87 乱戦
子爵邸の重厚な玄関扉が開かれた。
そこには——待ち伏せしていた聖女シルヴィア、居並ぶ聖騎士たち、そして冒険者ダリオンと新たな仲間である美少女魔法使いニコの姿があった。
その光景を目にした瞬間、ゼノヴィウスたちはぴたりと足を止めた。
背後に控える護衛の戦闘員4名も、主の指示を固唾をのんで待っている。だが、当のゼノヴィウス自身、何が起きたのか全く状況が掴めず、心中で激しく混乱していた。
(これは一体どういうことだ……罠か!? 正体がバレたというのか!? そんなバカなあり得ん! 魂だけの存在である俺が、本物のエドガーではないという証拠など出るはずがない。……いや、孤児院が裏で『奈落の七印』と繋がっていると知られたか!? だが孤児院は何度も国の調査を受け、その度に無罪放免、それどころか王から賞賛すら受けていたはずだぞ!)
脳裏を渦巻く疑心暗鬼。ゼノヴィウスは焦燥を押し殺しながら、次々と可能性を巡らせる。
(まさか、武闘祭で捕まったセルディスとヴァルターが俺を裏切ったか!? いや、あいつらはこの歴史にいる『教王』の俺しか知らないはずだ……)
(冷静に考えろ。囲まれた敵の数は多いが、俺が邪竜の力を使えば一散に吹き飛ばすことなど造作もない。……いや、ダメだ。これほどの大衆の前で邪竜の力を使えば、エドガーとしての貴族の地位を失い、この7年間で築き上げた全てが灰燼に帰す……)
(……いや、待てよ? これは……チャンスか!)
ゼノヴィウスの思考が急速に反転する。
(俺はこの歴史において、聖女とダリオンを始末できていない。どのみち時の神殿へ向かうつもりだったのだ。その二人が向こうから揃って目の前に現れた……しかもよく見れば、あの正体不明な『アリス』が傍にいない!)
(ここで邪竜の力を全開放し、忌々しい聖女とダリオンもろとも、目撃者全員をこのバールヴィレッジごと地図から消し去ればいいだけの話だ……!)
暗い決意を固めたゼノヴィウスは、余裕めいた不敵な笑みを貼り直すと、両手を背後に回した。
その手を細かく数回握りしめる——それは『奈落の七印』内部でも限られた者しか知らされていない秘密の暗号。背後の戦闘員4人はそれを見逃さず、一人が短く咳払いを返した。
合図を確認したゼノヴィウスは、悠然とした足取りで屋敷から踏み出し、「これは何事でしょう」と言わんばかりの表情で聖女シルヴィアへ向かって歩み寄る。
「これはこれは、聖女様。このようなところで一斉にお出迎えとは、いかなるご用でしょうか?」
しかし、シルヴィアは一切の問いかけに応じない。
彼女は言葉の代わりに聖杖を掲げると、間髪入れずに目の前の凶悪な邪気へ向けて聖なる魔法を放った!
「天の光よ、罪を照らし、闇を裁け。聖なる審判、今ここに!——【ジャッジメント】!!」
天を穿ち、眩い光の柱が真っ直ぐゼノヴィウスへと降り注ぐ!
だが、ゼノヴィウスはその軌道を完全に読み切っていた。即座にバックステップを踏み、聖女専用魔法を容易く回避してみせる。
(ふん、計画を前倒しした甲斐があったというものだ。聖女のこの魔法の威力……やはり前の歴史に比べて遥かに弱い! ダリオンの装備を見ても、俺が知る全盛期には遠く及ばないな。あのニコという魔法使いも大したことはない。あいつらを分断し、一人ずつ冷静に対処すれば確実に勝てる!)
相手に問答無用の意思があると知るや、ゼノヴィウスもまた躊躇なく邪竜の力を解放した。
直前までの穏やかな昼前の青空が、見る間に禍々しい紫黒へと染まっていく。ゼノヴィウスの足元の地面には、まるで血で描いたかのような漆黒と深紅の魔法陣が幾つも浮かび上がった。
(見るがいい! これはこの歴史には存在し得ない魔法! 前の歴史で我が組織の幹部が完成させた悪魔召喚術だ!!)
