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64 聖女シルヴィア

タピオカが冷静に現状を分析した結果、現状は極めて窮地であると確認できた。


王は瀕死であり、防衛陣形は劣勢。


保護対象であるダリオンは、強化されたボスと真っ向から対峙している。


さらに召喚魔法陣は、今なお魔力を送り続けられている状態だ。


『すーはぁ……冷静になりなさい、私。』


(シルヴィアが王の付近に到着すれば、中位光魔法の奇襲で観戦台周りの雑魚は掃討できる。王は側にいる魔法使いたちが治療中だし、時間はかかりそうだけど周りの敵さえ排除できれば、王が死ぬことはないはず……)


だが、それではあまりに容易すぎる。胸の奥を突く違和感。なぜクエストに厳しい時間制限が設けられているのか?


(………違う!! あの魔法使いたちもシルヴィアも、魔剣の攻撃に100%の「呪い」が付与されていることを知らないんだ! 呪いを解除しない限り回復魔法は一切効かない!! たとえシルヴィアが神々しい日輪を見せて聖女だと信じさせても、魔法使いたちに「王を治してほしい」と頼まれるはず。そこで聖女と目された彼女が王を回復できなかったら……!? ニセ聖女だと疑われ、「奈落の七印」の手先として全員から敵対される!)


タピオカがそこまで思考を巡らせたその時、ダリオンたちと対峙していたセルディスが牙を剥いた。


「モルデン村の生き残り……ダリオンだな。」


己の名と故郷を呼ばれ、ダリオンの顔色が変わる。


「なぜ俺の村を……!?」

「死ねぇーーーっ!」


問いに答える気など微塵もなく、セルディスは凄まじい踏み込みでダリオンへ斬りかかった!


「ダリオン!」


レオンが咄嗟に反応し、一瞬硬直したダリオンの前へ割り込む!


ガキンッ!


「逃げろダリオン! 狙いは君だ!」


しかし、忌々しき黒い魔剣の威容の前に、試合用の鈍器同然の剣身が耐えられるはずもなかった。一瞬で断ち切られる刃。だがレオンはその破壊を想定していた。折れた反動を利用して身を翻すと、斬撃を紙一重でかわし、手元に残った柄の欠片をセルディスの顔面へ投擲する!


セルディスは冷徹に首を少し傾け、飛来する鉄くずを余裕で回避した。


「いい動きだ。殺すには惜しいな。」


レオンはすぐさま転がっていた「奈落の七印」の死体から短剣を拾い上げ、再び構えを取る。ダリオンの緊張を解すため、あえて軽薄な口調で冗談を叩きつけた。


「ダリオン……お前、やっぱりあの男の女でも奪ったんじゃないのか? だから俺はセリーナを君に紹介しなかったんだよ。」


ダリオンも深く息を吐き出すと、試合用の剣を捨て、落ちていた短剣を拾って苦笑いを返す。


「すー……はぁ……あいにく、俺はあの男の趣味に合う自信はないな。短剣は……あんまり使い慣れてないがね。」

「なら今から慣れろ!」


セルディスの苛烈な追撃が再開される。二人は短剣の間合いという圧倒的ハンデを抱えながら、必死に刃をかわし続けた。


上空から様子を伺っていたタピオカは迷わず〈雷鳴の羽弓〉を引き絞り、セルディスへ射撃を敢行する。だが、セルディスは姿なき奇襲にも鋭く反応し、魔剣の腹で矢を弾き返してみせた。


タピオカの矢を受けても魔剣の耐久値(HP)は一切削れなかったが、不可視の狙撃手の存在を警戒したセルディスは一度大きく間合いを取り、周囲に鋭い視線を走らせる。


二人が短剣でも懸命に食い下がっているのを見て、タピオカは呟いた。


『武器……! ダリオンたちにまともな武器を渡せれば……!』


その瞬間、チャットの文字が打ち込まれた。


サクラリア:タピオカ様、妖精結界の腕輪を外してください!


『え!? でも、姿が見えたらあなた達が……!』


サクラリア:時間がないのですわ。タピオカ様が強い武器をレオンさんたちに渡して、

サクラリア:先に王様を救いに行ってください!


