54 迷宮都市の裏の女帝?
翌日は土曜日。精霊さんたちは朝からログインして〈覇者の塔〉を周回していた。
土日の二日間ずっと塔に籠もり、ついにタピオカさんが欲しがっていた〈雷鳴の羽弓〉を手に入れた。
『よっしゃー!!!やっと出た!!!こんなに早く出るとは思わなかったわよ~!』
「おめでとうございます。」
『すぐに取り出しますね。わくわく~!』
タピオカさんが取り出した〈雷鳴の羽弓〉は、見ただけでもすごい弓だった。両端には羽根のような装飾があり、黒と銀を基調に、稲妻のような淡い青白い光が走っている。だがその光は触れることもできず、魔力の気配も感じられない、不思議なものだった。
タピオカさんが壁に向けて試しに魔法矢を放つと、矢は針のように、青白い残光を残しながら飛び、闘技場エリアの壁に穴を開けた。
『すごい……弾速が速いし、命中精度も高い。まるでビームを撃ったみたい。』
「そうですね。妖精サイズだからビームも細い糸のようですが、攻撃力は高そうですね。」
『ねぇ!完凸したらもっとすごいんじゃない?』
「そうだと思います。41~50階層に挑むのはもう少しレベルを上げてからの方が安全です。このまま31~40階層を周回しましょう。」
『精霊くん、私のこと分かってるね~!サクラリア、この弓はあなたのものよ。これで魔法とマナショット以外の攻撃方法も持てるわ。』
サクラリア:これは……わたくしの弓……。
反応が薄いサクラリアを見て、タピオカさんがすぐに尋ねた。
『あら、どうしたの?弓は嫌?』
サクラリア:いいえ。ただ、お母様は片手剣を使っていらしたと聞きましたから……。
『あ~そういうこと。大丈夫よ。精霊くんの得意武器も片手剣だし、いいものが作れたらあなたの分も作るわ。』
「ええ、そうですよ。それに弓だけでは危ないですから、もともとサクラリアにも接近武器を作る予定です。」
サクラリア:ありがとうございます。ふふっ、これでお母様と一緒に片手剣の練習ができますわ。
サクラリア:そういえば、セリーナも短剣と杖、二つの武器を持っていますわね。
話題が急に私へ向いた。
セリーナ:え?まぁ、そうですね。私は精霊さんのように接近戦は得意ではないので、
セリーナ:魔法をメインにしたいんです。今では一応、短剣も使えますけど。
サクラリア:おお!セリーナすごい!わたくしも負けられませんわ。
サクラリア:タピオカ様、弓の使い方を教えていただけませんか?
『もちろんよ!今から私のことを師匠と呼んで!』
サクラリア:はい!師匠!
その様子を見て、精霊さんは苦笑した。
「あははっ……この二人、大丈夫でしょうか。」
セリーナ:はぁ~……最近のサクラリアは、だんだんタピオカさんに似てきた気がします。
「ワタシもそう思います。」
こうして〈雷鳴の羽弓〉を手に入れたタピオカさんは、まるで鬼に金棒。周回速度はさらに速くなった。
土日はそんなふうにずっと塔に籠もり、周回を続けた。
周回といっても、まるでピクニックのような雰囲気。精霊さんはあの強い短剣をもう使わず、他の武器のスキルを上げるために、わざと別の武器で戦っていた。
そして、再び平日がやってきた。
今日から私はカフェを再開。午前中にケーキを仕込み、午後二時に店を開けた。
「えっと……一体何があったんでしょう?」
開店して間もなく、商業ギルドの職員四人が来店し、すぐに注文を始めた。
「店主!この値段、本当に間違いないですよね!」
「あ、はい!間違いありません!」
「では、こちらの四種類を一つずつください!」
横にいた職員もすぐに口を挟む。
「あたしも四種類を一つずつお願いします!」
すると、少し遅れた、後ろに並んでいた冒険者ギルドの受付嬢たちが声を上げた。
「ちょっと!買い占めるつもり?看板に“毎日二十個限定”って書いてあるでしょ。二人だけで四種類ずつ頼んだら、もう半分なくなるじゃない!」
「速い者勝ちですわよ!」
――ま、待ってください!これはレオンさんの宣伝のおかげだと思うけれど……その様子を見る限り、商業ギルドと冒険者ギルドは仲が悪いのかも?
