74 王宮の謁見とパーティー
翌日、王都の大聖堂で一泊したセリーナは、朝早くから星月ドレスに着替え、キツネの仮面を身につけ、全身白いローブで隠し、「アリス」の姿となって、クラリス夫人と共に聖女姿のシルヴィアと合流した。
そうして、聖女シルヴィア、大司教マティルダ、謎の冒険者アリス、そしてシルヴィアの針子役を務めるクラリス夫人の四人は、大勢の聖騎士たちに物々しく護衛されながら王宮へと入る。
聖女の到着を待って延期されていた、あの武闘祭での邪竜召喚事件を解決した者たちへの表彰式がいよいよ執り行われようとしていた。
教会トップの大司教マティルダと、針子として同行したクラリス夫人は、王家が用意した豪華な貴賓室へと案内される。昨日知り合ったばかりの二人だったが、どういうわけか不思議とすぐに意気投合し、貴賓室に入ってからはお互いの世代の昔話に花を咲かせ、楽しそうに話し込み始めていた。
一方、謁見の主役である聖女シルヴィアは、二人の聖騎士、そしてアリスを伴って別の場所――謁見の間のすぐ隣にある控えの間へと足を踏み入れる。
そしてアリスはそこで、一ヶ月ぶりの懐かしい顔と再会することになる。
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私はキツネの仮面をしっかりと顔に当て、アリスの姿で聖女姿のシルヴィアさんの後ろに隠れるようにして、控えの間へと入りました。
その静かな部屋の中で、私は懐かしい人たちの姿を見つけました。
「あ、レオンさん! 久しぶりです!」
いつもの癖で思わず声をかけてしまった私に、フードの中に潜んでいたサクラリアが慌てて制止の声を飛ばしてきました。
『せ、セリーナ!』
(あ! しまった! 今の私は「アリス」でした! 思わずいつもの感じで、親しげにレオンさんに挨拶をしてしまいました!)
驚いた顔をしたレオンさんとダリオンさんは、すぐにこちらへと歩み寄ってきました。ダリオンさんが代表して、かしこまった様子で私たちに一礼します。
「お久しぶりです、聖女様。アリス様」
いつもの着古した冒険者の装備ではなく、仕立ての良い豪奢な正装に身を包んだ二人は、まるで見違えるほどでした。冒険者らしい荒々しさはすっかり消えて、どこか高貴な貴族様のように端正で、とても格好良かったです。
シルヴィアさんは、そんな畏まる彼らに慣れた様子で、優しく微笑みながら答えました。
「お久しぶりです、お二人とも。ここは非公式の場ですし、私も元々はただの平民ですから、そんなにかしこまらなくても良いのですよ」
「ありがとうございます、聖女様」
二人は「ふぅ、助かった」と言いたげに肩の力を抜き、貴族の真似事をするのを諦めて、いつもの爽やかな笑顔を私たちに向けてくれました。
私も慌てて居住まいを正し、精霊さんのあの凛としたお姉さんの感じに戻して、二人に声をかけます。
「ダリオンさん、レオンさんも、お久しぶりです」
すると、ダリオンさんはどこか恐縮した様子で、少し声を潜めて私に尋ねてきました。
「あ、その……アリス様。この前、あなたの側にいらっしゃる小さなお嬢さんからお借りした、あの剣はどうすればよろしいでしょうか?」
(あ、あの剣のことですね……。確かタピオカさんが、別にもう回収しなくていいって言っていたはずです)
「その剣は、そのままお使いになって構いません。きっと、これから先もお二人を助ける力となってくれるでしょう」
私の言葉を聞き、二人は心底ホッとした様子で笑い合いました。
「ありがとうございます! 良かった、あの剣はすごく手に馴染んで使いやすかったから、返さなくていいなら本当にありがたいよ」
「そうだな、ダリオン。お前の持っているその剣は、怪我を回復してくれる効果があるんだろう? それがあれば、これからの冒険でも回復ポーションをかなり節約できそうだな」
そんな風に少しの間談笑していると、王宮のメイドさんが静かに控えの間へと入ってきて、私たちを謁見の間へと案内してくれました。
重厚で巨大な扉が左右に開かれ、私たちは謁見の間へと進み出ました。広い室内の左右には、着飾った貴族たちと、威厳ある騎士たちがずらりと並んで視線を注いでいます。