『……!』


サクラリア:大丈夫ですわ。タピオカ様なら、王様のところからでも弓でレオンさんたちを援護できます。

サクラリア:セリーナ、あとどれくらいで戻れますか?

セリーナ:あと5分くらいです!

サクラリア:タピオカ様、わたくしはもうレベル56ですわ。ここの誰よりも強いはずです!


『……わかったわ。ありがとう、サクラリア!』


もはや躊躇している暇はない。タピオカは腕の〈妖精結界の腕輪〉を解除し、一気にダリオンとレオンの目の前へ姿を現した。


手乗りサイズの小さな少女が空中に突如出現したことに、二人は驚愕して短剣を向けかける。


「な……誰だ!?」

「!? 女の子……!?」

『時間がないわ! 武器を渡すからあの男を足止めして! 私は王様を救いに行く!』

「……っ!」

「……!?」

『いい!? ダリオン、あなたは絶対に死んじゃダメ! レオン、彼を守って! ここであいつを止められるのはあなたたちしかいないの! 5分だけでいいから耐えて!』


タピオカは素早くストレージを展開し、2つの武器を取り出した。


レオンには風を纏い素早さを大幅に引き上げるSR片手剣。ダリオンにはHP自動回復が付与されたSR片手剣。さらに高級回復ポーションと呪い解除ポーションの瓶を何本か彼らの足元へドロップする。


妖精サイズで空中から手渡されたミニチュアのような剣は、二人の手に触れた瞬間に本来のサイズへと拡大した。


「ちっさい!? ……うわっ、なんだこの剣! 風が手に吸い付くみたいだ……すごすぎる!」

「手に触れた途端に大きくなった……!?」


正体こそ不明だが、宝剣を惜しげもなく与え、王の救出を口にする小さな女の子。二人は直感的に彼女が王家側の者だと理解した。直後、二人の全身に赤と茶の光のヴェールが宿る。タピオカが施した補助魔法だ。


『王様を救ったらすぐに弓で援護するわ! 5分間だけ耐えて! 倒さなくていい、足止めだけでいいの! ただし、あの黒い剣には絶対に直接触れないで、呪われるわよ! 命を一番に考えて! わかった!?』

「わ、わかりました!」

「……5分だな! 任せておけ!」


念を押すと、タピオカは姿を隠さぬまま、一直線に王の観戦台へと飛翔した。



手に握る刃から溢れ出る魔力。レオンとダリオンは、これが国宝級の魔法剣であることを即座に悟った。二人は視線を交わし、腹をくくる。


突然出現した小さいな女の子の介入により、先ほどの不可視の攻撃と味方の壊滅の元凶が彼女だと悟ったセルディスは、逃走するタピオカへ向けて一閃を放とうとした。


「させないっ!」


ダリオンが新しく得た剣でその威圧的な一撃を完璧に受け止める! 補助魔法のバフを受けた身体は、先ほどとは比べものにならない反応速度を見せた。


「チッ……死にたがりから先に細切れにしてやる! ハアぁぁぁーーーっ!!」


セルディスが禍々しい魔力を練り上げる。身に纏う黒いオーラが濃密さを増し、重厚な連撃となってダリオンへ襲いかかった。ダリオンは紙一重でそれを回避していく。


「な……なんだ!? あの黒い炎は!」


空を切った斬撃の軌跡に、ゆらゆらと不吉な黒炎が残留していた。


「これぞ我らが偉大なる神、邪竜ネザーヴェイル様の神力!! 黒炎に焼かれて塵となれ!!」


回避不能の横薙ぎ。ダリオンは即座に剣を立ててガードに回る。


だが——ガードしたはずなのに、黒炎はまるで幻影のように刃をすり抜け、ダリオンの腕へ直接へばりついた! 熱はない。しかし、光を飲み込む漆黒の炎が触れた箇所から、焼夷のような激痛が走る。心臓を直接握り潰されるような苦悶が全身を駆け巡り、ダリオンの視界が急速に暗転した。


