90 幸せの証明
電車が最寄り駅に滑り込むやいなや、俺は早足で自分が暮らすマンションへと向かった。
部屋へ滑り込み、速攻でカップ麺にお湯を注ぐと、俺はスマホを操作してタピオカくんへメッセージを飛ばした。
ー タピオカ隊長! こっちは帰宅済み、カップ麺の準備完了!
すぐに着信音が鳴り、画面にビデオ通話が繋がる。
『豆腐隊員! こっちも帰宅完了、カップ麺のお湯注入完了よ!』
画面の向こうには、俺と同じく仕事終わりのスーツ姿でカップ麺を前にしたタピオカくんの顔が映し出された。
「大丈夫かな、セリーナたち……。もし決戦の日が今日だったら、やっぱり今すぐログインするべきだったか?」
『うーん、分からないけど……でも、私たちができる仕込みは全部やったんだし。時間的にも、あっちの戦いはもう終わってるはずよ』
「ま、まあ……セリーナのレベルは70だし、ゼノヴィウスは43だからな。計画通りやってくれてれば心配はないはずだけど……」
『SR装備もシルヴィアたちにいくつか渡しておいたんだから! 大丈夫よ……たぶん!』
「そうだな。……おっと、そろそろ食べ頃か」
カップ麺を啜りながら、タピオカくんがふと思い出したように話題を変えた。
『しかし……セリーナって、やっぱり強いわよね。相手の身体は自分のお父さんだったのに。人との別れに対する倫理観とか覚悟は、やっぱりあっちの世界とこっちの世界じゃ違うのかな』
「彼女は7年前に『エドガーは亡くなった』って事実を一度受け入れたって言ってたけど……本当に大丈夫なのかね。俺たちの前で無理してなきゃいいんだが。……まあ、そうは見えないけどさ」
『昨晩のセリーナ、お父さんをゼノヴィウスから解放してあげるんだって、やる気満々だったもんね……』
「やっぱり、この話題は彼女の前では出さないでおこう」
『そうだね。それに今の彼女の側には、サクラリアもレオン様もいるわけだし!』
「あ〜、そうだったな。同棲、始まっちゃったんだよな」
『ホ〜〜〜ントに羨ましい! 二次元の推しと同棲できるなんて、どんなご褒美!?』
「あ〜分かる。リアルの『セレアグ』でも、育てたNPCを自室に招待できるってネット動画で見たけどさ、あんなのとは次元が違うもんな」
『いいなぁ〜! セリーナがみんなのお兄様と付き合えたなんて、羨ましすぎるんだけど!!』
「シルヴィアのプライベートの姿も、ゲームの設定とは全然違うしな」
『それな!! ゲームの設定だとあんなにクールなのに、家の中でのあの自然体なシルヴィアはゲームじゃ見られないもん! 尊い……! 彼女の育成イベント、いつ実装されるのかしら。楽しみすぎるわ』
オタク特有の熱量でカップ麺を啜りながら取り留めもない話に花を咲かせ、食べ終わる頃、俺たちは合わせるようにして『セレアグ』の世界へとログインした。
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視界が切り替わり、セリーナの身体へと意識が馴染む。
ログインした俺は、なんとイケメン冒険者レオンと並んで、仲良くお皿を洗っている最中だった。
セリーナ:精霊さん! こんばんは!
サクラリア:精霊様たち〜! こんばんはなのです〜!