私は精霊さんから事前に教わっていた通りに深く頭を下げ、シルヴィアさんの後ろを一歩引いて歩きました。聖女であるシルヴィアさんは王の前でも跪きはしませんでしたが、私とレオンさん、ダリオンさんの三人は、玉座に座る国王陛下の前に膝を突きました。
すると、やはり精霊さんたちが予想していた通り、左右に並ぶ貴族たちの間から、王の前に仮面で隠し、姿をローブで覆っている怪しげなアリスの風貌を批難する嫌味がヒソヒソと聞こえ始めました。
しかし、王様は前回の武闘祭の後の面会で、すでに「アリス」の正体が精霊であるという説明しています。だから王様が「よい!我がそれを許した。不問とせよ」と厳かに一言告げるだけでその場の雑音は一瞬で消え去り、すぐに本題の表彰へと入りました。
王様は、シルヴィアさんに対して正式に聖女として承認されたこと、そしてしばらくこの王国に滞在してくれることへの深い感謝を述べた後、ご褒美を尋ねました。
「聖女シルヴィアよ。そなたが先日、邪竜の召喚を未然に阻止し、我々を救い出してくれたことに、心より感謝する。その功績に対し褒美を与えたい。何か欲しいものはあるか?」
「身に余る褒美のお言葉、誠に感謝いたします、陛下。しかし、この度の件に関しまして、私はただ女神様からの使命を果たしたに過ぎません。そのため、私自身がいただく褒美は辞退させていただきたく存じます。代わりに……その褒美を、私が地下牢に囚われていた際、私の担当をしてくださった看守たちへ与えてはいただけないでしょうか。あの方々の温かい慈悲がなければ、私はあの暗い牢獄の中でとうに命を落としておりました」
自分に対する褒美はいらないから、王命に背いてまで自分にこっそり食事を差し入れて命を繋いでくれた、あの優しい看守たちに恩返しをしたいという、シルヴィアさんらしい提案です。
「なるほど、そなたの願い、確かに聞き届けた。その看守たちには追って相応の恩賞を与える。……それと、地下牢にそなたが監禁されたとき、食事すら与えられなかった経緯については、こちらでもすでに詳細を調査済みだ。裏で手を引いていた犯人どもには、追って相応な厳罰を与えることをここで約束しよう」
「寛大なご措置、感謝いたします、陛下」
王様は自ら立ち上がり、特別な功績を示す金色の勲章をシルヴィアさんの胸元へと授与しました。湧き上がるような拍手の音が鳴り響く中、王様はシルヴィアさんに向けて、まっすぐな声で言葉を贈ります。
「聖女よ。我が国の数多の民、そして我が命を救ってくれたことを、本当に感謝している。我がエルセリス王国は、いかなる時もそなたの味方であることをここに誓おう」
そう言って、王様は聖女であるシルヴィアさんに向けて、深く頭を下げました。それを見た貴族たちも一斉に拍手を止め、王に倣ってシルヴィアさんに向けて恭しく一礼を捧げます。
そして、次は私の番でした。
「冒険者アリス、前へ」
「はい」
私は静かに立ち上がり、促されるまま一歩前に進み出ました。
「冒険者アリスよ。そなたは聖女を窮地から救い出し、事前に邪竜召喚の陰謀をいち早く察知して迷宮都市外側にあった召喚柱を破壊し、さらには強力な魔剣使いを単独で制圧した。実に見事な働き、大儀であった」
「勿体なきお言葉にございます」
「そなたの功績は多大であり、本来であれば一足飛びに爵位を授けるつもりであったが、そなたにはまだ『天使様より授かりし大いなる使命』が残されていると聞く。よって、今回はその使命の助けとなるよう、この勲章と、副賞として200万Gを授与する」
「ありがたく頂戴いたします」
王様の口から出た「天使様より授かりし大いなる使命」という言葉を聞いた瞬間、周囲の貴族たちは水を打ったように静まり返りました。誰一人として、異議を唱えたり声を荒らげたりする者はいません。
(あれ……? 精霊さんたちの読みが外れちゃったみたいです。平民の私が爵位を断ることで『生意気だ』って嫌がらせを受けたり、聞いたこともない『天使様の使命』って設定に貴族たちが噛みついてきたりするかと思ったのに、意外とみんな静かに納得しています……)
