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70 打ち明け

一方、翠夢の森の小屋に戻ったセリーナは……



今日はタピオカさんが仕事で来られないので、だから土曜日なのに塔を周回しないみたい。精霊さんと、お父さんがいる伯爵領へと向かう道中の最寄りの転送ポイントを解放した後、私たちは翠夢の森の小屋に転移しました。


精霊さんは精霊界へと戻り、私は店の制服から部屋着に着替えて、大切なうさぎのぬいぐるみをきゅっと抱きしめ、お気に入りの”人をだめにするクッション”に体を深く沈み込ませて、ぼんやりと天井を見上げました。


そんな私を見て、サクラリアは私の胸の上にちょこんと座り、顔を覗き込んできました。


『セリーナ……それでいいの?』

「なにか…ですか?」

『お父さんに会いたくない?』

「ごめん、わからないわ」


サクラリアは私が悩んでいることを、なんとなく分かってくれているみたい。


すると、隣で私たちの話を聞いていた妖精の女王エルナ様が、自分のクッションからふわりと飛び立ち、同じように私の胸の上に腰を下ろしました。そして、私を安心させるような優しい声で語りかけてくれたのです。


『セリーナ、何か悩み事でもあるのかい?』

「ごめんなさい、自分でもよくわからないの」

『一人で考えたい気持ちはわかるが、考え詰めてしまうより、その胸の内を妾たちに話してご覧。精霊殿たちには言わないからさ』


今の矛盾している気持ちは、本当に複雑で整理がつきません。でも、大人で聡明な女王様なら、何か答えをくれるかもしれない。そう思い、私は胸に秘めていた本音を、ぽつりぽつりと零し始めました。


「私、お父さんに会いたい。……でも、怖いの」

『どうして怖いのかい?』

「前に話したように、おうちの借金は本当にあったの。つまり、お父さんは本当に村長に借金をして、私たちを村に残したまま、一人だけで伯爵領に帰ってしまった」

『……』

「でもね、私の記憶の中のお父さんは、そんなに冷たい人ではなかったの。優しくて、お母さんのことも、私のことも、ちゃんと愛してくれていた人だった。だから、亡くなったんじゃなくて、実は生きていてくれたことは、本当に本当に嬉しかった。精霊さんが見た未来でも、お父さんは伯爵になって自由になれた後、すぐに人をガンド村に行かせて私たちを探してくれたわ! ……だから……会いたいのに、会うのが怖いの」


サクラリアは、私のぐちゃぐちゃな心を分かりやすい言葉にしてくれました。


『セリーナは、真実を知るのが怖いのね』

「うん。ずっと考えないようにしていたんだけど、今朝、精霊さんから急に『伯爵領への道の転送ポイントを解放する』って聞いた瞬間、また怖くなってきちゃって」


女王様は、私の顔を小さく優しい手で包み込むように撫でながら、話を続けました。


『そっか、だから今、あなたの魔力がこんなに不安定なのね』

「私のお願いを叶えるため、それにみんなと一緒に作ったこのカフェを残すために、精霊さんは馬車で伯爵領に行くんじゃなくて、わざわざ伯爵領まで走ってくれているのに。私……」

『大丈夫、精霊殿たちはそんなこと気にしやしないさ』

「うん……でも、仕方ないよ。お父さんはこの7年間、ずっと亡くなったものだと思ってた。それに、お父さんが実は偉い貴族さまだと知って、会いたい気持ちはあったけれど、最近はその気持ちもなんだか薄くなってきちゃって」

『父親に会いたい気持ちが消えたわけではない。けれど、もし本当に父親がそなたたちを捨てたのだとしたら、父親を嫌いになりたくない。だから、真実に知らないまま彼に会わず、今の幸せな日々のままがいい、と考えているのね』

「うん」


女王様は少し思案するように目を細めた後、私が心の一番奥で一番怯えていた答えを口にしました。


『セリーナ、もしかしてあなたは、父親に会って真実を知ってしまったら、それがどんな結果であれ、今の精霊殿たちとの温かい生活が終わってしまうのではないか……そして、もう二度と精霊殿たちに会えなくなって、すべてが元に戻り、ただ父親を嫌う心だけが残ってしまうのではないか、と恐れているのかい?』

