50 覇者の塔内の戦い
覇者の塔第33階。
ボスは〈爆雷のサンダーハーピー〉。短い廊下を抜け、ボス部屋の扉の前で、俺はタピオカくんと打ち合わせ通り、手持ちの部分も金属製の〈R 銅の槍〉を数本取り出した。セリーナとサクラリアに説明するため、小さな作戦会議を開く。
「予定通り、中に入ればサンダーハーピーは恐らくエリア中央の上空で動かないはずです。その隙に左右へ銅の槍を地面へ刺します。タピオカくんはできる限り地面に近づけて、槍との距離を保ちながら、その高さ以下でワタシを支援してください。」
『了解です。私は入る前に属性ダメージ半減の月魔法を掛けますね。』
「はい、お願いします。避雷針があっても、もし雷攻撃がワタシたちが知っている雷と同じ性質なら致命的です。ステータスはこちらが上でも、光速ならば回避は不可能でしょう。」
『避雷針があるので多分大丈夫ですが、念のため開戦前に木製の盾で私用のシェルターを作ってください。』
「わかりました。万が一雷が盾に当たり火が付いたら、水ではなく地面の砂で消してください。もし難しいようなら、盾のシェルターは捨ててください。」
『了解。準備ができたら、精霊くんは唐辛子の水を中央上空のハーピーの頭へ撃ち込むんですね。』
「はい。唐辛子の水が命中してボスが目を使えなくなれば、暴れて〈雷の乱れ打ち〉を使う可能性があります。その時は避雷針の近くへ避難します。もしその技が来なければ……あの秘密兵器を使います。」
『ほぅ……あの秘密兵器ですね。』
「そうです、あの秘密兵器です。ハーピーが地面へ落ちたら、ワタシがすぐに翼を奪い、水攻めで終わらせます。」
セリーナ:秘密兵器……これですか?
サクラリア:面白い戦い方ですね。あとで説明お願いできますか?
セリーナ:私も知りたいです。どうして銅の槍を使うのでしょうか?
『わかった、ハーピーに勝ったら、このタピオカ先生が教えましょう!』
タピオカくんはドヤ顔で胸を叩いた。
「では、タピオカくん、変身をお願いします。」
『えっと……できれば向こうを向いてくれるとありがたいのですが。』
三十代で魔法少女風に変身するのはやっぱり恥ずかしいよな。俺は背を向ける。しばらくすると、照れくさそうにピンク色の魔法少女サクラリア(タピオカ入り)が現れた。
セリーナ:かわいい!
サクラリア:えっへん!かわいいでしょう!
『い、いいですか精霊くん。この属性ダメージ半減の補助魔法は30秒しか持ちません。過信は禁物です。』
「わかりました。一応このゴムガッパのようなマントがありますので。高く跳ばなければ多分大丈夫でしょう。」
『とにかく油断は禁物。雷は一番危険です。』
「了解しました!」
ゲーム〈セレアグ〉では雷属性はなく、無属性扱い。製作メニューには火水風土光闇の耐性腕輪はあるが、雷耐性を上げる装備は存在しない。だから俺はゴムガッパのようなマントを作った。この世界では電流の概念がないため絶縁体かどうか試せないが、手触りはまさにゴムガッパ。ないよりは気休めになると信じて採用した。
準備は整った。ボス部屋の扉を開くと、想定通りサンダーハーピーは闘技場中央の上空に止まっていた。
見た目は普通のハーピーだが、頭頂から立ち上がる前髪が稲妻のように光を放ち、青白い火花が絶えず散っている。翼の羽根までもが雷を帯びていた。
まずは木の盾数枚と“秘密兵器”を部屋に投げ入れる。銅の槍をストレージから取り出し、手に持ったまま中へ入った。扉が閉じてもまだ戦闘範囲外のため、ハーピーは動かない。
銅の槍を左右の地面に刺し、タピオカくん用の木の盾シェルターを作る。最後に唐辛子の粉を水玉へ入れ、遠距離からハーピーの頭へ撃ち込んだ。
――スカッ!
あ、水玉が素通りしました……!
