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53 カフェ「ブロッサム・ガトー」

精霊さんたちのシルバーウィークは終わってしまった。今日からはまた夜しか来られない。


その「銀の週」というのは、土日を含めて平日にも三連休があるらしい。精霊さんたちは大切な休みを全部使って、ずっと〈覇者の塔〉を周回していた。……気にしないでと言われたけれど、やっぱり申し訳ない気がする。


昨晩寝る前に、精霊さんたちから「一人の時は絶対に〈覇者の塔〉に入らないで」と厳しく言われた。今の塔の周りは、素材や情報を狙う勢力がアリスの出入りを監視しているらしい。精霊さんがいないと転移できないから、もし捕まったら……それに、私がアリスだと匂わせてしまったら、何が起きるか分からない。だから、私は自分の店に集中することにした。


正直、ほんの軽い気持ちで「ケーキを作りたい」と話しただけなのに、精霊さんたちはすぐに借りたばかりの場所からカフェを作ってしまった。


珍しいカウンター式で、店の前の小さな空き地にはおしゃれな傘付きの四人テーブルが二つ。サクラリアの好みで周りには花がいっぱい植えられていて、精霊さんたちの力で数日でもう満開になった。……カフェというより花園みたい。でも綺麗だから、それでいい。でもまだ開店はしていない。しばらくはケーキ作りの練習をして、うまくいったら開店する予定。


今の私は翠夢の森の小屋でケーキ作りの練習をしている。女王様とサクラリアも隣で興味津々に見ていて、女王様は肩に座りながらクリームを絞る手元をワクワクした様子で見つめていた。


『セリーナ、もうそろそろ完成するか?』

「はい、お好みの口金でホイップクリームを絞って、いちごを飾れば……“贅沢いちごのショートケーキ”の完成です。」

『おぅ、よい。妾が試食しよう。』

『お母様!わたくしも試したいのです!』

「サクラリア、このケーキは人間のサイズですから、ひと切れだけでも皆で食べ切れないくらいの量がありますわよ。」


私はそう言って、ホールのケーキをひと切りして、女王様たちと妖精メイドたちに分け、自分も試食した。


……結局、練習なんて必要なかった。


私の手はまるで知っているみたいに迷いなく動いて、精霊さんのレシピを完全に再現してしまった。


『セリーナ、このケーキ、美味しかったわ。』

「ありがとう、サクラリア。練習……する必要もなかったみたいですね。あははっ。」


女王様は優雅で口を拭いながら、私にこう提案された。


『セリーナよ。このままでは、そなたに店を開く楽しさもなかろう。』

「え?そう……でしょうか?」

『ええ。この店の目標がただの金稼ぎであれば、それでよい。しかし、そなたの目的は興味。目的がなければ、原動力はすぐになくす。』

「は、はぁ……そうですか。」


店を持つ実感がまだない私は、女王様の言葉を正直あまり理解できなかった。


『そうだね……セリーナ、以前は服を作るのが仕事だったろう。同じ服ばかり作っていれば飽きも来る。』

「はい。」

『では、急に普段作らない服の依頼が来たら?少しは新鮮だと思わんか?』

「あ!なるほど!女王様の意味は、私のオリジナルのケーキを作ることですね。」

『そうじゃ。それならそなたも楽しく作れるじゃろう。』

「では早速……」

『いいえ、今ではない。』

「え?どうしてですか?」

『セリーナはまず普通にケーキを作って、精霊殿のメニューの力ではなく、正真正銘その作り方を理解し、自分のものにする。その後、自分らしさをケーキに入れるのじゃ。その意味……わかるかい?』

