついに、別れの時が来てしまったのじゃな』
「はい。セリーナたちとの最後の思い出として、聖女シルヴィアさんが王都から戻るタイミングに合わせて、お祝いの宴のような打ち上げを開こうと考えております」
『ふむ。場所はあの小屋か?』
「そうしたい気持ち山々なのですが、多忙なシルヴィアさんやマティルダ様をあの小屋までお呼びするのは難しいため……おそらく王都の大聖堂の一室をお借りして開くことになるかと」
『あらま、残念じゃ。妾は王都までは行けぬなぁ』
「あ……えっと! ワタシたち、明後日からは仕事を……いえ、お休みを取ってずっとこちらに滞在する予定ですので! 毎晩のように小屋で盛り上がっているはずです。女王様もぜひ遊びにいらしてください」
『ふふっ、冗談じゃよ。そう気に病むな』
「あハハ……。もちろん、小屋はいつでも大歓迎ですよ」
ここで、タピオカくんが本題へと切り込んだ。
『女王様。セリーナたちが眠っているこの時間にお伺いしたのは、実は……サクラリアのことでお願いがあったからなのです』
タピオカくんは、サクラリアが「別れ」という現実を受け止めきれずに苦しんでいることを話し、明日、彼女の心をフォローしてほしいと母親である女王様へ頼み込んだ。
『そういうことか……。確かにこの件ばかりは、そなたたちが何を言おうと効果は薄かろうな』
『はい。サクラリアは生を受けてからまだ数ヶ月しか経っていません。セリーナのケアはレオン様にお願いできましたが……サクラリアには、同じ妖精であり母親でもある女王様のお言葉が必要なのです』
『うむ、その判断は正しいぞ。妖精にとって、人間との繋がりと……最後に残る身内は、当然こっちじゃからな。そろそろあの子にも、この『理』を教えてやる時期なのかもしれぬ』
女王様は少しの間熟考すると、俺たちへ深く頷いて見せた。
『分かった。では小屋へ向かうとしよう。そなたたちが去るその時まで、妾も小屋で過ごすことにするわ。娘のことは妾に任せておけ。安心するがよい』
「……ありがとうございます、女王様」
『ありがとうございます!』
お礼を述べると、女王様の後ろからいつの間にかお召し替えを済ませたメイド妖精隊がゾロゾロと姿を現した。メイドたちを先頭に立て、俺たちはセリーナの小屋へと戻ることにした。
全員パジャマのまま引き連れて小屋へ移動するとは……相変わらずマイペースな女王様だ。
移動の途中、俺の肩に乗っていた女王様が、どこか寂しげなトーンでポツリと呟いた。
『精霊殿、タピオカ殿。この別れはいつか訪れると思っておったが……まさかこうも早く来るとはな。じゃが、リーンベル様のご判断であれば、それも仕方のないことなのじゃろう』
思いがけず女王様の口からリーンベル様の名前が出たため、俺はずっと胸に抱いていた疑問を口にしてみることにした。
「女王様は……リーンベル様と旧知の仲なのですか?」
『そうじゃな……昔、あの邪竜の事件が収束した後、妾にこの森で『妖精の郷』を作るよう指示を下さったのが彼女じゃからな。その際、邪竜の件の『真実』についても彼女の口から聞かされたのじゃ』
「なるほど……。だからワタシたちが初めて『ステラ・ビブリオテカ』へ赴く際、『何も触るな』と忠告してくださったのですね」
『ステラ・ビブリオテカの管理がリーンベル様に委ねられた後、あの空間の問題自体はすでに対処されていたはずじゃが……妾も念のため、そなたたちに注意を促したまでよ』
「お心遣い、心より感謝いたします」
『よいのじゃ。そなたたちも妾の大切な友人じゃ。この数ヶ月……本当に楽しかったぞ』
「はい。ワタシたちも、女王様と友人になれて心から嬉しく思っております」
こうして、俺たちは女王様と共に『翠夢の森』の小屋へと戻ってきた。
時計の針は間もなく深夜11時半を指そうとしている。そろそろログアウトの時間だ。
タピオカくんが隣の妖精用ベッドに女王様と並んで横たわるのを見届け、俺もいつものベッドへ身体を横たえると、タピオカくんと共にログアウトした。
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リアルへ意識が戻り、俺はすぐさまスマホを取り出してタピオカくんへ連絡を入れた。
『……はい』
画面に繋がったビデオ通話の向こうで、いつもハイテンションな彼女が珍しくあからさまに凹んだ表情を浮かべていた。
「急……だったな」
『ええ……本当に急すぎるわよ』
「やっぱり……寂しいな。お別れなんてしたくないよ」
『そうね……。毎晩あの世界に入って、二人で日課の転送ポイントを解放して回るのも、もう私たちの生活の一部になってたのに……』
