59 力が欲しいか?
司教のマティルダ様を救い、大聖堂を脱出した俺たちは翠夢の森の小屋に戻った。
マティルダ様が一緒だと、転移したら彼女が残ってしまう……? まぁ、抜け道があるんだ。
大聖堂を出て、俺はすぐに横に回り、木の小屋型の臨時拠点を設置。マティルダ様を中に入れ、セリーナの家に転移、繋がる扉を設置したら、マティルダ様をセリーナの家に迎え、最後は普通に翠夢の森の小屋と繋いだ扉に入れば終わり。
少し勿体ないが、俺は王都に設置した臨時拠点から出て、その拠点を壊した。頑張って集めた木材200個、さよなら……。最後、普通に小屋に転移すれば完全犯……コホン、パーティーを組んでいないNPCを一瞬で王都から脱出可能になる。
翠夢の森の小屋に戻り、心配そうな顔でテーブルの前に待っていたシルヴィアが、扉から入ってきたマティルダ様を見て、すぐに涙目で抱きついた。
「マティルダ様!! 無事でよかった!!」
「シルヴィア!! シルヴィアこそ、無事で何よりだ。」
マティルダ様もシルヴィアの頭を優しく撫で、感動の再会シーンになった。
そんな感動的な場面を無視して、妖精の女王様はこっちに飛んできて、面白そうな顔で話を求める。
『精霊殿、その面白そうな救出作戦とやらを妾に話してくれないか?』
「もちろんです、女王様。」
未だに抱き合っているシルヴィアたちを呼び、二人を救ったこの緊急クエストのことを大まかに説明した。
ついでに俺とタピオカくんが精霊として軽くマティルダ様に伝える。マティルダ様とシルヴィアは、自分たちが本当に神様に助けられたと聞いて、すぐに感謝の祈りを捧げた。まぁ、俺たちにクエストを出した神様は例の巫女さんだが、彼女たちが信奉する女神エリシア様とは同一人物かどうかはわからない。ここはツッコまないようにしよう。
みんなでテーブルに座り、救出作戦の説明が終わった頃、もう夜の10時になっていた。チャット欄もいつの間にか静かになり、セリーナとサクラリアは知らないうちに眠りについていた。女王様はタピオカくんの隣で満足げな顔でコーヒーを飲んでいる……どうやら今日は完全にここに泊まる気だ。まぁ、いつものことだ。
この世界ではこの時間、普通ならもう寝る時間だが、でもまだ話していないことがある。俺はシルヴィアたちにコーヒーを淹れ、咳払いして切り出した。
「コホン、ではマティルダ様、シルヴィアさん。本題を話しても大丈夫でしょうか?」
「はい!」
「どうぞ、精霊様。」
真っ先に確認したいのはシルヴィアの状態だ。彼女の〈封印〉は未だに解除できていない。一体誰が彼女を封印したのか?
「マティルダ様、シルヴィアさんは今封印されていますが、心当たりはありませんか?」
「封印?!」
マティルダ様の反応を見て、本当に知らなかったらしい。当然、シルヴィア本人も知らなかった。
「その反応、お二人とも知らなかったようですね。」
「ええ、もしかして、またヴァルターか……。シルヴィア、ヴァルターに何か儀式を受けたことはあるのか?」
「よくわからないですが、二年前捕まった時、ヴァルター様に頭を触れられたことがあります。その後目が覚めたら、もう王城の地下牢の中でした。」
「あの時が、それとももっと前が……。」
タピオカくんがチャット欄で俺に質問してきた。
タピオカ:豆腐くん、封印って、ゲーム内にない異常状態ですよね。
飛べる豆腐:そうだ。昨晩一応〈万能薬〉を飲ませたが、効果がない。
タピオカ:でも一体何を封印したのか……?
俺とタピオカくんがチャットで会話している間、女王様は困惑したシルヴィアたちに話しかけた。
『マティルダよ、聖杖をシルヴィアに触れさせてみよ。妾が知る聖杖に変わりなければ、聖女が杖を手に入れると浄化の力は発揮できるはず。』
「……。」
『精霊殿、エルフのランタンを出してくれぬか?』
「わかりました、女王様。」
俺もエルフのランタンの隠された効果——人間も妖精が見えるようになることを忘れていた。ストレージからランタンを出し、改めてマティルダ様に妖精の女王様とサクラリア(タピオカ入り)を紹介して、話を続けた。
マティルダ様は申し訳なさそうに女王様に頭を下げた。
「申し訳ございません、妖精の女王様。実は聖杖は二年前、誰かに壊されました。当時わたしはその残骸を裏で隠すしかできませんでした。」
『なんと! あの聖杖を壊せるほどの実力者がいるのか?! いや……あの魔剣が……』
そっか。聖杖の残骸をあの宝物庫に隠したのはマティルダ様だったのか。それに女王様が言っていた魔剣……多分ゲーム内の闇属性系のURランクの剣だな。確かに同じUR武器なら、この世界では聖杖を破壊できるだろう。
俺は再びチャットでタピオカくんと話した。
飛べる豆腐:タピオカくん、キーアイテムの聖杖……普通に出す? それとも偉そうに出します?
