7 彼は商人でことは間違っていない
まさかチャット欄を通じてセリーナと対話できるなんて、本当に良かった。これであの胸糞悪いバッドエンドを回避するための足掛かりができたぞ。
俺はまだ、彼女に伝えたいことが山ほどある。
『あなたのお父さんは生きている。あの借金は全部嘘だ。返済なんてしなくていい。このまま別の街に逃げよう。ガンド村にいるのは危険だ』……今すぐにでもそう喉まで出かかった。
でも、待てよ。
彼女のお父さんは7年前に突然姿を消し、お母さんも病気で亡くなった。村長のせいで、この家で長年血の滲むような苦労をしてきたんだ。もし今、俺が何の前触れもなくこの残酷な真実を話したら――彼女、ショックのあまり闇落ち……とかしないよな?
「村長め!お母さんと私を騙して!殺してやる!」……なんて展開、リアルな感情を持つ人間相手じゃ笑えないし、アニメやゲーム、小説ではよくある最悪の王道破滅パターンだ。
いやいや、落ち着け。
一気にすべての情報を与えるのは下策中の下策だ。
今の彼女は、俺という『精霊』の存在だけでもまだ頭が追いつかずに戸惑っているはず。まずは少しずつ様子を見てから、話すタイミングを慎重に見極めよう。
「セリーナ。ワタシは、あなたを幸せにするためにここにいます。今、何よりも欲しいものはありますか?」
セリーナ:え?欲しいもの?
「ええ。エメラルダさんは、あなたが心から幸せになることを願っていました。だから、欲しいものや叶えたい夢があれば、何でもワタシに教えてくださいね」
セリーナ:欲しいものは……もちろん、お金です。
セリーナ:実は、亡くなったお父さんが村長に借金をしていて、
セリーナ:その返済のために、どうしてもお金が必要なんです。
「そうですか……お父様は、一体いくら借りたのかしら?」
セリーナ:はい、200万Gです。
セリーナ:もう7年返済していて、私の計算が間違っていなければ、あと30万Gくらいで完了です。
村長め……こんな辺境の小さな村の村長である貴様が、一体どこから200万Gもの大金を出してきたって言うんだ? セリーナのお父さんがこんな大金を借りて、この狭い村で城でも建てるつもりだったとでも言うのか?
……あの村長の家から泥棒……いや、隠密回収した捏造された借用書は、今俺のストレージに入っている。でも、まだ何も知らないセリーナの前であの偽物の証拠を見せるのは、さすがに刺激が強すぎて良くない。あ~~なんで昨日、回収したあとに中身を確認しなかったんだ俺!……まぁ、文字が読めないし、それに深夜でめちゃくちゃ眠かったからなんだけどさ。
それにしても、金利は何%なんだ? もし年利10%の複利なら、7年も払ってたらとっくに元本以上に毟り取られてる計算になるぞ……。
「その借金の利子は、どれくらいになっているのかしら?」
セリーナ:利子……ですか?ごめんなさい、詳しくはわかりません。
「あなたたちの手元にある分の借用書の控えは、どこにありますか?」
セリーナ:お父さんがずっと持っていたそうです。
セリーナ:でも、お父さんは7年前、森でモンスターに襲われて……亡くなりました。
……なるほどな、借用書の控えがこの家に残っているはずもないわけだ。それにしても偽りの借金200万Gを、女二人が7年かけてほぼ完済間近まで返してきたなんて……セリーナたちは、本当に信じられないくらい凄いよ。
テーブルの上に置かれたシャドウウルフの皮を見て、ようやく、彼女が今、何をしたくて動いていたのかが完全に繋がった。
「なるほど。もしかして、今からこの皮を売りに行こうとしているのね?」
セリーナ:あ、はい。そうです。
セリーナ:今朝、精霊くんが置いた服を買ってくれたあの商人さんのところに持って行くつもりです。
「……もしもの話ですけれど……セリーナのお父様、実は最初から村長に1Gも金を借りていなかった、なんて可能性は考えたことはありませんか?」
セリーナ:………。
セリーナからのチャットがピタリと止まる。言い過ぎたか。
「ふふ、ごめんなさいね。ただのワタシの突飛な思いつきです。お金のことは、これからはワタシに任せてください。精一杯お手伝いしますから」
セリーナ:あ、ありがとうございます、精霊さん。
「このシャドウウルフの皮は、どれくらいで売れそうですか?」
セリーナ:傷もなく、剥ぎも完璧で、皮も清潔なので……多分、高く売れると思います。
セリーナ:でも、こんな綺麗な皮を売ったことがないので、値段はよくわかりません。
「ええ、大丈夫ですよ。うん……では、ハチミツの価値や相場ならわかりますか?」
セリーナ:ハチミツ……ですか?