こうして、私が無事に王様から直接勲章を受け取り、少し下がってシルヴィアさんの後ろの位置へ戻ると、続いてレオンさんとダリオンさんの番になりました。
二人は強大な魔剣使いを前にしても一歩も引かずに立ち向かい、数多くの襲撃者を打ち倒して、観客席の避難時間とアリスが駆けつけるための時間を稼ぎ出した功労者として、同じく勲章が授与されました。
騎士団長であるアルベルトさんの強い推薦もあり、王様は二人の実力を高く評価し、彼らを正式に王国騎士団へ迎え入れたいという意向を示しました。
しかし、レオンさんは「急なお話ですので、少し考えさせてください」と保留の時間を求め、ダリオンさんは「現在、生き別れた妹を探して旅をしている最中ですので、お気持ちは嬉しいですがお受けできません」と、丁寧にその勧誘を断りました。
王様は彼らの意思を尊重し、騎士団入りは強制しませんでした。お二人といえば、一ヶ月前にも特例で冒険者ランクが3から最高位の5へ一気に昇格したばかり。そのため今回は、この功績を称えて勲章と金が授与されることになったのです。
私たちの表彰は、これで滞りなくすべて終了しました。どうやら謁見はこれで終わりのようです。
(あれ? そういえば、騎士団長のアルベルトさんたちの表彰はないのかな……?)
不思議に思って、第一王子と思われる方の隣に控えているアルベルトさんの方を見てみると、彼の胸元にはすでに同じ輝きを放つ勲章がピンと留められていました。どうやら、武闘祭の現場で戦った騎士たちへの表彰は、すでに別の場で済まされていたようです。確かに人数も多いですし、ここで一人一人に渡していたら時間がいくらあっても足りないでしょう。納得して、深く気にするのをやめました。
最後に、王様が「今夜の歓迎パーティーを、どうか心ゆくまで楽しんでほしい」と言葉をかけ、私たちは一礼して謁見の間を退室しました。
その後の時間は、シルヴィアさんが彼女担当のメイドさんにお願いして、私も彼女と同じ貴賓室で一緒に休ませてもらえることになりました。護衛の聖騎士様たちは部屋の扉の外で直立不動で待機しており、私たちはパーティーが始まる夕方まで、ここでゆっくりと過ごすようです。
おばあちゃんとマティルダ様は、まるで何十年も前からの旧友のように仲良く紅茶を飲みながら、楽しそうに昔話を続けています。あの二人の楽しそうな時間を邪魔しないように、私は静かに部屋の隅のソファーへと移動しました。
見るからにふかふかで高そうな革張りのソファーにゆっくりと深く腰掛けると、サクラリアが私の深いフードの中からちょこんと小さな頭を覗かせて、耳元で囁いてきました。
『セリーナ、謁見というものは、本当に退屈でつまらないものですね』
「うん、そうですね。じっと立っているだけでしたし、この時間があれば、新しいお菓子を作っている方がずっと楽しいですよね」
『本当にそうですわ!』
「この面倒なパーティーが全部終わったら、精霊さんから教えてもらった“ティラミス”というお菓子作りに挑戦してみましょうか」
『それもメニューのレシピには載っていない、精霊界のお菓子ですのね! 楽しみですわ!』
すると、聖女としての凛としたモードをすっかり解除し、私の隣で液状化したスライムのようにソファーへぐったりと倒れ込んで休んでいたシルヴィアさんが、お菓子の話を聞きつけてがばっと起き上がってきました。
「“てぃらみす”……? それはお菓子ですか?」
「あ、はい! この前にシルヴィアさんに差し上げた金平糖と同じように、精霊界にあるお菓子なんですよ」
「まあ! それは凄く興味深いわ。この前いただいた金平糖も、星みたいに小さくて可愛らしくて、とっても甘くて美味しかったもの」
「そうでしょう! 噛むとカリカリして美味しいですよね。精霊さんの話によると、あちらの世界には、しっとりとした“レアチーズケーキ”とか、まるで夜空の星空をそのまま閉じ込めたような“羊羹”というお菓子もあるそうですよ!」
「なにそれ、どちらも想像すらつかないわ。精霊様って、精霊界では相当な身分の高い貴族様なのかしら?」