「…………うん、多分、そう」


サクラリアはすぐに激しく首を横に振りました。


『え!? セリーナがお父さんに会ったら、もう精霊様たちとお別れになっちゃうの!? 嫌よ! わたくし、精霊様たちと別れたくないわ!』


サクラリアは私の頬をぎゅっと抱きしめました。そして女王様は、再び穏やかな笑みを浮かべて語りかけます。


『セリーナ、まずあなたは精霊殿と出会ったことで、妾たちとの縁も含めて、本当にたくさんの縁と出会えた。最悪、そなたの父親が本当にそなたたちを捨てていたとしても、我々とそなたの関係は何も変わらないよ』

「……」

『それに、そなたには新しく祖母になってくれた、あの仕立て屋の者もいるではないか』

「クラリス夫人……」

『妾たち以外にも、レオンという冒険者も、店のお客もいる。それに、一体誰が『父親に会えたら精霊殿たちが消えてしまう』などと言ったのだい? 精霊殿自身がそう口にしたのかい?』

「いいえ……精霊さんは、亡くなったお母さんのお願いで、私を幸せにするために来てくれました」

『そなたは、父親に会えたら、それだけで、すぐに幸せになれるのかい?』

「……いいえ、そうとは限らないわ」

『ほら、違うだろう。幸せには、いろいろな形や意味が含まれている。そして、その本当の幸せをこれから探していくのが、今のそなたの役目なのだ。そなたの母親の願いである”そなたの本当の幸せ”を叶える前に、精霊殿たちがそなたの前から消えるはずがないだろう』

「うん……!」


サクラリアは、私の目を見つめながら力強く言いました。


『セリーナ、前にあなたはわたくしに言ったわね。セリーナのお父さんはこの国の貴族だけれど、もしお父さんに会ったとしても、また彼と一緒に貴族として生活する気はないって。元々はただの平民だったあなたが、急に貴族令嬢になるなんて不幸でしかないって言っていたわ』

「はい」

『それなら、もう悩む必要なんて何一つありませんわ! もし本当にお父さんがセリーナたちを捨てていたのだとしたら、その時はその拳でお父さんを思いきり殴ってやればいいのです! 逆に、お父さんが今でもセリーナたちのことを愛してくれているなら、たまに会いに行く関係になればいいのですわ』


女王様は、ぷんぷんと拳を握るサクラリアの頭を優しく撫でながら、私に微笑みかけました。


『セリーナは少し考えすぎだよ。世の中はすごく単純で、時々一歩引いた外側から物事を眺めてみれば、すぐに答えが出てくるものさ。悩みがあれば、いつでも妾たちを頼りなさい』


そっか……。私、何をあんなに悩んでいたんだろう。前々から、ちゃんと覚悟はできていたはずなのに。


お父さんとはもう7年も会っていない。サクラリアの言う通り、もしお父さんが本当に私たちを捨てていたとしたら、それはもう私の知っている優しいお父さんじゃない。本物のお父さんはあの時亡くなったのだと思って、そのニセお父さんを思いきり殴ってやればいい。


そもそも私は、貴族令嬢になる気なんて最初からないのだ。お父さんが今でも私たちのことを愛してくれているなら、たまに顔を見せに会いに行けば、ただそれだけでいい。


本当に、ただ伯爵領に行って、お父さんと会って、それだけのことだったんだ。


それに、精霊さんたちがお父さんに会えたら消えてしまうなんて一言も言っていないのに、私は勝手に思い込んで怖がっていただけでした。


心にどんよりと立ち込めていたモヤモヤが、一瞬で晴れたような感覚になり、私は自然と笑顔を浮かべていました。


サクラリアは私の表情を見て、嬉しそうに私の顔にしがみついてきました。


『よかった! セリーナの笑顔が戻ったわ〜!』

「心配させてごめんね、サクラリア」

『わたくしたち、親友ですもの!ね~!』

「ね~!」


そして、女王様も優しく私の側に寄ってきて、尋ねてくれました。


『気持ちは晴れましたか? セリーナ』

「うん、ありがとうございます、女王様」

『よい、妾たちは家族のようなものじゃ。さあ、金平糖作りを再開するのかい? タピオカ殿が言っていた、その結晶化という工程はとても興味深いね』

「そうですね、まるで飴が育っているみたい。でも、いい感じにトゲを出すのが難しくて」

『妾も、久しぶりに職人のやる気が湧いてきたわ!』


こうして、私たちの賑やかで甘い金平糖作りが、再び台所で始まったのでした。



--------------------------------------------------------



こうして、一週間が過ぎた。


この一週間、俺は彼女の仕事の邪魔になってはいけないと気遣って、タピオカくんにはまったく連絡を入れていなかった。まあ、当然だ。セリーナたちは毎日楽しくカフェを経営しているし、特に変なトラブルやイベントも起きていない。逆に、前みたいに毎日ビデオ通話を繋げている方が、おかしかったんだ。


