89 それぞれの誓い
聖女の勝利宣言によって、バールヴィレッジを覆っていた緊迫感は一気に霧散した。
傷ついたダリオンは、魔法使いのニコに身体を支えられながらその場に深く腰を落とし、荒い息を整える。
「今回もアリスさんに助けられたな……。やっぱ俺、まだまだだな。しかし、あのアリスさんがまさか聖女様の召喚された精霊だったなんて思わなかったよ」
肩を貸していたニコが、呆れ混じりに応じる。
「精霊なんて、文献の中でしか見たことがなかったわ。まさかあそこまで圧倒的な強さだなんて……」
「いやぁ、この前に王宮のパーティで会った時は、普通の人間にしか思えなかったんだけどな」
「はいはい、バカダリオン。とりあえずあなたは、しばらくこの魔法剣を使うのは禁止ね!」
「はは……面目がない」
そう言って頭をかくダリオンは、路地の方をじっと見つめていたレオンに声をかける。
「レオン……ホントに俺たちと一緒に旅する気はないのか?」
その問いかけに、レオンは静かに剣を鞘へと納めた。
「そうだな。お前との旅も悪くなかったが……だが、俺にはもうセリーナがいる。残りの人生は彼女と過ごしたいんだ。だから、お前の『探し物』の旅には付き合えない。それに……」
「お! おめでとう! やったな! 水臭いぞ、告白成功の連絡くらいしてくれたっていいだろ。俺は一応、お前のアドバイザーだったんだからさ!」
急にからかわれ、レオンはわずかに頬を赤らめながら言い返す。
「手紙は出したよ。お前たちが忙しそうにしてただろ。……それより! お前たち、魔導国に向かう前にちゃんとパーティメンバーを増やせよ! 俺の知り合いに、いいタンクがいるから声をかけてみようか?」
「あ〜、それはありがたい! じゃあ後で迷宮都市に寄っていくよ」
「ただ……その回避タンク、女だけどな。ニコ……大丈夫か?」
その言葉に、ダリオンの隣にいたニコの肩がピクッと跳ねた。かすかに顔を朱に染めながら、強がるように言い返す。
「な、なによ! 別に男だろうと女だろうと構わないわよ! ちゃんとタンクとして役立ってくれるならね!」
レオンは思わずニヤリと口角を上げた。
「はいはい、分かったよ。じゃあ男のタンクの方を紹介してやるよ」
「俺は男でも女でもどっちでもいいんだが……」
能天気に答えるダリオンの様子に、レオンはポンと彼の肩を叩き、ニコへ視線を送る。
「ニコ……がんばれよ」
「な、何よそれ……っ!」
照れ隠しに怒るニコを受け流し、レオンはその場を離れようと歩き出した。
「お、おいレオン! どこに行くんだよ! 聖女様からの報酬をまだ貰ってないぞ!」
「いらないよ。俺には待ってる人がいるからな。先に帰る!」
背を向けて去っていくレオンの後姿を、二人は静かに見送る。
「……彼、告白成功したのね。……さ、あたしたちはこれから本格的にパーティメンバーを探さないとね」
「そうだな。もしアイツが失恋してたら、もう一回『魔導国についてこないか』って誘うつもりだったんだけど……まぁ、成功して良かったよ」
「そうね。彼の夢は、ただ普通の家庭を築くことだもの」
ニコに支えられ、ダリオンはゆっくりと立ち上がった。魔法剣の回復効果により、邪竜の黒炎で負った傷はすでに癒えている。
二人は今回の依頼主である聖女シルヴィアの元へ向かって、歩みを進めた。
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計画通り、シルヴィアが放った目くらましの眩光に乗じて戦場を離脱したアリス——その中身であるセリーナは、路地裏で素早くローブと仮面を脱ぎ、本来の村娘の姿へと戻っていた。
そのまま向かったのは、祖母クラリス夫人の仕立て屋『リリアナローズ』。
セリーナが神様からのクエストを受けていると知っていた夫人は、避難命令が出ても店を離れず、静かに孫の帰りを待っていたのだ。激しい戦闘音や爆発音から、外で壮絶な戦いがあったことくらいは察していた。