「いいえ、精霊さんの話では、向こうの世界では普通のお店で、誰でも安く簡単に買えるものらしいですよ」
「嘘でしょ!? お砂糖なんて信じられないくらい高価なものなのに!?」
「それがですね、向こうでは……」
そんな風に、私たちは女の子同士でのお菓子の話で大いに盛り上がり、退屈な午前中の時間はあっという間に過ぎていきました。
午後になると、王宮のシェフが作った非常に美味しい昼食を堪能した後、大勢のメイド隊が私たちのいる貴賓室へと入ってきました。
彼女たちはシルヴィアさんをバラの花びらが贅沢に浮かぶお風呂へと案内し、おばあちゃんの手を借りながら、夜の歓迎パーティーに向けた本格的な身支度と着替えを始めました。
私たちの持てる技術をすべて注ぎ込んだあの自信作のドレスに、宮廷メイドたちの洗練されたお化粧が加わると、鏡の前に立つシルヴィアさんは、まるでどこかの国の本物のお姫様のように眩しく、美しく変身を遂げました。
私はというと、精霊さんの「星月ドレス」を身に纏い、キツネの仮面を顔につけて準備完了です。顔が仮面で隠れてしまうため、お化粧をする必要すらなく、メイドさんたちに髪を綺麗に結ってもらうだけで、あっさりと支度が終わってしまいました。
そうしてすべての準備が整い、いよいよパーティーの開始時刻が近づいてきます。
シルヴィアさんと大司教マティルダ様は、これから王族の方々と合流して、一緒に主役として会場へ華々しく入場することになっています。おばあちゃんは、そのままドレスに不具合がないか見守るために控室で待機。私だけが、メイドさんの案内で一足先にレオンさんたちの待つ場所へと合流することになりました。
廊下で待っていたレオンさんとダリオンさんは、今朝の謁見の時と同じ上質な正装を身に纏い、その胸元には今朝貰ったばかりのピカピカの勲章が誇らしげに輝いていて、相変わらずとても格好良かったです。
「こんばんは、レオンさん、ダリオンさん」
「こんばんは、アリス様。……パーティーの間も、ずっとその仮面を付けたままで出席されるのですか?」
ダリオンさんの尋ねることはもっともでした。この仮面を付けたままだと、会場に並ぶ美味しい食べ物も、飲み物も口にすることができません。それでも、「アリス」の正体が私だと知られるわけにはいかないため、こればかりは仕方がないことでした。
それに、正直に言うと、もしかしたら、この会場に、本当にお父さんがいるかもしれないのです。私の心臓はさっきから信じられないくらい速い鐘を鳴らして、緊張で張り裂けそうになっていました。
その瞬間、私のドレスの谷間にすっぽりと隠れていたサクラリアが、人間には見えないのをいいことにひょっこりと小さな頭だけを覗かせました。私が緊張で体を硬くしているのをすぐに察したようで、少しでも気を紛らわせようと、わざとふざけたような声をかけてくれたのです。
『セリーナ、精霊さんたちの話によると、貴族のパーティーには珍しいお菓子がたくさん並んでいるそうですわよ。後でこっそりいくつか手に入れて、誰もいない物陰を探して、二人で隠れて食べましょう』
サクラリアのその言葉に、私は小さく頷き、深呼吸をする。張り詰めていた肩の力を少しだけ抜くことができました。
そうです。私はただ、本当に生きているお父さんの姿を一目、この目で見られればそれだけで十分なのです。このようなきらびやかな場所で、感動の再会を果たすなんて適切ではありません。もしお父さんが、私の知っているあの優しかったお父さんのままでいてくれたなら、本当の再会は、もっと後の日に伯爵領で果たせばいいのですから。
レオンさんたちと合流した私たちは、メイドさんの先導で、そのまま巨大な宴会場へと案内されました。私たちは身分の低い平民ですので、貴族様たちよりも先に、一番最初に会場へと入る決まりになっているようです。
巨大な二重扉が開け放たれ、宴会場へと足を踏み入れた瞬間、私は思わずその光景に息を呑みました。
見上げるほど高い天井からは、数え切れないほどのクリスタルをあしらった巨大なシャンデリアが吊り下げられ、昼間よりも眩しいほどの光を会場全体に降り注いでいます。鏡のように磨き抜かれた白い大理石の床は、光を反射してキラキラと輝いており、一歩を踏み出すのすら躊躇ってしまうほどに美しい空間でした。
