69 タピオカがいない時
聖女編が終わり、知らないうちに一ヶ月を経過した。もう11月下旬になった。
この一ヶ月はエルセリス王国に対して、変化は結構大きい……うん、変化より、元に戻ったのほうが正しいのか?
あ、そういえば王都大聖堂の大司祭ヴァルターについて、結局マティルダ様が爆速で片付けたらしい。
聖女シルヴィアと別れた翌日、早くも王都から「大司教ヴァルターが捕まった」のニュースが隣街の迷宮都市まで飛び込んできた。
どうやら、マティルダ派の面々は俺達が彼女を救出した直後から、彼女の帰還に備えて裏で着々と反旗を翻す準備を整えていたらしい。
決定打は、武闘祭に聖女が現れたという報せが王都に届いたその日の夜。マティルダ様が放った魔法鳥が大聖堂の仲間に届いた瞬間、一斉に動いた。
元大司教のヴァルター派の連中ときたら、全員寝てるところをパジャマ姿で括り上げられたんだって。抵抗する暇もなかったっていうから、もはやギャグだよな。
大ボスのヴァルター自身も、武闘祭の計画失敗を察して夜逃げの荷造りをしてる最中に、大聖堂の聖騎士たちに御用となったらしい。詰めが甘いというか、マティルダ様が一枚上手すぎたというか……。
翌朝、ヴァルター確保の王命を受けた第三騎士団が大聖堂に乗り込んだ時には、もう全員「出荷待ち」状態で転がされてたそうだ。騎士団の仕事、ただ証拠の回収と彼らを牢屋に運ぶだけだったっていうから、マティルダ様マジで容赦ないわ。
これで王国側は武闘祭の件の主犯を全部大司教ヴァルターに押し付けて、民衆に発表した。裏切りの騎士セルディスについて、王国は自国のメンツを保つため、当然のように”魔剣”に操られた哀れな騎士に変えられた。その後のことは俺達と全く関係のないので、あんまり覚えていなかった。
そのあと、シルヴィアとマティルダ様は、本件の報告のために、エルセリス王国の代表と共に聖王国に向かった。
翌週、武闘祭の本戦が再開された。
中断されていた優勝候補の二人、レオンとダリオンの対決からやり直す形となったのだが……激闘の末、勝者となったのはダリオンだった。流石は公式設定の男主人公と言うべきか。そのままの勢いで、彼はあっさりと武闘祭の優勝を飾ったのだった。
そして、先日、迷宮都市にも聖王国から聖女誕生のニュースが届いた。シルヴィアは正真正銘聖女になったな。まぁ~当然だろう、新しい聖杖と聖衣も持ってるから、聖王国の人たちもシルヴィアが聖女であることを認めなくてはならないよね。
おまけに聖王国所属のヴァルターはまさか「奈落の七印」の一員。前の聖杖の破壊も彼の仕業でエルセリス王国とは関係ない、それに逆に王国側は聖女と協力し、邪竜の召喚を阻止したため、聖王国と王国の関係は平等に戻った。
平等……よね、なんとなく王国の方が上だと感じる。まぁ…とにかくめでたしめでたし。
ゲームと違って、シルヴィアはしばらくは聖王国に留まるそうだが、もしゲームの設定通りであれば、すぐにエルセリス王国の大聖堂に戻るでしょう。
ってこの一ヶ月間、俺とタピオカくんは毎晩〈覇者の塔〉の41~50階層を周回する日常に戻った。
物欲センサーの働きによって、ただのSR装備の〈不死鳥の紋章〉は当然のように、全く出る気配がなかった。お疲れ様デス、物欲センサー先輩。
まぁ、リアルのゲームのように素早く周回できるわけないから、仕方ない。毎晩は塔の41~50階層を3回回すだけでもう寝る時間だ。周回数はゲームと違って圧倒的に足りない。
土日は朝から周回できるが、流石に土日丸2日塔の同じ階層を周回するのはゲームと違って、すぐに飽きる。だから休日でも周回数は10回以下になっている。
これはさて置き。
