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6 セレアグの朝

太陽が登り始めた時、私は夢から目醒めた。


「う…うん……はっ!!」


ベッドから飛び降りて、自分の着ている服を確認する。


昨晩と同じ服のはず……でも、今着ているものは明らかに汚れが消えて、新品みたい。


試しに脱いでみる。


昨日の謎のドレスと違って、消えたりはしない。


「良かった~~。」


どうやら、ただキレイに洗われただけみたい。そのまま着直す。キレイになったのも少し怪しいけど、昨日みたいに突然高級ドレス姿じゃないだけで、安心できる。


でも……おかしい。


今日も空腹で目が覚めなかった。昨晩は残りのパンとキノコくらいしか食べてないのに……空腹に慣れたのかな?それとも……?


大事なぬいぐるみをベッドに置いて、直視したくないけど、テーブルに置かれている物を確認しないといけない。


「はぁ……」


仕方なく、そこに置かれていたものを確認する。……また新しい服が置いてある。


「……どうして……?」


騒ぎ出す前に、まず家の中を確認。


窓は開けた形跡なし。


扉も、内側からしっかりロックされている。……もしかして、侵入者はまだ家の中に?



包丁!!



昨晩ベッドの側に置いていた包丁が……ない?!


どこに?!……キッチンに戻されていた。


念のため、包丁を手にして、家の中で人が隠れられそうな場所を確認する。


クローゼットの中!……誰もいない。あの黒い皮と回復ポーションも、ちゃんとそこにある。


ベッドの下!……何もない。


うちには、これ以上人が隠れられそうな場所はない。家の中には、ほんとうに私しかいなかったみたい。包丁をキッチンに戻して、再びテーブルの物を確認する。


テーブルには、女性商人向けの、ポケットが多めの服が置かれていた。そして……これは紙?真っ白で、見たことないくらい高そうな紙が二枚。上には黒い……炭?炭で何かが描かれている。


「うん~~わかんない。お母さんは日常の文字しか教えてくれてないし……」


一応、お母さんに読み書きを教わったけど、これは見たことない文字。


では、二枚目は?


……絵みたい。これは……スカート?盾?矢印?これは人?スカートを着た人?それと、リボンがついた正方形の箱?これは……お肉??


「……ダメだ、意味が全くわからない……」


でも、さっきから気になっていた。


ベッドの足元の床に、真っ白で綺麗な金属製の箱が置かれている。もしかして……これは、紙の上に描かれていた、あのリボン付きの箱なの?


……精霊のいたずら?それとも、誰かが……私のことを見てる?


あの金属の箱は重くて、表面はひんやりとしていた。よく見ると、側面に細い隙間があり、どうやら横から開けるみたい。


このサイズじゃ中に人が隠れてることはなさそうだけど……念のため、包丁を手にして。ゆっくりと箱を開ける――箱を開けると、中から冷たい空気がふわっと流れてきた。


「これは……!もしかして、めっちゃ高い冷蔵魔道具?!」


中を覗くと、変な光景が目に入った。に、肉?!獣の肉と鳥肉、それに高級そうな卵まで!箱の中には、色とりどりの食材が半透明の絵になって浮かんでいる。まるで空中に描かれた幻のように、宙に漂っていた。しかも、それぞれの食材の前には、数字のような記号が並んでいる。……これは、数? 量? それとも、魔法の印?


あの紙に描かれていたお肉は、やっぱりこの箱の中のことだったんだ。じゃあ、この浮かんでる絵は――この箱の中に入ってる食材の一覧、ってこと?


獣肉の前には「26」、鶏肉は「9」、卵は「3」……



ぐぎゅうう~~~~っ



ただの絵なのに、お肉を見てるだけでお腹が空いてくる。この食材の持ち主に聞こえるように、天井に向けて、私は声を出して言った。


「これをうちに置いていったから、私、食べてもいいよね?」


…………


「……返事がないってことは、いいですよね!」


使い方はよくわからないけど、獣肉の絵をそっと押してみる。


すると――


「え?!」


半透明な絵を押した瞬間、何かに触れた感触があった。それを取り出すと、そこには処理済みの獣肉が!