脈打つ魔法陣から、おどろおどろしいモンスター群が怒涛のように這い出してきた!
前衛には石像の如きガーゴイル、空には小柄で翼を持つ小悪魔インプ、そして地面を這う影と泥の不定形生物ヴァーミニアの大軍勢!
これらは本来、『セレアグ』の2周年アップデートで実装された地下世界のモンスターたちだ。この世界においては数十年に一度、深い洞窟から地上へ迷い込むかどうかの希少な存在であり、聖女シルヴィアたちにとっても完全に見知らぬ脅威であった。
案の定、未知の軍勢を前に現場の聖騎士たちに混乱が走る。
「な、なんだあのモンスターは!? 見たこともないぞ!」
「やはり聖女様のおっしゃる通りだ! エドガー様は邪竜に取り憑かれている!」
「くっ……一匹一匹の力が強い!」
元々地下世界に棲息する悪魔系モンスターは基礎ステータスが高い。
ただ幸いにも、現在のゼノヴィウスが使う召喚術には制限があった。術者のレベル以下の悪魔しか召喚できず、さらに生贄なしの簡易召喚であるため、モンスター固有の強力な攻撃技は封じられている。
それでも最弱のインプですら平均レベルは25。これはこの世界におけるエリート騎士や聖騎士の平均レベルに匹敵した。
不測の事態に、聖女側の人数だけでは悪魔の軍勢を押し留めきれない。このまま雪崩込まれれば、バールヴィレッジは壊滅する——!
察知した聖女シルヴィアが、凛とした声を張り上げた。
「デルト! 冒険者ギルドへ至急救援を! 私が聖域を展開します、モンスターを一匹たりともここから逃がしてはなりません!」
「「はっ!!」」
隣に控えていた聖騎士デルトが即座に指示を受け、脱兎のごとく冒険者ギルドへ向かって駆け出す。
直後、シルヴィアは聖杖を大地へ突きたて、全精神を集中させて聖女専用の障壁魔法を紡ぎ始めた。
「天に座す大いなる御光よ。穢れし闇を阻む白銀の壁となり、彷徨える不浄の軍勢を拒絶せよ——【ホーリー・サンクチュアリ】!!」
神聖な黄金の幾何学模様が地表を高速で駆け巡り、凄まじい光の柱が天へと突き抜ける。
眩い光の障壁がドーム状に広がり、子爵邸と召喚された悪魔の群れを、丸ごと巨大な『光の檻』の中へと強引に閉じ込めた。
この『聖域』の効果により、領域内の悪魔たちのステータスは低下し、逆に味方には継続的な強化バフが付与される。聖騎士たちの盛り返しにより、悪魔の数は着実に減り始めていた。
当然、悪魔たちは障壁を維持するシルヴィアを潰そうと殺到するが、ダリオンとニコ、そして聖騎士たちが一丸となって彼女を死守する。
ゼノヴィウスの邪竜の力も聖域の影響を多少受けたものの、召喚陣の維持には支障がない。悪魔は留まることなく滾々と湧き出し続けていた。
そんな膠着状態の中、聖域を維持するシルヴィアの足元に、再び幻想的な魔法陣が浮かび上がる。
真昼であるにもかかわらず、彼女の頭上には美しい夜空と満月の幻影が現れた。
一定時間のHP自動回復をはじめ、攻撃力を高める赤の輝き、防御力を高める茶の輝き、素早さを高める緑の輝き……さらには『全属性ダメージ軽減』という圧倒的な紫色のバフが、聖域効果の上に重なって全員へ与えられたのだ。
もしかして……聖女が聖域を維持し続ける極限状態の中で、こんな広域支援魔法を発動したのか!?
それだけではない。聖女のすぐ側からは、まるで彼女を守護するかのように『白い光の線』が途切れることなく放たれ、危なくなった味方を的確に援護し続けていた。これもまた、聖域がもたらした奇跡の効果だとでも言うのか……!?
