73 パーティー前日
セリーナが「リリアナローズ」に泊まり込み、聖女シルヴィアのドレスを製作し始めてから、早いもので一ヶ月の月日が流れていた。
リアル世界の今日は、もうクリスマスイブ。
当然、セレアグのゲーム内でも、大規模なクリスマスイベントが開催されている。俗に言う「聖誕祭」イベントであり、特定エリアでの限定ボス襲来や、この時期にしか手に入らない限定装備、製作可能な新規アイテムが多数追加され、街やフィールドは普段以上の賑わいを見せていた。
それはさて置き、“セレアグの世界”におけるクリスマスは「聖誕祭」と呼ばれており、伝承では女神エリシアの誕生日とされている。
そして今年は、千年ぶりに現れた聖女シルヴィアが「聖誕祭」の儀式を執り行い、女神への感謝と祈りを捧げることになっていた。
本来であれば、聖女が降臨した場合は隣国である「聖王国」へと戻り、その大聖堂に住まうのが通例だが……シルヴィアは神託を受け、エルセリス王国に留まることを選択していた。神託によれば、近いうちにこの王国で彼女の力が必要となる場面が訪れるのだという。
聖王国へ赴いて正式な聖女承認を受け、大聖堂地下に封印されていた邪竜の力を修復したシルヴィアは、引き止める聖王国の偉い面々を神託の盾で押し切り、生まれ故郷であるエルセリス王国へと戻ってきたのだった。
そのため、今年の聖誕祭の祈りは、彼女は大司祭マティルダの代わりに、エルセリス王国の王都大聖堂にて執り行われることとなった。
朝の七時。
厳かな雰囲気の中で感謝を捧げる祈りの儀式が幕を閉じると、聖女シルヴィアと大司教マティルダは揃って私室へと戻り、手早く冒険者のローブを羽織ってフードを深く被った。二人は視線を交わすと、大急ぎで大聖堂の裏門から抜け出し、王都から少し離れた小さな森の木製小屋へと向かう。
本来ならば王族と同様、依頼したドレスはリリアナローズの針子たちが大聖堂まで届けるべきだった。しかし、歓迎パーティーの前に聖女がどこの派閥のドレスを選んだと漏洩すれば、対立派閥による破壊工作などの妨害を受ける危険性が極めて高かった。そのため、シルヴィアたちは隠れながら木製小屋を経由し、バールヴィレッジへ自ら赴くという手段を取ったのである。
小屋に入ると、そこにはあらかじめ待機していたセリーナの姿があった。
三人は、小屋の奥に設置された別の簡易拠点へと繋がる扉へと入り、バールヴィレッジ外の森に隠されたもう一つの木製小屋から出てきた。そして誰の目にも触れぬよう森を抜け、バールヴィレッジに入り、リリアナローズの裏門から静かに店内へと滑り込んだ。
裏門をくぐると、そこにはすでにカノンが待機していた。誰かが物陰で聞き耳を立てているかもしれないので、セリーナはシルヴィアたちの正体を伏せ、ただの「依頼主」として彼女を紹介する。
「おはようございます、カノンさん。こちらは依頼主様です」
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」
案内された応接室の扉を開けた瞬間、シルヴィアとマティルダの目に、まるでオーロラそのもののような光景が飛び込んできた。二人は思わず感嘆の声を漏らす。
「うわあ、綺麗……」
「あら、まあ……」
応接室の扉が静かに閉じられると、室内に控えていたクラリス夫人、カノン、そして三人の針子たちが、一斉に深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ、聖女様、大司教様。こちらがご依頼のドレスでございます」
対面した二人は、眼前に鎮座するドレスの美しさに圧倒され、言葉を失って沈黙してしまう。その様子に、セリーナが少し心配そうに声をかけた。
「シルヴィアさん、パーティーは明日ですから、残された時間は多くありません。早めに試着をしましょう」
「いえいえいえ! 本当にこのドレスを着るの!? 綺麗すぎて、私には勿体ないわよ!」
あまりの衝撃に、シルヴィアはいつものクールな聖女としての仮面を忘れ、素の慌てた口調に戻ってしまう。隣に立つマティルダも、予想を遥かに超える極上の仕上がりに「予算は足りるのだろうか」と冷や汗を流し、言葉が出ずにいた。
セリーナは気圧されているシルヴィアの背中を優しく押し、針子たちと共に着替えのサポートに入る。
残されたクラリス夫人は、マティルダの硬い表情からその懸念を察し、そっと彼女の隣へ歩み寄って囁いた。
