80 セリーナの決別、できれば金を返して欲しい
邪竜の魂をストレージから取り出した後、シルヴィアたちはその摩訶不思議な水晶玉を気味悪そうに、どこか忌々しげな目で見つめていた。
一方、俺とタピオカくんは呆れ果てたようなジト目を向け、「これはもう二度と出さず、ストレージに永久封印しよう」と心に決めていた。
説明文:
『おい聞いてんのか! 早く俺様を本体のところへ連れていけ! これは命令だ!』
「「はぁ~~~~~……」」
盛大な深いため息を吐き出すと、俺は呆れ半分で邪竜の魂へ問いかけた。
「あの……あなたの本体とやらは、一体どこにいるのですか?」
説明文:
『なんだ? テメェ、そんな可笑しな仮面を被って格好いいとでも思ってんのか!? ウケる〜! ハハハハッ!』
「なるほど。では、あなたをストレージに戻して、二度と出さないのが一番のようですね」
説明文:
『お、おい! やめろ! 俺様はネザーヴェイル様だぞ!』
「野良犬にでも与えて、おもちゃとして飽きるまで遊んでもらうのも良いかもしれません。この説明文が見えているのも“ワタシたちだけ”ですからね」
説明文:
『なっ!?』
「返事は?」
説明文:
『チッ……』
「タピオカくん、この水晶玉は無駄に魔力が多いようですから、翠夢の森の結界コアとして使えば、女王様も森から離れられるのではありませんか?」
『そうですね〜。でもこの水晶玉、見かけ倒しで“弱い”ですし……ちょっと“役不足”じゃないですか? そ・れ・に〜、中身が腐ってますから、さっさとストレージに戻しちゃってください』
ニヤリと皮肉な笑みを浮かべたタピオカくんの表情を見た途端、水晶玉は急に大人しくなった。
説明文:
『や、やめてくれ! あの真っ暗な場所はもう嫌だ! 俺様は偉いんだぞ! 神の代行者だぞ! おい! ちょ……っ!』
これ以上は危険、というか鬱陶しいと判断し、俺は間髪入れずに水晶玉をストレージへと送り返した。
隣でこの一連のやり取りを見ていたシルヴィアたちは、一体何が起きたのか全く分からず、怪訝な視線をこちらに向けている。俺たちは正直に、あの魂から「本体の元へ連れて行け」と命令されたこと、そして危険だと判断したためストレージの中に封印したことを説明した。それ以上の追求はなく、この件の話し合いはひとまず終了となった。
今回の襲撃を受け、王国側も大聖堂へさらなる護衛を派遣することになるだろう。シルヴィアの警戒態勢はより厳重になるはずだ。敵のターゲットが完全に「アリス」へと移った以上、シルヴィアが魂狙いで襲われる可能性は格段に低くなった。ひとまずこれで安心と言える。
邪竜の魂はお披露目し、話すべきことも話した。結局、あの魂はシルヴィアたちに渡すよりそのまま俺のストレージの中に封印した方が安全だ、ということで全員の意見が一致した。
今日のパーティーでの疲れも溜まっていることだし、これにて本日の話し合いは解散となった。
俺たちもやるべきことは終わったため、大人しく与えられた客室へと戻ることにした。
客室に戻ると、どうやらクラリス夫人は先ほどの襲撃事件がショックで、あまり眠れていない様子だった。夫人と軽くお茶を飲みながら明日の予定を話し、そしてセリーナの普段の様子について世間話として話してみると、彼女も少しずつリラックスしたようで小さなあくびを漏らし始めた。夫人が眠気に身を任せてベッドに横たわったのを見届け、俺たちはログアウトした。
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リアルに戻り、時刻はまだ夜の十一時前。俺はタピオカくんとビデオ通話を繋ぎ、あの邪竜の魂について改めて話し合うことにした。
『ねぇ、豆腐くん。あの生意気な水晶玉、これからどうする?』
「まぁ〜、あのままストレージに入れたままでいいんじゃないか?」
『でもキーアイテムっぽいよね。使い道がないなら、あの緊急クエストで作成させられた意味がないし……』
「確かに。でもなぁ……あんな生意気な水晶玉とは関わりたくないのが本音だな」
『それな』
「土曜日に翠夢の森の小屋で女王様と一緒に、もう一回話を聞いてみるか?」
『そうだね。ストレージに戻される直前、自分は「神の代行者」とか言ってたし』
「よし、じゃあ決まりだな。この件は土曜日まで保留しよう」
画面の向こうでホットミルクを一口飲んだタピオカくんが、ふっと話題を変えた。
『ねぇ豆腐くん。直接戦ったあなたから見て、あの襲撃者ってプレイヤーだと思う?』
「いや……プレイヤーじゃないと思う」