(チッ……流石は女神エリシアのお気に入りと言ったところか。まさかこれほ範囲魔法まで秘めていようとは。だが……これほどの術、そう長く持てるはずもない。逆に好都合だ。魔力を使い果たして倒れ込んだところを、一撃で葬り去ってやる!)
ゼノヴィウスは嘲笑いながらさらに魔力を注ぎ込み、悪魔の召喚速度を加速させる。
聖域の中で、悪魔と聖騎士たちの激戦は一進一退の攻防を見せていた。
--------------------------------------------------------
「はあっ!」
ダリオンが迫り来るガーゴイルを一閃で切り伏せる。
石像の如き躯を持つガーゴイルは防御力が極めて高い。ダリオンはガーゴイルの目から放たれる目くらましの光線を誘導し、別のガーゴイル同士を激突させて集めると、後方に控える仲間へ叫んだ。
「ニコ! 今だ! ゴーレム系のヤツらは属性魔法に弱い! 思いっきり叩き込め!」
「大気に潜む見えざる刃よ、荒れ狂う螺旋となりて敵を穿ち、束縛せよ……! ダリオン下がって、巻き込まれるわよ! ——【スパイラル・ボルテクス】!!」
ニコが展開した魔法陣から放たれた風の魔力が、直径数メートルにおよぶ鋭利な竜巻となってガーゴイルの群れを呑み込む。
「そこにこれだ!【爆炎剣】!!」
ダリオンの剣が烈火を纏い、その炎を竜巻の中へ直接叩き込んだ!
激しい風魔法と炎が融合し、瞬く間に巨大な『炎竜巻』へと昇華。集められていたガーゴイルたちはひとたまりもなく炎に包まれ、ボロボロと石の破片となって崩れ去った。
ダリオンはニコの隣に着地すると、爽やかに笑いかける。
「よくやったなニコ! やっぱりお前の魔法は頼りになるぜ!」
「なっ……バカダリオン! 感心してる暇があったら前を見なさい、また湧いてきたわよ! このままじゃジリ貧だわ、早くあの変な貴族を叩くわよ!」
「よし分かった、俺が前に出る! ニコは俺の背中についてきてくれ、隙ができたら魔法を叩き込んでくれ!」
「了解!」
二人が呼吸を合わせた直後——突如として『聖域』が消滅した。
「まさか聖女様に何かあったのか!?」
ダリオンたちが思わず足を止め振り返ると、そこには肩で息をし、聖騎士に支えられているシルヴィアの姿があった。流石に大技の維持は魔力の限界だったのだ。
「【アイスウォール】!!」
すかさず、誰かが放った大型の氷魔法が発動する。
聖域の消えた範囲を覆うように分厚い氷の壁が立ち上がり、悪魔たちの進路を塞いだ。しかし、上空を飛べるインプたちを氷の壁で止めることはできない。
解放されたインプ群が一斉に空へと飛び立ち、街へ向かって散ろうとした——その瞬間!
後方から放たれた無数の矢が空中のインプを一網打尽に撃ち落とす。
間髪入れずに追撃の大型風魔法が天空を薙ぎ払い、飛翔していた悪魔を一瞬で全滅させた!
「ふふ、聖騎士たちよ! あたしはここの冒険者ギルド長、エルドラーナよ! 増援を連れてきたわ!」
艶やかな笑みを浮かべたエルドラーナが、魔法で声を増幅させて前線へ呼びかける。
「あのモンスターたちは悪魔系よ、弱点は【光】! 冒険者の魔法使いたちが今から君たちの武器に光属性を付与するわ! 付与魔法が使える聖騎士は自分で掛けなさい! 使えない者は交代で戻るのよ!」
ギルド長の的確な指示のもと、武器に光属性を付与されたエリート冒険者たちが前線へ雪崩込む。交代で戻る聖騎士の武器にも次々と付与が施され、無数の武器が白い聖光を纏った。
救援の到着により、形勢は一気に逆転する。弱点を突かれた悪魔たちは面白いように倒されていった。
さらに聖女が事前に準備していた大量の魔法スクロールと魔力回復ポーションが分配され、後衛の魔法使いたちは魔力切れの心配なく火力を叩き込むことができる。
だが、ゼノヴィウスも黙ってはいない。聖域が消えたことで召喚の枷が外れ、下位悪魔の波に混ぜて『中位悪魔』——人間の倍近い巨体に赤黒い筋肉、頭部からねじ切れた禍々しい羊角を生やした【レッサー・デモン】を数体同時に召喚した!