「えっと、申し訳ございません。数量限定のため、一人につき一種類でお願いいたします。」
しかし私の言葉はまるで届かず、両ギルドの職員たちは言い合いを始め、どんどん盛り上がっていった。
隣で飛んでいたサクラリアが私に囁く。
『あらあら、ホントにタピオカ様の言う通りのことが起きましたわね。セリーナ、プランBですよ。』
「はぁ……そうみたいですね。タピオカさんの冗談だと思っていたのに、まさか本当に実現するなんて。」
私は絶対零度のロッドを手に取り、杖の先にアブソリュートゼロビームを放つための魔力を溜め始めた。もちろん発射するつもりはない。タピオカさんの言う通りなら、この姿を見せるだけで普通の人はすぐに黙るはずだ。
案の定、喧嘩していた両ギルドの職員たちは冷たい空気を感じたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。私は笑顔を浮かべながら、もう一度告げる。
「お客様、改めてお伝えいたします。数量限定のため、一人につき一種類でお願いいたします。……商売の邪魔をするなら容赦はしませんよ。ふふっ。」
「「ひ、ひぃ!!も、申し訳ございませんでした!」」
ただ魔力を溜めただけなのに、そんなに怖かったの?……まあいいか。喧嘩が収まったのは何よりだ。
こうして左の四人テーブルには冒険者ギルドの受付嬢、右の四人テーブルには商業ギルドの女性職員たちが座り、皆おとなしくケーキを食べていた。めでたしめでたし。
カウンターの中で、私はサクラリアに尋ねた。
「ねぇ、サクラリア。私ってそんなに怖かった?」
『いいえ、わたくしは可愛いと思いましたわ。』
「ありがとう。」
『でもホントにタピオカ様の言う通り、女性は甘いものへの執念がすごいですわね。』
「まあ、私たちもそうですけど。」
『そうですね。でもケーキを売る店なのに、わたくしたち自身もおやつを週に一度しか食べられないのは……どうしてでしょう。』
「タピオカ様の話では、食べすぎると太るからだそうです。」
『その“太る”という意味はまだよく分かりませんが……でもお母様も“太る”と聞いた途端、すぐにプリンから手を引きましたわ。』
「あら、女王様も気にしているの?」
『はい。昨晩、お母様も自ら“おやつは週に一個”と決められました。理由を聞かれても、健康のためとしか言えませんけれど。』
「毎日食べると飽きやすいですしね。女王様と一緒に週一回で我慢しましょう。」
『そうですわね。わたくしも我慢します。』
砂糖は精霊さんの謎の畑から毎日収穫できるけれど、やっぱり高価なもの。私も週に一個だけでちょうどいいと思う。毎日食べると……金の無駄遣いをしているような感覚に襲われる。貧乏性はすぐには直せないものね。とほほ……。
その後も、商業ギルドの女性職員が一人二人ずつ、冒険者ギルドの受付嬢も交代で来店し、次々とケーキを注文していった。午後四時には、限定二十個のケーキがすべて売り切れた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています。」
「美味しかったわ。また来るわね。」
すごい。本当に完売できるなんて思わなかった。今日はもう閉店だ。私はカウンターの中で楽しく金を数えていると、外から男の声が聞こえた。
「よう!セリーナ!」
声の主はレオンさん。そして隣には、この前馬車を護衛した獣人のヴァルクさんもいた。二人の格好を見ると、まだダンジョン帰りのようだ。
「ヴァルクもセリーナの店に興味があって、ケーキを食べに来たんだ。」
「あ~ごめんなさい。今日はもう売り切れちゃいました。」
「え?もう?!はや……」
ヴァルクさんは笑いながら肩をすくめた。
「いいって、気にするな。」
話を聞くと、ヴァルクさんはこっちでの仕事が急にキャンセルになり、明日からはバールヴィレッジに戻るらしい。知り合いでもあるし、私は試作品のオリジナルケーキ第一号を彼に出してみた。
ケーキの感想を聞きながら、自然と二人とダンジョンでの出来事を語り合う。レオンさんの宣伝のおかげで今日はこんなに早く完売できたから、そのお礼も兼ねて、私は彼らの分の夕食を作り、一緒に食べることにした。
あれから一週間が経ち、季節は段々涼しくなり、もう十月に入った。今月中旬から武闘祭の予選が始まり、月末には本戦が行われる。そのため、この迷宮都市には人が増え始めていた。
当然のように、女一人で営むカフェはならず者の格好の的になった。先日、ついに彼らが現れた。
「金を出せ!」
「店より俺らと遊ぼうぜ!」
