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88 本物の召喚術

聖女シルヴィアが指揮を駆けつけたエトワール子爵に託し、ダリオンたちと共にゼノヴィウスを打倒すべく前線へ踏み出したその時——闇魔法【ダークフレア】の渦巻く黒炎が真正面から襲いかかった!


「きゃああっ!」


実戦経験はまだ乏しいシルヴィアは、襲い来る死の恐怖に反射的に目をぎゅっと閉じてしまう。


——その瞬間。


鋭い衝撃音と共に、彼女の目前へ疾風のごとく飛び込んでくる影があった。


護衛の聖騎士ヴァンスが、半透明の光を放つ大盾を構えて彼女の盾となったのだ!


「させるかあっ! 【かばう】!!」


ヴァンスが叫ぶと同時に、構えた光の盾から眩いばかりの白銀の光が溢れ出した。


直後、ダークフレアの激しい黒炎の渦が、凄まじい着弾音と共に光の盾へと激突する!



ズズズズズッ……!!



聖騎士の掲げる光の盾は一歩も退かない。それどころか、黒炎が盾の光に触れた端から、光の粒子となって雲散霧消していく。


ゆっくりと目を開けたシルヴィアは、自分が無傷であることを確認した。


「ご、ご無事ですか、ヴァンス!」

「はっ! 聖女様から賜ったこの盾のおかげです!」


聖騎士ヴァンスは手にした半透明の光の盾を誇らしげに構え直すと、再び彼女を護るように周りを警戒した。


想定外の奇襲を凌ぎ切ったシルヴィアは、その盾の圧倒的な防御性能を目の当たりにして思わず呟く。


「すごい……あんな強いな魔法を、何事もなかったかのように打ち消してしまうなんて……」


すると、誰の目にも映らず、実はずっと彼女の傍らに浮遊しながら弓と魔法で周囲をサポートしていた魔法少女姿の妖精姫——サクラリアが、自慢げに彼女へ囁きかけた。


『当然です! あの盾は精霊様が作ったものですから! あんな“普通”の魔法攻撃など意味をなしませんわ! 仮にそれがなくとも、わたくしの障壁だけでも防げます!大丈夫ですわ!』



【SR  聖盾ホーリーアジール】


装備効果:

─ 魔法攻撃を1回完全無効化(再利用時間10秒)

─ 闇属性ダメージ50%カット



サクラリアは弓を引き絞りながら、シルヴィアへ問いかけた。


『シルヴィアさん、そろそろわたくしが全掃討した方がよろしくて?』

「そうですね……悪魔が無限に湧き出すのは本当に予想外でした。被害をこれ以上広げたくはありません。悪魔たちだけをお願いできますか? サクラリアちゃん。」

『承知いたしました! では雑魚の掃除はわたくしに任せて、シルヴィアさんは適当な魔法名を叫んでくださいませ!』

「ありがとう、サクラリアちゃん!」


打ち合わせを終えたシルヴィアは聖杖を深く高く掲げ、堂々たる声で適当な呪文を紡ぎ上げた!


「天に集いし光の眷属よ! 聖なる意志のもとに無数の矢となりて、不浄なる闇を射破れ——【ルミナスアロー】!!」


その叫びと完璧なタイミングを合わせ、サクラリアは魔力弓をギリギリまで引き絞り、上空へ向けて眩い光の主矢を放った。


放たれた矢は上空で爆発するように拡散し、無数の光の雨となって召喚された悪魔群へ降り注ぐ!


ドスドスドスッ!


無数の光の線が悪魔たちの脳天を正確に撃ち抜き、わずか一瞬で戦場の悪魔の半数が消し飛んだ。


周囲の聖騎士、冒険者、子爵の私兵たちは、あまりの光景に「すげぇ……」と開いた口が塞がらない。


だが、大元であるゼノヴィウスを倒さなければ悪魔の無限召喚は止まらない。正気に戻った前線の人たちはすぐさま持ち場へ復帰し、光の矢を受けて瀕死となった悪魔たちへトドメを刺していく。


「あとは任せました!」


シルヴィアは一言言い残すと、聖騎士ヴァンスを伴ってゼノヴィウスの元へ向けて一気に駆け出した。



--------------------------------------------------------



一方、聖女への奇襲【ダークフレア】を防がれたゼノヴィウスは、苦々しく舌打ちを鳴らしていた。


「チッ……聖騎士めが。」

「よそ見とは、随分と余裕じゃないか!」


聖女の無事を確認したダリオンと魔法使いニコが、即座にゼノヴィウスへと肉薄する!