以前〈ドラゴンの遺産〉をやっていた時だって、基本はギルドのグループチャット内でのみ会話していたんだから。


今日は土曜日。タピオカくんからの連絡は、未だにない。だから今日も完全なプライベートの休みとして、日中はログインせず、夜しかログインしない。


ほかにやることもないので、朝から引き続き、録り溜めていたアニメをひたすら消化する。


そうして夕方になり、俺のスマホが小刻みに震えながら通じ音が来た。



ピロン



画面を見ると――タピオカくんからのメッセージだ!


すぐさまビデオ通話をかける、鳴ってまもなく、彼女は応じた。スマホの画面に、一週間ぶりに見る彼女のフランクな姿が映し出された。


「コホン。久しぶりだね、タピオカくん」

『久しぶり、豆腐くん。あなた、今ログインしてたんじゃないの? 』

「あ〜、実はね……」


俺は先週、セリーナたちから「休みなさい」と直々にキツいお達しを受けたことを説明した。原因は、俺が一人でログインしている間、メニューが使えないサクラリアにはセリーナのチャットが見えず、意思疎通が不便で仕方なかったこと。そして何より、セリーナに「夜に一人で転送ポイントを解放しに行くのは禁止!」と怒られてしまったことを白状した。


『なるほどね、確かにひとりだけチャットが見えずのは盲点だったわ。だから豆腐くん、私がいない間は本当に大人しくお休みしてたってことね』

「休みと言っても、前に話した通り、夜は弱いダンジョンをソロで巡って素材集めをしてたよ。……でも、君が隣にいないと、なんだかずっと、何かが足りない気がしてね。戻ってきてくれて、本当によかったよ」

『へ、へぇ〜……そう……ですか。だったら、寂しがってないで連絡しなさいよ』

「あ、うん……展示会の仕事の邪魔になったら悪いなと思って。ごめん」


あれ? いつもなら「何寂しがってんのよ、豆腐くん!」とかツッコミが入るはずなのに、それがない。彼女は何か言いたそうな、少し照れたような顔をしていたが、結局それ以上は何も言わずに、彼女は画面の向こうで少し遅めの夕飯代わりらしいカップ麺をすすり始めた。


『ねぇ、豆腐くん。この一週間、セリーナたちの様子はどうだった?』

「ええ、特に何事もなく、未だにキッチンで金平糖の研究を楽しそうに続けていたよ」

『レオン様は?』

「軽くセリーナに聞いてみたが、二人の関係は相変わらず進展なしだね」

『この前、あんなに良い雰囲気でデートしてたのに。レオン様、戦闘力は高いのに恋愛に関しては意外とヘタレだねえ』

「もしあいつが手当たり次第に口説くようなキャラだったら、俺が真っ先に彼をこの街から追い出しているよ。逆に、レオンがそれだけ誠実で不器用だからこそ、セリーナへの気持ちは本物なんだと信用できる」

『まあね。あの二人、何かきっかけがあるといいんだけどなぁ。この前、デートの報告を聞いた時の感じだと、セリーナだって絶対にレオン様のことが好きなはずだし』

「まあ、俺たち保護者としては、温かく見守るしかないさ」

『そうだね』


そのあと、俺たちはお互いに夕飯を済ませ、一週間ぶりに揃ってセレアグの世界へとログインした。




ふっと感覚が切り替わり、目を開けると、真っ先に口の中に優しい甘さが広がった。


ここはいつもの翠夢の森の小屋。セリーナ、サクラリア、そして妖精の女王様がテーブルを囲み、一緒に小さなお菓子を口に運んでいる。


ログインした瞬間、視界のチャット欄に、元気よくログが流れ込んできた。


セリーナ:こんばんは、精霊さん!見てみて!これはタピオカさんが言ってた金平糖ですよね!!

サクラリア:タピオカ様〜!お帰りなさい~~!

セリーナ:お〜タピオカさん〜!おかえりなさい!これはその金平糖ですか?