セリーナ:もしかして、ナイジェリアの森のキラービーのハチミツですか?」
「ええ、そうです」
セリーナ:あれは貴族しか買えないものです。
セリーナ:記憶では、隣の街で小さな1瓶が10000Gくらいでした。
セリーナ:でも、ガンド村では絶対に売れません。
セリーナ:見ての通り、貧しい村なので……
セリーナ:ハチミツを買える余裕がある人なんて、一人もいないんです。
……やはり、真実を今すぐ伝えるのはやめておこう。この狭い村のコミュニティで村長を糾弾するより、このまま借金を綺麗に返済したという体裁にしてから村を離れる――それが一番現実的で安全だ。
物を大量に作って売り、大金を稼いで一気に返済するしかない。利子の詳細も不明な今、まずは残りの借金額30万Gだけでなく、村長が「利子だ」と言い出すかもしれない分も含めて、最低でも100万Gは手元に用意しておく必要がある。
「ではセリーナ。予定通り、まずはその皮を売りに行きましょうか」
セリーナ:え?あ、はい!
「例の商人がいる場所まで、ご案内をお願いしますね」
セリーナ:わかりました、精霊さん。
ストレージを確認すると、昨夜乱獲したシャドウウルフの皮が9枚、キラービーのハチミツは13瓶ある。これを全部適切な価格で売れば、かなりの金額になるはずだ。村ではハチミツは売れないかもしれないが、あの商人に見せて、おおよその買取価格くらいは確認できるだろう。
ハチミツ1瓶をストレージから取り出し、テーブルに置いてあった皮1枚と一緒にカバンに入れる。
セリーナ:そ、その目の前に浮かんでいる半透明の絵は何ですか?!
セリーナ:え?!この瓶、もしかしてハチミツ?一体どこから出したんですか!?
セリーナ:それとさっき色々と見えているですが……
あ、やべ。セリーナの視点からもゲームUIメニューやミニマップも見えてるのか。 ……どう説明すればいいんだろう。
「これはあとでまとめて説明しますね。先に、あの商人のところへ向かいましょうか」
セリーナ:え?え?あ、はい。
本当はセリーナの身の安全のために、最強の星月ドレス姿に変身して出かけようかと思った。でも、さすがにこんなド田舎の村であんなクソ目立つ格好をしたら一発で不審者情報が回る。大人しく村人の服のままで商人の元へ歩いて向かうことにした。
家を出てすぐ、周囲の様子を窺う。
やはり、他のプレイヤーの姿はどこにも見当たらない。この世界にいるプレイヤーは、本当に俺一人だけと見て間違いなさそうだ。念のため、何か不測の事態が起きたらいつでもドレス姿に変身できるよう、心の中でマイセットの準備だけはしておく。
セリーナの案内で、村長の家に次ぐ大きさの石造りの建物――この村の唯一の宿屋「万金亭」の前に到着した。
いやいや、俺はてっきり活気のある青空市場の真ん中で取引すると思っていたが……もしかして、セリーナはさっきひとりでこんな閉鎖的な宿屋の客室に入って商人たちと取引していたのか?
「セリーナ……本当にここで取引したのかしら?」
セリーナ:はい、ヤークさんはしばらくここで滞在していると話していました。
「女の子ひとりでこんな密室に来るのは非常に危ないと思いますよ。今度は、信頼できる友人か、できれば知り合いの力強い男性と一緒に来たほうがいいわ」
セリーナ:友人……あ!
セリーナ:でも、ヤークさんは優しい奥様も一緒にいるので、多分大丈夫だと思います。
セリーナ:それに、先ほど商人の服を買う時、私が決めた値段は25000Gだったのに、
セリーナ:適正価格の30000Gで買ってくれました!