タピオカ:当然偉そうに出しますよ。女王様の驚いた顔も見たいし。
飛べる豆腐:お前は悪いのおぅ……
タピオカ:いやいや、おぬしほどではないわ、クックック……
一応俺は「アリス」というキャラ作りがあるので、この大事な役目をタピオカくんに任せた。
タピオカくんはゆっくりとシルヴィアの前に飛び、両手を広げ、真剣な表情で語り始めた。
『シルヴィア……話していた通り、あなたは古の“封印の聖女”です。』
「えっと、私はただの普通のシスターですが……実は何かの間違いではないでしょうか? タピオカ様。」
元囚人に「あなたは救世主です」と言われても、信じられないのも無理はない。しかし、タピオカくんは淡々と続けた。
『元々、力が目覚めたあなたは、1000年に一度邪竜の封印を修復するために、聖女として聖王国の大聖堂下の封印の場で封印修復の術式を進めていたはずです。』
「……」
『しかし、何者かが事前にあなたが聖女だと知り、あなたを排除しようとしました。その結果、あなたは正式に聖女にならず、冤罪に嵌められ、地下牢に閉じ込められた。マティルダ様も、聖女かもしれないあなたをかばうために、殺されそうになったのです。あなたの運命は、その何者……いや、邪竜復活組織「奈落の七印」によって、歪められたのです。』
「奈落の七印」という名前を聞いた瞬間、シルヴィアとマティルダ様が同時に反応した。この世界では有名な悪な組織だからな。
『シルヴィア……歪んだ運命に抗い、あなた自身の本当の使命を受け入れ、世界と大切な人たちを守る力を、欲しいか?』
「……」
事実上、彼女とマティルダ様は誰かに狙われているのは本当のこと。それに、神様が出した緊急クエストに救われたのも本当のこと。今さら「自分は聖女ではない」と自分自身を騙し続けるのはできないと、わかっているはずだ。
シルヴィアは隣に座るマティルダ様を見て、深呼吸をした。当然、マティルダ様は「自分の運命は自分で選びなさい」という優しい目で、シルヴィアに微笑んだ。最初は固く「自分は聖女ではない」と信じきれないシルヴィアだったが、タピオカくんの話を聞き、自分を騙すことを諦め、覚悟を決めたようだ。
「……欲しい……です。……でも聖杖はもう……。」
タピオカくんはもう一度、静かに訊ねた。
『力が欲しいか?』
そんなシルヴィアは、決意のこもった目で、力を込めて返事した。
「欲しい! 私に力をください!」
『いいでしょう。精霊くん。』
俺は立ち上がり、テーブルの横に立った。
「シルヴィア、前へ……。」
シルヴィアはまるで打ち合わせていたかのように、俺の前に両膝をつき、胸の前で両手を合わせるように差し出した。
ご、ごめん……できれば神々しく聖杖を出したいが、そんな方法はない。だから、俺は普通にストレージから聖杖を取り出した。銀白の杖身の先端に金色の結晶が輝き、その周囲には白い翼が広がっていた。翼は淡い光を受けて煌めき、明らかに神聖なものだと誰の目にもわかる。以前の聖杖に似た、新しい聖杖が現れた!
『ほぅ……。』
「精霊様! これもしや!!」
マティルダ様は驚愕した。まぁ、壊れた聖杖が急に目の前に現れたのだから当然だ。女王様は意外とあまり驚いていなかった……残念。
【UR 聖杖セラフィナの杖】
武器効果:
—光属性魔法の使用時MP半減
—邪竜特攻200%
—光魔法使用時、味方全体のHPを小回復
—戦闘開始時に「聖なる光輪」が発動し、味方全体の攻防を小幅上昇
—聖なる祈り使用可能(敵全体に光属性大ダメージ+味方全体回復)
—シルヴィア専用
このゲーム内でも未実装のUR武器は、見た通り効果盛り盛りで明らかに人権……いや、チート武器だ。残念だが、NPCのシルヴィア専用なので、セリーナには装備できない。
「聖女シルヴィアよ、これを受け取ってください。」
俺は聖杖を両手でシルヴィアに渡した。彼女は祈りの姿勢で両手を差し伸べたまま、それを受け取った。
シルヴィアが聖杖を受け止めた瞬間、淡い光が彼女を包み込み、彼女の純白の髪がゆっくりと銀の輝きへと染まっていく。彼女はすぐに立ち上がり、自分の身体を見下ろした。俺の隣にいる女王様は「やっぱりそう展開するのか」というような様子で微笑んだまま、コーヒーを一口を飲む。
そしてマティルダ様はあまりにも感動に、涙が溢れ出し、シルヴィアに跪いて祈りを捧げた。
「おお! やっぱり、シルヴィアは聖女でした! 女神エリシア様に感謝を!!」
「マティルダ様! おやめてください! あなたがいなければ、私はすでに飢えて死んでいましたよ。」
え? これは初耳だが……そんなことより、俺とタピオカくんは目の前に表示されたシステム通知の方に驚いていた。
【聖女シルヴィアが仲間に加入しました。】
【聖女シルヴィアが育成可能になりました。】
俺たちはお互いに目を見合わせて……すぐにチャットで話し合った。
タピオカ:うわ!! 豆腐くん! 豆腐くん! まさか正式に加入するとは思わなかったわ!!
