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神々しい巨大な白銀のドラゴンが黒竜を吸収すると、そのまま遥か彼方へと飛び去り、姿を消した。
消えていた部屋の壁と天井が静かに元通りになり、まるで何もなかったかのように、落ち着いた雰囲気を醸し出す中世風の執務室へと戻る。
突然テーブルの上にお茶とクッキーが現れた。それを勧めてくれたリーンベル様の厳しかった表情が少し柔らかくなり、早速本題へと入っていく。
「アリス様、タピオカ様。私にお聞きになりたいことがあるようですね。どうぞ遠慮なくお尋ねください。お答えできる範囲でございましたら、何でもお話しいたします」
「あ……ありがとうございます」
出されたお茶を一口飲み、心を落ち着かせる。
そして俺は遠慮することなく、ずっと気になっていた疑問を彼女に投げかけた。
「あの……先ほどの黒竜なのですが、ワタシたちが知っていた“邪竜ネザーヴェイル”とは姿が異なるように見えました……」
これこそ、俺とタピオカくんが真っ先に知りたかったことだ。もしあの黒竜が本当の邪竜なのだとすれば、この世界から邪竜は完全に消滅したことになり、今後の世界観や展開は俺たちの知るゲームの知識と全く違うものになってしまう。
俺の問いかけに対し、リーンベル様は眼鏡のブリッジを指で押し上げながら答えた。
「そうですね……お二人には真実を知っていただく必要があります。……簡単に申し上げますと、先ほどお見せしたドラゴンこそが“ネザーヴェイル”なのです」
「えっと……あの黒竜の方……でしょうか?」
「いいえ。両方でございます」
黒竜の方は【ネザーヴェイルの魂の欠片】から実体化したものだから理解できる。だが、あの神々しい白銀のドラゴンまでもが“ネザーヴェイル”だというのだろうか?
未だに俺の首元に隠れていたタピオカくんも、チャット欄で『よくわからないわね……』と首を傾げている。両方とも“ネザーヴェイル”だとするなら、俺たちの知る“邪竜”とは一体何なのだろうか。
その疑問に、リーンベル様は即座に答えてくれた。
「そう難しくお考えになる必要はございません。言葉通り、あのドラゴンこそが本来の“ネザーヴェイル”なのです。そもそも“ネザーヴェイル”とは、この世界の創造神ノルン様がお創りになられた神の代行者。本体を除き、世界に七属性の分身が存在しております」
なるほど……先ほど見せた神々しい巨大ドラゴンが“ネザーヴェイル”の本体であり、あの生意気な黒竜は闇属性の分身だったわけだ。元々がゲームの世界観なのだから、そうした設定を聞いてもそれほど驚きはない。
リーンベル様はそのまま静かに語りを続けた。
「そして、お二人が“邪竜”と呼んでいる存在は……昔、とある愚かな魔法使いが引き起こした事件の産物に過ぎないのです」
彼女は淡々と、千年前の惨劇の真実を語り始めた。
事の始まりは、今からおよそ千年前。
とある『天才魔法使い』が、偶然にもここ『ステラ・ビブリオテカ』——世界のデータベースであり、真なる神の領域へと繋がる入り口を開いてしまった。それが、先ほど俺たちがくぐり抜けてきたあの次元の狭間だった。
書庫エリアへと不法侵入した彼だったが、当時の管理人に即座に対応され、元の世界へと強制送還されることとなった。神の領域を深く探索することも叶わず、管理人には到底敵わないと悟った天才魔法使いだったが、彼はただでは引き下がらなかった。
元の世界へ戻る出口をくぐる直前、彼は足場として漂っていた『金色の粒子でできた紙』を手の中に掴み取り、持ち帰ったのだ。
元の世界に戻った時点で次元の狭間は閉じ、物理的な紙そのものは消滅した。普通なら何も残らないはずだったが……その紙に記されていた世界の知識だけは、データとして彼の脳内に直接刻み込まれてしまった。