まるで小説で読んだことのある定番のセリフを吐きながら、三人のならず者がカフェに乱入してきた。客がケーキを食べている最中に、テーブルを蹴り飛ばそうとしたが、動きが遅すぎ。私はトレーでその足を叩き、反撃した。
当然、ならず者たちはすぐに剣を抜いたが、私はトレーでその攻撃をバリィして、その反動で彼らを店の外へ吹き飛ばした。
地面から起き上がろうとした瞬間、サクラリアが〈雷鳴の羽弓〉を放った。青白い光線が一瞬彼らの前を横切り、地面に穴を開ける。サクラリアは妖精結界の腕輪をつけているので、人間には見えない。彼らには「知らない攻撃が急に飛んできた」としか思えなかっただろう。
そして、店にいたお客たちはほとんどギルド職員。すぐに通報が入り、衛兵がタイミングよく駆けつけ、ならず者たちは逮捕された。
この事件のおかげで店の名前は広まり、平民のお客も増えた。街での知り合いも少しずつ増えていった。
――それはさておき、今日は私の初めてのオリジナルケーキを販売する日だ。
「よかった、今日は買えた。」
「あ、いらっしゃいませ、ハンナさん。」
「こんにちは、セリーナさん。あら、この兎の形のチョコケーキ、かわいいわね。新作?」
「はい、これは新作です。」
「じゃあこれください。」
「ありがとうございます。」
「この店が有名になって、セリーナさんのケーキは最近なかなか買えなかったのよ。」
「はい、おかげさまで繁盛していました。」
商業ギルドのハンナさんはテーブルに座り、ケーキを受け取ると少し雑談を始めた。
「うん~美味しい!ああ~、貴族さまたちは毎日こんな美味しいお菓子を食べられるなんて、本当に羨ましいわ。王都のカフェにも行ったことあるけど、値段はここの倍以上なのよ。その値段じゃ、食べても心が痛くなるわ。」
「ここの倍以上ですか?!高すぎませんか?」
「そうよ。砂糖が高いにしても、その値段はないわ。まあ、ここが安すぎるのもあるけど。」
「私は趣味でやっているだけですからね。」
「それはありがたいわ。それに、この迷宮都市の店はほとんど冒険者向けで、かわいい服を買いたくてもここでは買えないのよ。」
「そうですね。酒場ばかり多いですし。」
「そうなの。だから、あたしたちギルド職員にとって、この店はオアシスだわ!もし毎日提供できるケーキがもう少し増えたら、さらに完璧なんだけど……。」
周りのお客たちも「うんうん」と頷いていた。
「もう、大袈裟ですよ。ケーキの数量を少し増やすくらいなら大丈夫だと思いますけど……うん~でも最近は他のお菓子にも挑戦していますから……」
「おお!新しいお菓子も出るの?!これは楽しみだわ!」
こんな穏やかな日常の中、金色の秤を描いたマントを身につけ、まるで笑顔を知らないかのような中年男性が、護衛らしい二人を連れて私のカフェに近づいてきた。
「ここか……。」
「いらっしゃいませ。」
「小娘、ここの店主を呼べ。」
店の中で暇つぶしに花のアクセサリーを作っていたサクラリアが、急にこちらへ飛んできて囁いた。
『セリーナ、この人から悪意を感じますわ。』
私は頷き、サクラリアは私のワンピースの中に隠れた。そして警戒しながら、その男に返事をする。
「私がこの店の店主です。何かご用でしょうか。」
「お前か……。小娘、私はこの店を職人ごと買い取ってやる。値段を言え。」
「お断りします。」
「なに?!小娘、この私を知らんのか!」
「お客様が身分証を見せてくださらないので、分かりません。」
「貴様!……私は“黄金の秤商会”の者だ!」
「申し訳ございませんが、聞いたことがありません。」
「……痛い目を見ないと分からんようだな。」
正直、全く怖くはなかった。〈覇者の塔〉のボスたちと比べれば、この男などネズミ以下だ。さっさと外へ叩き出してしまいたい。私は小声でサクラリアに「お客様を守って」と伝えた。だが、その前に周りのお客が優雅な声で口を挟んだ。
「あらあら、“黄金の秤商会”の者がこんなに愚かだとは思わなかったわ。」
「ちっ……誰だ!」
黄金の秤商会の人……いいえ、ならず者の一人が声の主を見て、驚愕の声を上げた。
「貴様……いや、あなた様は……監査の鬼!どうしてこんな店に……。」
その優雅な声の持ち主は、商業ギルドのハンナさんだった。
「あら、人を鬼呼ばわりするなんて酷いですわ。周りをご覧になって?」
店でケーキを楽しんでいた客たちは、ならず者に笑顔を向けた。
「な!冒険者ギルドの“窓口の女帝”?!薬師ギルドの“万薬の魔女”?!」
「女帝だなんて……私はただ普通に仕事しているだけです。」
「私は魔女ですが……黄金の秤商会に分配した薬の量は再検討しないといけませんね。」
――あ、あれ?