生贄なしのため強力な特殊技こそ使えないが、そのレベルは34。紛れもない強敵だ。
数体のレッサー・デモンが壁となり、前に出ようとするダリオンたちの足止めを図る。
子爵邸の玄関前に立つゼノヴィウスは、冷徹に次の手を思案していた。
(聖女はポーションで魔力を戻し、範囲回復に専念しているな。恐らくあの後、自身で前に出て光魔法でレッサー・デモンを処理する気だろう。……さて、潜ませた戦闘員たちはうまく背後を取ったか?)
開戦時、ゼノヴィウスは暗号で4人の戦闘員に「気配を消し、隙を見て聖女を暗殺せよ」と命じていた。最初の大規模召喚は、彼らの影を隠すための撒き餌でもあったのだ。
そろそろ聖女の首を取った頃合いか——とゼノヴィウスが聖女の方へ視線を巡らせる。
しかし、それらしい気配はどこにもない。屋根の上か?……いない。冒険者に紛れたか?
「お探しの者なら、こちらにおりますぞ。」
背後間近から響いた、低く落ち着いた老人の声。
「っ!?」
ゼノヴィウスは反射的に体を捻って側方へ跳んだ!
直前まで彼がいた空間——胸腔の位置を、鋭いレイピアの閃光が貫く。
「おやおや……反応が早いですな、エドガー様。バールヴィレッジでこれ以上暴れられては困りますゆえ。」
そこに立っていたのは、子爵家に仕える老執事であった。
老執事の体が凄まじい黄色の闘気に包まれ、ゼノヴィウスの足元に巨大な五芒星の魔法陣が浮かび上がる。老執事はそのままゼノヴィウスを中心に、五芒星の軌跡を描く神速の踏み込みで駆け抜けた!
一撃一撃が重く、そして速い! 武器を持たないゼノヴィウスは、邪竜の魔力を腕に集めて防御に徹するしかない。
「速い……っ!」
鋭い連撃を浴び、ゼノヴィウスの両腕と背中に深い傷が刻まれる。
「ほう、わたくしの【五芒星撃】を受けてなお倒れぬとは……エドガー様がこれほどお強いとは思いも寄りませんでした。いやはや、わたくしもまだまだ修行が足りませんな。」
だが、ゼノヴィウスの傷は見る間に黒い霧を発して塞がっていった。
彼は衣服の埃を払いながら、子爵邸の玄関前を見る。彼が探していた4人の戦闘員は、すでに全員が静かに転がっていた。
暗殺計画は失敗に終わった。やはり自分の手で片付けるしかない……ゼノヴィウスは眼前の老執事を冷ややかに睨みつける。
「貴様……ただの執事ではないな?」
「いえいえ、わたくしはただの執事に過ぎませんよ。」
ゼノヴィウスは知らなかった。かつて『神速の剣影』と恐れられたこの老執事——セバスチャンの存在を。前の世界線において、セバスチャンはエトワール子爵と共に『影なき処刑人』の不意打ちによって命を落としていたからだ。
これほどのの手猛者を前に、素手で戦うのは危険すぎる。
ゼノヴィウスが右手に漆黒の魔力を集めると、凝縮された魔力は禍々しい黒炎を纏う一振りの『剣』へと姿を変えた。
それを見たセバスチャンは、密かに冷や汗を流す。
(あの黒い炎の剣……嫌な予感がしますね。あの一撃を直撃させるわけにはいきません。)
二人はこれ以上言葉を交わすことなく、再び激突した。
