65 タピオカが……
シルヴィアが一応王国側の人間に聖女だと信じてもらえ、エルセリス王国の王の大怪我を魔法で治した。
タピオカも遠距離から召喚魔法陣周りの敵魔法使いを狙撃で次々と倒した頃、闘技場の中央——召喚魔法陣の真ん中で、ダリオンとレオンはセルディスの攻撃を凌ぎながら逃げ回っている。
ダリオンたちのレベルとセルディスのレベルに大差はないはずだったが、実戦経験、魔剣と様々なスキル補正ステータスで、セルディスがやや彼らを圧倒している。
しかしダリオンたちは攻撃せず、時間稼ぎに徹してずっと逃げ回っているため、加えてダリオンが手に持っていた剣の自動回復効果が効いている。だからセルディスはなかなか彼らを倒せなかった。
セルディスの攻勢は一段落し、双方とも手を止めた。
ダリオンは前に立っていたレオンに息を切らしながら聞いた。
「はぁはぁ……レオン! 何分過ぎた?」
「わかんない……補助魔法が消えたから、2~3分過ぎたんじゃないか。はぁはぁ……」
「こいつ、強い。攻撃を躱すだけでもう精一杯だ。幸いあの黒い剣から出した黒い炎はもう使えなくなったみたい。でもその黒剣は危ない、少し触れただけで腕が切り落とされそうだ。」
「はぁはぁ……頼むから、早く5分経ってくれ……」
しかし、そうは行かない。
セルディスは「小賢しい真似を!」と吐き捨てながら魔剣を構え、剣技【グラキエス・テンペストゥス】で一気に決着をつけるつもりだった。
「ヤバっ!!!」
「下がれ! ダリオン!」
二人はすぐに反応し、大技を避けようとした瞬間、横から炎の斬撃がセルディスに向かって斬りかかった。
「【ソル・ブレード】!」
炎の剣閃が黒い魔剣に叩きつけられ、ガキィン! と火花が散った。熱が弾かれ、空気がバシュッ! と震える。
その反動でセルディスは数歩後ろに下がった。この窮地をダリオンたちを救ったのは、駆けつけた第一騎士団長のアルベルトだった。彼はダリオンたちの前に立ち、「加勢する」と言って、冷静にセルディスの前に剣をかざした。
その代わりに炎の斬撃を受け、黒いローブは剣技の火花によって燃え始め、セルディスは燃えた黒いローブを捨て、第一騎士副団長の姿が現れた。
しかし、セルディスの右肩まで真っ黒な鱗が生え、その忌々しい格好はまるで邪竜の力に侵食されたようだった。
「内通者はやっぱり貴様か……セルディス。」
「ちぃ、足止めもできないやつめ……!!」
「セルディス、貴様のような真面目な男が、なぜ……本当に邪竜を召喚するつもりか。」
邪竜? 内通者?
ダリオンたちは彼らが一体何を話しているのかまったく知らなかったが、ただ加勢しに来たこの人だけは知っている——あの有名な第一騎士団長だ。
加勢は嬉しいが、セルディスに纏う黒いオーラが再び増え始め、またあの黒い炎が来る気配がする!
レオンがすぐにアルベルトに警告する。
「また来る!団長様! こいつの攻撃をガードするな! 今の彼の攻撃はあのガードできない黒い炎が出るかも知れないぞ! それにこいつはなぜかダリオンのことを狙っている! 」
「わかった! ダリオンは下がってろ……こいつを倒す。君は援護はできるか。」
「頑張ってみる。」
何故狙われているのかはわからないが、狙いがダリオンだから、彼は大人しく後方に下がるしかない。
レオンは風の剣の効果で、三人への一回の攻撃ダメージを半分に減らす風の防壁を張り、アルベルトを援護する。
再び邪竜の力を解放したセルディスは、身体中から黒いオーラが湧き上がり、当然ターゲットのダリオンに向かって攻撃を仕掛けてくる。
「我らの神、邪竜様の生贄として死ね! ダリオン!!」
アルベルトとレオンがそれを阻止しようとしたが……セルディスは二人の攻撃を完全に無視した。いや、彼らの剣はセルディスを纏う黒いオーラに弾かれ、まるで実体のない鎧を叩いたような。
逃げ回るダリオンの前に、彼を守るためアルベルトは仕方なく、攻め込んでくるセルディスの攻撃をガードした。
実体のない黒い炎が一瞬で彼を包み込んだ!