「くっ……あぁぁっ!」


ダリオンは激痛に耐えながら後方へ大きく跳んだ。すると、授かった剣の自動回復効果が発動し、損傷した細胞が急速に再生、激痛も引いていく。


「レオン! ガードするな! 黒炎に殺されるぞ!」

「ははっ、簡単に言ってくれるね! 呪いは大丈夫なのか!?」

「多分、剣の攻撃はガードしたため、呪っていない。この剣の回復効果で相殺されている! あの黒炎自体には呪いはない……でも触れちゃ駄目だ! 触れた瞬間、魂ごと削り取られるような感覚がする……!」


レオンはすぐさまダリオンの前へ躍り出た。


「あのちっこいお嬢さんから、お前を倒すなと厳命されているんでね。ここは俺に任せろ、ダリオン“くん”。」

「あいにく、男に守られるほどヤワじゃないさ、レオン“くん”。無事に生き延びたら、あのセリーナって子を俺に紹介してくれよ。」

「だが断る!」



--------------------------------------------------------


【UR 奈落爪剣モルス】


武器効果:

—防御力50%無視攻撃

—呪い攻撃(100%)

—邪竜の力解放

効果:60秒間、STR・DEFが25%アップ、通常攻撃に黒い炎発生(攻撃力の1%の固定ダメージ)

再使用時間:120秒


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まるでゲームのメインストーリーそのもののように、作中主人公ダリオンと、裏切りの騎士セルディスとの死闘が火蓋を切ったのだった。




一方、王の観戦台は依然として約40名の「奈落の七印」の戦闘員に包囲されていた。


国王エドマンドは倒れ、王宮魔法使いたちが必死に治療を試みているが、近衛騎士4名もまた貫通傷を負って行動不能。非戦闘員である貴族らを抱え、前線で戦えるのはアルベルト第一騎士団長と私兵護衛を合わせて僅か10名程度。敵は休息すら与えず、巧みな連携で防衛線を削りにかかってくる。このままでは全滅も時間の問題であった。


アルベルトは敵の刃を弾き返しつつ、背後の王宮魔法使いへ叫ぶ。


「陛下の容態は!?」


魔法使いの女性が絶望的な声を上げる。


「駄目です! 回復魔法がことごとく弾かれます! ポーションもスクロールも受け付けません! あの黒い剣の傷は……高度な『呪い』がかけられています! 教会で至急〈聖水〉を調達してこないと……!」

「何だと!?」


呪い——付与成功率は極めて低く、実戦での即効性が薄いため対策が後回しにされがちな状態異常。何より国王は高ランクの状態異常耐性魔道具を常時身につけているため、呪いにかかること自体が想定外であったのだ。


(くそっ……4秒……あと4秒だけでも隙があれば、広範囲剣技で一気に雑魚を吹き飛ばせるのに……!)


アルベルトが歯噛みした、その瞬間だった。


「——〈レイ〉!」


天から降り注ぐ無数の白銀の光柱! 神罰の如き輝きが観戦台を包み込み、群がる敵のみを正確に貫いて灰へと変えていく。悲鳴を上げる暇すらなく崩れ去る数十の影。


アルベルトは咄嗟に頭上を庇ったが、光の雨は味方を避けるだけでなく、自分たちの傷を驚異的な速度で癒していった。


(この隙……広範囲攻撃で全員を……!)


彼はそう思うと、追撃するように闘技場側から光の矢が連続して飛来し、残存する敵を精密に射ち抜いていく。


援軍か——だが現れたのは騎士団ではない。舞い降りてきたのは、修道服を思わせる白いドレスを身に纏い、美しき銀髪をなびかせた一人の女性。


その背後には、まるで太陽そのものが背負わされたかのような日輪の輪郭が浮かんでは、柔らかな光を放っていた。


アルベルトたちは瞬時に剣を向け警戒する。


「何者だ! それ以上近づくな!」


女性は静かだが、威厳に満ちた声で告げた。


「時間がないわ。王を救いたいのなら道を開けなさい。」

「質問に答えろ! 答えない場合は敵とみなす!」


回復魔法が効かない現状で、正体不明の存在を近づけるわけにはいかない。だがその時、空中に現れた小さな女の子が彼女の耳元で何かを囁いた。銀髪の女性は凛とした瞳でアルベルトを見つめ直す。


