76 もう我慢できない
面倒なお嬢様の「ワインをかけないと死ぬ病気」に対応したあと、私はサクラリアと一緒に王宮の高級料理を物色していました。
なぜか侯爵様と子爵様がずっと私の側を離れません。……まあ、無理に話しかけてくるわけでもないので、私はお二人を気にしないことにしました。
『セリーナ、人間のパーティーって本当に退屈だわ。あ、これも美味しそう!』
私は美味しそうなお料理やお菓子を自分の皿に乗せながら、小さな声で彼女に答えます。
「そうですね。知り合いもシルヴィアさんしかいませんし……そのシルヴィアさんは未だに王子様たちに囲まれていますから。そちらの方がずっと大変そうです」
『あんなに囲まれていては、お菓子も食べられないではありませんか』
「マティルダ様がうまくシルヴィアさんを助けてくださると思いますよ」
シルヴィアさんの方へ視線を送ってみると、パーティー開始時の凄まじい人垣とは違い、今は各国の王子様たちとその側近の方々だけになっているようでした。マティルダ様がずっと傍についていらっしゃるので、きっともうすぐ自由に動けるようになるはずです。
それなら、今のうちにお菓子の確保をしておいて、後で誰もいない場所でサクラリアと一緒に食べましょうか。……と、この人が現れるまでの私は、まだそんな呑気なことを考えていたのです。
「ロドリック侯爵様、エトワール子爵、お久しぶりでございます。……おや!そちらにいらっしゃるのは、先日の武闘祭で魔剣使いを退けたという例の冒険者殿ですか? お初目にかかります。私はカースティア伯爵家次期当主、エドガーと申します。勇猛な方の噂はかねがね伺っておりましたが、こうしてお会いできて光栄です」
全身に薄暗い黒い魔力をまとわせた、私の記憶にある狩人姿とは異なる貴族の正装姿のお父さんが私の前に進み出て、握手を求めて手を差し出してきました
私は小さく深く呼吸をし、持っていた皿を近くのテーブルへ横に置くと、お父さんの手を握り返しました。
「は、はじめまして。せ……アリスと申します」
『セリ……離れ……なさい!!』
胸元に隠れていたサクラリアが何かを叫んでいます。けれどその時の私には、彼女の声がまるで届いていませんでした。気づいた時には、私はすでにお父さんへこんな言葉を投げかけていたのです。
「エドガー……様は、セリーナという人のことを覚えていらっしゃいますか?」
『セリーナ!!』
お父さんは手に顎を当て、少し考える素振りを見せた後、あっけらかんと答えました。
「ああ、セリーナですか。もしかしてオールコック男爵の娘でしょうか? すみませんが、私は彼女とお会いした記憶はありませんね。……彼女が何か?」
私の隣にいた子爵様が「え? あ、いいえ、失礼いたしました」と声を漏らしました。なぜか彼の方が、私の代わりにひどく狼狽えています。
『セリーナ!!』
そう……私のことなんて、忘れていたんだ。
『セリーナ!!!』
……うん、大丈夫。
その時、耳元で弾けるような大きな声が響きました。
『セリィィィナァッ!!! 早くその人から離れて!!!』
ハッと我に返った私は、すぐにこの場から立ち去るための言い訳を考え、周囲の貴族の方々に告げました。
「いいえ……ただ、彼女からエドガー様のお名前を伺ったことがあっただけです。申し訳ございません、慣れない場に少し疲れてしまいましたので、少し席を外させていただきます」
すると、あの子爵様がなぜか私を庇うように、私を呼び止めようとしたお父さんとの間に入り込み、自ら話しかけてくれました。
「ちょうど良かった! エドガー殿! あなた様が気にされていたクリスタルゴーレムについて、お話ししたいと思っていたのですよ!」
「え? ああ、そうですか。何でしょう?」
私は込み上げる感情を必死に抑え込み、何事もなかったかのように侯爵様やお父さんたちへ一礼すると、皿を持ち直してその場を後にしました。