「うっ!! ……はぁはぁ……な、なんだ。この痛みは……。」
熱はないのに、魂を直接抉られるような激痛が広がり、視界が一瞬暗転する。全身を激しい痛みが駆け巡り、アルベルトは思わず膝をついた。
「アルベルト——!! いつまで俺の邪魔をする気だ! ここで死ね!! 【グラキエス・テンペストゥス】!」
セルディスの手に持った魔剣に魔力が集中し、氷刃が伸びてリーチが長刀のように変わった。そして連続の斬撃がアルベルトに襲いかかった!
「くっ!!」
一撃一撃が重く、幸い彼は普段の稽古でこの剣技を何度も受けたことがある。ギリギリでガードできた。だが、先ほど黒い炎を受けた痛みがまだ残っており、最後の一撃の前に体勢が崩れた。
レオンが間一髪でその一撃を受け止めた。
幸い、これは通常攻撃ではないため、追加の黒い炎はなかった。ここで王の観戦台方向から細い光の光線がセルディスに向かって撃ち込まれた。
セルディスは危ないと察し、すぐに体を逸らしてそれを回避。
その光線は……タピオカの狙撃だった。
この隙に、レオンはアルベルトを支えてセルディスとの距離を取る。セルディスが撃ってきた方向を見てみると、目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべた。
彼の目に映ったのは妖精ではなく、あの神々しい日輪を背負った聖女が騎士たちの怪我を治している姿だった。
「なぜ……聖女が……聖杖と聖女はすでに処理したはず……ちぃ!」
彼は果敢に聖女に向けて魔剣を投げつける!!
「〈ピアスランス〉!!」
当然、アルベルトはそうはさせまいと、すぐに前に跳び、セルディスを斬りつけた……が、少し遅かった。
魔剣はすでに投げ出され、セルディスは左手で腰に差していた騎士の剣を逆手で抜き、アルベルトの攻撃を受け流した。
騎士たちの呪い状態を解除中のシルヴィアは、自分が遠距離から攻撃されたことに全く気づいていない!!アルベルトは王の観戦台にいる人たちにも聞こえるように、大きく叫ぶ!
「避けろ!!!!」
魔剣は素早いスピードで聖女に向けて飛んていく!!タピオカがそれを見た瞬間、反射的にシルヴィアの前に飛んでいった!
『危ない!!』
サクラリア:シルヴィアさん!! 危ない!!
その時、タピオカの視界がスローモーションのように遅くなった。こっちに飛んでくる魔剣を見て、心臓が凍りついた。
(しまった! 妖精の私がそれを受け止めるはずがない。バラバラになる!!逆にシルヴィアを横に押して、彼女が即死でなければ、私の魔法で回復できる。でも力が高くても、体格差で人間を押し動けるのは無理……詰んだ……ごめんね、豆腐くん。私、死ぬかも……。)
シュッ! ズグッ!
『……』
反射的に目を閉じていたタピオカは、暗闇の視界の中でチャット欄のメッセージを見た。
セリーナ:大丈夫?! タピオカさん! サクラリア!!
サクラリア:セリーナ! 助けてくれたの!!
(死んで……いない。HPも減っていない?!)
目を開いたタピオカは、自分とシルヴィアをかばって魔剣の攻撃を受けたのは、キツネ仮面を付け、白いローブを纏ったアリスの姿の悠希だった。
『と、豆腐くん!!』
サクラリア:精霊様!
セリーナ:え?! 精霊さん?