心配をかけまいとクエストの内容は伏せていたセリーナだったが、すべてが終わった今、おばあちゃんの中にエドガーへの憎しみを残させたくない一心で、今回の真実をかみ砕いて打ち明けた。
7年前、お父さんは森で偶然にも『邪竜の残滓』に取り憑かれてしまったこと。
私たちに膨大な借金を残したのはお父さんではなく、彼を操っていた残滓の意志だったこと。
そして先ほど、聖女様の手によってお父さんは闇から解放され、最後にちゃんとお別れの言葉を交わせたこと。
「私はもう大丈夫だから」と健気に笑うセリーナを、夫人は何も言わず、ただ深く力強く抱きしめた。その温もりの中で、長年くすぶり続けていたエドガーへの憎しみは、静かに消えていった。
やがて店に合流したレオンに引き継がれ、二人はバールヴィレッジ郊外に隠した臨時拠点経由で、翠夢の森の小屋へと帰還した。
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小屋に戻るなり、サクラリアは母親である妖精の女王エルナへ、事の顛末を楽しそうに報告し始めた。
一方、セリーナは玄関前の縁側に腰掛け、冬の柔らかな夕日をぼんやりと見上げていた。
ふわり、と背後から温かい厚手のブランケットが肩を包み込む。
「ほら、そんなところでじっとしてたら風邪ひくぞ、セリーナ」
いつの間にか後ろに立っていたレオンが、優しく微笑んでいた。
「ありがとう、レオンくん。……あったかい」
「隣、座ってもいいか?」
「もちろん」
少し照れくさそうに頭を掻きながら、レオンは隣に腰を下ろし、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「……お父さんとの別れは、ちゃんとできたか?」
「ええ。私、今はとっても幸せだよってお父さんに報告できました。気のせいかもしれないけれど……最後のお父さん、少しだけ笑っていた気がするんです」
「そっか……良かったな」
「……」
「……」
「ふふ、もう大丈夫ですよ。お父さんの死自体は、7年前に私の中で一度受け入れていましたから。逆に、やっとお父さんの身体がゼノヴィウスから解放されたんだって思ったら、今はすごくスッキリした気分なんです」
「そっか。……よし、じゃあ俺もあの村に戻って、親父を一発殴ってこようかな」
「えっ!? なんてこと言うんですか、ふふっ」
「だってさ、この前わざわざ儲からない依頼を受けてまで村の様子を見に行ったのに、俺抜きで新しい子供つくって楽しそうに暮らしてやがったんだぞ? 殴りたくもなるさ」
「でも、レオンくんのお父さんって、あなたを引き取って育ててくれた冒険者さんでしょう?」
「あ、確かに。……いや待てよ、あのオヤジと戦ったら今でも勝てる気がしねぇな。返り討ちにあって俺が一方的に殴られる未来しか見えん」
「お父さん、そんなに強い方なんですか?」
「ああ。俺にとっては今でも最強のオヤジさ。……今度墓参りに行く時、お前にも紹介するよ」
「あ……うん! 私もね、土日になったら精霊さんたちと色んな場所を巡って、景色の綺麗な場所が見つかったら両親のお墓を建てようって思ってたんです」
「それ、すごく良いな。……あ〜あ、でも俺は一緒に転移することができないだっけ、ついていけないのが残念だ」
「そういえばレオンくん、本当に第一騎士団からのスカウトは断っちゃうんですか?」
「まあ……言っただろ? この前見学させてもらったけど、俺みたいなガサツな人間があんな上流社会に馴染めるわけないって。第一騎士団の連中は大半が貴族の子息だしさ、平民の俺がぽつんと一人入ったら……どんな環境になるか想像がつくだろ? アルベルト様との縁が切れるわけじゃないし、たまに依頼も届くさ。……それにさ、格好いい騎士様になるより、俺は……ずっと嫁の側にいたいだけなんだよ」
気恥ずかしさに視線を泳がせるレオン。セリーナは彼が言う「嫁」が自分のことだと察し、みるみるうちに顔を熱くしていった。