『うん、私もそう思う。遠くから戦いを見てただけだけど、プレイヤーらしくない動きをしてたし』
「そうなんだよな。普通、あれだけのレベル差を見たら真っ先に逃げるだろ。ゲームと違って、あの世界での憑依主の命は一つしかないんだし。つまり、あの“ゼノヴィウス”という男には“アリス”のレベルが見えていない」
『それに、邪竜の魂の本物を見抜けずにダミーを盗んで満足気だったしね』
「ああ。どうやら本当に、ただエドガーの本名が“ゼノヴィウス”というだけらしい」
『でも、そんな彼が『奈落の七印』の一員か……。襲撃者の正体、しばらくセリーナには隠しておくんだよね?』
「ええ、そのつもり。彼女自身、もうあの人に会うつもりはないと言っていたし、知る必要がないなら知らないまま幸せに暮らしてほしいからな」
『このまま迷宮都市で暮らすのかな?』
「どうだろうな。夫人はセリーナのカフェの近くにリリアナローズの支店を建てる気満々だからな。シルヴィアのドレスの一件で、リリアナローズの名も貴族たちの間で一気に広まったはずだ。夫人にとっても、迷宮都市は王都に近いから貴族からの依頼を受けやすいし、何より大切な孫の側にずっといられる」
『確かに、夫人はそのままセリーナ側にいた方がいいですね。この一ヶ月で、セリーナも夫人のことを本当の“おばあちゃん”として慕うようになったし』
「あとは……セリーナとレオンが上手くいけば、俺たちの役目も終わりだな」
『そう……ですね。この一ヶ月、ログインしても日課の転送ポイントの解放や、木材を集めたりするくらいしか、やることもなかったですしね』
少ししんみりとした空気が漂い始めたため、俺は強引に話題を切り替えた。
「まあ、とりあえず土曜日に女王様と一緒に、もう一度あの生意気な水晶玉から話を聞いてみようぜ」
『了解! ……寝るにはまだ早いし、通信で「マリリカート8」でもやる?』
「いいぜ!」
そんな感じで、俺たちは別のゲームを遊びながら夜を過ごした。
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翌朝、セリーナはいつもの時間通り、王都のエリシア大聖堂の客室で目を覚ました。
「おはようございます、おばあちゃん、サクラリア」
「おはよう、セリーナ、サクラリア」
『おはようございます』
ここはリリアナローズの店ではないため「エルフのランタン」を持ち込んでおらず、クラリス夫人にはサクラリアの姿が見えない。それでも夫人は、彼女がいつもセリーナの側に寄り添っていることを知っていた。
顔を洗い、客室で朝食を摂っていると、クラリス夫人は昨夜大聖堂へ戻る途中で襲撃に遭ったことを、当時眠っていたセリーナたちに打ち明けた。
「え!? 襲撃を受けたのですか!? おばあちゃん、大丈夫でしたの!?」
「ええ、全員無事よ。精霊様が事前に襲撃を察知してくださって、聖女様たちが返り討ちにしたそうなの」
「そうですか……襲撃者の方々も運が悪いですわね。昨晩のシルヴィアさんは、パーティーでかなりストレスが溜まっていましたから……なんとなく現場の状況が目に浮かびますわ」
その場には悠希たちもおり、全員が無事だと分かっていたセリーナは、むしろ昨夜の襲撃者たちに同情し始めていた。同じことを考えていたサクラリアもセリーナの肩に飛び乗り、くすくすと笑いながら言葉を重ねる。
『聖杖をお持ちでなかった分、シルヴィアさんはきっとストレス発散モードになって、拳で楽しくお話なさったのでしょうね』
「あ〜……タピオカさんが仰っていた『シルヴィアさんのストレス発散モード』ですね……」
向かい側に座る夫人は、孫がすでに自分を護る力を持っていることを悠希たちから聞いていた。しかし、襲撃を受けたと聞きながらも全員の無事を確認した途端、まるで大したことではないかのようなセリーナの反応には、流石に拍子抜けしてしまった。
夫人はその話題をそこで切り上げ、食事を続けながらセリーナの様子を静かに観察する。
昨夜、パーティー会場で実の父親であるエドガーと再会を果たしたセリーナ。……彼が借金を残したままセリーナたちを村に置き去りにし、一人で伯爵領へ戻ってすぐに再婚していた事実も、彼女はすでに知っているはずだ。
昨夜のパーティーが終わり再び合流した時、セリーナはすでに悠希の中で深く眠っていたため、夫人は孫のメンタルが耐えられているのか心配でならなかった。だが、目の前で朝食を口に運ぶセリーナは、まるで最初から父親など存在しなかったかのように落ち着いている。