更なる知識と万能の力を渇望した魔法使いだったが、あの入り口が開いたのは奇跡的な偶然に過ぎない。数ページ分の知識を得た程度の人間では、己の魔力で再び神の領域をこじ開けることなど不可能だと知ってしまう。
そこで彼は、脳内の知識を頼りに、闇属性の神の分身——黒竜『ネザーヴェイル』の存在へと行き着いた。
あの闇属性の黒竜は、俺たちがよく知っている通り、生意気でどこか抜け作な性格をしている。魔法使いは黒竜の前に膝を折り、徹底的にお世辞と甘言を弄して油断させた。そして完全に隙だらけになった瞬間、黒竜に触れ、神の領域から得た知識を用いて開発した禁忌の術を発動させたのだ。
——己の魂と、黒竜の肉体との融合。
リアル世界の『セレアグ』2周年イベントレイドボス……あの『邪竜ネザーヴェイル』は、こうして誕生したのだという。
黒竜の強大な力を奪い取ったことで、今度こそ『ステラ・ビブリオテカ』への入り口を開くことができると確信した邪竜は、最も適した巨大な地脈を探るため、世界中の国々を襲撃し始めた。
当然、世界の危機に対して人間や諸種族は一致団結。連合軍との大決戦の末、邪竜は討伐されることとなった。
だが邪竜は死の間際、残された全魔力を振り絞り、再びこの『ステラ・ビブリオテカ』への入り口を力ずくでこじ開けることに成功してしまう。
しかし、邪竜の命もそこで尽き、次元の狭間の前で息絶えた。
異変を察知した当時の『ステラ・ビブリオテカ』の管理人が現れ、狭間を閉じようとしたが、黒竜の魔力と混ざり合った天才魔法使いの凄まじい怨念が阻害し、どうしても完全に閉じることができない。
困り果てた管理人は、邪竜を討伐した現場にいた連合軍の中で、最も光属性魔法に秀でていた『一人の修道女』に神の加護を与え、二度と誰にも入れないよう外側から厳重に狭間を封印させた。
後にその修道女は『初代聖女』と呼ばれ、この狭間を隠すために邪竜との決戦の地の上に【聖王国の大聖堂】が建立されたのだ。人々の間では「邪竜はこの地下深くに封印された」と言い伝えられるようになった。
以上が、千年前の『邪竜ネザーヴェイル』の真実だった。なるほど……だからこそ女王様は「ステラ・ビブリオテカの中の物には絶対に触れるな」と強く警告していたわけだ。
しかし……この話、リアルの『セレアグ』でも描かれていない完全な物語の核心じゃないか? あの猛威を振るった邪竜の正体が、ただの天才魔法使いの怨念のような代物だったとは……。だからこそ、ゲーム内でも邪竜編は第2章で綺麗に完結していたのか。本物の闇のネザーヴェイルではなく、真の物語におけるほんの序章に過ぎなかったのだから。
長くなった説明を一区切りさせ、リーンベル様はお茶を口に含んだ。
「大まかにこのような経緯で邪竜が誕生いたしました。故に、真に悪しきはあのゴミの軽率さなのです。本体による先ほどのお仕置きすら、手ぬるいと私は思っておりますが」
「な、なるほど……ご丁寧なご説明、ありがとうございます」
俺も差し出されたお茶を一口飲み、頭を整理してから、話題を“現在”に戻すべく次の質問を切り出した。
「あの、リーンベル様。もう一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、何なりとお尋ねください」
「ありがとうございます。……この世界には、もしかしてワタシとタピオカくん以外の『プレイヤー』が存在しているのでしょうか?」
リーンベル様は全く意外そうな素振りも見せず、静かに首を横に振った。
「いいえ。ノルン様がこの世界へご招待された客人は、お二人だけでございます」
予想通りの回答だ。だが……だとするなら、なぜセレアグのメインストーリーを知っているかのように聖女シルヴィアを陥れようとする者が存在し、武闘祭で【奈落の七印】の刺客たちがダリオンの命を狙いに来たのか?
それに、セリーナの父親であるエドガー……いいえ、ゼノヴィウス。彼はなぜ【ネザーヴェイルの魂の欠片】が『水晶玉』の形をしていることを知っていたのか?