ダリオンが疾風のごとき踏み込みから剣を振り下ろした!



キン一—!



ゼノヴィウスも咄嗟に黒炎の剣で受け止める。


「貴様も鬱陶しいのだよ!」


ゼノヴィウスの剣から黒炎が倍加し、ダリオンごと焼き尽くそうと猛り狂う!


だが、ダリオンは身を引くどころか、強引に刃を押し返して側方からさらに斬り付けた!


「はあっ!!」

「チッ!?」


強引に受けて立ったゼノヴィウスは、違和感に眉をひそめた。ダリオンの剣撃が——重い。


(なんなのだこの男は!? 俺の黒い炎をまるで恐れていない……!? 邪竜の呪いを受ければ痛みは蓄積し、怪我の回復も阻害されるはず。なぜ火傷一つも負っていない!?)


ダリオンの猛烈な連撃に押され、ゼノヴィウスは徐々に後退を余儀なくされる。


「おのれ……闇よ! 【ダークアロー】!!」


王宮の夜会で相まみえた時のダリオンは、まだ半人前の駆け出し冒険者に過ぎなかった。なぜ短期間でこれほどまでに化けたというのか!?



——理由は明白であった。



アリスから渡された【成長の護符】を装備していたダリオンは、先ほど高レベルの悪魔を討伐したことで、パーティーを組むニコと共に短時間でレベル35まで跳ね上がっていたのだ。


さらに、聖女シルヴィアから事前に呪い無効の【呪い避けの腕輪】を贈られていたため、邪竜の黒炎を受けても一瞬の痛みを耐えさえすれば、手にした魔法剣の『自動HP回復効果』によって傷と痛みが瞬時に癒えていくのである。


【ダークアロー】の魔矢を剣で斬り払ったダリオンは、身軽に右側へ跳んだ。


「ニコ!!」

「【ファイヤートルネード】!!」


狙い過ち違わず、ニコが現状で扱える最高火力の攻撃魔法——巨大な炎の竜巻が、ゼノヴィウスを丸呑みにした!


ニコの隣へ着地したダリオンは、手応えを感じて思わず叫んでしまう——最も口にしてはならない『あの言葉』を口に出した!


「やったか!?」

「ダメです! ダリオン避けて!!」


ニコの叫びの通り、襲いかかった炎の竜巻はドス黒く染まり、霧のように掻き消えた。


強化状態を表す黒炎を全身に纏ったゼノヴィウスが、無傷でその場に佇んでいる。


「何度も何度も俺の邪魔をしおって……死ね、ダリオン!! 【ディザスター・プロミネンス】!!」


黒炎の魔剣を一振。前方180度、視界の全てを根こそぎ焼き払う広域絶技!


これほどの攻撃であっても、素早さの上がったダリオン単体ならば回避は可能だ。だが彼の背後には、強力な大魔法を使った反動の『詠唱硬直』で完全に足の止まったニコがいた。


「ニコ!!」

「ダ、ダリオン……っ!?」


ダリオンは一切の迷いなく、ニコの華奢な身体を抱き寄せるように庇い込んだ。


自分自身の傷ならば魔法剣の効果で治せる。激痛さえ耐えればいい——そう覚悟を決め、背中をゼノヴィウスの黒炎へ向けた!