「大司教様、どうぞご安心くださいませ。ドレスの素材はすべて精霊様から無償でご提供いただいたものです。ですので、お代金は通常の仕立てと同等の金額で結構でございますよ」
「そ、そうなのか。……いや、申し訳ない。その金額よりも多く支払わせてもらうわ。これほど短期間で、これほど素晴らしいドレスを仕立てていただいたのだから、本当に感謝している。ええと……」
「メストリス・クラリスと申します」
「もしかして、あのマリアージュ様の針子を務めておられた……?」
「はい。遠い昔の話でございますが」
「やはり。だからこそ、これほど美しいドレスが仕立てられるのですね。……ですが、このパーティーが終われば、あなた方も色々と忙しくなりそうですね」
「おかげさまで。元々はこの辺境で静かに余生を過ごすつもりでしたが、この機会に、迷宮都市にある孫の店の近くへ支店を立ち上げるのも悪くないと考えておりますわ」
「何か困ったことがあれば、遠慮なく私たちを頼りなさい」
「ありがとうございます、大司教様」
やがて、ドレスへの着替えを終えたシルヴィアが試着室から出てきた。しかし、その顔はどこか青ざめている。マティルダは彼女の側へと歩み寄った。
「シルヴィア、本当に美しいですよ」
「マ、マティルダ様……このドレスにあしらわれている宝石、どう見ても高価すぎて……怖くて身動きが取れません! 本当にこれを着て出席するのですか? 聖衣では駄目でしょうか……?」
「はぁ、諦めなさい。各国の王子たちの面子を保つためにも、このレベルのドレスでなければ『彼らから贈られたドレスを断った理由』として誰も納得しません。今後一切の贈り物を受け取らないと公表するための、これが最初で最後の妥協点なのですから」
そこに、セリーナがひょっこりと口を挟む。
「大丈夫ですよ。この素材はすべて余り物ですから、売ることもできませんし、万が一失くしてしまっても問題ありません」
「せ、セリーナ……あなた、本気で言っているの?」
セリーナは思わず魂の抜けたような目で、シルヴィアの耳元に顔を近づけてボソリと呟いた。
「私もこれを売りたいです。全部売りたい、全〜部〜売りたいのです……。でも、一つでも市場に流すと大騒ぎになって大変なことになります。シルヴィアさん、ストレージの中の余った素材を、足がつかないように全部売る方法はありませんか? 私は希少素材より、お金が欲しいのです……」
「ご、ごめんね、セリーナ……」
(これ以上、セリーナの心の闇に触れるのはやめておこう……)
シルヴィアは心の中でそっと神に誓った。
「いいえ、いいのです。仕方のないことは仕方がありませんから。ですからシルヴィアさんも、どうかお気になさらないでくださいね」
「ええ、ありがとう」
それから約半日をかけ、ドレスの最終調整と微修正が無事に完了した。
仕上がったドレスを丁寧に梱包し、シルヴィア、マティルダ、クラリス夫人、そしてセリーナは、再び森の隠れ小屋を経由して、王都の大聖堂へと戻っていった。
翌日のパーティーには、セリーナは「アリス」として出席するため、クラリス夫人はシルヴィアの着付けや身の回りの世話を手伝うために同行することが決まっている。
明日の本番に備え、セリーナは大聖堂の客室で一晩を過ごすことになった。
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その日の夜、俺とタピオカくんは揃ってログインした。
大聖堂の客室から外へ出るわけにはいかないため、今夜は日課となっている転送ポイントの解放作業は行えない。今夜のログインは、セリーナたちからの状況報告を聞くためだけだった。
この一ヶ月間、セリーナもクラリス夫人も毎日のように深夜までドレスの改修作業に追われていたため、俺たちがログインできるのはいつも日付が変わる直前のような深夜帯ばかりだった。夜11時頃にタピオカくんと一緒に、毎日最低1箇所の転送ポイントを解放しつつ、ドレスに足りない素材を足りるかの確認。それがこの一ヶ月間の俺たちのルーティンだった。
大聖堂とバールヴィレッジを結ぶ簡易拠点となる森の小屋を設置したのも、当然、俺達だ。マティルダ様とクラリス夫人はシステム上パーティーに組めず、二人を連れて転移することができないからな。
「セリーナ、シルヴィアさんのドレスの仕上がりはどうでしたか?」
彼女たちが眠りに就く前の、いつもの報告が始まる。
セリーナ:はい、大丈夫です。準備完了しました。
サクラリア:完璧ですよ!