その疑問を見透かしたように、俺がさらに問い重ねる前にリーンベル様が先回りして答えてくれた。
「お二人を惑わせているのは……“ゼノヴィウス”という人物ですね?」
「!? ……はい、その通りです」
「本来であれば来月お招きする予定でしたが……こうしてお二人が予期せずここへ来られた機会に、そのままお話しさせていただこうと考えた最大の要因が、まさに彼なのです」
「では……そのゼノヴィウスという人物はプレイヤーではないとすれば、一体誰がシルヴィアが聖女となる前に彼女を抹殺しようとしていたのでしょうか?」
「それも……“ゼノヴィウス”でございます」
チャット欄のセリーナとサクラリアは、ゼノヴィウスこそが全ての黒幕であるという事実に驚愕していた。だが、俺とタピオカくんの頭の中には、すでに別の可能性が浮かび上がっていた。
俺はその可能性を口にし、リーンベル様に答え合わせを求めた。
「もしかして……そのゼノヴィウスという人物は……『転生者』、あるいは『タイムスリッパー』のような存在なのでしょうか?」
ここでリーンベル様は一瞬だけ意外そうに目を見開いたが、すぐに感心したように頷いた。
「なるほど……ノルン様が招かれたお客様というだけあり、お察しが早くて助かります」
「はい。なんとなくですが……ワタシたちが知っていた情報の元で、最も大きくズレを生じさせている要因が、現段階では彼しか考えられませんでしたので」
「ええ、概ね正解でございます。“ゼノヴィウス”というイレギュラーの存在こそが、エリシア様がお二人をこの世界へお招きになった一番の理由なのです」
女神エリシア様の名を聞き、タピオカくんが俺の首元からひょっこりと顔を出して質問を投げかけた。
『お話の途中にすみません……私たちをステラ・ビブリオテカにお招きくださったのは、あの水晶玉……闇のネザーヴェイルのですか?』
「そうですね……闇のネザーヴェイルは自らの再起を企み、本日半ば強引にお二人をここへ連れてまいりました。ですが……元より女神エリシア様からお二人へお願いしたい儀問がございまして、来月あたりにお招きする予定だったのです」
『ええと……では、私たちをこの世界へ招くしてくださった『創造神ノルン様』とは、こちらの神様が、それとも私たちの世界の神様ですか……?』
「ああ、そこから説明が必要でしたね。簡単に申し上げますと、創造神ノルン様はこの世界そのものを創造された主神に当たります。そして女神エリシア様はノルン様の妹君であり、お二人が今いらっしゃる大陸の信仰の象徴なのです。他の大陸には、それぞれ別の五人の妹女神様が象徴として鎮座しておられます」
『なるほど! この世界を創られた長女の創造神ノルン様がいらして、その下で六姉妹の女神様たちが世界を管理されているのですね。分かりやすいご説明をありがとうございます』
「はい、そういう構造になっております。……僭越ながら、ノルン様のお名前は市井には広めぬようお願いいたしますね。突如として最高神の存在を知らされても、下界の民は混乱するばかりですので」
『了解いたしました! ここだけの秘密にしておきますね』
「感謝いたします」
そういうことか。この世界で最も偉大な存在は当然ながら創造神ノルン様であり、俺たちを異世界からこの『セレアグ』の世界へと招いたご本人なのだ。
……となると、俺がリアル世界の神社で出会ったあの謎の巫女さんは何者だったのだろうか? この世界の神様ではないとすれば……もしかして、ホントに日本の神様か何かだったのだろうか。最初に出会ったのも日本の神社だったわけだし……。
とんでもない大物が裏にいたものだ。以前、妖精の女王様が言っていた『あの方』というのは、もしかするとノルン様のことだったのだろうか? その名を安易に口にしてはならないからこそ、俺たちに語らなかったのかもしれない。
それにしても、女神エリシア様までもがゼノヴィウスの存在に頭を悩ませており、来月にも俺たちをここへ招待する手はずだったとは……。闇のネザーヴェイルが俺たちを連れ込んできたおかげで事態が前倒しになったわけだが……うーむ、また新たなクエストが飛んできそうだ。
神々の体系について簡単に説明を終えると、リーンベル様は本題へと話を戻した。