二人ともやけにハイテンションだ。直後、チャット欄を通じて二人から「クエストクリア」の朗報が飛び込んできた。
セリーナの雰囲気がふっと変わったことで、隣のレオンは彼女の中にアリスが入ってきたことを察したらしい。気利かせて残りの皿洗いを引き受けてくれたため、俺たちはテーブルにつくと、セリーナたちから詳しい報告を受けることにした。
元々はゼノヴィウスただ一人を相手取る想定であり、聖女シルヴィアや聖騎士たち、さらには邪竜の力と渡り合った経験のあるダリオンたちを含めれば「オーバーキル」な戦力だと思っていた。
だが、別の世界線から来たゼノヴィウスが悪魔召喚の術まで使ってくるとは完全に想定外だったらしい。そのせいで、戦いは思いのほか大規模な乱戦となったようだ。
幸いにも、シルヴィアが事前にバールヴィレッジの領主やギルド長のエルドラーナへ協力要請を出してくれていたこと、そしてあの身勝手な執事セバスチャンまで参戦してくれたおかげで、被害は最小限に抑えられたという。
正直、被害といえば子爵邸の前にあった花壇が更地に変わった程度であり、ほぼ『大勝利』と言っていい結果だった。
「聖女が召喚した上位精霊」というアリスのハッタリ演出も見事に成功。セリーナの胸に溜まっていた長年の怒りと悔しさは、ゼノヴィウスへの怒涛の三連撃によって見事に叩き伏せられ、最後は実の父親エドガーとの切なくも温かい別れを果たした。
もちろん、サクラリアも影からずっとシルヴィアを護衛していた。悪魔に襲われそうになっている人間を見かけるや、すぐさま弓で撃ち抜いて救出していたため、今回の戦闘による死者は恐らく「ゼロ」だという。
人間たちにはサクラリアの姿が見えないため、彼女が放った光の矢の功績は、すべて「聖女シルヴィアの奇跡」として処理されたはずだ。
セリーナもサクラリアも、「すべて計画通りでした!」と言わんばかりに自慢げだった。
そして、ダリオンたちのことを心配して途中で戦場へ乱入したレオンには、事前に「ダリオンたちがピンチになったら手を貸していい」と伝えてあったため、彼は美味しいところでダリオンたちを救出すると、格好良く戦場を後にしたらしい。
(横でタピオカくんが『キャーッ! レオン様格好いい〜!』と黄色い悲鳴を上げているが、スルーしておこう)
ただ、今の俺たちがセリーナに憑依している間、レオンには彼女たちのチャットが見えない。そのため、俺たちがどんな会話を交わしているのか理解できず、彼は必要最低限の言葉だけを交わすと、皿洗いを終えて静かに横で剣の手入れを始めていた。
何はともあれ——この難関クエストは、完璧な形でクリアされたのだ。
成果の大部分は狙い通りシルヴィアとダリオンに集まり、ダリオンも無数の悪魔を討伐し、邪竜を身に宿したゼノヴィウスと対峙したことで大いに存在感を示した。本当に良かった。
……あとは『ステラ・ビブリオテカ』へ赴き、リーンベル様へ報告を済ませるだけだ。
彼女のことだから既に結果は把握しているだろうが、「ホウレンソウ」は基本中の基本だ。だから俺たちは夜気も省みず、リーンベル様が以前俺たちのために作成してくれた、聖王国大聖堂の地下深く——「封印の間」にある転送ポイントへと転移した。
『ステラ・ビブリオテカ』の入口である次元の狭間へ跳んだはずだったが、なぜか今回は直接、あの執務室の中へと転移されていた。
目の前には、完璧な礼儀作法で俺たちを迎えるメイド服のリーンベル様が立っていた。
促されるままソファーへと腰掛け、俺たちは形式通りクエストの完了を報告した。
「ええ、こちらでも確認いたしました。今回の働き、実にお見事でございましたよ。セリーナ様、サクラリア様」
セリーナ:リ、リーンベル様に褒められた! 嬉しいです! ありがとうございます!
サクラリア:わたくし、今日はいっぱい頑張りましたわ!
俺たちと同じくチャット画面を視認できるリーンベル様は、満足げにわずかな微笑を浮かべた。
そして、間髪を容れずに次のクエストについて切り出してきた。
「では……次のクエストについてお話しいたします」
相変わらず人使いが荒いな、と苦笑しつつも、相手はこの世界の神様の側近だ。どんな依頼であれ受ける以外の選択肢はない。
俺はアリスとして、彼女へ言葉を返した。
「了解いたしました。次はどのようなクエストでしょうか?」
「ご安心ください。今回は極めてシンプルな内容でございます」
彼女が手元のメニューウィンドウを操作すると、俺たちの視界の左上に新たなクエスト情報がポップアップした。
【 クエスト:ノルンの神殿で祈る 】
これ……!!
その表示を目にした瞬間、俺の脳裏から完全に消えてきた古い記憶が蘇った!
この世界に初めてログインしたあの日、ワールドマップを開いた時、北東方向の遥か彼方に黄色い『!』マークが浮かんでいたのだ。それをタップした時に表示されたタイトルこそが、この『ノルンの神殿で祈る』だった。
当時はただのチュートリアル的な何かだろうと高を括り、距離も遠かったため放置していたのだが、いつの間にかそのマークは消えてしまっていた。だからすっかり忘れていたのだ。
タピオカくんが俺の肩に乗り、ワールドマップを覗き込んで声を上げる。
『この神殿……結構近いじゃない! これならすぐにクリアできそうね』
え? 近い……!?
