63 裏切り者の襲来
悠希が召喚儀式の柱を破壊するために闘技場から走り去ってから、もうすぐ1時間になる。
歓声に溢れた闘技場では、シルヴィアと彼女のフードの中に隠れていたタピオカが、試合を見ずに周囲を警戒し続けていた。
サクラリア:ミニマップから後ろに赤い点が2つうろついていますわよ。
『確認した。シルヴィアさん、後ろ8時方向に怪しい二人。』
「わかりました。」
シルヴィアはフードを深く被っているため視野が悪いが、チラッとその怪しい二人の下半身の装束を見て、すぐに「ただのナンパ男」だとわかった。仕方ない、女性一人でこんな場所にいると、ナンパされるのは避けられない。
ターゲットがちらっと自分たちを見たことに気づいたチャラい男二人は、すぐに前に出てシルヴィアに話しかけてきた。
「ねぇねぇ、彼女。ひとりか?」
チャラ男がシルヴィアの肩に手を置く前に……彼女は無言で腕の腕輪に触れ、透明なナックルが現れた。
フウッ!
シルヴィアは素早く左手を振り上げた。その拳は背後の男の顔すれすれでピタリと止まる。空気を切る鋭い気配に、男は思わず息を呑んだ。
「う、うわ!」
チャラ男Aは反射的に数歩後ろに下がった。拳の風圧は明確な警告だった。
チャラ男BはそんなAを見て、慌てて言った。
「おいおいおい、乱暴だな、オレたちは……」
「も、申し訳ない、人違いみたいだ。」
「(ちょ、なに言って……)」
「(逃げろ)」
チャラ男たちは慌てて逃げ去った。ここで、タピオカの視界の左上に、現在進行中のクエスト表示が更新された。
【※ 緊急クエスト:ネザーヴェイルの完全召喚の阻止! 残り時間:48分 ※】
進行目標①:召喚儀式の柱を破壊する。(4/6)
同時に、セリーナからの報告も届いた。
セリーナ:定時報告です。サクラリア、シルヴィアさんは大丈夫ですか?
サクラリア:大丈夫ですわ。またナンパが来ただけです。
セリーナ:わかりました。こちらは4本目の柱を破壊しました。
サクラリア:わかりましたわ。こちらも未だに何の動きもありません。
サクラリア:ちなみに、セリーナ。レオンさんは上位8位に入りましたわよ。
セリーナ:お~すごい。私も現場で見てみたいわ。
タピオカはすぐにツッコんだ。
『やめときなさい、セリーナのレベルが高すぎて現場で見ると、ただの子供の遊びに見えるわ。だから私もレオン様の試合しか見てないのよ。』
サクラリア:セリーナ、タピオカ様からセリーナがこの試合を見ると、
サクラリア:ただの子供の遊びに見えるそうですわ。
セリーナ:うっ……
しばらくすると、闘技場は急に黄色い歓声に包まれた。
優勝候補を倒したレオンが左側から登場し、右側には彼と同年代の茶髪のイケメン冒険者が入場。真ん中で二人は握手を交わした。
「やっぱり、君とぶつかることになったな、ダリオン。」
「そうだな。セリーナが欲しいなら、俺という壁を越えていけよ、レオン。」
「おまえなぁ、俺が本気を出しても君に勝つのは厳しいぞ。」
「弱気だね。彼女のことを諦めるのか?」
「ははっ、何言ってる。勝つのは俺だ。」
「そうこなくちゃ!」
二人は手を離し、お互いに刃引きの剣を構えた。
「試合開始——!」
タピオカは思わず『レオン様~~!』と叫んだことはさて置き。彼女がレオンの対戦相手を見ると、すぐに反応し、慌ててシルヴィアにその相手のことを詳しく聞く。
『シルヴィアさん! レオン様の相手は誰ですか?!』
タピオカが急に緊迫した感じで自分に話を聞いたシルヴィアは、すぐにレオンの相手を確認した。
「彼はダリオンさんですね。確か、3つ前の試合で第二の優勝候補を倒した田舎の冒険者らしいです。そのためこの試合は、新しい優勝候補の二人の対決です。」
『なん……だと! ……レオン様の試合しか見ていなかった私はバカだわ。』
彼女はすぐにチャットで悠希に連絡した。
タピオカ:豆腐くん! 緊急報告! セレアグの公式男主人公のダリオンが現れた!
飛べる豆腐:だ、ダニィ?!
そう報告した後、闘技場の中央から紫の光を発した魔法陣が、段々と闘技場の中央全域まで広がり始めた!