「私は女神エリシア様に選ばれし聖女——シルヴィア。アルベルト殿、王の治療は私に任せ、あなたは闘技場中央の冒険者たちに加勢しなさい。敵の魔剣使いを止めなければ、邪竜が完全に召喚されます。」


「聖女……!?」「邪竜の召喚だと!?」騒然となる動揺。


その時、一人の貴族が叫んだ。


「シルヴィア!? 聖王国の聖杖を破壊した罪人ではないか! あの女は牢中で死んだはず……!」


騎士たちが再び身構える。シルヴィアは無言で手にしていた杖の布を外した。そこに現れたのは、破壊されたはずの聖杖に酷似した宝杖。


「時間がないと言っているでしょう! 道を開けなさい! 王を見殺しにするつもりですか!」


緊迫した空気を破ったのは、威厳ある老貴族の声だった。


「道を開けよ! 聖女様、どうか陛下をお救いくだされ。無礼をお許しいただきたい。アルベルト殿、直ちに闘技場へ向かい、魔剣使いを抑え込むのだ!」

「……はっ!」


シルヴィアが手をかざすと、アルベルトの負傷が一瞬で完治し、さらにタピオカのバフが重ねられた。アルベルトは一礼すると、脱兎のごとく中央闘技場へ駆け下りていく。


老貴族ロドリック侯爵が頭を下げると、回復の効果を実感した他の騎士たちも道を開けた。だが——


「ロドリック侯爵! たかがこの程度の光魔法で、罪人を本物の聖女と認めるおつもりか!?」


保身しか頭にない肥満体の伯爵が口を挟む。


「〈シャインショット〉。」


バシッ! と鋭い光弾が伯爵の足を射抜いた。悲鳴を上げる伯爵。シルヴィアは杖を構えたまま冷たく言い放つ。同時にパッシブの範囲回復が周囲の軽傷を自動で癒やしていく。目の前の圧倒的な神聖力を前に、疑う者は一人としていなくなった。


シルヴィアはすぐさま倒れている国王エドマンドの元へ駆け寄る。魔剣による刺傷からは、今なお禍々しい黒煙が立ち上っていた。


タピオカが迅速に指示を飛ばす。


『シルヴィアさん、魔剣の攻撃には呪いが付与されているわ! 先に異常状態解除の〈ピュリファイ〉を使って、それから〈ヒール〉を!』

「ヒールで足りますか!?」

『この世界の王様のレベルならヒールで十分全回復できる! 封印術のための魔力を温存したいの!』

「承知しました!」


シルヴィアは深く息を吸い込み、静かに唱えた。


「——〈ピュリファイ〉。」


白銀の温かな光が王を包み込む。傷口から立ち上っていた呪いの黒煙が、蒸発するように消滅していった。


続いて、シルヴィアは優しく杖を掲げる。


「——〈ヒール〉。」


黄金色の魔力が王の全身を駆け巡る。腹部の凄惨な貫通傷が、まるで時間を逆回しするように塞がり、瞬く間に綺麗な肌へと再生されていった。


「う……うむ……余は……生きているのか……?」


意識を取り戻した王の姿に、王宮魔法使いたちは絶句した。シルヴィアは間髪入れず、瀕死の近衛騎士たちの治療へと向かう。


タピオカはすぐさまクエストの進捗を確認した。




進行目標②:エルセリス国王エドマンド、冒険者ダリオンの生存。




(よかった、ここの時間制限の表示が消えた! ミニマップの確認……太った貴族が敵対赤点になっているけど、他は白と青。シルヴィアの安全は確保できた。アルベルトも援護に向かった。なら、私の優先事項は召喚陣の魔力供給を止めること!)


タピオカは弓を引き絞ると、召喚魔法陣の周囲で呪文を唱え続けている「奈落の七印」の魔法使いたちへ向けて、次々と光の矢を放ち始めた。


着弾ごとに倒れていく魔法使いと、徐々にその輝きを失っていく邪悪な魔法陣。不完全な復活劇を潰すための反撃が、今始まった。

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