セリーナ:ヤークさんは、信頼できる商人だと思います。
「そうですか。でも女性ひとりでは色々と危ないですから、できれば人目があるオープンな場所で取引したほうがいいですよ。もし今後こういう場面に遭遇したら、できればワタシがログイン……コホン、ワタシがいる時にしてください。ワタシがいれば、魔法ですぐにあなたの家へ転移して逃げることができますからね」
セリーナ:てんい……。
セリーナ:は、はい…わかりました、精霊さん。
「どちらにせよ、急ぎでお金が欲しいのは事実ですし、このまま商人に会うしかないでしょうね」
俺は宿屋の重い木の扉を開けて中に入り、受付にいた初老のおばあさんに「ヤークさんという商人に買い取ってほしい物がある」と告げ、彼との面会を求めた。
ヤークさんを待っている間、暇だったので俺はつい受付のおばあさんの頭の上を盗み見てしまう。
アイラ Lv.5
彼女の名前とレベル、そして緑色のHPバーが表示されている。
そういえば、さっきから村で見かけたNPCたちのレベルも一桁台とかなり低い。こんな戦闘力で、よくこの村で生活できるな? だって村の外の森のモンスター、レベル20も出るだぞ。モンスターが村に流れてきたら一瞬で全滅するだろこれ。
セリーナ:精霊さん、さっきから人たちの頭の上に緑色の棒と名前が見えたんですが……
セリーナ:もしかして、それもあなたの力ですか?
おっと、周りに他のNPCもいるし、ここで声を出して口で答えるのはまずい。俺は無言でこくりと頷いた。こんな時は、サイレントコミュニケーションに限る。幸い、彼女は意外と察しが良いようで、今は周囲の手前答えられないのだと理解してくれた。
セリーナ:あ、ごめんなさい。ここは他の人もいますもんね。
俺はもう一度、優しく微笑むように静かに頷いた。
試しに念じるだけでチャットを送れないか試してみたが、どうやら俺の脳内で書いた文字は「日本語」としてシステム処理されるため、こちらの言語を習得していないセリーナには読めないらしい。彼女との対話は、俺が口で話すしかないわけだ。
俺の視点ではUIも全部日本語で表示されているが、今心の中にいるセリーナには、俺がこの世界の共通語を流暢に話しているように聞こえているらしい。よくある異世界小説みたいに、「なぜか異世界の文字もスラスラ読める」便利展開は……ないのかよ。本当にめんどくさい仕様だな。
少し待っていると、二階の階段から従者らしいがっしりとした体格の青年が降りてきた。
へクター Lv.23
レベル……23?! 高っ!! あの商人の私設護衛か? 只者じゃないな。
「あ、さっきの露店のお嬢さん。すぐに来ましたね、こちらへどうぞ」
青年は愛想よく笑い、彼の後ろに付いて行って二階の奥の客室に入った。
部屋の中には、いかにも羽振りの良さそうな高級シルクを着た商人がふんぞり返って座っていた。お人好しそうな小太りの顔で、どこか海外のポテトチップスのパッケージに描かれているヒゲのおじさんに似ている。
トーマス・ヘストン Lv.19
(……は?)
俺は我が目を疑った。セリーナが言っていた「ヤーク」という名前ではない。
こいつはまさか?! 一応ミニマップを確認すると、彼のマーカーは白い点で表示されていた。敵でも味方でもない、システム上は中立という意味だ。
「おや、誰かと思いきや、さっきの素晴らしい服を売ってくれたお嬢ちゃんじゃないか!どうぞ、椅子におかけください」
「ありがとうございます」
「改めて、自己紹介させていただきますね。俺はヤーク、この辺りを回っている行商人をやっています。お嬢ちゃんのお名前は?」
「はい、アリスと申します」
「そっか、アリス嬢ですか、よろしく」
目の前のこの“ヤーク”と名乗る人物の頭上の名前【トーマス・ヘストン】を見て、俺は咄嗟に「アリス」なんて偽名を使ったことに驚いたセリーナは、チャットで「え?!え?!」と質問責めにしてきた。
しかし、セリーナにチャットで返事をするよりも、今の俺の脳内は「どうやってここから最も安全に脱出するか」という緊急作戦会議で占められていた。
だって、このヒゲのポテチおやじは――セリーナのサブクエストの攻略動画に登場していた、あの裏社会の最悪な『闇の奴隷商人』そのものなんだから!