「なるほど、ではまずは……。」

『まずは勉強。』

「べ、勉強?」

『そうじゃ。サクラリアから聞いたが、そなたはまだ本を読んでも完全には理解できていないそうだ。なら妾が教えよう。』

「じ、女王様自ら?!む、無理です!お、恐れ入ります!!」

『よい。恐らく今のセリーナなら、今日一日勉強すれば、この国の学校を卒業できるレベルになる。』

「それはどういう……。」


その後、私は無理やり女王様の勉強会に参加させられた。勉強は嫌いではない。むしろ知識が増えるのは嬉しい。商売をする時に騙されずに済むから。


ただし――妖精の女王様直々の授業は……胃が痛い。



勉強会は夕方まで続いた。私が本棚に最後の一冊を戻すと、女王様は私に向かって言った。


『セリーナ、そなたはもう卒業だ。おめでとう。』

「えっと……御冗談では?」

『冗談ではない。そなたはすでに、この国の学園三年間の一般教養科目をすべて修得した。魔法は教えなくてもよい。そなたの魔法は、学園のひよっこたちとは比べものにならぬ。』

「ほ、本当……でしょうか。」

『そうだ。そなたは筋がよい。話すだけで理解できる。』

「ご指導ありがとうございました。」

『ふむ……コーヒーをくれ。』


妖精メイドたちが妖精専用の冷蔵庫からコーヒーを取り出し、女王様に渡した。小さなカップを手に落ち着いた様子で飲む女王様を見て、私はようやく理解した。先ほどの言葉は冗談ではなく、本当に私はこの国の学園の一般教養科目をすべて修得したのだ。


その夜、精霊さんたちに今日の出来事を話してみると、どうやら私のレベルが上がったことで理解力も高まったらしい。


そう言われてみれば、〈覇者の塔〉を攻略した時、タピオカさんが説明していた雷の仕組みもすぐに理解できた。……私はここまで成長したということなのだ。


一度は「これは精霊さんの力ではないか?」と考えたけれど、精霊さんたちは違うと話した。急速にレベルを上げられたのは確かに精霊さんのおかげだが、もしそれが精霊さんの力なら、精霊さんがいない時に女王様の教えをすぐ理解することはできない。これは間違いなく、私自身の潜在能力だと言われた。


……まぁ、どちらの力でもいい。思いつめる必要はない。物事をすぐ理解できるのは嬉しいこと。この力は素直に受け止めよう。


ケーキ作りの練習をするが必要ないので、こうして翌日の金曜日、私は店を開店することを決めた。



翌朝、私はいつものお嬢様風のスカート姿で商業ギルドへ向かい、開店の最終手続きを済ませた。ギルドを出ると、以前馬車を護衛した黒髪の冒険者、レオンさんにばったり出会った。


「え?セリーナじゃないか!」

「あら、レオンさん。おはようございます。」

「おはよう。……商業ギルドから出てきたようだが?」

「あ、はい。私の店、今日から開店なんです。」

「おお!おめでとう!どんな店だ?」

「えっと……ケーキを食べられるカフェです。」

「ケーキ?それは富裕層向けか?」

「いいえ、あくまで趣味で作るものですから。価格は平民でも買えるように設定するつもりです。」


レオンさんは驚いた顔をした。


「え?趣味って……砂糖は高いだろ。」

「ケーキは毎日限定二十個だけ。このくらいなら大丈夫です。もし興味があれば、午後に店へ来てください。」

「まぁ、俺もケーキは食べたことがないし。高くなければ行ってみたいが……店はどこだ?」

「冒険者ギルドの北東、教会の近くです。看板にはケーキの盛り合わせの上に大きな赤いバラを描いてあります。午後二時以降に開店しますので、暇な時にぜひ。」

「わかった。俺も冒険者ギルドで宣伝してみるよ。」

「いえ、ケーキは毎日二十個だけですから……宣伝は……。」

「いいって、気にするな。あ、仲間とダンジョンに行く時間だ。また後で!」


そう言って彼は〈深淵迷宮〉の方へ向かっていった。宣伝してくれるのは嬉しいけれど、もし完売したら店を閉めるだけだし……気にしないことにした。


カフェに戻り、髪を結い上げて制服に着替える。制服といっても、ベージュ色のワンピースに白いエプロン、頭にスカーフを巻いただけの簡素なものだ。ちなみにこの制服を決めたのは私自身。