ここで俺は、明日のパーティーにおいて、セリーナにとって最も重要になるはずの件について切り出した。
「セリーナ、前にも話した通り、明日は木曜日です。パーティーは午後6時から始まりますが、仕事の都合上、ワタシたちはどうしても開始時間に来ることが間に合いません。明日の本番、会場に行くのはあなたとサクラリアの二人だけになります。それに……もしかしたら、その席でお父さんに会うことになるかもしれません。もし彼を見かけたとしても、絶対に自分はセリーナでことは口にしないでくださいね」
セリーナ:うん、わかってます。明日の私はアリスとして出席ですから。
セリーナ:それにあの場で、例えお父さんが私のことを覚えでも、
セリーナ:キツネの仮面がついてるから、大丈夫です。
「そうですね。周囲の人間は誰も『アリスの正体がセリーナである』とは知りません。許可された範囲内で、常にシルヴィアさんの傍に控えていれば、おかしな絡まれ方はしないはずです」
サクラリア:大丈夫です、精霊様! わたくしがセリーナのことを守ります。
「頼みますね、サクラリア」
セリーナ:私も心の準備はもうできています。お父さんもただ見るだけでいいのです。
セリーナ:ホントに生きているだけで、私はもう満足です。
セリーナ:それに、今はおばあちゃんもいるですから、大丈夫です。
チャット欄に並ぶ健気な文字列を見つめ、俺は胸が少し締め付けられるような感覚を覚える。
「そうですか……あなたがそう思えるなら、良かったです。タピオカくん、シルヴィアさんとセリーナの装備やアクセサリーの構成に変更はありませんか?」
サクラリアに憑依したタピオカくんはいつも通り、セリーナに憑依した俺の頭の上にちょこんと乗り、メニューを操作しながら答えた。
『そうね、セリーナはそのまま〈聖護の首飾り〉を装備させておけば大丈夫。頭装備は元々の〈星のヘッドピース〉だけで十分に見栄えが良いわ。会場内には目立つ武器を持ち込めないから、シルヴィアさんと同じように、外見からは装備していることが分からない透明な武器〈インビジブルナックル〉を装備するしかないわね』
「シルヴィアさんの腕輪枠は、やはり毒耐性が防ぐものにしますか?」
『うーん、こういう貴族の場だと、致死毒はないと思う、彼女は魔法で毒を解除できるから。麻痺の方が搦め手として使われやすいから、麻痺耐性の腕輪にする予定。幸い、その腕輪は最大まで限界突破させると外見の装飾がかなり綺麗になるからドレスにも浮かないわ。ネックレスはステータス性能を度外視して、一番ドレスのデザインに合う綺麗なものを選びましょう』
なぜ、シルヴィアにもセリーナと同様に「全状態異常を完全に無効化する」の装備〈聖護の首飾り〉を与えないのか。
それは、セリーナ以外の特定のNPCに対して過度な贔屓を行わないためだ。ただでさえシルヴィアの持つ聖杖や聖衣はチート級の性能を誇っている。その上、王族の誰にも欲しかっている〈聖護の首飾り〉まで与えてしまえば、新たなトラブルの火種になりかねない。そのため、すでに聖女としての地位を確立した彼女に対しては、目立たない細部を除き、強い装備をこれ以上与えない方針を取っていた。
セリーナ:えっと、タピオカさん。貴族のパーティーでホントにこんなに危ないですか?