観客席から、邪竜の模様が刺繍された黒いマントを羽織った人たちが大勢現れた。一部は観客席から闘技場の中央に飛び降り、紫の魔法陣の周りに立ち、呪文を唱えて己の魔力を魔法陣に送り始める。
一部の黒いマントの人たちは武器を抜き、まっすぐに王の観戦台に向かった。
現場は一瞬で混乱に陥った。最前席の金持ちは真っ先にVIP通路に逃げ、衛兵たちは一生懸命秩序を維持しようとしたが、パニックになった民衆が多く、そう簡単にはいかない。各自出口に向かって逃げ始めた。
もちろん、民衆の中にも冒険者はたくさんいた。正義感のある者たちは観衆を守るために謎の黒いマントたちに抵抗したが、大半はやっぱり自分の命が優先で、他の民衆と一緒に出口へ向かった。
自国の王が襲われたため、最前列の貴族たちは逃げることができず、護衛たちを連れて人波を逆らって王族専用の観戦台に救援に向かった。
闘技場の真ん中にいるダリオンたちも、こんな異常事態の真ん中で試合を中止。だが、なぜか謎の敵は王を襲うだけではなく、ダリオンたちにも襲いかかってきた!
「な! レオン! お前、食事代の支払いを忘れたか? こいつら取りに来たぞ!」
ダリオンは試合用の剣で襲ってきた敵の攻撃をガード。そんなレオンも襲ってきた敵の攻撃を捌きながら、ダリオンに冗談で返した。
「お前が彼らの彼女たちを奪ったんじゃないのか! はあ!!」
レオンは試合用の剣を鈍器のように敵に叩きつけたが、相手の黒いマントの下にはどうやら結構いい防具を着ていたため、その反撃はあまり効かない。
お互いに背中合わせで、大勢の敵と対峙した。
「ちぃ、冗談抜きでこの剣じゃこの場を凌ぐのは厳しい!」
「彼らから剣を奪えるか、レオン。」
「簡単に言うな! この人数じゃ攻撃を捌くだけで精一杯だ。向こうも結構やり手だ、油断するな!」「わかった。」
場面は観衆席最上階に戻る。事件発生と同時に、シルヴィアは王族の観戦台に向かって移動した。シルヴィアのフードの中に隠れていたタピオカは、すぐに更新された進行目標を彼女に伝えた。
『やっぱり敵の目標は王族の血ですね……シルヴィアさん、進行目標更新! 王様と闘技場中央にいるダリオンたちの生存が第一です! 私たちの予想通りなら、王様はこのままでは危ない! あなたは王様のところに向かってください! 途中、私はダリオンたちの方に救援に向かいます。』
「わかりました! タピオカ様!」
最上階にいたシルヴィアは、ローブで姿を隠したまま、混乱する観客たちの壁際を駆け抜けた。
石造りの低い壁に軽やかに舞い降りると、群衆の流れを逆らい、そのまま王の観戦台へ向けて跳躍した。
【※ 緊急クエスト:ネザーヴェイルの完全召喚の阻止! 残り時間:38分 ※】
進行目標①:召喚儀式の柱を破壊する。(4/6)
進行目標②:エルセリス王国の国王エドマンド、冒険者ダリオンの生存。
進行目標③:武器〈UR 奈落爪剣モルス〉の破壊。
シルヴィアが王の観戦台に向かって跳んでいく途中、タピオカはフードの中で悠希に急いでチャットで報告した。
タピオカ:豆腐! 敵が動き出した!
飛べる豆腐:クエスト更新が見えた! 敵リーダーはやっぱりセルディス?
タピオカ:わからない。今出てきたのは「奈落の七印」の雑魚たちだけ。
タピオカ:ミニマップを見て、邪竜の魔剣を持ってる人はまだ闘技場の中に隠れてるみたい。
飛べる豆腐:セルディスが奈落爪剣モルスを持ってる……
飛べる豆腐:それはこの前に終わった大型レイド邪竜討伐戦のレアドロップのあれか?
タピオカ:ええ。それにゲームの展開では組織は奈落爪剣モルスはまだ見つからないはずだったけど……
タピオカ:やはり、敵側のプレイヤーが先回りして、それを見つけ出したわね。
飛べる豆腐:作戦変更、俺も戻る! 柱4本破壊したから、召喚魔法陣はもう不完全だと思う。
飛べる豆腐:10分くらいで戻れる!
タピオカ:わかった。今シルヴィアは王様のところに向かっています。
タピオカ:ダリオンの方が危ないから、私は先にそっちに向かいます!
飛べる豆腐:了解! 無理するな。今のあなたはただの妖精だと忘れるなよ! 自分の命が一番大事だ!
飛べる豆腐:レベル差があっても、妖精になったあなたが体格差で攻撃を真正面に食らうと、
飛べる豆腐:何があったかわからないぞ!