「へぇ~……見たことないですけど、冷蔵魔道具って、すごく便利なんですね。すごい!」


……いや、もしかしてこれって、普通の家にはあるものなのかな?でもうちの村にはこういう道具は見たことない。たぶん、金持ちの家とか、大きな街の人たちは、こうやってお肉を冷やしてるのかも。


冷蔵魔道具内の絵はまだ表示されたまま。試しにもう一回、獣肉を取り出してみる。全く同じ肉が出てきた。そして、獣肉の前の数字が「24」に変わった。ひとつ戻すと「25」に戻る。


なるほど……この魔道具の中には、表示された数字の分だけ食材が入ってるってことね。



ぐぎゅうう~~~~~~~~~~~っ



……どうでもいいわ。先にこれを調理しましょう。こんなに贅沢にお肉を食べるのは、いつ以来だろう。


お肉は結構大きいから、食べる分だけ切って、火を起こして焼く。残りは冷蔵魔道具に戻そうとしたけど……あれ?入らない?


透明な壁みたいなのがあって、肉が中に入らない。冷蔵魔道具って、よくわからないけど……こんなもんなんですかね。


仕方ない。今日食べる分を切り出して焼いて、横に置いて冷ます。冷めたら鍋に保管しておこう。


残りの半分のお肉はどうしよう?こんな暑い天気じゃ、すぐに腐っちゃう。……試しに、売ってみようかな。



「ごちそうさま……うん~~~お肉、美味しい~~!久しぶりにお腹いっぱい食べました。」


朝ごはんを食べ終えて、また昨日の“どこから出てきたのか分からない服”のことを考える。


この服、どうしよう?昨日みたいに、売っちゃう?


……待って。このお肉と服……もしかして、これって――お母さんが昔話してた“精霊の贈り物”なの?……12月24日に、精霊が「いい子」にプレゼントをくれるって話。


そんなわけ、ないよね。あんなの、子ども騙しの話だし。それに、もし本当に精霊がいたとしても……私なんかに、贈り物するわけないよね。……うん、やっぱり売ろう。


これを残しても、結局お金がないと何もできないし。身の安全のためにも、さっさと処分したほうがいい。


お父さんとお母さんに朝の挨拶をして、私は例の商人用の服と、残り半分の獣肉を持って、いつもの市場の端っこで露店を開けた。



露店を開いてから、だいたい二時間くらい。


「この子ですわ。」


びっくりした。


綺麗な服を着た中年の女性と、金持ちの商人風の姿をした――たぶん彼女の旦那さん、それに従者の人が、私の露店の前に来た。


「ねぇ、君。アタシ、昨日ここでスカートを三着買ったの。覚えてるかしら?」


え?!


昨日、謎の服を買っていった人?!ももも、もしかして……あれに何か問題があった?持ち主が現れた?ま、まずい……何も知らないふりしないと!


「え、はい。覚えています。お買い上げ、ありがとうございます。」

「出来が良かったから、男物も欲しいの。あるかしら?」


……どうやら、持ち主が現れたわけじゃなさそう。よかった……でも、どう返事すればいいの?


「ごめんなさい。今残っているのは、この服だけです。」

「あら、残念だわ。その服も見せてちょうだい。」


従者の人が、例の商人の服を持って広げて、奥様に見せた。奥様は細かく、それを見ている。


「これは……あら~、これもなかなかいいですわね。」


奥様は服を、隣にいる旦那様らしい人に見せた。


「ほう……確かに、これはなかなか。見た目以上に丈夫だし、縫製も上手い。マロニエ、そんなに気に入ったなら、これも買えば?いくらだい、お嬢ちゃん。」


えっと……ほぼ新品で、縫製も上手って言われたし……普段の服は1万Gだけど、これはなかなか良いものだから……


「そうですね、これは新品なので……25000Gは……いかがですか?」

「え?!」


た、高すぎた?!


「ハハハ!お嬢ちゃん、はい、30000G。」


えっ……えええ?!


あの旦那さんは、30000Gを渡してくれた。


「俺はヤーク、商人だ。こんな出来の良い物は、適正価格で買う主義でね。これを作ったのは、お母さんかい?もしよかったら、俺たちに紹介してくれないか?」

「……ごめんなさい。お母さんは旅に出ているんです。」

「ああ、そうか。俺たちは“万金亭”に泊まってる。もし他にもいい物があれば、そこに持ってきてくれ。

俺が高く買い取ってやるよ。」

「ありがとうございます。」


私は立ち上がって、商人さんにお礼を言った。25000って言ったのに、3万で払ってくれた。この商人さん……いい人だね。


ヤークさんは従者の人と何か話したあと、みんな一緒に、満足そうな顔で露店を離れていった。


そのあと、別の奥様があの獣肉を買い取ってくれた。これで――生活費込みで、今月と来月分の返済額も十分に足りる。


……良かった。


ほんとうに、良かった。借金の返済は、あと少し。あと少しで、普通の生活に戻れる。


そうだ……!