平日、セリーナたちは相変わらずカフェ「ブロッサム・ガトー」を運営し、俺達がうっかりリアル世界のお菓子を話したせいで、最近彼女はゲーム内にない、リアル世界のお菓子を開発しはじめた。
平日の俺とタピオカくんは基本夜の9時にログインするのだが、この時間、この世界の人たちにとっては基本もう寝る時間だ。しかし、セリーナは意外とお菓子の開発に興味を持っていたそうで。最近は妖精の女王様とサクラリアと一緒に俺達がログインするまでずっと台所で研究をしている。
まぁ、彼女にやっと”趣味”が出来たので、これは嬉しいことだ。俺達の目的は彼女を安全にお父さんのエドガーに会いに行かせることだが、その前に、一番の目標は彼女の幸せだからな。
今に戻り、夜の11時、塔の周回は終わり。小屋に戻ったあと、俺達はログアウトした。
リアルに戻り、俺はいつものように寝る前にタピオカくんとビデオ通話をしている。
「おつかれ、タピオカくん。だが今日も成果なし……か」
『そうですね、実はあの世界の神様がわざと紋章を出ないように操作したのでは?』
「ない……とは言い切れないが、確かに死ぬ前提の不死鳥の紋章はゲームではあんまり使えない装備だけど、あっちの世界では毎日一回自動蘇生できるのは強すぎるからな」
ここでタピオカくんは少し申し訳なさそうに俺に話した。
『あのね、豆腐くん。前に話してた通り、私明日から展示会に出展することになっていて、一週間ログインできないの。』
「明日土曜なのに、大変だな」
『いいかい、ひとりで塔を周回するなよ、あなた無理をする一面があるから』
「わかった、ではしばらくは弱いダンジョンで色んな素材を取りに行くよ。……お土産楽しみだな」
『はいはい、わかったわ、買ってやるから、青森まで取りにこい』
「どこでも◯ドアを出してくれ」
いつもの茶番は終わり、彼女からのとある提案が来た。
『それでね……一つ提案があるんだけど』
「なんだ、言ってご覧、ワシが聞いてやる」
『サクラリアは今レベル61、セリーナはレベル68よね』
「そうだな、正直、今のセリーナはあの世界の軍隊相手でも負けないと思う」
『不死鳥の紋章が出る気配もないし、私がいない間は素材集めより、カースティア伯爵領への転送ポイントを解放しに行かない?』
「うん……どうしようかな。セリーナたちは今金平糖の研究を楽しんでるので、急にカフェを閉めてまた旅に出るとなると、折角の手に入れた”趣味”が消えちゃうぞ」
『馬車がダメなら、私がログイン出来ない一週間、夜に一人で伯爵領まで走る?』
俺はノートパソコンを開き、攻略サイトのワールドマップを確認する。カースティア伯爵領は迷宮都市からの東北方向で、中途半端な距離がある。普通に馬車で行くと、一〜二週間は掛かりそうだ。そして、伯爵領までの転送ポイントの数を数える。
「フムフム、……そうだな、平日の夜は俺ひとりで行く。土日はセリーナたちのスケジュールを見て、ゆっくりと伯爵領までの転送ポイントを解放するか」
『ごめんね、一緒にできなくて』
「いいって、ログインできたら連絡してくれ」
『ありがとう、では私先に寝るね』
「はい、おやすみなさい」
『おやすみなさい』
通話を切って、俺もベッドに潜り込んだ。
こうして、塔の周回はしばらく中断し、目標を伯爵領への転送ポイント解放へと変更した。
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翌日は土曜日、俺は朝からログインし、タピオカくんがしばらく来られないことをセリーナたちに説明した。そして、この間は塔には行かないので、この時間を使ってゆっくりと伯爵領の転送ポイントを解放すると話すと、興味津々なサクラリアの反応に対して、セリーナは……。
セリーナ:伯爵領……。お父さんがいる場所……。
セリーナ:いえ、なんでもありません!