慌ててワールドマップを開き直すと、目的地の『!』マークは、あろうことかガンド村の南に位置する、最も近い山の裾野へと移動していた。
え? なんで場所が変わってるんだ……!?
セリーナ:これなら、すぐに行けそうですね!
サクラリア:時間制限もないですし、今度の土曜日にみんなで参りましょうか?
この場で俺一人だけが、言葉を失って固まっていた。
そんな俺の困惑を見抜いたかのように、リーンベル様が静かに解説を加える。
「アリス様、ご安心ください。今回のクエストは、単に創造神ノルン様が皆様とお会いになりたがっておられるだけなのです。神殿の位置につきましては、ノルン様の『現在地』に依存するため、固定の場所ではないのですよ」
「な、なるほど……一安心いたしました」
「……ただ、神殿へ赴かれる前に、一つだけ確認させていただきたいことがございます」
「はい、なんでしょうか?」
だが——次に彼女の口から紡がれた言葉は、俺たちに大きな衝撃を与えることとなった。
「セリーナ様……貴女は今、幸せですか?」
「!?」
『!?』
セリーナ:え……!?
サクラリア:これは……
驚くのも無理はない。その質問が意味する「真意」を、俺たちは即座に理解してしまったからだ。
執務室に、重い沈黙が落とされる。
リーンベル様はお手元の紅茶に一口だけ口をつけると、静かなトーンで真相を語り始めた。
「セリーナ様。アリス様は、ノルン様の気まぐれと、貴女の母親であるエメラルダ様の祈りに応える形で、この世界へと招待されたお方です。タピオカ様は、そんなアリス様を支えるために招待されたお方。お二人は本来、この世界の理に属する存在ではございません。エメラルダ様の願いが果たされた以上……お二人は、元の世界へと戻るべきなのです」
セリーナ:……
サクラリア:嫌ですわ! わたくし、精霊様たちと別れたくなんてありませんわ! 急すぎますわよ……っ!
必死に抗うサクラリアへ、リーンベル様は思いのほか優しい眼差しを向け、静かに問いかけた。
「サクラリア様……貴女の気持ちは痛いほど分かります。ですが……貴女は今のセリーナ様に向かって、『貴女は今、幸せではない』と言い切ることができますか?」
チャット画面の向こうで、サクラリアがポロポロと涙を溢れさせているのが目に見えるようだった。
サクラリア:ひっぐ……ひっぐ……わ、わたくし……言えません……っ。
セリーナ:サクラリア……。
ここは、俺たちが口を挟むべき場面ではない。だから俺とタピオカくんは、ただ黙って事態を見守った。
静寂の果て、チャット画面にぽつりとメッセージが打ち込まれた。
セリーナ:……はい。私、今はとっても幸せです!
その言葉を聞き届けたリーンベル様は、どこか愛おしそうな笑みを浮かべ、穏やかに頷いた。
「……それは重勤でございました。どうかその幸せを、いつまでも大切になさってください。このクエストには時間制限はございません。皆様の心の準備が整いましたら、神殿へお越しくださいませ」
「……ありがとうございます、リーンベル様」
『ありがとうございます……』
セリーナ:ありがとうございます、リーンベル様。
サクラリア:ひっぐ……ありがとう……ございます……っ。
すべての話が終わり、俺たちはリーンベル様へ一礼をして執務室を後にした。視界が暗転し、自動的にセリーナの小屋へと転移される。
「おかえり、せり……いや、今はアリスか。大丈夫だったか?」
どうやらレオンは寝ずに、俺たちの帰りを待っていてくれたらしい。
「ええ、ただの報告でしたので問題ありません。……ごめんなさい、レオンさん。少しの間だけ、一人にさせていただけますか?」
ぎこちない苦笑いを浮かべる俺を見て、何かを察したレオンは黙って首を縦に振り、俺たちの分のお茶を淹れると、少し離れた席へと移動してくれた。
静寂が、小屋の空気を重く支配する。
誰もが言葉を失い、それぞれの胸中で去来する想いに沈んでいた。
……まあ、セリーナたちとの別れの日がいつか来ることは分かっていた。
もしかしたら『セレアグ』が明日急にサービス終了するかもしれないし、創造神ノルン様の気まぐれで、明日にはログインできなくなる可能性だってゼロではなかったのだから。
