83 ステラ・ビブリオテカ
翌日、今日は12月27日、土曜日。
俺とタピオカくんは明日から各自の実家に戻る予定だ。デバイスを持っていけば実家からでもログインできるが、今のように長い時間ログインすることは難しくなる。
だからこそ、その前にあの生意気な水晶玉の処置を今日中に決めておきたい。
もし女王様もこの『邪竜の魂の欠片』は危険だと言うのなら、正式に聖女シルヴィアたちに引き渡し、彼女たちの封印の術であの生意気な水晶玉を封印してもらう予定だ。
逆にあの生意気な水晶玉が本当に神様の代行者なのだとしたら、もしかするとまた何かクエストが発生するかもしれない。明日からは実家に帰るのだから、時間制限のあるヤツだけは勘弁してほしいところだ。
朝早く、タピオカくんとビデオ通話であの水晶玉のことを話題にしながら一緒に朝食を済ませ、いつもの休日のログイン時間である9時を待って一緒にログインした。
セリーナたちも俺たちが土日祝日は基本的に朝9時にログインすることを知っているため、彼女はすでにいつものお嬢様風魔法使いスカートに着替え、サクラリアや女王様と一緒にテーブルの前で俺たちを待ってくれていた。
「おはようございます、女王様、セリーナ、サクラリア」
「おはようございます〜、皆さん」
セリーナ:おはようございます、精霊さんたち。
サクラリア:おはようございますです。
『お、来たか、精霊殿』
「はい、お待たせしてしまい申し訳ございません」
『よい、妾は気にせん。……それより、その生意気な水晶玉とやらは何処にいるのだ? 早く出してたもれ』
“生意気な水晶玉”のお披露目をとても楽しみにしている様子の女王様の一方で、クラリス夫人とレオンの姿はどこにも見当たらない。
タピオカくんがセリーナたちに尋ねると、夫人は本当に迷宮都市にリリアナローズの支店を作るらしく、朝からレオンと一緒に商業ギルドへ向かったらしい。すごい行動力だ。
だが、ちょうどいい。邪竜の魂に関わる話を知る者は少ない方に越したことはない。
念のため、タピオカくんは魔法少女姿に変身してここにいる全員に防御バフを掛け、警戒態勢を取る。俺も今作成できる最高レアリティであるSRの魔法盾を構えた。
『おやおや、あの水晶玉はそれほど危ないものなのかい?』
女王様もその流れを察したのか、俺の右肩に飛び乗ると、控えていたメイドたちにこの小屋から離れるよう命じた。
俺は魔法盾でガードを固めたまま、例の生意気な水晶玉をテーブルの上に設置した。
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**UR ネザーヴェイルの魂の欠片**
説明文:
「光だ! てめぇ!! やっと俺様を出してくれたな!」
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テーブルの上には例の邪竜の魂の欠片——中に青い鬼火のような魂が漂う透明な水晶玉が、妖精用のミニ座布団の上に現れた。
女王様にはそのシステムウィンドウに浮かぶ説明文が見えないため、俺が代わりに代弁する。
『ほう、これがその生意気な水晶玉か……こやつは話せるのか?』
「はい。今は『光だ! てめぇ!! やっと俺様を出してくれたな!』と喋っています」
セリーナとサクラリアは、かつてこの水晶玉が俺の作った“キーアイテム”であることを知ってはいるが、先日取り出した時は二人とも既に寝ていたため、実物を見るのはこれが初めてだ。
二人はなんとなくこれが重大な局面であることを察したようで、チャット欄に驚きのメッセージを一言話した後は、静かに事態を見守っていた。
俺が水晶玉のセリフを代弁すると、女王様は『ほう、確かに生意気だな』と呟いたが、意外にもすぐには触れようとせず、俺の肩に乗ったままでいた。
『精霊殿、その水晶玉は何処で手に入れたのだ? そやつの中には凄まじい魔力が渦巻いているぞ』
俺は再び水晶玉の言葉を代弁する。
「水晶玉は『ほう、俺様の魔力が見えるとは、そのちび助もなかなかやるな。名乗ることを許してやるぞ!』と言っています」
『妾の名はティル=エルナ。そなたの名は?』
水晶玉の返答を聞いて女王様以外の全員が息を呑んだが、俺はそのまま淡々と代弁を続けた。
「女王様……水晶玉は『そっか、おめぇがあの妖精の女王か。まだ生きていたのか……いや、“生かされている”のか』と言っています」
水晶玉はどうやら女王様のことを知っているらしく、あろうことか『生かされている』と表現した。そして水晶玉は自らの名を告げる。
「『俺様は偉大なるネザーヴェイル様だ』と言っています。……すみません、女王様。この水晶玉の正式名称は【ネザーヴェイルの魂の欠片】です。神様のクエストに従い、武闘祭で邪竜の魔剣の灰から作成した代物なのです。名前からして危険だと感じたため、ずっとストレージの中で眠らせておりました」
『……』
言葉を失い、思案に暮れる女王様へ、俺はなぜ今になってこれを引っ張り出してきたのか理由を説明した。
「先日、王宮でのパーティーの夜、ゼノヴィウスという恐らく【奈落の七印】の幹部と思われる人物がこの水晶玉を狙ってきたため、シルヴィアさんたちの前で一度見せたのです」
『なるほど……ネザーヴェイルと名乗る者よ。精霊殿がそなたを生み出したのであれば、そなたは本物のネザーヴェイルなのだろうな』
「『はぁ!? 俺様をニセモノと言うのかてめぇ! 俺様にとっちゃ、てめぇなんかハエ以下……』……女王様、大変申し訳ないのですが、あまりにも暴言が多いため、今後は要点のみを代弁いたします」
『よい。……申し訳ございません、ネザーヴェイル様。貴方様はご存じないかもしれませんが、現在のこの世界において“ネザーヴェイル”の名は“邪竜”として扱われておりますのですよ』
女王様はテーブルへと降り立ち、水晶玉に向かって礼儀正しく言葉を返した。……おいおい、まさかこの生意気な水晶玉、本当に神の代行者なのか……!?