飛べる豆腐:リアルのゲームでもまだ聖女の育成は解放されてないのに、これは隠しクエスト解放か?
タピオカ:クエストで装備作れってなったから、何となくそう来ると思ってたけど。
飛べる豆腐:まぁ、元々レベル低かった彼女を、
飛べる豆腐:死なない程度にレベリングするつもりだったから、予定とあんまり変わらないけどな。
タピオカ:そうよね。折角救い出したのに、すぐに殺されるのは勘弁だわ。
飛べる豆腐:彼女の封印状態は?
俺たちはシルヴィアの頭の上に表示された名前の横を確認した。封印のアイコンはちゃんと消えていた。
飛べる豆腐:よかった、ちゃんと解除できた。
タピオカ:ホントね、よかったよ……。
飛べる豆腐:そういえば、確か育成可能なNPCキャラはパーティー組めるよね。
タピオカ:そうそう! 彼女とパーティー組めるか試してみる?
飛べる豆腐:わかった。
メニューを開き、編成ページでシルヴィアを選択。意外にも簡単にパーティーに追加できた。これで彼女の詳しいステータスも確認可能になった。
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【名前:シルヴィア】
レベル 3
・武器:UR 聖杖セラフィナの杖
・頭:なし
・体:N ホワイトグレイス
・手:なし
・足:N ホームサンダル
・アクセサリー1:なし
・アクセサリー2:なし
・アタッチメント:なし
・インナー:N ピュアホワイトパンツ
─魔法レベル14
─料理レベル18
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魔法レベルが意外と高いな。シスターだから、毎日回復魔法を使っていたからか……?
ここでタピオカくんが再びチャットで話しかけてきた。
タピオカ:豆腐くん、早くこの流れで聖衣を渡しなさい。
タピオカ:この感動シーンが終わったあとで「ごめん、実はまだ渡したいものがあるんだ」って言うと、タピオカ:いいシーンが台無しよ。
飛べる豆腐:はいはい。
シルヴィアはマティルダ様を立たせ、マティルダ様は彼女の絹のような綺麗な銀髪を見つめている最中だった。俺は咳払いをして、本題に入った。
「コホン。聖女シルヴィア。」
「あ、はい!」
「これもあなたに授けましょう。」
俺はメニュー内のシルヴィアの装備ページで、キーアイテム〈UR 聖衣インノケンティア〉を彼女に装備させた。
【UR 聖衣インノケンティア】
装備効果:
─MP自動回復(中)
─闇魔法以外の属性耐性20%アップ
─回復魔法使用時、自身の異常状態を1つ解除
─すべての異常状態耐性20アップ
─シルヴィア専用
シルヴィアが身につけていたワンピースが一瞬で聖衣に切り替わった。白と金を基調とした荘厳な聖衣は、修道服のように長いフードとヴェールを備えていた。胸元は大きく開かれ、二つのたわわな膨らみの間に小さな金色の女神エリシア教の紋章が神々しく輝いている。裾には深いスリットが走り、聖女シルヴィアの美しい身体のラインを際立たせていた。
タピオカ:豆腐くん! この白いニーソー付きの靴と聖女っぽい手袋も装備させて!
飛べる豆腐:ラジャー!
俺はすぐにタピオカくんが選んだニーソー付きの靴と聖女っぽい手袋をシルヴィアに装備した。
飛べる豆腐:タピオカくん! アタッチメントの日輪の環も付けよう!!
タピオカ:いいね!!