ただ……さっきまでクエストクリアの喜びに浸っていたところに、突如突きつけられた「もうこの世界には来られない」という事実。前もって覚悟を決めていたつもりでも、やはり胸を抉られるようなショックは隠せなかった。
タピオカくんも言葉を失ったまま、俺の肩の上でじっと俯いている。
チャット画面にも、誰からのメッセージも流れてこない。
そもそも、俺がこの世界に召喚されたきっかけは、あの神社でエメラルダさんから「娘をお願いします」と託されたことだった。
だが、この世界に降り立ち、当時のセリーナが置かれていた過酷な状況を知り、ネットに書かれた彼女の不幸な末路を目にした時——俺はエメラルダさんの頼みとは関係なく、「俺自身の意志で、この子を絶対に幸せにする」と心に誓ったのだ。
だからこそ、先ほどセリーナの口から「今はとっても幸せ」という言葉を聞けたことは、心から嬉しかった。
どうせ別れる運命にあるのなら、最後は湿っぽく終わるのではなく、笑顔で手を振って別れたい。
俺はあえてトーンを明るく切り替え、みんなへ向けて声をかけた。
「セリーナ、サクラリア。お父さんを解放できたクエストのクリア記念に、パーッと『打ち上げ』をしませんか?」
俺の意図を察してくれたタピオカくんが、すぐさま明るい声で乗っかってくれた。
『いいわね、打ち上げ! このクエスト、丸々一ヶ月近くかかったんだもん。盛大にお祝いしなきゃ損よ! 私たちの正体を知っているシルヴィアさんやマティルダ様、セリーナのおばあちゃんも招待しましょうよ!』
「もちろんです、皆さんをお呼びしましょう! 一番頑張ってくださったシルヴィアさんは、確か……一度王都の大聖堂へ戻り、国王陛下へ事件の顛末を報告した後、邪竜の魂の欠片を携えて聖王国へ向かう予定でしたよね。馬車でバールヴィレッジから王都へ戻るだけでも一週間近くかかりますし、何かと多忙なはずです。今回の打ち上げは、彼女のスケジュールに合わせるのが良さそうですね」
『だったら、明日にでも王都の大聖堂へ向かって、先にマティルダ様へ話を通しておきましょう!』
「そうですね。セリーナ、明日は金曜日ですが、お任せしてもよろしいでしょうか?」
しかし、チャット画面に返信を寄越したのはセリーナではなかった。
サクラリア:嫌ですわ! わたくし、精霊様たちと別れたくなんてありませんわ!
サクラリア:このクエストには時間制限がないのですから、
サクラリア:お二人はずっと、ここに残っていれば良いのです!
……ああ、やっぱりそうなってしまうか。
サクラリアの見た目は女王様の17〜18歳当時の姿だが、生誕してからまだ数ヶ月しか経っていない幼子なのだ。「大切な人との別れ」なんて経験は、これが生まれて初めてのはずだった。
俺は少しおどけたようなトーンで、彼女へ語りかけた。
「サクラリア、ワタシ達はこの世界の理に属する存在ではないのです。このまま長居を続ければ……今度はワタシ達が、シルヴィアさんに『悪しき存在』として封印されてしまいますよ?」
サクラリア:あ……それも嫌なのです……っ。
タピオカくんも俺の言葉に続いて、優しく彼女を諭し始めた。
『サクラリア、セリーナ。お別れする前にね、私たちの世界のお菓子のレシピを全部、二人に伝授してあげるわ! それと、私たちの世界で流行っている可愛い服のデザインもたくさん描き残していくわね。暇な時に作ってみて!』
おいおい、急に無茶振りを寄越してきたな!?
リアルの写真や紙をこの世界に持ち込むことはできない。つまりタピオカくんの提案は、「俺たちの記憶だけを頼りに、この世界でレシピを書き起こし、服のデザインを一から描き上げる」という過酷な作業を意味していた。
「タピオカくん……ワタシ、絵心は全ッ然ありませんけれど……」
『大丈夫! デザイン画は私が描くから! レシピの書き起こしはお願いね、精霊くん!』
ここで、ずっと黙り込んでいたセリーナが、ようやくチャットに文字を打ち込んだ。
セリーナ:わかりました……。では、シルヴィアさんが戻られるタイミングに合わせて、
セリーナ:精霊さんたちと打ち上げをしましょう!