もし彼らがここで拉致などの怪しい動きを見せたら、何かされる前に、即座にセリーナの家へ転移するしかない。
何かあったら0.1秒で逃げられるように、視界の隅にワールドマップ画面を開いたまま、細心の注意を払って商談に臨んだ。
まさか、あの闇の奴隷商人がこんなに早い段階で接触してくるとは思わなかった。でも、さっきの会話を聞く限り、彼はセリーナの素性を深くは知らない様子だった。本当に知らないフリをしているのかどうかは怪しいが。
俺が偽名を使っても、彼の表情はピクリとも変わらなかった。ミニマップのマーカーも白い点のまま。つまり、“今この瞬間”はまだ明確な敵対行動を起こしていない。
とにかく、こいつはあのエロ村長と同じ穴の狢、あるいは裏で繋がっているグループの人間だ。正直、俺が命懸けで狩ってきた貴重な素材をこんなクズに売りたくはねえ。
でも、シャドウウルフの皮が詰まったカバンはパンパンに膨らんでおり、客観的に見て“皮を売りに来た”のは見え見えだ。そのまま帰る方が怪しまれる。皮一枚くらいは情報料として犠牲にするしかない。
「それで、何か俺たちの目を引くような、いいものがあるのかい?」
「はい、こちらでございます」
俺はカバンの中に手を入れ、見られたらマズいハチミツはストレージに戻し、シャドウウルフの皮だけを引っ張り出した。
「はい、これです」
「ほう……これはなかなか……うん……!」
トーマス……いや、偽名ヤークは皮を両手で受け取り、虫眼鏡を取り出して隅々まで熱心に確認している。
「この見事なシャドウウルフを仕留めたのは、一体誰ですか?」
「お父さんの友人の方ですわ」
「そのご友人のお名前を、参考までに伺ってもいいかね?」
「申し訳ございません、ワタシもそこまでは存じ上げないのです」
「そうですか、それは残念だ。しかしこの皮は滅多に拝めないほど最高の状態だね。約束通り、高く買い取らせてもらうよ。そうだね……ふむふむ。14000Gではいかがかな?」
ピコン。
その瞬間、視界のミニマップにいるヤークの白い点が、鮮やかな『赤色』へと塗り替わった。
皮を一枚見せただけで敵対フラグが立っただと?! ヤバい、完全に目を付けられた!
「おお! 誠にありがとうございます! ヤーク様!」
俺は内心の戦慄を完璧に隠し、上品な笑みを崩さない。ヤークは従者のへクターに顎で命じて、金を持ってこさせた。テーブルに置かれた金袋の上には、確かに「14000G」と表示されている。ニセ金ではない、本物の通貨だ。
一応、確認するフリをして金を数えてからカバンに仕舞う。もちろん金はストレージには入らない。ストレージに入った金はただのデータ数字の表記になってしまうため、現物としての金だけは絶対にストレージに入れてはいけない。
ヤークは満足そうは笑ってしまった。
「ハハッ! もしそのお父さんの友人が、またこんないい皮を持ってきたら、ぜひ俺に残しておいてくれよ。俺はしばらくこの村に滞在するから、他にもいい物があれば、いつでも持ってきてくれ」
俺は完璧な営業スマイルを浮かべ、淑やかにこう返事をした。
「ええ、もちろんでございますわ。では、ワタシもまだ私用が残っておりますので、これにて失礼いたします。この度は誠にありがとうございました」
椅子から立ち上がり、淑女の一礼をする。
ヤークも笑顔で立ち上がり、分厚い右手を差し出してきた。握手を求めるポーズだ。正直、この汚い手と握手なんて虫唾が走る。でも、ここで拒絶する方が余計な不審を招いて危険だ。仕方なく、そっと彼の手を握った。
宿屋の扉を出て、ミニマップを見て背後の動向を確認しながら、あえてセリーナの家とは真逆の方向――市場の雑踏の方向へ向かって歩く。
現在のゲーム内時間は午前10時。今の市場は、おそらく一日で一番人が多くな時間帯だ。人混みの陰の、死角になる角を曲がったその瞬間、俺は転移した。
光の粒子と共に、一瞬でセリーナの家の中に戻る。
すぐに家の窓と扉の閂をすべて閉じ、念のため防犯と戦闘準備として、最高レアの星月ドレスセット一式に一括換装する。よし、これで不意打ちの物理攻撃が来ても防御力的に何が来ても無傷で防げるだろう。やっぱり全身UR装備の圧倒的ステータスが一番安心できる。
ホッと一息ついて落ち着いたところで、視界の左下で通知が点滅し続けていた、溜まりに溜まったセリーナのチャットログを確認する。
セリーナ:え?!え?!いつの間に家に戻ったんですか?!