クローゼットにある、あの黒い皮と回復ポーションも――ヤークさんなら、買い取ってくれるかもしれない。


あんなよく分からない物、やっぱり早めに売ってしまったほうがいい。今のうちに、できることをしておかないと。


まだ少し早いけど、私は露店を閉めて、家に戻った。



-----------------------------------------------



土曜日の朝。


平日と同じような時間に、自然と目が覚めた。普段なら二度寝して、9時までは絶対に起きないのに……セリーナのことが気になって、ベッドから降りた。


すぐにログインして、彼女がちゃんと服を着替えてくれたか確認したい。……けど、さすがにリアルの生活を放棄するわけにはいかない。


朝ごはんを作って、録り溜めたアニメを見ながら食べる。


その間に、セレアグの攻略サイトで次の転送ポイントの位置、森の中心部にいるモンスター、ボス、ダンジョンの情報をチェック。


ついでに、焼き鶏丼の素材も調べてみた。……が、残念ながら、お米はこの初期国――エルセリスの王都付近まで行かないと手に入らないらしい。無念。


仕方ない。


焼き鶏丼の最後の1個は温存して、しばらくは下位の経験値バフ料理――唐揚げで我慢するしかない。鶏肉は森で簡単に手に入るし、油は暴れ猪からドロップできる。経験値バフは25%。焼き鶏丼の50%には遠く及ばないけど、一番作りやすいボイルドエッグの3%よりはマシだ。


よし、情報確認完了。


必要な素材も把握した。軽く体を動かして、水を飲んで、VRヘッドギアを装着。再び、セレアグの世界へ――ログイン。


視界が切り替わる。


いつもと違う時間にログインしたせいか、部屋が明るく感じる。やっぱり、ここの時間はリアルと連動してるんだな。つまり、こっちも朝か。


手を動かして、セリーナに切り替わったことを確認。


今の俺はセリーナの家で、テーブルの前に立っている。手には、前に放置していたシャドウウルフの黒い皮。


現状を確認していると、視界の左下――チャット欄に何かが表示された。


セリーナ:体が!言うことが効かない?!え?なにかあった?!


……チャット?……セリーナのチャット?!


どうする?


普通に話しかければ、会話できるのか?それとも、チャットで返すべき?


「……あ、あ、セリーナ…さん?聞こえていますか?」


セリーナ:わ、私が私に喋りました?!あ、あなたは誰?!


つ、通じた……!


話が通じた!!


「……良かった。会話ができましたね。」


セリーナ:あなたは一体誰?私の体を返してよ!


ど、どうする……?普通に「高橋悠希と申します」と自己紹介する?いや、それはまずい。彼女に“知らない男が自分の体に入っている”と知られたら、関係が壊れるかもしれない。


そうだ。


エメラルダさんが彼女のことを心配して、俺に託した――こう言うと、少なくとも悪者には見えない……はず。


「セリーナさん。自分は、先日あなたのお母様――エメラルダさんに頼まれて、あなたを幸せにするために来た者です。」


セリーナ:………お母さん?!うそ!

セリーナ:そんなの嘘で決まってる!

セリーナ:でも……も、もしかして!ホントに精霊?!


精霊……?