次の瞬間、ゼノヴィウスの剣が振り下ろされ、轟音と共に黒炎の渦が周囲を一閃した。


「おいおいダリオンくん、お前は剣の回復効果に頼りすぎじゃないか?」


「え……?」


直後、聞き覚えのある呆れを含んだ声が聞こえた。


目を開けたダリオンの視界に映ったのは、剣の前面に巨大な風の障壁を展開し、黒炎を完全に遮断している黒髪の冒険者の背中であった。


「レオン!!」

「レオンさん!!」


「よお。」


現れたのは、かつての仲間・レオンであった。


風の障壁で【ディザスター・プロミネンス】を防ぎ切った彼は、油断なく即座にゼノヴィウスへ剣先を向ける。


ダリオンも即座に並び立ち、剣を構えた。パーティを離脱したはずの仲間がなぜここにいるのか尋ねる。


「レオン! お前は第一騎士団にスカウトされたんじゃ……どうしてここに!?」

「まあ、成り行きだ。今はそんな話をしてる暇はない……つーか、なんでさっきニコを連れて逃げなかったんだ?」

「いや……」

「お前ならニコを抱えて範囲外へ逃げられたはずだ。……やっぱり、あの剣の性能に甘えたな?」


完全に図星であった。最近のダリオンは自動回復効果を持つ魔法剣を過信し、回避の立ち回りが雑になっていたのだ。


「……すまん。」

「まあ、説教は後でニコに叩き込まれろ。……この人、武闘祭の副団長より手強いぞ。全身をあの厄介な黒炎で覆われちゃ、俺たちだけじゃ打倒までは届かない。聖女様がこっちへ向かってる、それまで耐え抜くぞ!」

「!? レオン、お前何か知ってるのか!?」


だが、現場にはのんびりと語り合う猶予など残されていなかった。


ゼノヴィウスが限界を超えた速度でダリオンへ斬りかかってくる!


「くっ……!?」


速い! 回避が間に合わないと悟ったダリオンは、ギリギリの体勢で剣を交差させて受け止めた。


組み合う至近距離で、ゼノヴィウスが情念を爆発させて怒号を浴びせる!


「またまたまたまた……!! また俺を邪魔する気かッ!! どういうことなのだダリオン! 貴様はあの女神に『殺したくても殺せない呪い』でもかけられているというのかッ!? ええい答えろ!!」

「何を言ってるんだ!? 俺とあんたは夜会で少し言葉を交わした程度だろ! っていうか、エドガー様に取り憑いた貴様は一体何者なんだ!?」

「黙れぇ! 貴様さえいなければ、前の歴史で俺はすでに邪竜を召喚し、女神へ復讐を果たせていたのだ! だからこの歴史では……俺のために死ねぇッ!!」


絶好の好機を幾度となく第三者に阻まれ、ゼノヴィウスの感情は完全に破綻していた。


彼は無茶苦茶に黒炎の剣を振り回す。一撃一撃が重く、追撃の黒炎のダメージに耐えながら防ぐだけでダリオンは手一杯であった。


勿論、レオンもただ静観していたわけではない。ゼノヴィウスの死角へと滑り込み、その脇腹へ向けて鋭い刺突を繰り出す!


(この身体がセリーナのお父さんだとしても……悪いな! テメェから親父さんを解放するのがあいつの願いなんだよ!)


しかし、ゼノヴィウスの肉体を覆う黒炎の魔力が、レオンの刃の軌道を歪めた!


「なっ!?」


(だから自分の死角からの攻撃を避けようとしなかったのか……チッ!)


「ニコ! 水魔法だ! 弱くてもいい、こいつの頭を冷やせ!」


後方のニコは即座に反応した。構築中の大魔法を破棄し、最速で発動できる下位水魔法を解き放つ!


「水よ、集いて穿て——【ウォーター・バレット】!!」


バレーボールほどの水球が高速回転しながら射出され、ゼノヴィウスの顔面へ激突した!


ダメージ自体は皆無に等しい。だが、冷水が一瞬だけ黒炎の密度を削ぎ落とした!


その隙を逃さず、背後に位置していたレオンの剣が、ついに黒炎の障壁を突き破ってゼノヴィウスの背中を深々と貫いた!