セリーナ:先ほどはまだ市場の近くの角にいるはずなのに。
セリーナ:もしかして、これも精霊さんの不思議な力なんですか?!
セリーナ:きゃっ!この服は昨日の派手なドレス!いつの間に着替えたんですか?!
セリーナ:この服はやっぱり精霊さんのものなんですか?
セリーナ:……あの、精霊さん。すみませんが、そろそろ何が起きてるのか説明してもらえませんか?
怒涛のログに苦笑しつつ、声を出す。
「あ、はい、ごめんなさいね。驚かせてしまいました」
セリーナ:良かったです。もしかして、もう私の声が精霊さんに聞こえなくなったのかと思って不安でした。
「いいえ、先ほどはちょっと……状況が非常に危なかったので、お返事ができなかったのですよ」
セリーナ:もしかして……ヤークさんですか?
「はい、その通りです。人の頭の上に名前が表示されていたでしょう? あれが彼の本名……【トーマス・ヘストン】。つまり、ヤークというのは偽名です」
セリーナ:そう……ですか。偽名を使っていた商人さん……。
「彼は商人であることは間違いないですが、その本質は……『奴隷商人』です」
セリーナ:え?奴隷商人?!
セリーナ:もしかして、この平和な村に犯罪者が紛れ込んでいるということですか?
「この国では、奴隷制度というのは普通に存在しているのかしら?」
セリーナ:はい。国が捕まった犯罪者には手には魔法の奴隷印が現れ、奴隷として売られるんです。
セリーナ:私も以前、お母さんから聞いたことがあるだけで、
セリーナ:実際に本物の奴隷を見たことはありません。
なるほど、このゲームの公式世界観では「奴隷=犯罪者の公的な刑罰」という設定か。でも、裏社会の奴隷商人がこのタイミングでこんな辺境の村に滞在しているとなると……確証はないが、あのエロ村長がここ数日以内に、セリーナをハメるために何かしらの汚い動きを見せる予定なのは間違いない。
ただ、この前に見たクエスト攻略動画の中のセリーナは、かなり長い期間、村長に監禁されていたと言っていた。俺が昨日先回りで動いたことで、シナリオの展開に何かしらの変化や前倒しが起きている可能性もある。でも、少なくとも今はまだ、ゲームの本編シナリオが本格的に始まる前の平和な時間帯だと考えていいだろう。
たとえ奴隷商人がこの国において“公的に認められた職業”だとしても、あのトーマスは誠実な商人では断じてない。わざわざ偽名を使い、自分を行商人だと偽っている。制度上は正当な職業のフリをして、彼のような裏社会の人間は、明らかに無実の平民を借金漬けにして攫い、不法に奴隷に仕立て上げるタイプだ。
それに、“彼にとっての適正価格”というもっともらしい名目で、シャドウウルフの皮をかなり安く買い叩かれた。
さっきのシャドウウルフの皮、俺のシステム上の表示の買取価格は「2420G」だった。
俺が今までやってきた数々のネトゲでは、アイテムのステータス画面に表示されている買取価格は、本来の価値の10分の1になっていることが多い。
つまり、システム上の表示価格が2420Gなら、市場での高額買取における『適正価格』は、その10倍にあたる24200Gあたりだと予想していた。それに、セリーナの話では「傷もなし」「剥ぎ取りも完璧」という最高品質のドロップ素材と言っていたから、この世界ならさらに高値で取引されてもおかしくない。
しかし、あのヒゲ親父は14000Gで買い取った。まあ、商人として安く仕入れて利益を出すのは当然かもしれないが……将来、セリーナを借金奴隷として買い取る悪党がこいつだと知っている俺にとって、どうしてもあの男は信頼できない。
ここで大きな問題が発生した。
大金を短期間で安全に稼いで借金を速攻で返す計画を実行するには、このガンド村の規模では、あのヤーク以外に、俺が持っているシャドウウルフの皮やハチミツを全部買い取れるほどの資金力を持った商人は存在しないのだ。どうしようかなぁ……。
セリーナ:精霊さん、ごめんなさい。私は他にもどうしても聞きたいことがあるのですが。
「構いませんよ。何が知りたいのかしら?」
セリーナ:どうして人の本当の名前が見えるんですか?