忌々しい黒い魔剣は悠希の左肩を貫通し、深く刺さっている。
「くっ……」
闘技場中央から「戻れ!」の命令が響き、奈落爪剣モルスは暴れるように悠希の左肩から剥き出しになり、主のもとへ飛び去った。すると、再び剣戟の音が闘技場に響き渡る。
タピオカはすぐに悠希のHPバーを確認する。幸い、HPはゼロではない。しかし、その一撃でHPの3割を削られていた。やっぱりこの世界では防御力50%無視攻撃は危険だ。ゲームと違ってPVP倍率の設定が小さくされていないから。彼女はすぐに悠希に〈ヒール〉をかけた。そして刺された左肩を確認する。
(怪我がない……ローブにも穴が開いていない……確かに、私たちがログインする時、身につけたものは全てゲーム仕様で、身体は疲れないし装備も壊れないけど……先ほど、魔剣は間違いなく豆腐くんに刺さったはず。やっぱり豆腐くんに話した通り、体もゲーム仕様になるのか?……しかし、無事で良かった。)
「無事で良かった……タピオカくん。」
しかし、そのセリフは悠希が先に言った。
『バカ! 話さないで!』
「大丈夫です。痛いだけですから、怪我はないわ。シルヴィアさんも……大丈夫そうですね。」
悠希の視線と共有しているセリーナは、先ほど悠希が刺されたことに全く気づいていなかった。タピオカたちの反応を見て、視界内の自分のHPはタピオカに回復され、やっと怪我したことに気づいた。
セリーナ:精霊さん! 攻撃を受けたの! 大丈夫ですか?!
サクラリア:タピオカ様が治しました、ううっ~無事でホントに良かったよ!
「はい、スキル〈かばう〉を使ったですから、どんな攻撃を受けてもHPは1は残りますよ。」
セリーナ:だからまだ距離があるのに、一瞬でタピオカさんたちの前に転移しましたね。
セリーナ:でもホントに無事でよかった!! 精霊さん! 無茶しすぎます!
未だに何が起きたのかわからないシルヴィアは、「アリス」が急に現れて自分をかばい、魔剣を受け止めたことにびっくりしていた。
「せ……アリス?! 大丈夫ですか?!」
「はい、ワタシは大丈夫です。シルヴィアさん、聖女の封印の術でその召喚魔法陣を解除することができますか?」
「は、はい! できると思います。」
「では封印の術をお願いします。」
シルヴィアはすぐに最後の負傷した近衛騎士を治し、自分は封印の術を使うと周りに話した。侯爵はすぐに周りの騎士たちに「聖女を死守せよ」と命令した。他の人たちはアリスの出現に驚いたが、聖女をかばったため、みんなこの人は聖女側の人間だと思っており、アリスのことを詳しくは聞いていなかった。
悠希はミニマップを確認した。騎士たちは半分が味方の青い点、太った貴族一人だけが敵対の赤い点だ。どうやらこの辺の人たちも、シルヴィアを本物の聖女だと信じてくれたらしい。
悠希は立ち上がり、静かに言った。
「この辺はシルヴィアさんに任せても大丈夫そうですね。ではワタシはあの剣を破壊しに行きます。」
タピオカはすぐに反応した。
『バカ! 無茶しないで!』
「大丈夫です。左肩が少し痛いだけです、怪我はないですから。タピオカくんはここでシルヴィアさんを守ってください。」
『いいえ、団長たちを呼び戻して、シルヴィアさんを守りましょう。私、ちょっと怒りましたから、あなたに付いていきます!』
「……はい。」
怒っているタピオカを抑える自信が全くないので、悠希もそう応じるしかなかった。
セリーナ:精霊さん、ホントに無茶しないでくださいね。痛いと思ったらすぐに言ってね。
サクラリア:そうです! 無茶すると、おやつ抜きですよ。
「わかりました、無理しない範囲で、敵をボコボコしますね。」
『おう!』
セリーナ:おい!!
サクラリア:おい!!