「水晶玉は『どういうことだ』と困惑しています。神の代行者である自分を邪竜扱いするとは無礼極まりないと怒っています」
要点だけを摘まんで女王様に伝えると、彼女は俺達も知らない『セレアグ』のメインストーリーの根幹に関わる設定と、俺たちの立ち位置について水晶玉に説明を始めた。
『ネザーヴェイル様、およそ千年前、恐らく当時闇の龍であった貴方様はとある人間と融合し、この世界で大暴れなさいました。妾たちが辛うじてそれを討ち果たしたのです。貴方様を“ステラ・ビブリオテカ”へとお返ししたいのですが……現在、世界の裂け目は何者も入れぬよう強力な封印の術で閉ざされており、こちらの精霊殿——未来の導き手たちであっても足を踏み入れることができませんの』
ここで、水晶玉が「ちょっと待ちな」と提示し、しばらく沈黙した。
すると次の瞬間、俺とタピオカくんの視界の中に“クエスト”がポップアップした!!
【※ クエスト:ちぃ……ネザーヴェイルの魂の欠片の返却 ※】
進行目標①:ステラ・ビブリオテカに行く
嘘だろ!? クエストが出た!
じゃあ、この水晶玉はマジで本物の神の代行者なのか!? 『ステラ・ビブリオテカ』ってどこだよ!? ていうかこいつ、クエストのタイトルで思いっきり舌打ちしてないか!?
どうやらこの水晶玉は邪竜の魂などではなく、本当に神の代行者で間違いないらしい。俺はクエストが発生したことを女王様に伝えた。
「女王様、急に神様からのクエストが発生しました」
『内容は?』
「『ステラ・ビブリオテカに行く』とありますが……」
『そうか……そなたたちはあそこへ入ることを許されたのだな……』
ここで水晶玉が再びテキストを更新する。
説明文:
「いいから、花は長く持たないぞ! お前らはさっさと俺様を連れてステラ・ビブリオテカに行け!」
こいつが本当に神の代行者なら行くしかないが、でも肝心のステラ・ビブリオテカの場所が分からない。
「申し訳ございません、ステラ・ビブリオテカとはどこにあるのでしょうか?」
説明文:
「はあ!? バカかてめぇ! 貴様とその幼い妖精は未来の導き手だろうが! 俺様が“花”を置いてやったんだ、さっさと飛んで行け!」
花って……一体何のことだ?
“花”という言葉にピンと来たセリーナが、チャット欄で俺たちに話しかけてきた。
セリーナ:もしかして、転送ポイントのあの“クリスタルの花”のことではないでしょうか……!?
なるほど! 俺はすぐにワールドマップを開いた。普段は現在地が中心に表示されるのだが、今は聖王国の地下マップが表示されている。そこに見たことのない新しい転送ポイントが追加されており、アピールするように光のサインを点滅させていた。
ガチでゲームメニューのシステムに干渉してくるあたり、水晶玉の言っていることは本当のようだ。クエストまで発生した以上、行くしかない。
肩に乗っているタピオカくんが心配そうに女王様へ尋ねる。
『えっと、女王様も一緒に行かれますか? でも翠夢の森の結界が……』
『いいや、あそこへ“今”入れるのは選ばれし者のみだ。妾は遠慮しておこう』
女王様は俺の耳元に身を寄せ、小さく囁いてきた。
『あそこには、あの水晶玉よりも信頼できる者がおる。安心して向かうが良い。ただし……中に入ったら、許可が出るまでは何一つ触れてはならぬぞ』
小さく頷く俺を確認すると、女王様はそのまま彼女専用の『人をダメにするクッション』へと戻っていった。
俺は女王様からの忠告をチャット欄でタピオカくんに共有し、水晶玉を手に取ると、その新しい転送ポイントへと転移した。
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目的地に到着すると、転送ポイントとなっていた『クリスタルの花』は、役目を終えて魔力が切れたかのように光の粒子となって消えていった。
目の前には、白く分厚い大聖堂の観音扉が聳え立っている。
その扉の上には、青い光で描かれた魔法陣が浮かんでもいた。見覚えがある——マティルダ様を救出した際、彼女が幽閉されていた部屋の扉にあった魔法陣と同系統だ。ただし、こちらの方が桁違いに巨大で複雑極まりない。
振り返ってみると、そこには薄っすらと白い透明な壁が立ちはだかり、その表面には金色の巨大な魔法陣が展開されていた。壁の向こう側には、今にも動き出しそうな天使騎士の石像と、中央に広がる厳かな祈りの場が透けて見えている。
つまり俺たちは今、高さ3メートル、奥行き4メートル、幅2メートルほどの——非常に狭い密室空間に閉じ込められている状態だ。
真っ先に反応したのはサクラリアだった。
サクラリア:この扉の封印、一体何重に施されているのでしょう……わたくしの力では解除不可能です!