セリーナ:それと、先ほども聞きましたが……
セリーナ:ヤークさんに会う前に、あの半透明の四角い空中にあるものを押すと、
セリーナ:ハチミツがポンと出てきましたよね?
「あ~……そうですね。名前が見える力は“ワタシの真実の目”の魔法として考えてもらっていいですよ。それと、あの半透明の箱も同じです。神様からワタシに与えられた特別な権能なのです」
セリーナ:か、神様が直々に与えられた力ですか?!
「ええ。セリーナ自身がこれを使えるかどうかはわかりませんが、ワタシがログインしていない……コホン、ワタシが傍にいない時は、頭の中で強く“これを出して”と念じてみてくださいね。」
セリーナ:そ、そんな……神様の力なんて、私には恐れ多いです……!
「ふふ、あまり気負わなくて大丈夫ですよ。ではセリーナ、話を戻しますが――あのヤークという男は非常に危険な奴隷商人です。現状の不自然な状況を鑑みると、彼の真の狙いが……あなたである可能性も、決して低くはありません」
セリーナ:え?!ど、どうして私なんかを……?
「セリーナの家は、村長に多額の借金がありますよね。もし、何かしらの原因で、急に返済不能になったらどうなるかしら?」
セリーナ:………私、もしかして……借金奴隷に売られちゃう……?!
セリーナ:で、でもそんなはずないです!
セリーナ:今朝、服を売ったお金も3万Gありますし、今月分の返済は絶対にできます!
セリーナ:あっ……そういえば……精霊さんからいただいたあの不思議な服を売れていなかったら、
セリーナ:確かに今月分の返済は完全に間に合っていませんでした……。
「毎月の返済額は、一体どれくらいなのかしら?」
セリーナ:毎月20000Gです。
「そうですか……セリーナ、その次の返済日はいつですか?」
セリーナ:次の土曜日です。だ、大丈夫でしょうか、精霊さん……。
ビンゴだ。話が繋がりすぎていて寒気がする。もしかしてエロ村長は、本当に来週の土曜日の返済日に合わせて、セリーナに無理難題を突きつけて自宅の地下室に閉じ込め、遊びあきたらヤークに売り飛ばすつもりだったのか。
一応、俺が昨夜作った装備を売ったことで今月分は何とかなる手筈だが……もし俺の予想通り、奴らが急に「利子が元本以上に残っている」などと理不尽な話をその場で持ち出してきたら、村娘一人の力では抵抗できない。
だが、今はこうしてセリーナとリアルタイムで会話ができるようになった。これなら、森の移動の途中であっても、彼女に状況を説明してリアル側の都合でログアウトすることが可能だ。
画面の右上を確認すると、ゲーム内時間はまだ午前中。今日丸一日、このUR装備のステータスのスピードで森を全力で走り抜ければ、夜が来る前には確実に最寄りのまともな街に着けるはずだ。
いや、行くんだ。グズグズしている暇はない。できれば早めにあの一味の手が届かない場所に、確実な退路と換金ルートを確保しておくべきだ。
「セリーナ。この村の中で、ワタシが持っているハチミツを正当な価格で買い取れる人は、あのヤーク以外には誰もいませんよね?」
セリーナ:は、はい……いないと思います。
「もし、この危険な村から離れて、別の大きな街に引っ越すことは大丈夫ですか?」
セリーナ:え? まだ急なことでわからないことが多いですが……
セリーナ:できれば、私はこの家から離れたくないです。
セリーナ:この古い家には、お父さんとお母さんとの大切な思い出がたくさん残っているんです……。
セリーナ:でも……もしここに残るのが本当に命の危険があるなら、
セリーナ:精霊さんの言う通り、別の街に引っ越すしかないですよね……。
セリーナ:でも、私、引っ越しのお金なんて持っていませんよ?
「そうですか。あなたの気持ちはわかりました。では今日は、他の大きな街に行って、ワタシの素材を高値で安全に換金することを最優先にしましょう」
セリーナ:ここから最寄りの大きな街で……バールヴィレッジですか?
セリーナ:臨時の馬車を使っても丸2日はかかりますよ?!
「ふふ、大丈夫ですよ。すでに昨晩のうちに、ワタシが道中の半分まで進めてありますから」
セリーナ:ええっ?!
俺はニヤリと笑うと、システムメニューから昨日苦労して開放した転送ポイント〈ナイジェリアの森の内側3〉を選択し、転移した。