「冒険者も辞めるつもりだ。前にも言ったろ? 俺はオヤジみたいに家族を遺してダンジョンの奥底で消えるような真似はしたくない。俺の夢は、ただ幸せな家庭をつくることなんだ。あ、仕事なら心配いらないぞ。アルベルト様の推薦で、ずっと空席だった迷宮都市の副ギルド長に就任する予定なんだ。そっちの方が俺の性分に合ってる。だからスカウトを断ったんだよ」
「……そう……ですか」
「……」
「……」
夕暮れ時の茜色の光が差し込む中、二人を包む静寂。
言葉もなく、セリーナの華奢な手とレオンの無骨な手がそっと重ね合わされ、指と指が深く絡み合っていく。
至近距離で見つめ返してくるレオンの瞳は、冗談など欠片もない真剣そのものだった。
つま先が触れ合うほどの距離まで、ゆっくりとお互いの顔が近づいていく。
レオンの唇が、セリーナの唇へと吸い寄せられるように重なろうとした——その瞬間!
セリーナは突如、力任せに両手でレオンの口元をパッと覆い隠した!
「えっ!? い、いいえ! 違います! 私たちはただお話ししていただけで、何でもありませんからっ!!」
「む、むぐーっ……!?」
誰もいない空間へ向けて、突然必死の弁明を始めるセリーナ。
甘い雰囲気を一瞬でぶち壊され、手のひらの下でレオンは目を白黒させる。
ハッと我に返ったセリーナは、大慌てで手を離して頭を下げた。
「ち、違うんですレオンくん! ええと、妖精さんが……畑担当の妖精さんたちが……!」
「あ……!」
そうだった。いつものサクラリアの邪魔ではなく、エルフのランタンの光が届かない夕闇の畑には、二人の甘い雰囲気を興味津々で見つめる無数の妖精たちが群がっていたのだ!
だが——一度火がついたレオンの衝動は、もう止められなかった。
レオンは強引に右手をセリーナの腰へ回し、左手で彼女の手を固く握りしめると、逃がさないと言わんばかりにその唇を奪った——!
「うっ……!?」
あまりの熱情に一瞬目を見開いたセリーナだったが、すぐに身体の力を抜き、彼の真っ直ぐな想いをそっと受け入れた。
流れる時間が止まったかのような、数十秒の口づけ。
やがてレオンがゆっくりと唇を離すと、お互いに開いた瞳は夕日のせいだけではない見事な赤色に染まっていた。
セリーナは恥ずかしさと愛おしさが混ざり合った表情で、頬をぷくーっと膨らませながら瞳を潤ませて彼を睨む。
「……レオンくんのバカ。不意打ちは、ズルいです……」
「あ、いや……セリーナ、悪ぃ! 怒ったか……?」
うなだれるレオンを見つめ、セリーナは小さく息を吸い込むと、胸の奥に溜め込んでいた想いを爆発させるように声を裏返らせた。
「私だって……ずっと我慢してたのにっ!!」
今度はセリーナの方からレオンの首元へ手を回し、強引にその唇へと飛び付くように重ね合わせたのだった。
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一方その頃、小屋の内部では——。
妖精の女王様のエルナへの報告を終えたサクラリアが、窓越しに縁側の二人を目撃していた。
『母上! セリーナたちが交尾していますわよ! わたくしも〜!』
愛娘のあまりにも衝撃的な発言に、女王はやれやれと額を押さえた。そして、いつも無意識にあの二人の雰囲気を台無しにする娘の身体を後ろからふんわりと抱きとめる。
『サクラリア、それは交尾ではなく、人間たちの間で“チュチュ”と呼ばれるものです。愛する者同士が交わす愛護の儀式ですよ。一体どこでそんな言葉を覚えてきたのですか?』
『本棚の一番上にある本ですわ! ではわたくしもセリーナに“チュチュ”してきますわ!』
『あとにしなさい、妾の可愛い娘よ。今はあの二人を邪魔してはなりませぬ』
『え〜? どうしてですか?』
首を傾げるサクラリアに、エルナは「本当に妾を困らせる天才ね」と優しく微笑み、娘の大好物の名前を口にした。
『それよりも……クエストクリアのご褒美として、今日は特別にあの特製プリンを食べてよいと精霊殿が仰っていましたよ』
『お〜〜っ!!』