セバスチャンはアリスとの出会いをきっかけに、老いてなお剣心が再燃していた。最近では私兵の訓練と称し、ナイジェリアの森に現れた新しい遺跡ダンジョンへ頻繁に足を運んでいたのだ。
その甲斐あって、彼のレベルは39からレベル40へと到達していた。この場で最高レベル43を誇るゼノヴィウスとも、互角以上に渡り合える理由がここにあった。
しかし、ゼノヴィウスの持つ黒炎の剣には、邪竜の魔剣特有の『固定追加ダメージ』と『防御力無視50%』の特性が宿っている。セバスチャンは長年の直感に従い無理な深追いを避け、相手の攻撃を徹底して回避、いなしつつ、悪魔召喚の詠唱を阻害することに集中した。
セバスチャンがゼノヴィウスを足止めしている間に、子爵邸からは子爵の私兵たちも次々と参戦。
武器は二コから光属性の付与を受けたダリオンは聖騎士たちの援護を受け、巨躯のレッサー・デモンを一体、また一体と確実に切り伏せていく。
後方ではギルド長エルドラーナの広範囲魔法が空を覆い、前線では聖騎士と冒険者たちが掃討戦を展開。さらに後方では、シルヴィアが下位光魔法でガーゴイルを掃討しつつ、聖杖の固有効果「光魔法使用時、味方全体のHPを回復」によって全体の戦線を強力に支えていた。
召喚は止まり、下位悪魔はほぼ潰された。脅威と思われたレッサー・デモンも半数が倒された。
誰もが「邪竜に取り憑かれたエドガー」を鎮圧するのは時間の問題だと確信しかけた——その時。
戦況が劇的に暗転する。
「くっ……!」
セバスチャンの鋭い斬撃を、ゼノヴィウスは黒炎の威圧で強引に押し返した。
わずかな間合いを取ったゼノヴィウスは、冷笑を浮かべてセバスチャンを見下ろす。
「貴様……確かセバスチャンと言ったな。これほどの剣士が潜んでいたとは想定外だ。……だが、俺の本職は剣士ではない。『魔法使い』なのだよ。」
セバスチャンが微かに目を見開く。魔法使いでありながら、『神速の剣影』たる自分と剣で互角に渡り合っていたというのか——!
ゼノヴィウスが腕を掲げると、全身から狂おしいほどの黒い魔力が湧き出し、上空へと解き放たれた。
天を覆う紫の暗雲がさらに濃くなり、足元の地面から召喚陣たちが再展開される!
中から現れたのは、不気味なライオンの胴体に蛇の尾、そして山羊の頭が歪に融合した合成獣——【キメラ】!
そのレベルは、現在のゼノヴィウスが召喚できる最上級の【レベル39】!!
キメラを筆頭に、レッサー・デモンや悪魔の軍勢が再び溢れ出す。しかも今回はゼノヴィウスが意識を集中させずとも、魔法陣が自動で悪魔を生成し続ける『設置型』だ!
この一帯全体が邪竜の魔力場と化し、今度は悪魔側全体に強力なバフが掛けられてしまった。聖女側は一瞬にして絶望的な劣勢へと叩き落とされる。
「闇よ、燃え盛れ——【ダークフレア】!!」
ゼノヴィウスが黒炎の剣を一振すると同時に、セバスチャンへ向けて渦巻く漆黒の極大炎が襲いかかった!
セバスチャンは即座に跳躍して直撃を避けたものの、膨れ上がった黒炎の余波が右足を掠める。さらに着地点を狙い、ゼノヴィウスは数十本の【ダークアロー】を間髪入れずに連射した!
「チッ……!」
「させるかあぁっ!!」
そこへダリオンが間一髪飛び込み、光を纏う剣で漆黒の魔矢を叩き落とす!