「話を戻しましょう。実は現在、この世界には“二人のゼノヴィウス”が存在しております。もちろん、同姓同名の別人がいるといった単純な話ではございません。一人は【奈落の七印】の教王ゼノヴィウス。そしてもう一人は……エドガー・カースティアの身体の中に潜むゼノヴィウスです」
特に動揺を見せない俺たちを確認し、リーンベル様は言葉を続けた。
「【奈落の七印】の教王ゼノヴィウスはこの世界の本来の住民ですので、歴史の範疇と言えます。問題なのは……エドガー・カースティアの体内にいるゼノヴィウスの方なのです」
「彼は……別の『世界線』から迷い込んできた魂なのです。彼がいた元の世界線において、邪竜の魂……すなわちあの天才魔法使いの怨念の一部は、武闘祭で召喚されました。お二人の知る歴史通り、騎士団副団長セルディスの肉体を媒体として顕現した仮初めの邪竜は、ダリオン様と聖女様たちの活躍によって倒されたのです」
「その現場に居合わせたゼノヴィウスは、闘技場に漂っていた天才魔法使いの怨念を回収し、それを持ったまま【時の神殿】へと向かいました。時間を千年前まで巻き戻し、邪竜を完璧な形で復活させようと企んだのです。しかしその世界線では、儀式の最中にダリオン様たちの妨害が入り……結果として彼の魂は、回収した怨念の一部と共に『この世界線』へと漂着してしまったのです」
タピオカくんが即座に反応した。
『なるほど……【時の神殿】ということは、あのシーンですね』
「……確かに、あのシーンですね」
俺もリアルで最新章までのメインストーリー実況動画をチェックしていたので、どの場面のことを言っているのかピンと来た。
第二章のクライマックス。謎の神殿にて、黒幕らしき男が数十体ものワイバーンを融合させ、邪竜の仮初めの肉体を作り出す。その後、眩く光る『何か』がその肉体へと吸い込まれ、巨大な魔法陣が発動。邪竜の肉体に凄まじい魔力が満ちていき、最終的にあのレイドボスの邪竜へと変貌を遂げるのだ。
ゲームの本来の展開では、ダリオンやシルヴィアたちが儀式そのものを知らなかったため邪竜が復活を果たし、各国の同盟軍によって魔導国へと誘導され、そこでレイド戦が勃発する……という流れだった。
……というか、『世界線』が絡んでくるとなると、今のこの世界は俺たちの知るゲームの歴史とは完全に枝分かれした『別の世界線』ということになる。リアルの『セレアグ』のメインストーリーにあった展開を100%信用することはできなくなったわけだ。
リーンベル様は静かに言葉を重ねる。
「どうやらアリス様もタピオカ様も、即座に理解していただけたようですね。別世界線のゼノヴィウスは儀式に失敗し、あの世界線の天才魔法使いの怨念と共に……今から7年前、この世界線へと流れ着きました」
俺は気になった疑問をすぐに口にした。
「……2年前ではなく、7年前……ですか」
リーンベル様は静かに視線を伏せた。
「はい。……セリーナ様にとっては、あまり耳にしたくない真実かもしれません。かつてガンド村の優れた狩人であったエドガー・カースティアは、森の中で偶然にもゼノヴィウスの魂の欠片を拾い上げてしまいました。そして……欠片の中に潜んでいたゼノヴィウスの魂は、彼の肉体へと……そのまま取り憑いてしまったのです」
「なるほど……だからこそ、この世界のエドガーの行動はワタシたちの知る歴史と大きく異なっていたのですね。……では、本物のエドガーの魂は、今もあの身体の中に残っているのでしょうか?」
彼女はそっと目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「申し訳ございません、セリーナ様。お二人とは異なり……取り憑かれたその瞬間に、エドガー・カースティア様の魂は消滅してしまわれました」
この世界のエドガーの動向が俺たちの知る設定と違っていたこと、そしてなぜ彼が禍々しい黒い魔力を纏っていたのか……その全ての理由が解けた。彼の中身は魔道士の怨念と混ざり合った、別世界線の【奈落の七印】教王ゼノヴィウスだったのだ。
真実を知った俺とタピオカくんは、すぐにチャット欄へ意識を向け、セリーナをフォローしようとした。
「セリーナ……大丈夫ですか……?」
セリーナ:やっぱり……え? だ、大丈夫ですよ!