「まだ、心の準備ができていないですか?」
セリーナ:わからない。
「大丈夫です、ただ転送ポイントを解放するだけですから。一週間で伯爵領まで走るのは難しいので、ピクニックと思えばいいのですよ。もちろんお菓子の研究をしたければ、そのまま研究していいですよ。夜はワタシが解放しにいきます」
セリーナ:そうですわね。精霊さんだけで転送ポイントを解放するのは申し訳ないし、
セリーナ:今日はピクニックとして気楽に行きましょうか。
ここでサクラリアは俺の肩に座った。
『……精霊様、セリーナと何を話しているのですか?』
「そうですね、転送ポイントの解放しましたら、ピクニックをする、という話です」
『いいですわね! 綺麗なお花を見つけましたら、それをカフェの周りで育てたいわ』
「わかりました、綺麗な花を見つけましたら、回収しますね」
こうして、俺達は伯爵領の方向に向かって、転送ポイントを解放しに行った。
とある小さな森に入り、次の転送ポイントに向かって走る途中、セリーナはチャット欄で俺に話しかけてきた。
セリーナ:精霊さんと一緒に走って転送ポイントを解放するなんて、久しぶりですね。
「そうですね、ガンド村や翠夢の森に行く時を思い出しますね」
セリーナ:たったの数ヶ月前の話なのに、今はすごく昔のことのように思えるわ。
セリーナ:あの時はまだ借金があり、食べることも満足にできなかったから。
セリーナ:まさか今では店も開き、お友達も増え、精霊界のお菓子を再現するために忙しい。
セリーナ:毎日が楽しいです。
「セリーナが楽しいなら、ワタシも嬉しいのです。ワタシたちもあなた達に出会えて、本当に嬉しかったのですよ」
セリーナ:ありがとうございます、精霊さん。
「まだまだですよ、ワタシたちの世界の服に興味はありませんか? 話しましょうか?」
セリーナ:ある! でもだめです! 言わないでください!
セリーナ:今聞きましたら金平糖を放っておいて、そっちをやっちまう。
ここでサクラリアは当たり前の質問をした。
『精霊様、どうして前のように馬車で移動しないのですか?』
「ええと、そうですね。セリーナたちが馬車の中で退屈だと思うからです。逆にこうして走っていくと、サクラリアも自由に話ができる。別に急ぎではないので、毎日転送ポイント1個分のペースで、ゆっくりと解放することもできます。だから皆でピクニックと思えばいいのです。こうすると、せっかく作ったカフェを閉めなくて済みますし。昨日、あなたがワタシに話したはずですが……タピ…あ、ごめんなさい。」
隣の妖精はタピオカくんに慣れすぎていた俺は、つい口を滑らせて呼びかけた。
『精霊様、わたくしはサクラリアです。それを提案したのはタピオカ様ですわね?』
「あ、はい、ごめんなさい。サクラリア」
『ふふ、確かにわたくしもセリーナのカフェを閉めたくないわ。馬車の中ではセリーナもわたくしと話すことが難しいですし、自由に飛べませんから、わたくしも今のほうがいいのです』
セリーナ:……。
おっと、早速レアもの発見!
「あの花!!……タピ……、サクラリア。あそこに持っていない素材〈ステラ・マリア〉がありましたよ」
『精霊様……タピオカ様は来ていませんわ。今日でもう三回目です』
「ご、ごめんなさい」
俺にとって、サクラリアはほぼチャットのみで話す存在で、妖精姿の彼女とはこれまであまり一緒に行動してこなかった。だから、隣にいる妖精にはタピオカくんのイメージが強く染み込んでいて、彼女がいつも側にいることに慣れすぎていた。いけないいけない、その身体は元々の持ち主であるサクラリアのものだ。
あのレアな花を回収するために、俺は足を止めた。サクラリアは俺の肩に乗ったまま、静かに話しかけてくる。
『精霊様、次の転送ポイントに到着しましたら、一度精霊界に戻って、お休みになってはいかがですか?』
「え?」
ここでまさか、セリーナもそれに同調した。
セリーナ:そうです、それがいいのです。タピオカさんがいない間、精霊さんも休んでください。
「あの、ごめんなさい。サクラリア……もしかして、怒っていますか?」
やばい! どうしてこんな気まずい展開になった? まずい、みんなの関係を悪化させるのは非常にまずい! 早く何とかしないと……。
『精霊様、先ほどセリーナと楽しく何を話していましたの?』
「はい、久しぶりに一緒に走ることについてです」
『これですわ。わたくしだけ、セリーナと話すことができないのは不公平だわ』
「あ〜……あらあら」
(そっちかよ!)