もしかすると、セリーナは本音を胸の奥底に押し込め、無理に平気を装っているのかもしれない。このままモヤモヤとした気持ちを抱え続けるくらいなら、自分の心配をはっきりと伝えたい――昔、言葉を飲み込み続けたせいでセリーナの母親のエメラルダとすれ違ってしまった、後悔を二度と繰り返さないため、夫人は努めて優しいトーンを選び、エドガーの話題を切り出した。
「セリーナ。昨夜、あなたはエドガー様に会えたのでしょう? ……お気持ちは、大丈夫?」
セリーナがスプーンを動かす手がピタリと止まった。夫人を見上げると、そこには普段の厳格な面影はなく、珍しく不安そうに自分を案じるおばあちゃんの顔があった。セリーナは夫人の目をまっすぐ見つめ返し、柔らかい笑顔で素直な胸の内を明かす。
「はい……もう大丈夫です。精霊さんと出会って、お父さんが生きていると知った時は、すぐにでも伯爵領へ行って会いに行きたいと思っていました。ですが……その後、色々なことがありましたから」
当時の出来事を噛み締めるように、彼女は言葉を紡ぐ。
「最初は借金の返済で手一杯で、その後にお父様がまさかカースティア伯爵の跡継ぎだったと知りました。でも……仮にお父様と上手く再会できたとしても、きっと誰も幸せにはなれませんわ。私が伯爵令嬢として貴族社会に入ったところで、庶子として周りから蔑まれる未来しか見えませんもの。私のお父様は七年前に亡くなったのだと、とうに受け入れていましたから……生きていると知れたのは嬉しかったですけれど、『今更言われても』という思いの方が強かったのです」
「……」
「ですが精霊さんのお話によれば、お父様は伯爵になられた後、すぐに私たちを探すために冒険者を雇ってくださっていた……そんな未来もあったそうなのです。だから、もしお父様が今でも私たちを愛してくれているのなら、私はただ『元気に生きているよ』ということだけをお伝えしたかったのです」
「……」
「昨夜、お父様に会った時……我慢できずにアリスさんの姿のまま『セリーナという名前を覚えていますか』と尋ねてみました。……ですが、まさかの無反応で。しかもあの人はとっくに再婚されていて、噂では六歳になるお子様もいらっしゃるそうです。おばあちゃんは、あの人が再婚していたことをご存知でしたの?」
「……ええ、知っていたわ」
「精霊さんたちも驚いていました。『自分たちの知っているエドガーと違う』って。それに、精霊さんの『真実の目』で見えたお父様の本当のお名前は、“エドガー・カースティア”ではなく“ゼノヴィウス”というお名前だったそうです」
「ゼノヴィウス……まさか、養子だったというの?」
貴族社会において養子縁組は珍しいことではない。ここまで話したセリーナは、父親である男に対する最終的な決断を夫人に告げた。
「私にとって、そんな人はもうお父様ではありません。私の“本当のお父様”は七年前、森で狩りをしている最中に亡くなったのです。私より過酷な人生を歩まれている方なんて世界に大勢いらっしゃいますし、精霊さんたちに出会えた私は、むしろ果報者です。ですから……あのゼノヴィウスという方は、もう私とは何の関係もありません。強いて言うなら、私たちが長年あの人の代わりに村長へ返済し続けたお金……約168万Gを返してほしいくらいですわね!」
セリーナはもう“あの男”と関わるつもりがないため、ゼノヴィウスが纏っていた異質な黒い魔力については敢えて伏せておいた。
彼女の出した吹っ切れた答えを聞き、夫人は深く納得したように頷いた。そして、仕立て屋のみんなでも滅多に見せることのない温かな微笑みを浮かべ、セリーナの頭を優しく撫でた。
「そう……それを聞いて安心したわ。あなたにはこのおばあちゃんがいるのだから。ねえセリーナ、あなたのカフェの近くに良い場所はあるかしら? わたくし、そこにリリアナローズの支店を建てるつもりなの。そうすれば、余生はずっと孫のあなたと一緒に過ごせるでしょう?」
「おばあちゃん、本当に迷宮都市に支店を建ててくださるのですか!? でも、今のリリアナローズなら王都に店を構えるのも簡単ですのに……」
「良いのよ。商売よりも、わたくしは孫との時間が欲しいのだから。……そうね、ついでにあなたとレオンくんの進展についても、じっくり聞かせてもらおうかしら?」
「ええ!? な、なんで急にここでレオンさんのお名前が出てくるのですか!?」
こうしてセリーナは、実の父親であるエドガーと完全に決別したのだった。