もしかして、セリーナは俺のことを“精霊”だと思ってる?この世界の設定か?でも、それならちょうどいい。“精霊”という存在なら、性別も曖昧で、彼女の警戒心も和らぐかもしれない。


「自分は、この世界の者ではありません。そうですね……この世界で例えるなら、あなたが言っていた“精霊”が一番近い存在かもしれません。」


セリーナ:ホントに?いや…そんな話、聞いたことないわ。


「もし自分が悪い存在であれば、こうしてあなたと会話する必要もないでしょう?」


セリーナ:そ、それもそうだね。

セリーナ:では…精霊さん、お母さんに頼まれたって言ったけど……

セリーナ:お母さんは……。


「……残念ですが。」


セリーナ:そう……ですよね。


「自分が知っている限りでは、エメラルダさんは、良い方々のもとで新しい人生を始められました。だから、どうかご心配なさらないでください。」


少し待っても、返事はなかった。でも、先ほどの反応を見る限り――少なくとも、俺の話を信じてくれた……らしい。


返事がないのは、きっと、お母さんの話題が悲しすぎるんだと思う。この空気を変えたくて、俺は少し強引に話題を変えた。


「大丈夫です。あなたを一人にしないように、ワタシはこうしてここにいます。あ、そういえば昨日――自分の行動で、色々と怖がらせてしまいました。本当に、申し訳ありませんでした。」


怖がらせたのは事実だ。俺は頭を下げて、静かに謝った。急に知らない誰かに着替えさせられて、家も使われていたら……俺だって、怖いと思う。


セリーナ:いいえ、大丈夫です。売り物も残して、

セリーナ:お肉も沢山置いておいたのもあなたですよね。

セリーナ:こちらこそ、ありがとうございます。

セリーナ:正直、こんなに贅沢でお肉を食べるのはホントにお久しぶりです。


……本物のセリーナは、意外と礼儀正しい。母親のエメラルダさんが元メイドだったからだろうか?


ただ、俺が「エメラルダさんに頼まれて来た」と言っただけで、すんなり信じてくれた。順調すぎて、逆に不安になるくらいだ。本当に、これで大丈夫なのか……?


とはいえ、ログアウト以外にこの体の主導権を渡す方法はわからない。彼女の安全のためにも、今は俺がこの体を管理するしかない。


ただひとつ――俺が“男”であることだけは、絶対にバレてはいけない。


もしセリーナに、俺が彼女の身体に触れたことを知られたら……ああ……昨日、彼女の神秘を深く探るのを我慢したのは正解だった。昨日の俺、よくやった。……ん?待て、売り物?


俺、何か売れるものを残してたっけ?


「セリーナさん、ワタシが残した売り物って、なんのことですか?」


セリーナ:はい、テーブルに置いてあった服です。


ああ、なるほど。彼女が言ってるのは、スキルレベルアップの副産物――村人の服のことか。それなら別に構わない。ついでに、セリーナの服装を確認する。


……あの、防御力が高い商人の服じゃない。相変わらず、村人の服を着ている。やっぱり、昨日描いたメッセージの意味は伝わらなかったか。


絵は……うん……まぁ、わかりづらかったかもしれない。でも、お肉は食べてくれた。食材は「食べてもいい」と理解してくれたみたいだ。じゃあ、昨晩作った商人の服は……?


俺は家の中を軽く見渡す。


……どこにもない。


待て……まさか……


あの商人の服も、売った?!


たった数時間で、もう売ったのか?!


「あの、セリーナさん。少しお聞きしてもよろしいですか?」


セリーナ:私のことはセリーナでいいですよ。はい、何でしょう。


「わかりました、セリーナ。今朝ここに置いていた商人の服……もしかして、もう売りましたか?」


セリーナ:はい、先ほど3万Gで売りました!ありがとうございます!


30000G……高く売れたのか、安く売れたのかは正直わからない。ま、まぁ……また作ればいいし、き、気にしないでおこう。


「そ、そうですか。良かったですね。昨日のメッセージは……やっぱり、わかりませんでしたか?」


セリーナ:メッセージ?あ、あの紙に書いてあった文字のことですか?

セリーナ:ごめんなさい、あの文字は読めないんです。


「セリーナは、普段の読み書きはできますか?」


セリーナ:はい、基本の日常の読み書きはできます。

セリーナ:昔、お母さんが少しだけ教えてくれたんです。

セリーナ:でも、貧しくなってからは……あまり勉強する時間もなくて……

セリーナ:あの難しい文字は見たことがなくて……ごめんなさい。


「いいえ、あなたが悪いわけではありません。こうして会話できているのですから、それだけで十分です。今後、自分にも――あなたの国の文字の、基本だけでも教えていただけますか?簡単な手紙を書けるくらいで構いません。」


セリーナ:えっと……私で良ければ、簡単なものなら教えられると思います。


「お願いいたします。」



こうして、俺はセリーナと――初めて、ちゃんと“対話”ができた。

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