タピオカ:わかったわ。
二人のチャットの内容はわからないが、セリーナとサクラリアは何となく現状を察した。
セリーナ:タピオカさん、サクラリア、気をつけてね。
サクラリア:セリーナたちも早く来てくださいね。
タピオカは苦笑いで呟いた。
『パーティー解散すれば、精霊くんはすぐに闘技場近くの覇者の塔に転送できるけど、シルヴィアさんの安全のために解散はしないわよね。10分くらいで戻れるから、大丈夫でしょう。』
サクラリア:そうですわね、10分なら大丈夫です。
サクラリア:でもこの国の王様がシルヴィアさんが聖女だと信じるのかはわかりませんからね。
『サクラリア、ミニマップの確認をお願い。もし急にボスの赤い点が出てきたら、私に教えて。』
サクラリア:わかりました! 任せてください!
話しが終わり、タピオカはシルヴィアのフードから飛び出し、彼女に話しかけた。
『シルヴィアさん、私先に闘技場中央に行きます。あなたは作戦通り、王様の前に自分が聖女であることを話して、信じなければ範囲回復魔法で彼らを回復すれば信じるかもしれません。それでもだめなら……』
「日輪を出し、力を示すのですね。わかりました! 先に行ってください!」
『うん、無理しないでね! あなたの命も大事ですよ! 精霊くんは10分くらいで戻れます。』
タピオカはすぐに魔法少女に変身し、一直線でダリオンたちがいる闘技場中央へ飛んだ。
彼女はダリオンたち付近に到着すると、すぐに〈SR 雷鳴の羽弓〉を取り出し、空に向けて弓を引き、魔力を溜めた。
初級弓技発動——【ホーミングアロー】!
溜めた魔力は矢となり、空へ放たれた! 雷鳴の羽弓が放つ矢は魔法の矢なので、周りから見れば、一本の光の矢が空から数十本の光線に分裂し、生きたように闘技場中央にいる「奈落の七印」の戦闘員たちへ降り注いだ。妖精サイズの攻撃で弓技の光線も普通より細いが、サクラリアの今のレベルだと、このくらいの下位弓技だけでも十分。
平均レベル17~21の敵がレベル56かつSR武器を装備したサクラリアの攻撃を受けると……半分は頭に命中して即死、もう半分は反応して避けたが、完全に回避できず致命傷を負って倒れた。
一方、王の観戦台では、約40人の敵に完全に包囲されていた。王は椅子の後ろに隠れ、王宮魔法使いの二人はすぐにパリアの魔道具を起動した。パリアの外には近衛騎士4名が王を守り、その周囲を貴族数名とその護衛たちが固めている。
セミショートのダークブロンド髪のイケメンで、王国側では最強クラスと謳われる二十四歳の青年——若き第一騎士団長、アルベルト・グランディールが、他の騎士数名と貴族の護衛たちと共に、襲い来る敵から王と貴族たちを守っていた。
しかし、いくらアルベルトが強くても、王と貴族たちを守りながら大勢の敵と戦うのは難しい。敵もただの雑魚ではなかった。一人ひとりが準騎士レベルの強さを持ち、まるでアルベルトたちの戦い方を知ったかのように、苦手な攻撃を的確に繰り出してくる。おまけに集中攻撃を仕掛けられ、広範囲の剣技を使う余裕すらなかった。
(闘技場の警備は万全のはずだ……こいつら、どうやってここまで入ってきた! ちぃ! このままではジリ貧だ。現場はこんなに混乱しているから、闘技場内部で待機した部下たちもすぐには来られない。いや、彼らも敵と戦っているかもしれない。そして妙だな……人数の優勢を使って一気に攻めてこない。まるで最初から私たちを倒す目的ではなく、時間稼ぎをしているような……。)
そんな時だった。
嫌な気配を感じたアルベルトは、その方向へ視線を向けた。王の観戦台の真正面、最上段から強いオーラを纏った黒いマントの敵が、何かを投げてきた!!
アルベルトは即座に叫んだ。
「真正面の最上段! 王を守れ!!」
近衛騎士たちはすぐに反応し、各自相手にしていた敵を無理やり蹴散らし、全員が王の前に盾を構えた!
シュッ! グサァ……!
普通なら、こんな狙撃や魔法も近衛騎士が魔力で強化した盾で防げるはずだった。防げなくても、後ろにはまだ強力なパリア魔道具がある……しかし、投げてきたその黒い槍、いや、まるで竜の爪のような黒い剣は、近衛騎士の盾、騎士たちの身体、そしてパリアすら簡単に貫き、席の後ろに隠れていた王の腹に突き刺さった!