セリーナ:では……私たちは閉じ込められてしまったのですか!?
セリーナ:精霊さん! 危険でしたらすぐに転移で小屋に戻りましょう!
この世界はゲームではなくリアルなのだから、未知の危険地帯を安易に探索したくはない。俺だって今すぐ小屋に引き返したいところだ。だが、神様がわざわざ俺たちにこの水晶玉を作らせた以上、このクエストを達成する必要があるのだろう。放置して天罰でも食らったら溜まったものではない。
「ここはまだステラ・ビブリオテカではないですよね」
俺の肩に乗ったタピオカくんは周囲を見回し、少し考えてから答えた。
『ここは聖王国の大聖堂地下にある禁地……“封印の間”だと思うわ。シルヴィアさんのイベントの最後で訪れる場所だから、間違いなさそうね』
待て!! ということは、ここは邪竜の肉体が封印されている場所じゃないか!? そこに邪竜の魂を持ち込むなんて、危険すぎるんじゃないのか!?
空気が読めない水晶玉は、説明文で催促を重ねてくる。
説明文:
「早く入れ! 入れ〜入れ〜入れ〜入れ〜! は〜い〜れ〜!!」
鬱陶しい……こいつを無視して、俺はチャット欄でタピオカくんに話しかける。
飛べる豆腐:タピオカくん、もしここが本当にあの邪竜を封印した場所なら、
飛べる豆腐:あいつの魂をここに持ち込むのは危険すぎないか?
タピオカ:わからないわ……ただ、私たちは聖女の封印の“内側”に入ってしまった。
タピオカ:あいつはシステムにまで干渉できるみたいだし、
タピオカ:女王様のあの態度からしても、あいつの方が立場的に上みたいだしね。
飛べる豆腐:まあ……クエストが出た以上、進めるしかないか。
飛べる豆腐:女王様も「ステラ・ビブリオテカにはあいつより信頼できる人がいる」って言っていたしな。
タピオカ:そうね。とにかく、中に入ったら許可が出るまで何も触らないようにしましょう。
飛べる豆腐:了解。念のため、君は首元に隠れてくれ。
タピオカ:了解!
魔法少女姿のタピオカくんは、セリーナのお嬢様風魔法使いスカートの胸元・フリルの内側へと滑り込んだ。ちょうど喉元あたりに体が隠れ、外からは小さな頭だけがひょっこり覗く状態になる。ここなら万が一奇襲を受けても、このスカートの『どんな攻撃でも一度だけ無効化する』というセット効果で俺たち双方を守ることができる。
相変わらず口汚く急かしてくる水晶玉をスルーし、俺は魔法盾を装備して片手剣を抜いた。完全武装の状態で目の前の扉へと一歩踏み出す。
すると、固く閉ざされていた封印の扉が、まるで俺たちを歓迎するかのように自動で静かに開いた。
警戒しながら足を踏み入れると、予想通り扉は背後で自動的にピシャリと閉まった。
中は完全な密室だったが、光源がないにもかかわらず、まるで蛍光灯が点いているかのように明るい。
そして問題は、その先だった。
目の前の空間が、まるでガラスが割れるかのようにベリリッと引き裂かれたのだ。
出現したのは、ちょうど人間一人が通れるほどの大きさの『空間の裂け目』。その裂け目の向こう側には現実の景色ではなく、満天の星空と深海を混ぜ合わせたような、不気味な闇が深くうごめいていた。
ミニマップを確認してみるが、そこには何も表示されていない。……だが、入る……しかないよな。
「タピオカくん、セリーナ、サクラリア。今からこの中に入ります。何が出てくるか分からないので、何か異変があったらすぐに転移で小屋へ戻りますよ」
『了解! バフを掛け直すね』
サクラリア:お気をつけください、精霊様。
セリーナ:わかりました。どうかお気をつけくださいね、精霊さん!
タピオカくんからの支援バフを受け取ると、俺はその空間の裂け目へと足を踏み入れた。