「ぐあっ!?」


まさか攻撃が通るとは思っていなかったレオンは、即座に刃を抜いて間合いを取る。


背後からの手痛い一撃により、ゼノヴィウスの猛攻が止まった。その刹那の隙を突いて、ダリオンもニコの元まで後退する。


「ハァ……ハァ……!」

「ダリオン! 大丈夫!?」


連撃自体は防ぎ切ったものの、追撃の黒炎による固定ダメージの蓄積により、ダリオンの全身は悲鳴を上げていた。


見事にゼノヴィウスの意識を自分へ惹きつけたレオンは、高級回復ポーションをニコへ投げ渡すと、口元を歪めて敵を煽る。


「よう、エドガーさんよ。ダリオンばかりに気を取られてると、俺みたいな無名の冒険者に背中を刺されるぜ?」

「雑魚が……調子に乗るなァッ!!」


ブチギレたゼノヴィウスが【ダークフレア】を解き放つ!


黒炎の渦がレオンへ襲いかかるが、レオンは魔法剣の風の障壁を展開して耐え切る。


だが、ゼノヴィウスはその黒炎の渦に自ら飛び込み、炎の中から奇襲の斬撃を繰り出してきた!


奇襲を受け流すした! しかし追撃の黒炎を直接受けてしまう。


「くっ……!」



だが——彼の役割はここまでであった。



「聖女様! あとは頼みます!!」


レオンの叫びに応えるように、戦場へ疾走してきた影があった。


聖女シルヴィアが、ついに前線へと到達したのだ!


「聖女……!! 貴様とダリオンだけは絶対に殺す!!」


問答無用でゼノヴィウスは複合魔法——風魔法【スパイラル・ボルテクス】と炎魔法【フレア】を同時に解き放った!


闇属性魔法があの光の盾によって掻き消されると瞬時に見抜いたゼノヴィウスは、あえて属性を変えた魔法を繰り出したのだ。しかし、シルヴィアの前に立った聖騎士ヴァンスの【聖盾ホーリーアジール】の効果によって、その合体魔法すらも消し去ってみせる!


——だが、その複合魔法すらも巧妙な陽動に過ぎなかった。


聖騎士ヴァンスが合体魔法を防いだ瞬間、彼はある異変に気づく。魔法を放ったゼノヴィウスの手に、握られているはずの『黒炎の剣』がなかったのだ。


(待て……ゼノヴィウスが持っていた黒炎の剣はどこへ!?)


気づいた時にはもう遅かった。魔法への対処で意識を正面に誘い出された死角——聖女の側方から、投げ放たれていた黒炎の魔剣が音もなく襲いかかっていたのだ!


誰もが聖女の死を予感したその瞬間。


どこからともなく飛来した『光の矢』が、凄まじい精度で黒炎の魔剣を弾き飛ばした!

魔力を砕かれた黒炎の剣は形を維持できず、霧のように消滅する。


「な……なに……!? どういうことだッ!?」


二度目の不意打ちすら完全に防がれたゼノヴィウスは、信じられないものを見たように固まった。


シルヴィアの傍らで不可視のまま滞空していたサクラリアが、叫ぶ!


『今です、シルヴィアさん! “あれ”をお使いなさい!!』

「分かりました!」


シルヴィアは聖杖を天高く掲げ、朗々と召喚の言霊を唱え上げた!


「天に座す大いなる御光よ、我が祈りに応え、世界の境界を開け。穢れなき聖域の守護者よ、光の衣を纏いて現世へと降り立て——光臨せよ、神聖なる御使い。【上位精霊召喚:アリス】!!」


眩い光が弾け飛び、周囲の視界を一時的に奪う。光が収まった聖女の隣には——純白のローブを纏い、狐面をつけた異形の存在が姿を現していた。


この光景に、誰よりも過剰な反応を示したのはゼノヴィウスであった!


「なんだと……!? 上位精霊召喚だと!? 精霊を喚び出す術式など存在しないはず……! ……そうか、アリスは上位精霊だったというのか! ははっ、そういうことか……!!」


アリスが現れた瞬間、悪寒に打たれたゼノヴィウスの脳裏で、狂気の思考が急速に繋ぎ合わさっていく。


(謎はすべて解けた……! アリスはあのクソ女神が、歪んだ歴史を修正するために送り込んだ刺客なのだ! だから前の歴史には存在しなかった……! 未来から来た俺に対する嫌がらせか!? やってくれたなクソ女神がああぁっ!!)