「ああ。心の準備はしていたつもりだったけど、まさかクエストをクリアした当日に突きつけられるとは思わなかったよ」
ゼノヴィウス討伐クエストの真っ最中だったこの一ヶ月間、実は俺たちも「セリーナたちとの別れ」について薄々覚悟を決めてはいたのだ。
俺たちはエメラルダさんに託され、セリーナを幸せにするために立ち上がった。
現に、今のセリーナの不幸な運命は完全に書き換わり、ずっと独身貴族を貫いていた俺たちを追い抜いて、素敵な恋人まで手に入れた。
毎日楽しそうにお菓子作りに励む姿を見れば、今の彼女がどれほど幸せか一目瞭然だ。だからこそ、俺たちの「役目」もそろそろ終わりを迎えるのだろうと感じていた。
今のセリーナが「エドガーの隠し子」であるという事実は完全に闇の中だ。エドガーがゼノヴィウスに憑依されていた間、カースティア伯爵家には新たな後継者が誕生しており、現当主も未だ健在だ。伯爵家側から探されない限り、彼女が貴族のドロドロとした権力闘争に巻き込まれる心配もなくなり、命がけでレベル上げをする必要性すら消滅したのだから。
……だが。別れはもう少し先、あと数ヶ月くらいはあると思い込んでいたのだ。まさかこんなにも唐突に訪れるなんて。
リーンベル様はただ「創造神ノルン様がお会いになりたがっている」と言っていただけで、期限が設定されているわけではない。だが……彼女のあの言い方は、遠回しに「君たちの任務は完了した。お別れの時間だ」と告げているようなものだった。
確かに、ゲームの知識とシステムメニューという規格外の力を保持する俺たちの存在は、あの世界の生態系やバランスを壊しかねない可能性はある。
はぁ……そうだな。もし俺たちがセリーナたちの側に長居し続ければ、次に訪れる別れはもっと辛く、未練の残るものになってしまうだろう。今が潮時なのだ。そう自分に言い聞かせて納得させるしかない。
……それにしても、セリーナたちと過ごしたこの数ヶ月間は、本当に楽しかったな。
『はぁ〜……本当に急に来たわね。大好きなソシャゲが「来週サービス終了します」って発表された時みたいな気分だわ』
画面の向こうの呟きに、俺はハッと我に返った。
「そうだな。さすがにシステムメニューの力は強力すぎるし、俺たちは所詮『招かれた客』だからな。これ以上セリーナたちに憑依し続けるのも申し訳ないし……」
『ふふっ、どうかしらね? もしセリーナがレオン様といい雰囲気になってる時に豆腐くんがログインしちゃったら、私、絶対に大爆笑する自信があるわ』
「あ〜……あり得るから怖いな。それに、最近平日にログインしても、日課の転送ポイント解放以外は二人でカフェの素材集めばっかりだったろ? 土日は女王様も巻き込んで日本のお菓子の再現に挑んだり……すっかりガチの日常系ゲームになってたもんな」
『私はすっごく楽しかったけど……豆腐くんは嫌だったの?』
「……俺も、めちゃくちゃ楽しかったよ」
タピオカくんが、どこか切なげな笑みを浮かべた。
『そっか。……じゃあ、残された時間で、セリーナたちと最高の思い出を作りましょう! でもまずは……明日、有給を取らなきゃね』
「大丈夫か? 有給取れそうなのか?」
『うちの会社、結構ホワイトだから大丈夫よ! 『家庭の事情』って言っておけばすんなり通るわ』
「そうか。じゃあ俺は……『山奥の実家の蛇口が出っぱなしになっているかもしれないので確認しに行きます』って理由で有給申請するか」
『何よそれ! ふふっ、意味不明すぎるでしょ!』
「あ、そうだ! どこかの誰かさんがうっかりセリーナたちに日本のお菓子の話を出しちゃったおかげで、最近の土日はずっとお菓子作りの特訓だったんだから。おかげで俺の料理スキルが上がっちゃったよ。約束したお菓子のレシピ探しは俺に任せておけ。絵心はないから、可愛い服のデザイン画は頼んだぞ」
『ちょっと! 何よそれ、私のせいだって言いたいの!?』
「いや? 俺は『タピオカくんのせい』とは一言も言ってないぞ?」
『へぇ〜? 一体だ〜れがビデオ通話越しにお菓子作りを根気強く教えたと思って促してるのかしらねぇ〜!?』
「……ゆっくり霊◯と魔◯沙かな?」
『ちょっと!!』
実際、いくらレシピを紙に書いたところで、あの世界へ持ち込むことはできない。だから俺とタピオカくんは、前からは実際に料理を作り、手順と味を頭に叩き込んだ上で、セリーナたちの前で再現してみせるしかないのだ。
「よし! せっかく有給を取るんだ、残された時間をセリーナたちと全力で楽しまないとこな!」
『あ〜っ! わざと話題逸らしたでしょー!!』
——そんな風にお互いを弄り合いながら、俺たちの夜は更けていったのだった。