目標を達成した黒い剣は「戻れ」という命令に応じるように、黒い軌跡を描いて王の観戦台真正面の最上段——“彼”のもとへ戻っていった。
近衛騎士たちは倒れ、王宮魔法使いたちはすぐに王を回復魔法で包んだ。しかし、襲ってきた敵はまだ残っている。アルベルトたちは今、倒れた近衛騎士たちの分まで相手をしなければならなかった。段々と怪我も増え、息が上がってきた。
(このままではダメだ! 王宮魔法使いの一人が王を回復し、もう一人が広範囲魔法を使うか……?!)
闘技場中央に戻り、ダリオンとレオンを襲ってきた敵たちと戦っていた途中、空から光の光線が降り注ぎ、彼らの周りの敵は一掃された。
一息つくかと思った矢先、目の前に黒い剣が槍のように王の観戦台を貫いたのを目撃した。
「な! 一体、何があったのか?」
「レオン! 王様が危ない! 救援を……」
「いや……こっちの戦いはまだ終わっていないぜ……ダリオン。」
ダリオンは「何を言って……」と言ってレオンに向き直ったが、レオンは冷や汗を流しながら剣を持ち直した。
彼らの目の前には、黒いオーラを纏った黒いマントの男が観衆席から飛び降りてきた! その手に握っているのは、先ほど槍のように王の観戦台に投げつけた黒い魔剣だった。
謎の男は魔剣を高く持ち上げ、振り下ろした。刃に付いていた王族の血が召喚魔法陣に滴り落ち、魔法陣はその血を吸い込んだ。その瞬間、魔法陣はまるで生き物のように妖しく輝き、不気味な脈動が走った。
謎の男は魔剣を高々と振り上げ、召喚最後の呪文を唱える……。
「勇者末裔の血を媒介して、再びこの地に現れ我らの神! 邪竜ネザーヴェイル!」
しかし、魔法陣は応えなかった。謎の男は小さな声でこう呟いた。
「魔力がまだ足りない? 街の外側の奴らは何をやっている……まぁ、いい。魔力が満タンするまで、ダリオンという冒険者を排除しよう。」
タピオカはダリオンたちを襲ってきた敵を一掃して彼らの側に到着した時、敵リーダーが魔剣を王に向けて槍技〈ピアスランス〉で投げつけたのを目撃した。
サクラリア:タピオカ様! ボスの赤い点がこっちに来ています!
そのチャットを見た瞬間、ダリオンたちの前に黒いオーラを纏った黒いマントの男が召喚魔法陣の真ん中に飛び降りた。
タピオカはすぐにその謎の男の上に表示された名前を確認する。
【半邪竜化の氷刃の騎士セルディス Lv.30】
予想通り謎の男はセルディスだ。この国の第一騎士団副団長であり、邪竜復活組織「奈落の七印」の幹部の一人。〈覇者の塔〉36階層で周回した強化版ボス「裏切りの氷刃の騎士セルディス」の元々の姿だ。
(やっぱり出てきたわね。でもゲームと違う名前……やっぱりあの魔剣を手に入れたから強化された。先程の行動は明らかに勇者末裔と言われた王族の血を手に入れた。王は大丈夫か?!)
タピオカはすぐに視界内のクエストを確認する。
進行目標②:エルセリス国王エドマンド、冒険者ダリオンの生存。(時間制限7分)
『王様はまだ生きている! では今は魔力満タンするまでの時間稼ぎ?』
タピオカはすぐに思考した。うろ覚えだが、最近実装された武器の性能を思い出す。
【UR 奈落爪剣モルス】
武器効果:
—防御力50%無視攻撃
—呪い攻撃(100%)
?????
(あの魔剣、この2つの効果しか覚えていない。でもこれだけでも結構厄介だわ。この世界ではUR武器の攻撃力だけでもすでに危険、おまけにこの剣の攻撃力は確か現段階ゲーム内で一番高い、しかも防御力50%無視攻撃。その剣にもHPバーが見える……あれをHPゼロにすれば破壊できるわけね。)
タピオカは冷静に現状を確認した。
シルヴィアは? 彼女はもうすぐに王のところに到着する。王の方は? 先程魔剣の一撃で騎士数名が倒されたらしい。未だに沢山の敵に囲まれていて、すごく危ない……しかし、ダリオンたちは最大の敵――セルディスの前にいる。強化されたセルディス相手では、果たして未だに試合用の剣を持っていたダリオンたちは戦えるのか?!それに周りには、敵の魔法使いが未だに召喚魔法陣に魔力を与え続けている!
これは一体、どっちを先にすればいいの?!