圧倒的な威圧感を放つアリスを前に、ゼノヴィウスは戦慄と共に自らの足元へ炎魔法を放った。


「炎よ! 【フレイムバースト】!!」


爆風の反動を利用して上空へ跳躍し、子爵邸の屋根の上へと着地する。


(王宮の夜会では気づかなかったが、戦場で見対峙すれば理解できる……! アリスのような化け物相手では、邪竜の力を持つ俺にも勝ち目はない! それにこの歴史はおかしいのだ! 邪竜の力を持つ俺と渡り合うあの人間離れした老執事! 短期間で異常な成長を遂げたダリオン! 触れただけで魔法を削ぎ落とす見たこともない光の盾! さらには聞いたこともない精霊召喚術……! 精霊の頂点たる上位精霊が、人間の召喚に応じるはずがないのだ!)


(クソ女神め、俺を完全にハメ殺す気か! ここは持てる全てを出し切り、すぐに逃げて、元の計画通り『時の神殿』へ向かってさらに前の歴史へ遡るしかない!!)


屋上に立ったゼノヴィウスは召喚魔法を中断し、持てる全ての魔力を足元の巨大魔法陣へ注ぎ込んだ。

そして、世界を拒絶する恐ろしい呪文を詠唱し始める——!


『——あまねく光を拒絶せし深淵の顎よ、天を覆う星々の灯火を掻き消し、世界を永遠の静寂へと葬り去れ。夜の帳に融け、無へと還るがよい——』


闇属性・最上位広域攻撃魔法【アビス・レクイエム】!


ゼノヴィウスはホントにバールヴィレッジ全体を消滅させる気であった!


彼の周囲に黒炎と怨念姿の魔力が渦巻き、両手へ凝縮されていく。


下から放った矢と魔法も、彼を覆う黒炎に阻まれて届かない。


呪文の完成が迫る。ゼノヴィウスは両手を聖女、そしてその隣に立つ精霊アリスへ向け——


(……ん? 聖女の隣にいたアリスが……いない!?)


直後、背後から放たれた圧倒的な殺気に、ゼノヴィウスは反射的に振り返った。


そこには——いつの間にか彼の背後に立ち、静かに拳を握りしめるアリスの姿があった。


「っ!?」


ゼノヴィウスの全身を、経験したことのない本能的な『恐怖』が支配する。


(ちぃ! いくらアリスでも、この至近距離で最上位魔法の暴発を受ければ死体すら残らん……!!)


「【アビス・レクイエ——」


叫びかけようとしたゼノヴィウスの耳元で、アリスの声が、冷ややかに囁かれた。


「これは……体を奪われた、お父さんの分!」



ドシュッ!!



アリスの拳が、ゼノヴィウスの顎を穿ち上げた!


全身を覆う黒炎のおかげで即死こそ免れたものの、あまりの衝撃にゼノヴィウスの身体が上空へ打たれて跳ね上がる!


アリスは屋根を蹴り、空中を飛翔して吹き飛ぶゼノヴィウスの先回りをした。


「これは……残された借金を命がけで返済した、お母さんの分!!」



ブフォッ!!



二発目の拳が左頬に突き刺さる!


ゼノヴィウスの身体は猛烈な速度で地表へと叩き落とされていく。


地面へ激突する直前、すでに落下地点へ先回りしていたアリスが、三度拳を握りしめた。


「そしてこれは……両親を奪われた、私の分——っ!!」



ドゴォッ!!



残された右頬に破滅的な一撃が叩き込まれ、ゼノヴィウスの身体はエルドラーナが被害食い止めるために展開していた分厚い氷壁へと叩きつけられた!



ガキィィィンッ!!!



氷壁が砕け散り、ゼノヴィウスは虫の息となって倒れ込む。


「聖女様! 封印の術を!」

「は、はいっ!」


呆然とする周囲を余所に、シルヴィアはアリスの声に弾かれたように聖杖を掲げた。



「天の光よ、罪を照らし、闇を裁け。聖なる審判、今ここに——【ジャッジメント】!!」



天から降り注ぐ極大の光柱が、倒れたゼノヴィウスを包み込む!