『何してるのよ!』
「クソエイムですみません!」
幸い、ハーピーには当たっていないので攻撃と認識されず、まだ動かない。
『私がやる!』
タピオカくんが小さな水玉を発動し、俺は唐辛子の粉を入れて隣で待機する。
本来サクラリアはサポート妖精なので攻撃魔法は使えないはずだ。だが実際、変身中は初級魔法を使える、元の姿に戻ると急に使えなくなる。 魔法少女に変身したことで、NPC妖精のように扱われているのかもしれない。
そんな元々は弓アタッカーのタピオカくんが集中すると、水玉は弓の形へ変わり、素早い速度でハーピーの頭へ飛んだ。
キィィィィィッ!ギャアッ!
直撃!ハーピーは甲高い悲鳴を上げ、名前と共に三本のHPバーが現れる。
【爆雷のサンダーハーピー Lv.43】
作戦通り、タピオカくんは地面近くで弾幕を張り始める。俺は“秘密兵器”を持ち、次の動きを待った。
ギャアアアッ!
ギャギャギャギャッ!
キィィィィィッ!
「……。」
『……。』
「投げてもいいですか?」
『どうぞ。』
ハーピーは悲鳴を上げ続けるだけで動かない。俺は躊躇なく秘密兵器――銅のタライを投げた。
ドーーーーン!!
銅のタライが直撃し、大きな音が響く。ハーピーは動きを止め、そのまま空から地面へ落ちた。
『チャンス!』
「任せて!」
俺は一気に近づき、翼を短剣で深く刺す。頭を水玉で覆い、距離を取って避雷針付近へ移動。
攻撃されたハーピーは自らの身体に雷を纏い、これ以上は近づけない状況になった。
タピオカくんは引き続き弾幕を張り続け、俺は念のため高濃度の唐辛子の水をハーピーの頭を覆った水玉へ撃ち込み、さらに辛さを追加する。
そのうえで武器を〈絶対零度のロット〉へ切り替え、初級土魔法〈ストーンバレット〉を重ねて弾幕を補強し、二重の攻撃でハーピーを追い詰めていく。
二重弾幕と辛い水で呼吸できないハーピーは苦しみ、HPは予想以上の速さで減っていく。やがて傷だらけのハーピーは光の粒子となり、消えた。
「……。」
『……。』
セリーナ:タピオカさん……弓は出なかったですね。やっぱり“ぶつよくせんさー”に気づかれたのです。
『そうよ。すべては物欲センサーが悪いのです。』
サクラリア:えぇ?そうですか?“ぶつよくせんさー”許さないのです!
セリーナ:でも意外とあっさり倒しましたね。
「ええ、タピオカくんのおかげです。ご、ごめんなさい。」
『いいのよ、精霊くんは接近戦タイプだから。今後は私が撃てばいいわ。ただ私の水玉では距離的にギリギリだった。弓の形に変えないと届かないの。もっと練習しないとダメね。』
サクラリア:でもすごいです。この距離で飛んでいる敵の頭に当てるなんて、わたくしにはできません。
セリーナ:そうですね、飛んでいるハーピーは上下に動いていますから。一発で当てるのはすごいです。
『当然!私の射撃値は高いから!』
「ええ、タピオカくんは前から頼りになります。」
『褒めても何も出ないよ、精霊くん!』
「いいえ、事実ですから。」
サクラリア:そうだわ!どうして秘密兵器は“銅のタライ”なのですか?
セリーナ:あ、それ私も知りたいです。
『鳥は大きな音に敏感なの。爆発系の火の上位魔法のスクロールや炎爆石も一応作ったけれど、素材的に大変だし、密閉空間でこんな大爆発系なもの使うのは危険。音爆弾のようなものもないから、もっと安上がりで安全な方法を考えました。』
セリーナ:うん~火の上位魔法のスクロール…ここ遮蔽物もないので…危ないですね。
セリーナ:スクロールと炎爆石も高いし、周回には向いていないですね。
『そうそう、それ。だからたらいを使うの。投げて当たれば大きな音、外れても地面に落ちて音が出る。低コストで注意を逸らせるのよ。』
「やっぱり運が良かったですね。思いのほか容易に倒れてしまいました。銅の槍は結局、役目を果たさなかったようです。」
『完封できたなら十分よ。』
サクラリア:タピオカ先生!銅の槍の意味はなんですか?