現金なサクラリアは一瞬で目を輝かせ、プリンのためにぴょんぴょんと飛び跳ねた。エルナはすぐさま配下の妖精メイドへ、一番豪華なプリンを用意させる。
そして窓の外へ静かに視線を送ると、影に控える眷属たちへ「あの二人の逢瀬を邪魔せぬよう、しばし周囲から離れなさい」と静かな命を下すのだった。
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同時刻、現実世界の悠希の勤める会社。
定時退社の時間だ、俺は上司に捕まる前にさっさとデスクを片付けて立ち上がった。
「お疲れ様です! 先に失礼します!」
はぁ〜……残業を回避するためとはいえ、連日のフルバースト作業はさすがに骨が折れる。
会社を出た俺は、すぐさまスマホを取り出し、タピオカくんへメッセージを送信した。
ー こっちは仕事上がり。そっちは?
ほどなくして、彼女から返信が届く。
ー こっちも終わった! すぐ帰宅する
ガタゴトと揺れる帰宅ラッシュの電車の窓から流れる夜景を眺めながら、俺は今回のクエストの始まり——およそ一ヶ月前の出来事を思い返していた。
すべては、ゲーム内には存在しないはずの隠された領域『ステラ・ビブリオテカ』へ足を踏み入れ、神様のメイドであるリーンベル様と対面したあの日から始まった。
……まあ、あの異様に生意気だった水晶玉のことは思い出すだけで腹が立つが、今は置いておこう。
あの時、彼女の口から語られた世界の真実はあまりにも衝撃的だった。そして課せられたクエストには、明確な制約があった。
——『手柄はすべてシルヴィアとダリオンの二人に行き渡るようにせよ』。
つまり、俺たちの立ち位置はこうだ。
可能な限り聖女シルヴィアと主人公ダリオンを目立たせ、邪竜の残滓を封印させる。俺たちはあくまで裏方に徹し、危機に瀕した二人を影からサポートする。
だが、敵であるゼノヴィウスのレベルは主人公たちよりも遥かに高く、おまけに邪竜の力まで宿している。
そこで俺は、あの時思いついた作戦をリーンベル様へ提案したのだった。
「あの、リーンベル様。先の武闘祭の際、エルセリス王国の国王には『アリスは精霊である』と説明を通してあります。万が一の際、アリスが『聖女に召喚された精霊』という体で現場に参戦しても差し支えないでしょうか?」
リーンベル様は少し思案した後、静かに頷いてくれた。
「……問題ありません。最終的な成果が聖女たちに帰結すれば良いのです。規格外の強さを持つアリスが『実は聖女の召喚した精霊であった』という筋書きにすれば、目的は問題なく達成できます。万が一、彼らの生命に危険が及んだ際はその方法で救出しなさい。二人がここで命を落とすことだけは絶対に許されませんから」
「了解しました」
神様のメイドのお墨付きを得た俺たちは、ステラ・ビブリオテカを後にしてセリーナの小屋へと戻った。
翌日、すぐさま王都の大聖堂へ向かいシルヴィアと接触すると、彼女もまた前夜に女神様から『邪竜の残滓を封印せよ』との天啓を受けていた。お膳立てとしては完璧だった。
こうして俺たちは、「アリス=偽装召喚された精霊」という奥の手を抱えた状態で作戦を開始したのだ。
シルヴィアはまず、武闘祭で半邪竜化した魔剣使いと渡り合った経験を持つダリオンたちに極秘裏に協力を打診。
だが、討伐対象であるエドガーは王国の高位貴族だ。独断で動けば政治的な大問題になりかねないため、だからシルヴィアは真っ先に国王陛下へ「エドガーに取り憑いた邪竜の残滓が覚醒し始めた」と事情を説明し、報告を入れておいたのだ。
だが、下手に国家の正規軍を動かせば、勘の鋭いゼノヴィウスに気付かれて逃亡される恐れがある。そのため国王は表立った軍を出さず、代わりに『王属暗部』を動かし、ゼノヴィウスの動向に関する最高精度の情報を俺たちに提供してくれたのだ。
そのおかげで、ゼノヴィウスが聖女歓迎パーティの終了後に伯爵領へ戻り、そこからすぐさま南へと不審な移動を開始した事実を即座に捕捉できた。
一体、奴の狙いは何なのか?