そして、今度はセリーナがチャット欄を介して不満をぶつけてきた。
セリーナ:そうです! 私も慣れで、ついここで何回もサクラリアに話しかけてしまいましたの!
セリーナ:すごく不便で慣れないわ。
セリーナ:それに精霊さんもいつも精霊界のお仕事のあと、すぐにここに来るでしょう。
セリーナ:あなたにもお休みが必要です。夜にひとりで転送ポイントを解放するのも禁止!
サクラリアも小さな腰に手を当て、プンプンと怒った様子で俺に言った。
『精霊様も、精霊界のお仕事が終わってすぐにここへ来るのですから、休んだことがないでしょう』
あ〜、二人が一緒になって同じことを言っている。確かに、俺だけがセリーナに憑依しているとき、サクラリアはメニューの力が使えず、セリーナのチャットは見えない。お互いに声が届かないのは凄く不便だ。夜に一人で走ることも禁止と言われちまったし……俺も休むべきか。
急いで伯爵領に行く必要もないし、俺だけが黙々と転送ポイントを解放するより、皆で一緒に楽しく話しながら走った方がいい。セリーナの幸せが一番だからな。
「……わかりました、ではお二人のお言葉に甘えて、ワタシもしばらくお休みしますね。でも、夜には必ず来ますよ」
セリーナ:うん! それでいいのです!
『わかりましたわ』
俺はレア素材の〈ステラ・マリア〉をストレージに回収し、次の転送ポイントを解放した後、みんなで翠夢の森の小屋に戻り、俺はそのままログアウトした。
リアルに戻り、急に暇になった。
まだ昼前だし、溜めていたアニメでも見ながら、何をするか考えよう。
セレアグの世界に入ってから、もう三ヶ月が経った。日中にまったくログインしない土日は、本当に久しぶりだ。
俺は溜まっていたアニメを消化し、溜まっていた家事を片付け、久しぶりに普通のリアルな休日を堪能した。
「……」
えっと、以前の土日はどうやって過ごしていただっけ。
確か〈ドラゴンの遺産〉がサービス終了を迎える前も今と大差はなくて、土日はとにかく長くログインしていたっけ。
タピオカくんも同じく、仕事の都合上、ほぼ土日しかがっつり長くログインできない。だから俺達にとって、土日は一緒にゲームの限定イベントをひたすら消化するのがお約束だった。
思い出すと、本当に10年間ずっと彼女と一緒に遊んでいた気がする。もちろん他のギルメンたちとも一緒に遊んだが、あいつらは基本、「人柱」で、俺たちエンジョイ勢とは住む世界が違いすぎた。同じように仕事をしているはずなのに、どうやって人柱になれる時間を捻出しているのか、本当に未だに謎である。
夜になり、セリーナたちに「休みなさい」と言われちまったから昼間はログインを我慢したが、夜は引き続きセレアグの世界にログインする。カフェのお菓子作りに足りない素材の補充が必要だしな。
セリーナたちが眠った後、俺は一人でカースティア伯爵領への転送ポイントを解放するために走るつもりだった。けれど、今朝セリーナたちにきつく禁止されてしまった。それなら前の予定通り、難易度の低い弱いダンジョンを回って、素材集めをするしかない。
しかし、タピオカくんが側にいないというのは、なんとなく、何かが足りない。いつもなら彼女が俺の隣りにいて、他愛もない雑談を交わしては一緒に笑い合っていた。それが急に静かになると、心にぽっかりと穴が開いたようで、なかなか慣れないものだ。
お菓子作りで減ってしまった素材をフィールドで採集したあと、俺はセリーナの小屋に戻り、ポーション作りや適当な家具を製作して、のんびりと生産スキルのレベル上げをすることにした。
夜の11時になり、セリーナのベッドに戻ってメニューからログアウトをタップする。
リアルに戻り、ヘッドギアを外して自然にスマホを手に取った。液晶画面を見つめながら、思わずタピオカくんにビデオ通話のボタンを押しそうになる。そういえば、この二ヶ月半の間は、ほぼ家に帰ってきた後はいつも彼女と通話で繋がっていた気がするな。
はぁ……考えるな、考えるな。寝よう。
最終話まで書きました、チェックが大変