ならず者の顔は一変し、悪魔でも見たかのように青ざめた。確かに私の店のお客はギルド職員が多いけれど……みんなこんなにすごい人だったなんて。
その時、三十代ほどの長髪の美しい女性が店に入ってきた。昨日も来たが、運悪くケーキが完売していた人だ。あまりに美人すぎて、最初は貴族かと思った。だから彼女のことを覚えている。
「ケーキ、まだあるかしら。」
「いらっしゃいませ。ケーキはまだございますよ。」
「よかった……あれ?皆さん、どうしたの?」
ならず者はその声を聞き、ゆっくりと振り返った。
「ぼ、冒険者ギルドの……鬼嫁……どうして……。」
美女は目の笑っていない笑顔を浮かべ、ゆっくりとならず者に顔を向けた。
「鬼嫁?……誰のことかしら?」
――感じる。あの美人からは〈覇者の塔〉のボスたちよりも恐ろしい黒いオーラが漂っていた。
ならず者は脱兎のごとく逃げ出し、美人後ろのオーラが消え、何事もなかったかのように普通にケーキを注文した。
お客様たちに話を聞いてみると、どうやら私の店のケーキが安すぎる上に、貴族の後ろ盾もなく、商売を知らない小娘と見られていたらしい。だから安い値段で店を丸ごと買収しようとしたのだという。
さらに聞き出すと、開店からわずか二週間で、すでに多くの商会に狙われていたことが分かった。うちの砂糖が安く仕入れられるという噂、珍しい果物の仕入れ先、そして菓子を作る職人――どれも商会にとって欲しいものばかり。その中で最初に手を出したのが“黄金の秤商会”だった。
市場の裏では「この店に食材を売るな」と命令している商会もあるらしい。
けれど、全く悩む必要はなかった。なぜなら、うちの店には恐ろしいあだ名を持つお客様が大勢いて、彼女たちが自ら動き「この店には誰も手を出さないように」と手配してくれると言い出したからだ。
……実際のところ、うちの食材は精霊さんがすべて用意してくれる。砂糖や果物も翠夢の森の畑で育てたものだし、もし仕入れルートが封鎖されても、足りないものはバールヴィレッジに転移して調達できる。
でも、その気持ちが嬉しかったので、今度はお客様におまけをつけると約束した。
その夜、〈覇者の塔〉を周回している最中に、精霊さんたちへこの話を伝えた。
「わずか二週間で、この街の裏の権力者を全員味方につけるとは……すごいですね、セリーナ。」
『まさか、最初からこの事態を読んで、裏から街を手に入れるためにカフェを開いたの?!セリーナ、恐ろしい子!』
サクラリア:うそ!セリーナの目的はケーキ作りじゃなく、この街を裏から支配することだったの?!
サクラリア:すごいですわ!
セリーナ:違・い・ま・す!本当に知らなかったんです!
セリーナ:お客様がそんな強い人たちだなんて、全然知らなかったんです!
「謙遜しなくてもいいですよ。セリーナはもう迷宮都市の女帝たちを動かせるほどの存在になりました。胸を張ってください。」
『うちのセリーナが……もうこんなに立派になったなんて。しくしく……』
サクラリア:セリーナは“迷宮都市の裏の女帝”の称号を手に入れました~!
セリーナ:もう~!遊ばないでください!今は〈覇者の塔〉の周回中ですよ!真面目に戦ってください!
「『はい~。』」
サクラリア:はい~。
はぁ……最近いつもこんなふうにみんなにからかわれている気がする。でも、意外と悪くはないのだ。