セリーナ:お父さんが亡くなっていたことは、7年前にすでに受け入れていますから。
セリーナ:それに……本物のお父さんは、精霊さんが仰っていた通り……
セリーナ:伯爵になられた後、すぐに冒険者を雇って私たちを探してくださっていたのですよね。
セリーナ:お父さんは……私たちを愛してくれていた。
セリーナ:それを知ることができて、私はむしろ嬉しかったんです!
強いな……セリーナ。普通ならゼノヴィウスへの憎悪に狂い、復讐に囚われてもおかしくない場面だというのに……。それとも、身近な人間の『死』が日常と隣り合わせにあるこの世界において、彼女の受け止め方が標準なのだろうか。
重苦しい空気が漂いかけたその時、リーンベル様の優しい言葉がその場を包み込んだ。
「セリーナ様、ご安心なさってください。エドガー・カースティア様の魂はすでに女神エリシア様のお手配により、とても温かなご家庭のもとへとお生まれ変わりになられておりますよ」
セリーナ:そう……ですか……! 女神エリシア様、本当にありがとうございます……!
サクラリア:セリーナ! わたくしたちがついているのですからね!
サクラリア:寂しくなったら、いつでもわたくしの胸をお貸ししますわ!
セリーナ:サクラリアの胸をお借りしても、物理的に何の足しにもならないんですけど……。
サクラリア:仕方ありませんわね……ではこの大役はレオンさんに譲るといたしましょう!
セリーナ:サクラリア! あなたはただそれを言いたいだけでしょう!?
リーンベル様の涼しげな表情に、ほんの少しだけ温かな微笑みが浮かんだ。いまやチャット欄のテキストでしか会話に参加していないセリーナたちのやり取りだが、システムに干渉できる彼女には全て見えているのだろう。そのことについてツッコミは野暮というものだ。
彼女はコホンと咳払いをし、話を戻した。
「皆様、お話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか」
「はい、お願いいたします」
「その別世界線から来たゼノヴィウスは、この7年の間、伯爵領の陰で【奈落の七印】の勢力を育成しつつ、この世界の自分……つまり本来の教王とコンタクトを取る方法を模索しておりました。そしておよそ2年前、この世界の教王はようやく、彼が『未来から来た己の半身』であることを信頼したのです。未来の知識を得たこの世界の教王は、即座にシルヴィア様とダリオン様の抹殺へと動き出しました」
「そういう経緯だったのですね……」
「はい。故にエリシア様はノルン様の許可を得て、同じイレギュラーであるお二人をお招きし、ダリオン様やシルヴィア様を救うことで、この世界が最悪の辿り道を辿らぬよう手を打たれたのです」
「理解いたしました。……では、次のワタシたちのクエストは、その別世界線から来た『ゼノヴィウスの排除』ということになるのでしょうか?」
「左様でございます。彼を排除することさえできれば、今後の世界の歴史はノルン様のお描きになった正常なシナリオ通りへと収束していきます」
ゼノヴィウスとのレベル差は20以上あり、装備の質もこちらが遥かに上だ。客観的に見れば決して難易度の高いクエストではない。……だが、排除すべき対象はセリーナの実の父親の肉体なのだ。セリーナの心情は大丈夫なのだろうか?
不安になってチャット欄を覗き込んでみると——
セリーナ:よし! あのニセモノのお父さんをボコボコにしてやりましょう!
サクラリア:素晴らしいやる気ですわね、セリーナ!
セリーナ:当たり前ですよ! あれはお父さんなんかじゃなく、
セリーナ:奈落の七印の教王の半身……害悪でしかありません!
セリーナ:それに……彼のせいで、うちは長年不当な借金に苦しめられたんです!
セリーナ:あの人を倒して、昔の借金200万Gを全額回収してやります!!
サクラリア:ちょっと!? 目的が変わっていません!?
俺は肩の上に座るタピオカくんにチラリと視線を送る。彼女も苦笑いを浮かべて肩をすくめていた。
セリーナが俺たちの前で空元気を振る舞っているのか、あるいは本当に「敵が父親の肉体であること」を割り切っているのかは分からない。だが俺たちは、この明るい雰囲気を保ったままこのクエストをやり遂げるしかないだろう。
これで話し合いは終わりかと思われたが、リーンベル様は最後にもう一つ、このクエストに関する『ある重大な条件』について語り始めた。