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クラリス夫人はしばらくの間、迷宮都市でセリーナと同居することになった。
バールヴィレッジから王都までは馬車で片道一週間ほどの距離がある。従業員たちの認識では、王都への往復と現地での用事を合わせて「約二週間の旅路」となるはずだった。昨日「聖女様に同行して王都へ向かう」と出て行ったばかりの夫人が、翌日にひょっこり戻ってきては、流石に移動速度がおかしすぎて不審がられてしまう。
そのため、周囲には「二週間ほど不在にする」ということにして、その移動時間に相当する期間、夫人はセリーナの家でゆっくり過ごすことに決めたのだ。
大聖堂で朝食を済ませ、多忙を極める聖女シルヴィアと大司教マティルダに挨拶を終えると、セリーナたちは王都の臨時拠点である木製小屋を経由し、翠夢の森の小屋へと帰還した。
「ここがセリーナの家ね……」
「はい! このお家に戻ってくるのは、なんだか一ヶ月ぶりな気がしますわ」
『あ! お母様!』
小屋の扉を開けた瞬間、リビングはさながら「王宮お抱えの高級仕立屋」と化していた。
ソファの上には、タピオカがサクラリアのために仕立てた色とりどりの小さなドレスが山積みになっている。そしてローテーブルの中央では、妖精の女王エルナが少し現代風の新しいドレスの裾を翻し、鏡の前で得意気にポーズを決めていた。周囲を取り囲む妖精メイドたちも、満足そうにパチパチと拍手を送っている。
『ほう……このドレスもなかなか良いぞ。気に入ったわ』
夫人には妖精の姿が見えないため、セリーナは女王に挨拶しつつ、呆れ顔で「エルフのランタン」のスイッチを入れた。薄緑色の幻想的な光が部屋を照らし出した瞬間、夫人の視界に飛び込んできた光景に、思わず生唾を飲み込む音が響く。
セリーナが紹介する間も惜しんで、夫人は即座に女王の前へ進み出て恭しく一礼した。その鋭い眼光は、女王が纏うミニサイズのSRドレスに釘付けになっていた。
(なんてこと……! 縫い目が一切見えないわ! 布地の光沢そのものが、緻密な魔力で織り上げられている……。この極小サイズで、これほどの精巧さだなんて……一体どうやって!? これが……妖精の仕立てたドレスなの!?)
夫人の胸の中で、長年培ってきた「一流の針子」としての情熱が激しく燃え上がった。目の前にいる小さな女王は、職人にとっての究極の理想――「生きた最高級の素体」に見えてしまったのだ。
「あ、あの……女王様……っ。……失礼いたしました、女王陛下。そのドレス、あまりにも見事な仕立てにございます。わたくしのような人間界の針子が、安易に針を通すべきではないほどに……」
夫人は言葉を失い、そっと自らの胸に手を当てた。プロの目には、そのドレスが人間界の技術を超越した「完成された魔力」で編み上げられていることが一目で解ったのだ。この完璧なドレスそのものに下手に手を加えるなど、一流の針子として到底できることではない。
「ですが……! そちらのソファにございます『透かし編みの手袋』と、あちらの『銀糸のショール』……! この二つを今のドレスに合わせれば、貴女様の気高さはさらに天を衝くものとなるでしょう……! 女王様、不躾ながらわたくしめに、トータルコーディネートの仕上げをお手伝いさせていただけないでしょうか!?」
ワクワク感を必死に抑え込み、完璧な淑女の微笑みを貼り付けてはいるものの、夫人の視線はすでに山積みの衣装の中から「最高の組み合わせ」を選び抜こうと鋭く光っていた。
『あら……そなたがセリーナの言っていた、例の“祖母”であり“針子”という者か。ふふ、良いぞ。やってみなさいな』
女王の許しが出た瞬間、夫人の瞳に職人としてのプロの火が灯った。
「恐れ入ります」と恭しく礼を言いながらも、その手つきはもはや「お気に入りのお人形を最高に可愛くコーディネートしたい少女」そのもの。
小さな女王を優しく、かつ情熱的に仕立て上げていく夫人の背中からは、隠しきれない幸せなオーラが溢れ出していた。
隣でその様子を見守っていたセリーナは、まさか自分のおばあちゃんが一瞬で妖精の女王と打ち解けるとは思ってもみなかった。
「あ、あはは……おばあちゃん、女王様とは初対面……ですよね?」
セリーナの隣にいたサクラリアは興味津々な様子で、すぐさまローテーブルへと飛んでいく。
『面白そうだわ! お母様、わたくしも混ぜてくださいな!』
残されたセリーナは楽しそうなみんなのためにお茶を淹れ、久しぶりとなるカフェの再開に向けて準備を始めるのだった。