『セリーナ……』
心配そうなサクラリアの声に背中を押されるようにして、私たちは会場の喧騒を抜け、大きな窓から静かな夜の庭園へと逃げ出しました。
遠くの会場から微かに音楽が響いてきます。マティルダ様がおっしゃっていた、ダンスの時間に入ったようでした。
かすかに音楽が届く距離にある、少し古びた噴水広場。私は会場へ背を向けるようにして噴水の縁に腰掛け、料理の乗った皿を横に置くと、ただ夜空を見上げました。
サクラリアが心配そうに、私の目の前をひらひらと舞っています。
『セリーナ、大丈夫……?』
「すー……はぁ……ごめんなさい、大丈夫よ。あ~あ、お腹が空いちゃったわ」
强がりを吐き捨てた途端、声と一緒に我慢していた涙が溢れ出しました。
あの人は、私をもう忘れていた……。あんな懐かしい笑顔を見せられた後で、ここまで涙を我慢した私、すごく偉いわ。
でも……もう、耐えられない……。
仮面を外し、涙を拭いながら、精一杯の笑顔でサクラリアに答えます。
「……お腹が空いて、もう我慢したくないの」
サクラリアは何も言わず、小さな手で私の頬をそっと抱きしめてくれました。
――そんな時でした。
「……アリ……スさん?」
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「……アリ……スさん?」
そこに現れたのはレオンだった。
彼もまた、料理を乗せた皿を片手にパーティー会場を抜け出し、静かな場所で食べようと静かな場所を探していたのだ。
ちょうど良さそうな古びた噴水を見つけ、誰かが腰掛けているのに気づいて引き返そうとしたその時――夜空を映したような美しい高級ドレスが目に留まり、それがアリスだとすぐに分かった。「偶然だね」と声をかけようとした矢先……振り返ったアリスの素顔を見て、レオンは息を呑んだ。
キツネの仮面は外され、そこにいたのは彼がよく知る「セリーナ」の顔だったからだ。
(泣い……ている!? セリーナが泣いている!?)
レオンは何も言わず、持っていた皿をすぐに噴水の縁へ置くと、彼女の隣にそっと腰掛けた。
限界を迎えていたセリーナは、崩れ落ちるようにレオンの肩へと頭を預け、そのまま彼の胸元に顔を埋めてしまった。
レオンの服の裾をぎゅっと握りしめ、彼の胸にしがみついて声をあげて泣きじゃくるセリーナ。
突然の出来事に混乱したレオンは、彼女を抱き寄せるべきかどうか戸惑い、手を躊躇わせていた。そんな時、サクラリアが〈妖精結界の腕輪〉を外し、レオンの目の前に姿を現した。
手乗りサイズの小さな女の子が急に現れたことに一瞬驚くレオンに対し、サクラリアは優しい声でそっと語りかける。
『レオンさん、あの子を慰めてあげてください。わたくしでは……こんな風にあの子を抱きしめてあげることができないのです』
武闘祭で自分たちを助けてくれた人物だと分かっていたレオンは、サクラリアを信用し、そのお願いに深く頷いた。
アリスの正体が最近好きになった女の子「セリーナ」だったことに驚きつつも、正体が誰であろうと関係ない。いま自分の目の前で大好きな女の子が泣いているのだ。ここで抱きしめなければ男じゃない――覚悟を決めたレオンは、勇気を出して優しくセリーナを腕の中に抱きしめた。
セリーナの泣き声は噴水の水音にかき消され、彼女はただひたすらに、感情を吐き出すように泣き続けた。
――数分後。
レオンの胸で泣きじゃくり、優しく頭を撫でられているうちに落ち着きを取り戻したセリーナは、段々と現状を理解し、ゆっくりと彼の胸から離れた。
「…………」
「…………」
二人は沈黙のまま、気まずそうに座り直す。
涙で濡れていたセリーナの顔が、今度は別の熱さで一気に赤く染まっていった。乱暴に目元を拭うと、彼女は膝の上に置いた自分の指先をじっと見つめたまま、蚊の鳴くような声で小さくお礼を告げる。