後方からニコが叫んだ。
「この人はあたしたちが引き受けます! 執事さん、一度下がって回復してください!」
「……恩に着ますぞ!」
セバスチャンは即座にギルド長エルドラーナの元へと後退した。幸いにも足を切断される事態は免れたが、傷口からは禍々しい黒いモヤが立ち上っている。
「セバスチャン様、大丈夫ですか!?」
「何とか……ですがエルドラーナ様、あの黒い炎には絶対触れてはなりません。異常な力が宿っています。」
エルドラーナが差し出した回復ポーションを飲み干すセバスチャン。しかし、傷口は塞がる気配を見せない。
そこへ、聖女を護衛していた聖騎士が駆け寄り、一本の小瓶を手渡した。
「聖女様からの指示です! あの黒炎は強力な呪いを伴います、先にこの【聖水】をお使いください!」
エルドラーナは素早く聖水をセバスチャンの右足へ振りかけた。黒いモヤが浄化されるとともにポーションの効果が劇的に通り、セバスチャンの傷が癒えていく。
戦線の一角が崩壊するのを防いだシルヴィアは、セバスチャンへ視線を向けた。
「セバスチャン様、申し訳ありませんが……味方の全体指揮をお願いできませんでしょうか!? 無限湧きする悪魔を前に、このままではジリ貧になります。私はダリオンさんたちと共に、エドガー様を直接討ち取ります!」
「はぁ……はぁ……! し、指揮ならば私にお任せください、聖女様! 遅くなって申し訳ございません!」
声を上げたのは、子爵邸の裏手から氷の壁を遠回りして駆けつけた、エトワール子爵本人であった!
「子爵様!! ご無事で何よりです! それでは予定通り、全体の指揮をお願いいたします!」
シルヴィアは子爵とその護衛にも迅速に強化バフと武器を光属性を付与し、戦線の中央へ躍り出る。
息を整えたエトワール子爵は、戦況を素早く見極めると即座にセバスチャンへ命じた。
「すー……はー……よし! セバスチャン、あの巨大なキメラを最優先で撃破しろ! 一匹たりとも氷の壁の外へ逃がすな!」
「かしこまりました、我が主!」
「エルドラーナ殿! 召喚魔法陣の足元を一帯、氷で凍らせてくれ!」
「なるほど、足止めね! 任せなさい!」
バフを受けたセバスチャンは一風の疾風と化し、キメラの頭部を一閃で跳ね飛ばした。
エルドラーナが召喚陣の地面をツルツルの氷床に変えたことで、召喚されたばかりの悪魔たちは足を取られて転倒。そこを冒険者たちが容赦なく討伐していく。子爵の見事な指揮により、混戦の中にも整然とした討伐ラインが再構築された。
後方はエルドラーナの広域魔法、大型悪魔にはセバスチャン、レッサー・デモンには聖騎士団と子爵の私兵、飛行悪魔には冒険者の射手と魔法使い。
無限湧きの脅威は継続しているものの、シルヴィアが前に出る隙は完全に整った。
元より、大勢でゼノヴィウスを包囲し、シルヴィアとダリオンたちで直接叩くのが元の作戦だ。ゼノヴィウスの邪竜の力が未知数だったため、事前にエトワール子爵やギルドへ協力を仰ぎ、住民の避難要請を出しておいた判断は大正解であったと言える。
「ダリオンさん、ニコさん! 行きます!」
後方を子爵に託し、シルヴィアは聖騎士を伴ってゼノヴィウスの元へ疾走する。
しかし——ゼノヴィウスもまた、愚かではない。彼も全く同じ結論に達していた。
(封印の術を持つ唯一の脅威……あの聖女さえ消せば、残りの雑魚どもなど何千いようと恐るるに足りん!)
間合いを詰めるシルヴィア。
その瞬間、前方でゼノヴィウスと刃を交えていたダリオンが、悲痛な叫びを上げた!
「聖女様っ! 避けてくれーーーーッ!!」
ハッと顔を上げたシルヴィアの視界を染めたのは……
正面から猛烈な勢いで迫り来る、渦巻く黒炎の巨大な塊【ダークフレア】であった!!