どうやら、俺たちのいない間に試行錯誤を重ね、金平糖がようやく完成したらしい。


「こんばんは、皆さん。」

『こんばんは、お久しぶりです。元気にしてる?』


ふと見ると、手乗りサイズの女王様が、自分の体に対しては結構な大きさがある金平糖を大事そうに抱え、ペロペロと舐めていた。俺は指先を使い、彼女の持っている金平糖を優しく砕いて、一口サイズにしてから再び手渡してあげる。


「形は少し歪んでしまいましたが、金平糖はこのように、小さく丸ごと口に入れて楽しむ飴なのですよ」

『ほう~形など気にするでない、ありがとう、精霊殿。……そして、久しぶりじゃな、タピオカ殿。これが、そなたの言っていた金平糖というものかい?』


タピオカくんは、テーブルの上に置かれた鍋の中に、白く可愛らしく結晶化した金平糖が転がっているのを見て、嬉しそうに声を弾ませた。


『はい、そうです。これは私たちの世界にある金平糖というお菓子なんですよ』


セリーナ:やった~!完成した~!サクラリア~!

サクラリア:やっと完成したわ!でもわたくしにとって、少し大きくて食べづらいのです。

セリーナ:精霊さんと同じように、あとで砕いてあげましょうか?

サクラリア:それしかありませんわね。


ここで女王様が、珍しく瞳をキラキラと輝かせながら、タピオカくんに興味深げに質問を投げかけた。


『タピオカ殿、そなたが以前言っていた金平糖は虹色であったが、あの色は作る途中で入れるのかい?』

『確か、蜜を少しずつかけてツノを育てる途中で色をつけてもいいですが、出来上がった白い金平糖に、後から食用色素液を含ませて染めることもできたと思います』

『ほう、ならば次は、色とりどりの花びらから天然の染料を用意せねばな。精霊殿、それを保存するための、美しく透明なガラス瓶を用意してくれ』

「わかりました。後ほど、ワタシがご用意してお渡ししますね」

『ふむ。しかし、この『ツノ』を綺麗に生やすのはかなり至難の業じゃな。何回も失敗して蜜の塊にしてしまったが、久しぶりに良い職人魂が刺激されて楽しめたぞ』

「女王様にお楽しみいただけたようで、ワタシたちも何よりですわ」


女王様は非常に満足そうに、小さく砕かれた金平糖を、周囲に控える妖精メイドたちにも分けて、皆で美味しそうに食べ始めた。


セリーナ:そうなんですよ、綺麗にツノを育てるのが本当に難しくて。

サクラリア:セリーナ、今度は色んな色の金平糖を作りましょうね!

セリーナ:いいですね!


ここでタピオカくんが、いたずらっぽく微笑みながらセリーナに話を振った。


『セリーナ、この試作品、レオン様にも贈って差し上げたら?』


セリーナ:え? レオンさんに、ですか?


『ええ。この珍しいお菓子も、いずれお店の商品にするつもりでしょう? 値段をどれくらいに設定すればいいか、市場に詳しい冒険者の彼にアドバイスをもらった方がいいわよ』


セリーナ:お〜確かに! レオンさんなら、冒険者ギルドや市場の適正価格に詳しそうですね。

セリーナ:彼に聞いてみます!


(自然な流れで、セリーナとレオンのイベントフラグを建てにいくなんて……やるな、タピオカくん)


小さなお披露目会のようなパーティーが終わり、セリーナたちは一同が眠りについた後。俺とタピオカくんは一週間ぶりに〈覇者の塔〉の周回へ赴いた。が、物欲センサーは相変わらず絶好調で、当たり前のように〈不死鳥の紋章〉は出なかった。俺たちは静かに小屋に戻り、ログアウトした。




この時の俺たちはまだ……まさか、セリーナの「お父さん」と、こんなにも早く、こんな形で巡り合うことになるとは、夢にも思っていなかったんだ。



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翌日、日曜日の朝。



タピオカさんはまだ少しお仕事が残っているらしく、精霊さんも彼女に合わせて、夜にしか来られないそうです。


だから今日、私とサクラリアはいつも通り、朝からストレージに溜まってた鉱石数個を鍛冶屋に売った後、小屋で虹色の金平糖の試作に取り掛かろうとしていました。


用事を済ませてカフェ「ブロッサム・ガトー」に戻ると、黒と白のシックな修道服を着た一人のシスターさんが、まだ閉まっているカフェの前に佇んでいました。


「すみません、まだ開店前なのですが……」

「あ、えっと、この手紙をここの店主の、セリーナという方に直接お渡ししたくて」

「はい、私がセリーナです」

「そうですか、よかった。こちらは大司教様からケーキの話しのお手紙です」

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