「……れ、レオンさん……助かったわ」
「……あ、ああ。気にするな。……気が済んだか?」
「う、うん」
返ってきたレオンの声も、どこか上擦ったぎこちないものだった。
隣のレオンを見上げることができず、セリーナがさらに俯くと、視界の端でレオンが不自然なほど真上を仰ぎ見ているのが見えた。
レオンの耳たぶは、夜の闇の中でもはっきりと分かるほど真っ赤になっている。彼は首筋を落ち着かなげにさすりながら、星空を監視するかのような必死の形相で、必死に言葉を繋いだ。
「その……誰にだって、泣きたい夜くらいあるだろ。俺は別に、肩を貸しただけだ。だから本当に……気にするな」
「……うん」
セリーナもまた、赤くなった顔を隠すように深く下を向いたまま短く頷く。お互いに相手の顔を見ることなど、到底できなかった。
この甘酸っぱくも気まずい空気を破ったのは、サクラリアだった。
『セリーナ、もう大丈夫? 来たのがレオンさんで良かったですけれど、今度は気を付けてね』
サクラリアの声にビクッと肩を跳ねさせる二人。セリーナがアリスの正体を明かしてしまったことを謝ろうとすると、レオンが焦って言葉を被せてきた。
「ご、ごめんなさい、サクラリア」
「お、俺は絶対に誰にも言わないから!」
二人の焦りぶりに返事をする代わりに、サクラリアはセリーナの残りの涙を拭い、その頬を優しく抱きしめて囁く。
『セリーナ、大丈夫よ。わたくしはずっとあなたの側にいるからね』
その言葉を聞いて、セリーナの顔に自然と笑みが戻った。
「ありがとう。泣いたら、すごくスッキリしたわ。……私達、ずっと一緒だよ。ふふっ」
『ええ、わたくしたちはずっと一緒よ』
今度、その穏やかな空気を壊したのは――レオンのお腹の音だった。
グ~~~……。
「わ、悪い……俺の腹だ」
情けない音を響かせたレオンを見て、セリーナとサクラリアは思わず吹き出してしまった。セリーナはキツネの仮面を付け直すと、横に置いていた皿を膝の上に乗せ、ここで一緒に食事をしようとアピールする。
「私たちもここで食事をするつもりだったの。一緒に食べよう」
「あ、ああ。……でも、どうして泣いていたのか、俺に話してくれないか?……心配なんだ」
セリーナが肩のサクラリアへ視線を向けると、サクラリアは静かに頷いた。アリスの正体が知られた以上、悠希たちのことやサクラリアが妖精姫である秘密は伏せつつ、セリーナは自分の大まかな境遇をレオンに話すことにした。
「そっか……まさかセリーナが貴族の庶子で、死んだと思われていたお父さんに再会できたのに……セリーナのことを忘れていたなんて」
「ええ。声をかけるつもりはなかったのですが、あの微笑みを見たら我慢できなくなって……『セリーナを覚えていますか』と、思わず聞いてしまいました。でもお父さんは、私の名前を聞いても心当たりがない様子でした。貴族ですから、庶子がいることをこの場で知られたくなかった可能性もありますが……」
「その可能性もあるが……君の話だと10年も一緒に暮らしていたんだろ? 忘れる方が不自然だ。それに、庶子ってのは結構大変だぞ。どっかの貴族の庶子が、他の貴族や使用人に蔑ろにされているなんて噂は、酒場で何度も聞いたぞ」
「ええ、それも知っています。だから私はただ、本当にお父さんが生きていると確認できたら、元の生活に戻るつもりだったんです。心の準備はできていたはずなのに……久しぶりにお父さんの笑顔を見たら、我慢できずに泣いてしまいました」
セリーナは仮面を少し浮かせ、その隙間から料理を口へ運び始めた。レオンもステーキを一噛みし、彼女の言葉に答える。
「その気持ち、俺もよく分かるぜ。……俺も最近、似たようなことを経験したからな」
「レオンさんが、ですか?」
「ああ。セリーナたちに出会う少し前の話だ」