サクラリア:何が…戦場に行くみたいだわ。
『セリーナ、私たちの世界ではね、こういう格式高いパーティーの場には、自分より美しい女性を見つけると、嫉妬のあまりどうしてもワインを相手のドレスに引っ掛けたくなる奇病を患ったワガママな貴族のご令嬢が必ず現れるものなのよ。あなたなら、魔法を使って対処できるわよね?』
セリーナ:は、はい。水を操作するように、掛けてきたワインを魔法で受け止めるだけですから。
サクラリア:怖い病気ですね、偉い人間でホントにおかしいわ。
『私たちは魔法カスタマイズできないから。でもあなたはイメージ通りに魔法の挙動を自由に変えられる、もしワインを掛けられても自分で綺麗に受け流せるはずよ。その点はあなた自身で解決してね』
ここからタピオカくんは少し真面目なトーンに切り替えて話を続けた。
『冗談はさておき、シルヴィアは平民から一気に聖女へ成り上がった身だから、特権意識の強い貴族主義の連中に絡まれたら、嫌がらせを受ける可能性はかなり高いわ。彼女には専属の護衛騎士もつくだと思う、物理的な危険はなんとかなるでしょうけど、アリスとして出席するセリーナも十分に気をつけて。王様はアリスの正体は「精霊」だと知っているけれど、他の貴族たちの目にはただの身元の分からない平民としか映らない。近づいて話しかけてくる奴らは、全員何かしらの下心を持っていると思いなさいね』
セリーナ:貴族のパーティーで怖いですわね。
サクラリア:悪意がある人が近づいたら、教えますね、セリーナ。
セリーナ:うん、ありがとう。
タピオカくんは小さく手を叩くモーションを取り、話を切り上げる。
『はいはい、話はここまで。明日の朝は王様への謁見式があるんだから、今日はもう早めに寝なさいね』
セリーナ:はぁ~~表彰って、あの勲章のためにわざわざ謁見するのは……行きたくない。
サクラリア:そういえば、報酬のお金は回収しましたか?セリーナ。
セリーナ:あ!精霊さん!今週の週末は迷宮都市の冒険者ギルドに行きましょう!!
セリーナ:ご褒美の金はもう出ててるかも!!
その文字を見て、タピオカくんがぽんと手を叩くような動作をした。
『そういえば、私たちが初めて塔を攻略した時、ギルド長にSRランクの斧を委託したわよね。確か、オークションに出品するって言ってたっけ』
「あ、そういえばそんなこともありましたね。ワタシも完全に失念していました。では、今週末は迷宮都市のギルドへ赴き、オークションの売上金を回収しに行きましょうか」
セリーナ:やった!
こうして、翌日の大舞台に備えてセリーナとサクラリアは早々に眠りに就いた。俺たちは明日着用するためのアクセサリーや星月ドレス、そして「アリス」としてのキツネの仮面をそっと置き。
その後、ログアウトした。
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リアルに戻ると、俺はベッドの上でゆっくりと身体を起こした。
ヘッドギアを外し、手元のスマートフォンを操作して、いつものようにタピオカくんにビデオ通話をかける。画面が繋がると、聞き慣れた彼女の落ち着いた声が響いた。
「お疲れ、タピオカくん」
『あなたもお疲れ、豆腐くん』
壁の時計に目をやると、針はすでに深夜の12時を回っていた。日付は変わって、12月25日。クリスマス当日だ。
「……明日のパーティー、やっぱり心配だな」
『サクラリアがぴったり張り付いてるんだから大丈夫じゃない? 心配しすぎよ。豆腐くん、完全に親バカモードが入ってるわね』
「だって、あの悪役令嬢が跋扈してそうな魔窟に、王様主催のパーティーイベントだぜ!? 心配しない方がおかしいだろ!」
『大丈夫!今のセリーナのレベルなら、生意気な貴族くらい拳一発で物理的に黙らせられるわ』
「殴ったらアカンだろう。ま、まあ、幸い、王様はアリスは精霊でことは知っているし、君が言う通りサクラリアも付いてる。あの二人を信じるしかない、うん、大丈夫…きっと大丈夫だ。」
すると、タピオカくんが画面の向こうで、不意に少しからかうような笑みを浮かべて問いかけてきた。
『そういえば、明日はどうなの? 仕事は早く上がれそう? それとも……誰かとクリスマスデートの予定でもあるの?』