【※ 緊急クエスト:ネザーヴェイルの完全召喚の阻止! 残り時間:35分 ※】
進行目標①:召喚儀式の柱を破壊する。(4/6)
進行目標②:エルセリス王国の国王エドマンド、冒険者ダリオンの生存。
進行目標③:武器〈UR 奈落爪剣モルス〉の破壊。
悠希たちが軽く話している間。闘技場の中央では、騎士団長アルベルトたちが未だにセルディスと戦っていた。
邪竜の力解放の効果時間が切れ、黒い炎が使えなくなった今は拮抗していたが、セルディスは段々と焦りを見せ始めた。
「なぜ召喚魔法陣の魔力は未だに満タンにならない! ただの聖女が現れただけなのに! ……やっぱりダリオンか?! 言え!! 貴様は何をした!!」
セルディスの焦り混じりの一撃を、ダリオンは咄嗟に剣で受け止めた。
ガキィン! と火花が散り、腕に重圧がのしかかる。
「くっ……知らねぇよ!!」
やけくそ気味に叫んだ瞬間、力任せの剣圧に押し込まれ、背中から地面へ叩きつけられた。肺の空気が一瞬で抜け、息が詰まる。
横からレオンとアルベルトが斬りかかるが、セルディスは獣のように後方へ跳び、両側の刃をかわした。そして三人の前に立ち塞がり、必殺技【グラキエス・テンペストゥス】の構えを取った。
地面に倒れたダリオンを庇って、アルベルトとレオンはダリオンの前に立ち、その技を受ける覚悟をした。
そんな時、彼らの間にキツネ仮面を付け、白いローブを纏った少女が現れた。見たことのない薄い光を発した、水晶のような剣身の剣を持って、少女の剣は微動だにせず、容易くセルディスの大技をパリィした。
ガァァァンッ!!!
雷鳴のような衝撃音が闘技場全体に轟き、剣と剣が激突した瞬間、眩い火花が広がった。
「なっ……?!」
セルディスは初めて明確な動揺を見せた。
「……何者だ……?」
剣を握る手がわずかに震え、黒いオーラが乱れ始めた。呼吸が荒くなり、額に汗が浮かぶ。
白いローブの少女は後ろにいるアルベルトたちに手を差し伸べると、三人の身体が緑の光に包まれた。全身の痛みと怪我がみるみるうちに消えていく。
少女は背を向けたまま、静かに言った。
「時間稼ぎありがとうございます。あとはワタシにお任せください。聖女様は封印の術を使う間、彼女をお守りください。」
「いいえ、セルディスは邪竜の力を受け、強くなった。ここは一緒に……。」
「聖女様を守ってください。お願いします。」
その言葉には、静かながらも絶対的な重みがあった。
ダリオンとレオンは少女の横に浮かぶ羽のついた小さな少女を見て、すぐに理解した。
長かった5分間は、彼女——アリスが来るのを待つための時間稼ぎだったのだ。レオンと立ち上がったダリオンは、すぐにアルベルトに言った。
「団長様、彼女に任せてください。」
「そうです! 我々は彼女の言った通り、聖女様をお守りしましょう。」
自分の手で部下を止めたい気持ちはあったが、アルベルトは仕方なく頷いた。
「……わかった。すまない、お嬢さん。セルディスを止めてくれ。」
アルベルトたちはすぐに王の観戦台方向へ走り出した。走っている途中、アルベルトはこの少女が付けていたキツネの仮面を見て、急に思い出した。
(……キツネの仮面……まさか報告で書いた、裁きの塔に入った「アリス」という人か?!)
王の観戦台に戻ると、聖女シルヴィアは封印の術を使うため目を閉じ、集中していた。
彼女の体から白銀の魔力が溢れ出し、手に持った聖杖の杖頭に集まっている。敵はほぼタピオカに倒されていたが、戻ってきたアルベルトたちは周りを警戒しながら、シルヴィアを守るように陣取った。
(頼むぞ、アリス。あなたが本当に報告の通りに強いなら……セルディスを止めてくれ!)