セリーナと、彼女の肩に乗ったサクラリアは、料理を食べながらレオンの昔話に耳を傾けた。
「バールヴィレッジで君たちと出会う前、あの護衛任務を受ける前のことだ。実は俺、故郷の依頼を達成してギルドに報告したばかりだったんだ。その討伐依頼は場所が遠くて報酬も安く、長いこと誰も受けていなかった。毎日掲示板でその依頼を見るのが嫌でさ……あの村は今どうなっているんだろうって、半ばやけくそで依頼を受けたんだ。髪をバンダナで隠して、山奥にある故郷へ戻った。討伐自体は簡単に終わったんだが、村長にサインをもらいに行く途中、俺は両親を見かけた」
レオンは手を止め、星空を見上げながら話し続ける。
「ははっ……あいつら、新しい茶髪の子供を産んでさ。俺には一度も見せたことがないような笑顔で、幸せそうに暮らしていたよ。俺は村長からサインをもらって、そのまま村を出た。だから俺も、セリーナの気持ちが少しは分かるんだ」
「レオンさん……」
生まれたばかりで、しかも妖精であるサクラリアにはその感情がうまく理解できなかったのか、素直な疑問を投げかけた。
『レオンさんは、久しぶりに会ったご家族に話しかけなかったのですか?』
「しないなぁ……あの村は全く変わっていなかった。黒髪の人間なんて相変わらず一人もいない。もし俺が黒髪だと知られたら、きっとすぐに追い出される。だからギルドに報告した後、そんなモヤモヤした嫌な気持ちを発散したくて武闘祭に参加を決めたんだ。もっと有名になって、またあの村に行ってやろうと思ってな」
『え? どうしてまたあの村に行こうとするのですか?』
サクラリアの疑問に、セリーナが思わず口を挟む。
「まさか……騎士になった後、ご両親と再会するつもりなのですか?」
しかしレオンは視線を泳がせ、気まずそうに自分の後頭部を何度も掻き回した。
「いや……ただ『昔あんた達が捨てたガキは、今こんなに立派になったぞ』って、少し見返してやりたいだけさ。なんと無くだが……あの時声をかけたら、きっとあいつらは俺を産んだ恩を盾に金を要求してきただろうしな。俺にとって、あいつらはもう親じゃない。これは俺なりの、小さな復讐さ。……いやー恥ずかしいな、こんな話をしたのは君たちが初めてだ」
その言葉に、セリーナとサクラリアは思わずクスッと笑ってしまった。笑いはしばらく続き、心が落ち着いてくると、セリーナの胸のモヤモヤはまるで晴れ渡った青空のように消え去っていた。
「ふふっ……ふふふ、笑ってしまいました」
「俺の話、そんなに可笑しかったか?」
「ええ。私、さっきまでどうして泣いていたのか、バカバカしく思えてしまうだけです」
セリーナもレオンと同じように夜空を見上げながら、言葉を重ねる。
「私のお父さんは、もう7年前に亡くなっているんです。あの貴族は、ただお父さんに似ているだけの人。もう私のお父さんではありません。胸にずっと刺さっていた棘が、レオンさんの言葉で蹴り飛ばされたみたい。今の気持ちはとても清々しいわ。借金を母子に残したことは絶対に許せませんが、もうあの人とは関わりたくないですし……どうにかして上手い方法であの人からそのお金を回収することだけを考えた方が、よっぽど有意義ですものね。ふふっ」
そこまで話すと、セリーナは肩に乗っていたサクラリアを両手で優しく包み込み、続けた。
「この世界には、私みたいな境遇の人がたくさんいます。私より辛い人生を送っている人だってたくさんいる……その中で私は、むしろ“幸運”な一人です。自分の力で見返してやろうとしているレオンさんは、本当にすごいと思います」
仮面の下で、セリーナは自然とサクラリアへ微笑みかけた。もちろんサクラリアもセリーナの言った“幸運”の意味を分かっており、満面の笑みを返す。
その後、セリーナは仮面を外し、大きなお肉を大口で頬張った。「あ、これすごく美味しい! サクラリアも食べてみて!」と小さく切り分け、サクラリアに食べさせてあげる。