サクラリア:セリーナ!? 本当に良いのですか!?
セリーナ:ええ。私は、精霊さんたちがシルヴィアさんの手で封印されるなんて嫌ですから。
セリーナ:タピオカさん、本当にお菓子のレシピと、あちらの世界の可愛い服のデザインを残してくださるのですか?
どうやら、セリーナはこの別れを受け入れてくれたようだ。タピオカくんが即座に頷く。
『勿論よ! 神殿に向かう前に、私、有給を全部吐き出すつもりなんだから! 明日は無理だけど、明後日の土曜日からはずーっとこっちに張り付いてあげるわ!』
セリーナ:”ユウキュウ”……とは何ですか?
『お仕事を正式にお休みすることよ!』
セリーナ:えぇーっ!? 大丈夫なのですか……!?
『良いのいいの! ね〜、精霊くん?』
タピオカくんが俺の目の前に飛んできて、「アンタも当然休むわよね?」と言わんばかりの圧で視線を送ってくる。
勝手に決めないでくれとツッコミを入れたかったが……無理だ。だって、俺も全く同じことを考えていたのだから。
俺もアリスとして優しく微笑み、応じた。
「もちろんです。職場への申請が必要ですので明日は難しいですが……ワタシも有給を取得し、残された時間は二人と共に過ごすことにいたしましょう」
セリーナ:ふふっ……約束ですよ?
サクラリア:本当に良いのですか……? セリーナ。
サクラリア:もう、精霊様たちとは二度と会えなくなってしまうのですよ……?
セリーナ:ええ、分かっています。だからこそ……最高の打ち上げをするんです!
サクラリア:……。
やはり、サクラリアにはまだ別れを受け入れ切れていないご様子だった。俺がタピオカくんへ視線を送ると、彼女も困ったような苦笑いを返してくる。こればかりは仕方ない。サクラリアの心のケアは、同じ妖精である母親のエルナ女王へ託すしかないだろう。
隣でずっと俺とタピオカくんのやり取りを観察していたレオンが、何かを察したように口を挟んできた。
「アリスさん……もしかして、本当にもうここへは来られなくなっちまうのか?」
「……正直なところ、分かりません。ですが、ワタシ達は元よりこの世界の者ではありませんので……その可能性は極めて高いでしょうね」
「そっか……。じゃあ、その打ち上げには俺も参加させてくれよ。アリスさんとタピオカさんには、返しても返しきれない恩があるんだからさ」
「ええ、もちろんですとも。貴方は……セリーナの『恋人』なのですから」
「えっ!? あ、はい……っ!」
レオンが急激に顔を真っ赤に染め上げた。
あ……そうか、今の俺はセリーナの身体の中にいるのだ。セリーナの姿と声で、ハッキリと「貴方は私の恋人」と突きつけられたのだから、純情な彼が爆発するのも無理はない。
セリーナ:もうっ! 精霊さんたらっ!!
サクラリア:そういえばレオンさんとセリーナ、今日はいっぱい『交尾』をしていましたわよ!
セリーナ:さ、サクラリアァァッ!? ななな、何を言っているのですかぁぁっ!?
衝撃的なメッセージを目にした瞬間、俺は真顔になってレオンの右隣に並び、タピオカくんも真顔でレオンの左耳のすぐ横にビシッと滞空して、二人で挟み込むように圧をかけた。
「セリーナ、サクラリア……。もっと詳しく説明していただけますか?」
『ええ。今の私たちは、著しく冷静さを欠いているわ……』
レオンにはサクラリアのチャットも見えないため、右からはアリスに真顔で見つめられ、左からサクラリアの威圧され、「一、一体俺が何をしたってんだ!?」と目を白黒させて困惑している。
サクラリア:あ〜、あの行為の名前は『チュチュ』と言うのでしたわね!
セリーナ:サクラリア! もうやめてぇ! 喋らないでぇぇっ!
サクラリア:お口とお口でチュチュですわ。
セリーナ:恥ずかしすぎる……っ! もうやめて、一体いつから見ていたのよぉぉっ!
俺たちは脱力し、レオンをそっと解放した。……一体、サクラリアはどこでそんな知識を仕込んできたのだろうか。
こうして——シルヴィアの帰還スケジュールに合わせ、およそ一週間後。
俺たちはセリーナたちとの、きっと『最後』になるであろう最高の打ち上げを開催することに決めたのだった。