精霊さんとタピオカさんは、制服について随分悩んでいた。


精霊さんは「可愛いメイド服が定番です。」と勧めてきた。黒いワンピースに白いエプロンを重ねた、いかにも給仕用の定番服。裾や袖に小さな飾りがついていて可愛らしいけれど……私には少し派手すぎる気がした。胸元を強調していて、スカートの丈も膝まで。冒険者の女性たちはもっと短いミニスカートを着ているから長さは気にしないけれど、メイド服は貴族や金持ちの使用人を示す服。だから却下。


次にタピオカさんは「あんなみらず」という食堂の制服を真似しようと提案した。白いブラウスに明るい色のエプロンドレス。裾にちょっとした飾りがあり、素朴なのに華やかさもある。可愛いけれど、やはり胸元を強調しているし、何より他の店と同じ制服ではだめだと思った。これも却下。


おすすめした制服が却下されて、二人はすっかり落ち込んでしまった。けれど私は「タピオカさんの制服の方なら、気分次第で着てもいいですよ」と言ったら、すぐに機嫌を直してくれた。……精霊さんたちにもこんな子供っぽい一面があるなんて、本当に意外だった。



同日の午後二時、私のカフェは正式に開店した。


毎日限定二十個のケーキ。チョコケーキ八個、チーズケーキ八個、そして昨日試しに作った“贅沢いちごのショートケーキ”を四個。三種類のみ。値段は精霊さんが教えてくれた通り、少し高めに設定した。精霊さん曰く「セリーナがこの値段を受け入れられるのであれば、他の方々にはむしろ安いと感じられるでしょう。基本コストはゼロですから、拾いすぎた素材の消化のようなものです。気にしなくでいいのです。」とのこと。 だから、私もあまり気にしすぎないようにした。


サクラリアはタピオカさんが提案したあの食堂風の制服に着替え、隣で一緒にお客さんを待っている。


開店早々、茶髪の中年男性――商業ギルドで私と打ち合わせをした職員さんが、同じ制服を着た女性と共にやって来た。


「セリーナ様、こんにちは。開店おめでとうございます。」

「ありがとうございます。商業ギルドの……」

「失礼しました、私は商業ギルドのハルマンと申します。こちらは同僚の……」

「ハンナです。」


高位の職員であるはずの彼が、わざわざ小さな店の開店に挨拶に来るとは思わなかった。


「えっと……もしかして書類に何か問題が?」

「いえいえ、私たちはただお客として来たのです。この冒険者の街にはカフェが一軒もありませんから、興味がありまして。」

「そうですか、ご来店ありがとうございます。どうぞお好きなケーキをお選びください。」


二人はガラスケースを覗き込み、ニコニコした顔から一瞬驚いた様子を見せ、すぐにまた笑顔に戻った。


「では、そのチョコケーキをください。」

「私は……贅沢いちごのショートケーキを。」

「ハンナさん……」

「ハルマンさん、値段は大差ないですし、せっかくギルドの奢りなら“贅沢”を試してみたいじゃないですか。」

「はぁ……ではその二つで。」


うんうん、わかる。“贅沢”という言葉はやっぱり魅力的よね。


「ありがとうございます。ではテーブルで少々お待ちください。」


支払いの際、ハンナさんが私に尋ねた。


「セリーナ様、本当にこのお値段でよろしいのですか?」

「はい。ただの趣味で作っているだけですから。本業は別にあります。」

「は、はぁ……。」


疑われるのも無理はない。お菓子は基本的に貴族や富裕層しか食べられないものだから。


私はその視線を気にせず、サービスのおまけとしてハーブティーを淹れ、ケーキをトレーに乗せて二人の前へ運んだ。注文していないお茶が付いているのを見て、ハルマンさんは驚いた。