『それはね……。』
タピオカくんの科学授業が始まり、俺は槍とたらいを回収。授業が終わるまで水を飲んで休んだ。
セリーナ:なるほど、雷にそんな特性があるとは知りませんでした。
サクラリア:わたくし、まだよくわかりません。
『簡単に言うと、雷は金属に吸われると思えばいいの。外で雷に会うことは滅多にないけどね。セリーナは一回聞いただけで理解できるなんて、すごいですね。』
セリーナ:へへっ、説明ありがとうございます、タピオカ先生!
サクラリア:えぇ?わたくし、ちょっとわかりません。セリーナ、あとで教えてください。
セリーナ:いいですよ、家に戻ったら簡単に説明しますね。
サクラリア:ありがとう、セリーナ。
「では、次の階へ進みましょう。」
『私は大丈夫、いつでも行けるわ。』
セリーナ:私も大丈夫です……あ、私は見てるだけですからね、あははっ。
サクラリア:いいえ、お二人の戦い方はすごいのです!頑張ってください!
こうして俺は中央に現れた転送陣へ入り、34階へと進んだ。
この階のボスはカマキリ……うん、虫ですね。
【大鎌蟷螂カマリオ Lv.44】
セリーナ二人分の身長がある巨大なカマキリ。完全に虫の姿で、アラクネのように人型要素はない。こちらはアラクネと何度も戦ってきたので練度は高い。正直、このカマリオはわりと簡単に倒せる。
腹部に泡水を当て、複眼へ唐辛子水を撃ち込む。呼吸孔を塞がれたカマリオは苦しみ、乱れた攻撃を繰り返すうちに自滅した。
セリーナ:なんだか……弱いような。
サクラリア:これはアラクネと戦った時の作戦ですね!
サクラリア:確か腹部に呼吸孔があって、それを泡水で塞ぐのですよね。
『覚えてだの?偉いわね、サクラリア!』
サクラリア:もちろんです。お二人がいない時は、わたくしがセリーナを守るのですから。
セリーナ:え?いつの間に私は守られる側になったの?
セリーナ:逆では?私が姫様であるサクラリアを守ること……。
サクラリア:いいじゃありませんか。お互いに守り合うのは素敵なことです。
こうして34階はあっという間にクリア。
次の35階のボスは〈死霊軍団長モルド〉。
能力自体は大したことはないが、止まることなくゾンビ兵士を召喚する。盾持ち、弓使い、槍使い、剣使い……まるで軍隊との戦いだ。団長は全員にバフを与え、戦場に存在するゾンビの数によって自身も強化される。
攻略動画では、広範囲火魔法や光の中位魔法〈レイ〉を連発してゾンビを殲滅し、バフを失った団長を叩けば終わりとされている。だが、この世界で火魔法を乱用すると本当に火事になる。密室の闘技場では酸欠の危険もある。だから広範囲火魔法は...やめておこう。セリーナは〈レイ〉を使えるし、MP回復ポーションも持っているが、飲み続ければお腹いっぱいになり、あと5階を登ることを考えると最終手段にすべきだ。
正直、俺とタピオカくんも科学的な抜け道は見つけられなかった。だから今回は正攻法で戦う。
ボス部屋の前で軽くブリーフィングを行う。
「タピオカくん、ワタシは土魔法で最初の召喚を妨害してみます。もし阻止できなければ〈ファイアウォール〉で雑魚と団長を隔離します。ゾンビが出たら、上空からヘッドショットをお願いします。あなたにとって弓兵が一番危険ですから、発見次第優先的に排除してください。ワタシも届く範囲では弓兵を優先します。」
『了解!』
「ファイアウォールがあれば、ゾンビは前に進めないはずです。」
〈ファイアウォール〉は定番の火の壁。横三メートルほどでノックバック効果もある。弓兵を片付ければ、上空のタピオカくんにとって召喚されたゾンビはただの的だ。ゾンビが足止めされている隙に、俺は一気に団長を討つ。
俺と魔法少女タピオカくんはボス部屋の扉を開き、闘技場エリアへ入った。
中央には全身黒い重鎧をまとったゾンビが大剣を正面に掲げ、まるで儀式のように静止していた。危険な雰囲気を漂わせる死霊軍団長が、闘技場の中央に立ち動かない。
そんなことより――
「『くさ!!』」
俺とタピオカくんは同時に鼻をつまんだ。
セリーナ:どうしたの、精霊さん。
「やっぱり……腐敗臭!」
予想はしていたが、想像以上の悪臭だった。タピオカくんと目を合わせて頷く。
「速攻で片付けます!」
短剣を構えて団長へ近づくと、すぐに反応が現れ、名前とHPバーが三本出現。
【死霊軍団長モルド Lv.45】
団長の足元には紫色の召喚陣が展開される。兵士の召喚陣だ!