こんな感じで、最後に彼女の後ろには聖女の証のような優しい白い光輪が浮かび上がった。その日輪は静かに輝き、周りの人たちの目には女神エリシアの祝福を示す聖女の証として映った…だと思う。
シルヴィアは謎の力で急に着替えさせられたため、戸惑っていたが……段々落ち着いて、身についた聖衣と後ろの日輪を確認していた。
「これは……」
「伝説の聖衣インノケンティア!! ……どうして……いいえ、女神エリシア様に感謝いたします!!」
立ち上がったマティルダ様はその神々しい聖女姿を見て、再び彼女の前に跪き、祈りを捧げた。その代わりに女王様は好奇心満々で、シルヴィアの後ろに浮かぶ白い日輪を触っていた。
そして、俺たちは表向きはすごく冷静な顔をしていたが……チャット欄は大荒れだった。
タピオカ:うわ!! やべぇ!! かわいい!! リアルの聖女シルヴィアだ!!
タピオカ:声も私の好きな声優さんだし!!
タピオカ:完璧!! 尊い!! 少し痩せたかと思ったけど、女神級の美女だわ!!
飛べる豆腐:俺もその声優さん好きよ……そして……うつくしい。我が生涯に一片の悔い無し!
飛べる豆腐:俺達の目で見たのはアニメ調でホントによかった。(´;ω;`)
タピオカ:やばい、抱きしめたくなる!!
飛べる豆腐:もう他の言葉が出てこないわ。
俺たちの心は高ぶりまくっていた。当然だ。目の前にアニメ調の人気キャラがリアルに立ってるんだからな。
しばらくして、みんなが色んな意味で冷静になった頃、シルヴィアは部屋に戻って着替え、元のワンピース姿に戻った。女王様はどうやらもう面白いことはないと感じ、飽きたように寝室へ戻り、彼女専用のベッドで眠りについた。
夜も遅いし、ささっと残りの二人に今後のことを話そう。シルヴィアたちが救われた意味は、恐らく未来に何か起きる前触れだと思う。シルヴィアたちは強くなるまで、しばらくここに預ける。彼女はパーティー組めるようになったから、転移でいつもの遺跡ダンジョンでレベリングするつもりだ。
マティルダ様については、先ほど大司教の執務室で回収した証拠を彼女に見せた。彼女は軽く目を通しただけで、大司教の悪事を山ほど発見したらしい。そのため、これらを聖王国とこの国の王に報告するため、マティルダ様は大司教の罪をまとめる作業に入る予定だ。
話し合いが終わった時点で、もう11時になっていた。今日は〈覇者の塔〉を周回する時間はない。それに、俺は昨日徹夜だから、眠気は淡々と襲ってくる。シルヴィアに今後のことをセリーナたちに説明してと託し、俺とタピオカくんも一緒にログアウトした。
リアルに戻り、俺は今日帰宅後すぐにセレアグの世界に入ったため、まだスーツ姿のままだった。すぐにお風呂に入って着替え、腹が少し減った。やっぱり夕飯はカップ麺一つだけじゃ足りないので、もう一個カップ麺を食べ始めた。
その時、スマホから通話が来た。タピオカくんだ。
「もしもし、どうした?」
『あ、豆腐くん、先ほどお疲れ様。君もカップ麺?』
「ああ、先ほどお風呂入った時腹減ったから、今もう一個食べてるとこ。」
『まぁ、私と同じだわ。』
ここで俺は思いついたことを彼女に話した。
「どうやらもうすぐ開催される武闘祭は、ホントに何か起きそうだな。」
『セリーナの話によると、来週から予選で、再来週は本戦らしいよ。』
「二週間以内にシルヴィアを戦えるレベルまで育成しろ……か。」
『まさか主人公が出番する前に、今回の武闘祭で邪竜の魂を……って言うのやめておくわ。ガチでフラグが立てそうな気がする。』
「もう遅い、もうとっくに立てたよ。」
『まぁ、向こうは聖女の誕生を阻止するため、聖杖を壊したもんよね。』
「奈落の七印側は俺たちと同じくプレイヤーがいるな。」
『これしかないでしょう。』
「二年前に聖杖を破壊、聖女を監禁、それと大司教の失脚。セレアグがリリース初日でこの世界に入ったんだな。」
『アリスのことはプレイヤーだってすぐに見抜けたそう。』
「今後の行動もさらに気をつけたほうがいいかも。」
『セリーナはアリスなことは絶対にバレないようにしないと。』
「それな。俺たちの目的はあくまでセリーナを安全にエドガー伯爵に会いに行くだけだからな。クエストが出たら一応やるけど、無理はしない。」
『はぁ……覇者の塔を登るのはしばらく中止だね。新人経験値バフなしの状態でシルヴィアを、少なくともレベル40にしたい。』
「シルヴィアは大変だな。これから二週間、毎晩焼き鳥丼を食べないといけないんだな。」
『考えるだけで吐きそうだわ。』
しばらく世間話をしたあと、通話を切り、俺は眠りについた。