案内の指示に従い、私たちは扉の近くの壁際で静かに待機しました。その後、私たちの後に続いて、大陸中にその名を知られる有名な商会の会長さんや、高名な学者、そして着飾った貴族様たちが次々と会場へ入ってきました。
レオンさんとダリオンさんは、武闘祭の件で有望な冒険者として、すでに貴族たちの間でもその名が知れ渡っています。会場に入ってきた下位の貴族たちや、有名商会の関係者たちは、二人の姿を見つけるとすぐに、愛想笑いを浮かべて彼らを取り囲むように話しかけ始めました。
当然、不気味なキツネの仮面を被った、素性も分からない私に話しかけてくる奇特な人は誰もいません。私はそっとレオンさんたちの傍を離れ、目立たない端っこの方へと静かに移動し、ただお父さんの入場を待つことにしました。
ドレスの胸元から、サクラリアがちょこんと頭を出して、私を心配そうに見上げてきます。
『セリーナ、まだ緊張していますか? 心臓の音が、さっきから凄く速く跳ねていますよ』
「うん……。やっぱり、どうしても少し怖いんです」
『心配いりません。わたくしがずっと傍についていますから、何か怖いことがあったら、すぐにわたくしに話してくださいね』
「ありがとう、サクラリア」
会場の入り口で、招待客の名前と爵位を大声で告げる門番の声が響き渡ります。そろそろ、高位である伯爵級の貴族たちの入場が始まる時間でした。
私は意を決して、人の影から少しだけ前に進み出ました。そして、入り口の扉を真っ直ぐに見つめ、その時を待ちます。
やがて、朗々とした呼び出しの声が、広い宴会場の隅々にまで響き渡りました。
「カースティア伯爵、エドワード閣下! 並びに、ご子息エドガー卿と同夫人のご入場でございます!」
その声と共に、扉の向こうから人々が姿を現しました。
最初に歩んできたのは、艶やかな金髪の間に白い髪が混じり、鉄のように冷徹な気配を全身に纏った初老の男――カースティア伯爵でした。今朝の謁見の際にも少しだけ姿を見ましたが、その時からずっと、周囲の空気を凍りつかせるような鋭い眼光を放っていて、とても怖い印象の人です。この人が、私のおじいさんにあたる人なのでしょうか……。
そして、そのすぐ後ろから歩いてくる姿を見た瞬間、私の息は止まりました。
そこには、ずっと忘れることのなかった、懐かしいあの面影がありました。本当に、本当にお父さんは生きていたのです。
お父さんは口元に柔らかな笑みを浮かべ、慣れた手つきで、隣に並ぶ豪華なドレスを着た美しい女性の細い手を優雅にエスコートしながら、堂々とした足取りで会場へと入ってきました。
「……ふ、じん………………」
(お父さんの、お嫁さん……?)
私の胸元から飛び出したサクラリアが、私の硬直した様子を見て、慌てたように声をかけてきます。
『セリーナ! もしかして、あの金髪の男性があなたのお父さんなのですか!? でも、あれは一体どういう……』
「…………」
サクラリアは小さな手を私の耳にぎゅっと添えながら、真剣な表情で言いました。
『セリーナ!! しっかりしてください! シルヴィアさんが会場に出てきたらアレに気づくかは分かりませんが、彼女がこちらに来たら、すぐにこのことを伝えた方が……!』
「……あ、あ、うん……」
お父さんは、別の女性と再婚していました。
やっぱり、心のどこかで予想していた通りだったのかもしれません。お母さんが病気になって苦しんでいた時も、私たちが借金に追われて必死に生き延びようとしていた時も、お父さんは新しい家族を作って、私たちを捨てて、ここで何不自由なく幸せに暮らしていたのです。
……ううん。
そんな悲しみや怒りよりも、私の目を釘付けにしたのは、もっと別の、信じられないほど不気味な光景でした。
「どうして……?」
なぜ、お父さんの身体から、見るだけで吐き気がするような、あの真っ黒で禍々しい魔力が立ち上って、全身を覆い尽くしているの……!?
これは一体、どういうことなの?