「残念ながら、ワイは誇り高き大魔法使いである。彼女いない歴イコール年齢だ! ……ぎ、逆にそっちこそどうなんだよ?」
『私? あるわけないでしょ、そんなの。でも、仕事がちょっと立て込んでるから、明日は少し残業になるかも……』
「……」
『……』
画面越しに、妙に気まずい沈黙が数秒間流れる。俺は慌ててその空気を誤魔化すように声を張り上げた。
「へ、へえ〜! じゃあ、奇遇だな! 俺も明日は仕事が長引きそうなんだ。お互い、早く仕事上るようにために、バーストモードを使うしかないな!」
『そうね。……あ、パーティーが無事に終わったら、またあの塔の周回に戻りましょうか。もしセリーナがこのままレベル70まで上がっても、お目当ての〈不死鳥の紋章〉もドロップできなかったら、そこで紋章集めは諦めて、予定通り伯爵領へ向かう?』
「どうだろうな。もしセリーナが明日のパーティーでエドガーに会って、それで彼女なりに満足するなら、わざわざ伯爵領に乗り込む必要もなくなると思うんだ。でも……何て言うか、ゲームのエドガーはすごくいい父親キャラだったのに、この世界のエドガーは、どうにも嫌な奴な気がしてならないんだよな」
『私もそれは感じていたわ。ゲームのシナリオだと、セリーナの借金は元村長がでっち上げた嘘で、伯爵家側はエドガーを無理やり実家へ連れ戻したって設定だったじゃない? でも、この世界では、エドガーが本当に村長に金を貸し付けて、セリーナたちを見捨てていた。……これって、もしかして……』
「別のプレイヤーの仕業、か?」
『うん。そのプレイヤーがエドガー本人の可能性もあるわ』
「でも武闘祭の件を考えると、そのプレイヤーは『奈落の七印』の関係者……それもかなり地位の高い奴ということになると思う。そうじゃなければ、幹部二人を命令し、武闘祭の件を前倒し実行することができない。」
『その条件に会う人なら……ゲーム本編でも名前しか出てこなかった、あの“奈落の七印の教王”だったりするのかしら?』
「その可能性は十分に高いと思う。ただ、聖女殺害計画も、武闘祭の邪竜召喚事件も、一応は俺たちが介入して未然に阻止しただろ。エルセリス王国側に強いプレイヤーがいると分かった以上、もし相手が慎重なタイプなら、身の安全を考えて一度王国から離れるはずだ。だから、明日の王都のパーティー会場にその黒幕がいる可能性は低いと思うんだけどな」
『あなたみたいに慎重なタイプじゃなくて、好戦的なプレイヤーだったら?』
「好戦派なら、それこそ武闘祭の件で真っ先に自ら名乗りを上げて暴れてたはずだろ。……まぁ~今の情報だけで、考えても答えが出ない。とにかく、なんかずっと胸の奥がモヤモヤするんだよ」
『そうね。今のところ神様からの新しいクエストも発生してないし、ひとまずは大丈夫でしょう。深く考えすぎよ』
「そうだな。ちょっと神経質になりすぎていたかもしれない」
『とにかく、私たち明日早めに帰宅すればいいでことよ。』
「だな。」
『じゃあ、私は明日も早いし先に寝るわね。おやすみなさい』
「おやすみ」
タピオカくんが通話終了のボタンを押そうとした瞬間、俺は慌てて彼女を引き止めた。
「あ! ま、待って!」
『な、何よ?』
「あ……いや……その、ええと……メリークリスマス」
画面の向こうで、タピオカくんが一瞬だけ驚いたように目を見張り、それからふっと柔らかく微笑んだ。
『あ、そうか。もうクリスマス当日ね。ふふ、メリークリスマス。……じゃあ、切るね』
「うん、また明日」
通話が切れ、部屋は静まり返った。
確かに、彼女の言う通り俺はセリーナたちのことを心配しすぎているのかもしれない。
この一ヶ月間、ドレスの製作にかかりきりで、レベル上げたことなかった。それでも、セリーナのレベルはすでに68に達している。
彼女はもう、怯えるだけだったあの頃の無力な村娘ではない。俺たちの手によって、あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた“歴戦王セリーナ”へと進化を遂げているのだ。
彼女を信じよう。
「……俺も早く寝るか」
俺は電気を消し、静かに目を閉じた。