その疑問は、システムに提示されたクエストの進行目標によって完全にバレバレになった。
【進行目標③:ゼノヴィウスが『時の神殿』に到着することを阻止せよ】
——これで合点がいった。
本来ゼノヴィウスがいた世界線では、奴はある程度計画を進め、一応は『邪竜の魂』を手に入れることまでは成功していたのだ。
だが、現在の時間線ではどうだ?
聖女シルヴィアの暗殺には失敗し、主人公ダリオンの暗殺にも失敗。さらには本命であった邪竜の魂すら手に入れられなかった。ゼノヴィウスからしてみれば、過去にやり直してやりたい放題企んだはずが、前の世界線と比べても『何一つ成果を上げられず、逆に何もできなかった』という大誤算に陥っていたわけだ。
だからこそ完全に追い詰められた奴は、残された歴史の知識を頼りに『時の神殿』へと向かい、再びタイムスリップを試みてすべてをリセットしようとしていたのだ。
ワールドマップを開き、それまで未解放だった『時の神殿』の座標を確認する。
まさかその神殿が、俺たちが最初に訪れた街——バールヴィレッジの隣に広がる『ナイジェリアの森』に隠されていたとは。ガンド村に住んでいた時のエドガーが、7年前に森で狩りをしている最中に偶然ゼノヴィウスの魂と接触してしまったのも、これで完全に説明がつく。
位置さえ分かれば、こちらも転移して先回りすることは容易だった。
俺たちは先にシルヴィアをバールヴィレッジへ転移させ、国王の親書をもって現地の領主——エトワール子爵へ協力要請を取り付けさせた。街のバックアップ体制を整えた後、彼女を一度王都へと戻す。
あとは、シルヴィアが聖騎士団を引き連れ、ダリオンたちと共にバールヴィレッジでゼノヴィウスを迎え撃ち、討伐するだけ。
……だが、決戦の日はゼノヴィウスの移動速度次第だった。俺たちはシルヴィアの連絡用魔法鳥からの知らせを待つしかなかった。
そして数日前、シルヴィアから「バールヴィレッジに到着した。ゼノヴィウスも間もなく街の付近に到達する」との定時連絡が入った。
決戦の日は、今日か、あるいは明日か。
だが、現実世界の俺たちにとって、この新年明けの超多忙な時期に急な有給を取ることなど不可能に近かった。もし今日有給を使ってログインし、敵がやってくるのが明日だったら目も当てられない。
だからこそ、このクエストはセリーナとサクラリアだけで対処せざるを得ない可能性が極めて高かったのだ。
俺たちにできることといえば……大量の魔法スクロール、ポーション、レア装備の数々を事前にシルヴィアへ託しておくこと。そしてこの数日間、1分でも早く帰宅してログインすることだけだった。
吊り革を握る手にぐっと力を込めながら、俺はスマホの画面に表示された刻一刻と進む時刻を確認し、電車が一刻も早く最寄り駅に着くよう、心の中で祈り続けるのだった。