「おや、お茶も付いているのか?」

「ええ、それはおまけです。」

「うん……いい香りだ。ありがとう。」


二人はケーキを美味しそうに食べ始めた。ハンナさんはすっかりテンションが上がり、はしゃぐように私へ話しかけてきた。


「セリーナ様!!すっごく美味しかったわ!ここは花も多くて綺麗だし、いいわ。あたし、お嬢様の気分になる……商業ギルドの同僚たちも呼んできますね!」

「お褒めいただき、ありがとうございます。」


ハルマンさんは苦笑しながら、ハイテンションのハンナさんの代わりに軽く謝り、二人は食べ終えるとそのまま店を後にした。


店の中で、サクラリアは自慢げに言った。


『わたくしが育てた花は、いい仕事をしているでしょう!』

「サクラリア、あなたは水をあげただけじゃない?精霊さんが用意した畑がすごいだけです。」

『もう、セリーナ。花の選び方と配置はわたくしが決めましたのよ。』

「はいはい、ありがとう。」

『そうだわ、セリーナ。この店の看板と同じアクセサリーを作って、エプロンに付けるのはどう?』

「あら、いいわね!ケーキとバラの飾りですか?」


開店から二時間後、ハルマンさんたち以外には、商業ギルドの女性職員が数名来ただけで、他のお客はなかった。まあ、平民価格とはいえ、ケーキ一個の値段はこの街での一食分より少し高い。


半分売れたのは予想外だったけれど、ケーキは冷蔵庫に入れておけば翌日も売れる。だから気にしていない。明日はどんなケーキを作ろうかな……。


午後五時、そろそろ店を閉める時間。


サクラリアは私のワンピースの中に隠れながら、今日来たお客のことを話していた。私は外のテーブルを拭きながら、それを聞いていた。


その時、明らかにダンジョン帰りの格好をしたレオンさんが現れた。


「よう!セリーナ!」

「あら、レオンさん。本当に来てくださったんですね。」

「当然だ。俺もケーキを試してみたかったんだ。ここのダンジョンで結構稼げたから、たまにはいいもの食ってもいいだろ。……あ、まだ開いてる?」

「はい、開いてますよ。どうぞ。」

「俺、ケーキのことはよく分からんから、おすすめをくれ。」

「わかりました。ありがとうございます。」


私は甘さ控えめのチーズケーキとハーブティーを出した。


「お!お茶も付いてるのか。そしてこの黄色いのがケーキ……ははっ、俺みたいな小汚い冒険者には場違いな感じだな。わるい。」

「気にしすぎですよ。レオンさんは元々騎士みたいで格好いいですから。」

「またまた……俺のことをそんなに褒めるのは君だけだな。でも褒められても、食べるのは一個だけだぞ。」


閉店間際だったので、レオンさんは今日最後のお客になりそうだった。私は思わず彼の対面に座り、食べる様子を見守った。


「これ、美味しい!変な食感だけど、甘すぎなくて、いい!」

「そう?ありがとう。」

「セリーナ、料理上手いなぁ。ここでは普通のご飯は出さないのか?」

「そう言われると……今日の夕飯は何を作ろうかな。醤油ラーメンにしようかな。」

「なにそれ、美味しそうだ。金払うから、俺の分も作ってくれないか?」

「え?」


レオンさんはケーキを食べる手を止め、何かに気づいたようにすぐ頭を下げて謝った。


「あ、いや!馴れ馴れしかったよな、ごめん。」

「いえ、別に……。レオンさんは冒険者ギルドでうちを宣伝してくださったみたいですし、一人分も二人分も手間は同じですから。別にいいですよ。」

「本当にいいのか?ありがとう!ケーキがこんなに美味しいなら、明日は受付嬢たちにも宣伝してみるよ。」

「あら、今日は宣伝していなかったんですか?」

「一応、知り合いには話したけど、男連中はケーキに興味なさそうでな。まあ、俺は好きだけど。」

「なんだそれ、ふふっ。」


こうして、そのあと私は醤油ラーメンを作り、レオンさんと一緒に食べた。

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