集まっていた怨念の魔力が完全に浄化され、エドガーの肉体を覆っていた黒炎が消え去った。


……ゼノヴィウスは、アリスの最初の一撃を受けた時点で既に意識を失っていた。


光の柱の中でエドガーの体内から黒い靄が吐き出され、その黒い靄は逃げる力すら失った蠢く黒い結晶体となって地面へ転がり落ちた。


上位精霊アリスの圧倒的な存在感を前に、残されていた悪魔群は本能的な恐怖から逃走を図る。


だが、聖女の魔法に見せかけたサクラリアの精密射撃により、一瞬にして全滅。混乱を極めていた戦場は、アリスが降臨してからわずかの時間で静寂に包まれたのであった。


「一体何が……」

「勝った……のか?」


人々が困惑と安堵の狭間で立ち尽くす中、アリスは一人、倒れ伏すエドガーの元へ静かに歩み寄り、その傍らにしゃがみ込んだ。


ピクリとも動かないエドガーへ向けて、彼女は無言で回復魔法を唱える。


殴打によって歪んでいたエドガーの顔立ちが、穏やかな元の表情へと戻っていく。


アリスの視界から、彼を蝕んでいた黒い邪気が完全に消えていた。



【 知っている 】



エドガー・カースティアという男性は、ゼノヴィウスに体を奪われたその瞬間に、既に命を落としていたということを。


アリスはエドガーの冷たくなった手を取り、ポケットから大事なコインを取り出すと、彼の手の中にそっと握らせた。


そして、仮面の下から、実の父親へ向けて優しく囁きかけた。


「お父さん……おかえりなさい。心配しないで、私……今、とっても幸せですよ。だから安心して、お母さんのところへ行ってあげてください。この幸運のコインが、きっとお父さんをお母さんの元へ導いてくれますから。」


気のせいだろうか。冷たくなったエドガーの唇が、ほんの僅かに微笑んだように見えた。


最後に残されたかすかな温もりが消えゆく手をそっと離したアリスは、地に落ちていた黒い結晶体を拾い上げ、シルヴィアの元へと戻る。


結晶体を受け取ったシルヴィアは、アリスへ低く囁いた。


「ありがとうございます、セリーナ。エドガー様はやはり……」

「はい。事前に話していた通りです。あとは打ち合わせ通りにお願いします。」

「分かりました。エドガー様の名誉は、私がお守りいたします。」

「ありがとうございます。……サクラリア、帰りましょう。」

『わかりましたわ。またね、シルヴィアさん!』


シルヴィアが聖杖を掲げ、眩い目くらましの光を放つ。


光が収まった時、精霊アリスの姿は戦場から跡形もなく消え去っていた。



暗雲が去り、温かな日差しが差し込むバールヴィレッジ。


シルヴィアは深く息を吐き出すと、高く澄んだ声で勝利を宣言した!


「諸君! 邪竜の魂の欠片はエドガー・カースティア令息から完全に分離され、ここに封印されました! 我々の勝利です!!」


一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が天を突いた!


「「「おおおぉぉぉぉぉッ!!!」」」


歓声が響き渡る中、シルヴィアは倒れたエドガーの元へ駆け寄り、彼の死を悼むように伏せ目になった。


指揮を執っていたエトワール子爵も駆け寄ってくる。


「ハァ……ハァ……聖女様! エドガー殿は……!?」


シルヴィアは静かに首を横に振った。


「……エドガー様は、邪竜に取り憑かれた際、既に命を落とされていたようです。」

「そう……ですか……」

「エトワール様、彼もまた哀れな被害者の一人です。罪はありません。どうか手厚く、カースティア伯爵家へお送りして差し上げてください。私は傷ついた人々を回復いたします。」

「承知いたしました、聖女様。」


こうして、バールヴィレッジを揺るがした邪竜の脅威は、静かに幕を閉じたのであった。

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