月の光に照らされたセリーナの笑顔を見て、レオンは思わず心の中の声を漏らした。
「綺麗だ……」
「え? レオンさん? 急にどうしたの?」
「い、いや! 何でもない!」
サクラリアがすかさずツッコミを入れる。
『セリーナ、レオンさんはセリーナのドレス姿に見惚れていましたわよ! さっき「綺麗」とおっしゃいました!』
「ちょっ!?」
セリーナは慌てて仮面を付け直した。お互いに顔が真っ赤になり、気まずそうに視線を外す。
『どうしたのですか二人とも? セリーナが可愛いのは当たり前なのですから、わたくし間違っていませんわよ?』
「はぁ……はいはい! 俺の負けだ! セリーナのドレス姿は綺麗だし、笑顔も可愛いから見惚れました! これで満足か、妖精のお姫様!?」
『当たり前です! セリーナはわたくしの親友なのですから! ね~?』
「…………っ!」
仮面の下で顔を真っ赤にし、口をあわあわさせて狼狽えるセリーナ。
そんな時、パーティー会場から次の曲の旋律がうっすらと届き始めた。レオンは意を決したようにセリーナの前で膝をつき、ダンスの手を取ろうと誘う。
「せ、せっかくだから……お、俺と踊りませんか?」
「え、え? ええ!? わ、私、踊れませんよ!?」
「ま、まあ……俺たちはただの平民なんだから、何も気にせず、俺たちなりに楽しく踊ればいいさ……どうかな?」
「は、はい……! よ、喜んで……!」
『踊るのですか!? わたくしも混ぜてください!』
最初は見様見真似のぎこちないステップだったが、次第に平民らしい、ただ楽しむための踊りへと変わっていった。その傍らで、サクラリアも楽しそうにクルクルと空を舞う。
楽しいダンスの時間は曲の終わりと共に過ぎ去り、三人は再び噴水の縁に腰かけて息を整えた。
気持ちも晴れ、食事も済んだ。シルヴィアのことも心配だし、そろそろ会場へ戻らなければいけない。けれど、噴水の縁で手を繋いだままのセリーナとレオンは、どこか名残惜しそうに動けずにいた。
そんな時、サクラリアが何かを思い出したらしく、セリーナに話しかけた。
『あ、そうですわ。セリーナ、あなたのお父さん……少し変なのです』
「あの人はもう私のお父さんじゃないよ。エドガーって呼んでいいわ」
『えっと……あの人、黒ずんだ禍々しい魔力を纏っていたのですよね。セリーナが「アリス」として自己紹介した時、突然強い悪意がアリスへ向けられましたわ』
「え? あの人はアリスに何か恨みでもあるのでしょうか……?」
『分かりません。けれど、あの魔剣使いのセルディスと同じくらいの、強い悪意を感じましたわ』
「そんなに……私のことが嫌いなのでしょうか……」
庶子の存在が明るみに出るのを嫌がっているのだろうか、と落ち込むセリーナに、サクラリアはすぐに首を振る。
『いいえ。悪意を感じたのは、あなたが「セリーナ」の名前を出した時より前ですわ。その悪意は間違いなく、「アリス」という存在そのものに向いていました』
隣でこの穏やかではない会話を聞いていたレオンが、話に割り込んできた。
「口を挟んで悪いが……そのエドガーって、もしかして……カースティア伯爵家の?」
すでに色々と打ち明けていたセリーナは、素直に頷く。
「はい……カースティア伯爵のご子息、エドガー様です」
それを聞いたレオンは、片手で痛そうに額を押さえた。
「はぁ……そっか。セリ……アリス、正直に言っていいか?」
「え? はい……どうぞ」
「あのカースティア伯爵ってのは……黒い噂が絶えない奴なんだ」
「……そうなのですか」
「ご、ごめんな。君のお父さんの悪口を言うような形になっちまって」
「ううん。あの人はもうお父さんではありませんから、今の私はなんだか他人事のように聞こえます。……その噂について、私に教えていただけますか?」
「分かった」