俺は土魔法〈ロックブレイク〉で団長の体勢を崩そうと試みた。この世界ではボスに無敵時間がないから、ゲームでは阻止できなくても、ここなら可能かもしれない。
団長の足元の地面が鋭く突き上がり、足を直撃した。これで召喚陣から離れ、発動は解除されると思った――しかし、〈ロックブレイク〉で足を攻撃されても団長は微動だにせず、そのまま召喚陣を発動した!
Lv.40のゾンビ槍兵、盾兵、弓兵、剣兵がそれぞれ二体ずつ、合計八体が団長の前に召喚される。
想定済みなので、打ち合わせ通り俺たちは団長の背後へ移動し、〈ファイアウォール〉でゾンビと団長を隔離。場面は「左からゾンビ兵、ファイアウォール、団長、俺、そして上空のタピオカくん」という形に整った。ゾンビはタピオカくんに任せ、俺は団長と対峙する。
タピオカくんは上空から発動が速い初級土魔法〈ストーンバレット〉を放ち、まず弓兵を排除。ゾンビの頭を狙うと意外とすぐに倒れていく。弓兵が片付いたのを確認し、俺は団長へ集中攻撃を開始。
団長の大剣が振り下ろされるが、あまりにも遅い。俺はパリィで受け流し、怯んだ隙に頭部へ攻撃。しかし兜のせいで大きなダメージは入らない。どうやらこの世界ではゲームのように「どこを当ててもダメージが入る」ではなく、ちゃんと鎧の隙間を狙わないと通らないようだ。
その時、タピオカくんが大声で叫ぶ。
『精霊くん!ゾンビの頭は想定より脆い!それとノックバックしていない!』
振り返ると、ゾンビ兵たちはファイアウォールに焼かれながらも進み続けていた。しかしタピオカくんの魔法で次々とヘッドショットされ、あっという間に全滅。
言いたくないが…臭い匂いは段々焦げ臭い匂いに変わった。腐敗臭よりまじ…マジで。
ゾンビ兵は意外と一瞬で倒された。だから当然、団長は次の召喚に移る。目の前の俺を完全に無視し、大剣を地面へ突き立てる。紫色の魔法陣が展開され……でいない?!
思わず動揺するが、考えるのは後だ。仲間の人数バフを失った団長は、ただのサンドバッグ。俺は迷いなく、短剣で左手首を刺す。刺した瞬間、左手首があっけなくボロリと落ちる。
「え?」
続けて右手首も刺す。同じくポロリと落ちた。
……えっと、両手が失った死靈団長さんは……完全に無力化したらしい。
ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!
召喚陣はなぜか発動していない。大剣を地面に突き立て、団長はその剣の横でただただ叫び続けていた。
理由は分からないが、考える暇もなく俺は団長の首――兜で覆われていない部分を狙い、一振りで斬り落とす。頭はあっけなく落ち、HPバー三本が一気に消え、光の粒子となって消滅した。
「……」
『……』
「『くさ。』」
ファイアウォールの炎を消すこともせず、俺たちは転送陣へ駆け込み、上階へ逃げた。




