5 計画変更するしかない
今の俺は、紫の星月ドレスに天使の輪という姿で、セリーナの家で焼き鶏丼を食べながら、これからのことを考えていた。
今日ログインする前、俺は「俺=セリーナ」という前提で計画を立てていた。
でも現実……いや、現実って言っていいのか?とにかく、実際には俺はセリーナになったわけじゃなくて、ログイン時に“セリーナに憑依している”って形だった。
憑依してるってことは、いろんな問題が出てくる。元々考えてた計画は、ガンド村を離れて、別の街や国に逃げて、冒険者になって金を稼いで、新しい拠点を作る――それだけでOKだった。
でも、憑依の形だと、俺がログアウトしたらセリーナに戻る。もし逃げた先でログアウトしたら、何も知らない彼女はきっと怖がって、すぐにガンド村に戻ろうとするはずだ。
じゃあ、今やるべきことは「逃げる」よりも、俺がログアウトした後の“セリーナの身の安全”を確保することだ。
うん……まずは基本を固めよう。
レベルを上げて、強い装備を作って、セリーナが自分で自分を守れるくらい強くなるように。あの村長が手を出せないくらいにね。
強くなれば、自分の力で狩りもできる。素材を売れば金になる。生活も安定する。……いやいや、待て待て。今セリーナはまだ自分の家にいる。つまり、村長の地下室に監禁される前の段階。もし村長が明日動いたら、間に合わないじゃないか?!
あのサブクエストの内容からして、村長は借金を盾にセリーナを脅して、地下室に連れていく可能性が高い。イベントがいつ発生するかはわからないけど……あんまり余裕はなさそうだ。
じゃあ、最優先事項はやっぱり――セリーナと“対話できる方法”を探して、この村から逃げるように説明することだ。
紙は、木材があればメニューから普通に作れる。でも問題はペン。製作リストにペンがない。今までいろんなゲームをやってきたけど、安いペン系アイテムってあんまり見たことないんだよな。この家にも、どう見てもペンはなさそう……だよね。仮にペンがあったとしても、ゲームのUIは日本語だけど、この世界の文字って、日本語なのか?
そんなことを考えながら、焼き鶏丼を食べ終えた。セリーナとちゃんと交流する方法は、まだ思いつかない。
ま、まぁ……次の転送ポイントまで走ってる間に、何かひらめくかもしれない。考えながら進もう。
そうと決まれば、俺は昨日解放した転送ポイント、〈ナイジェリアの森の外側1〉に転送した。
この奇妙な世界の時間はどうやらリアルと同じで、マップも現実並みに広い。一晩じゃ別の街には行けない。他の街に行くには、まず転送ポイントを登録しないといけない。幸い、ゲームみたいにいくら走っても疲れないのはありがたい。
転送ポイントのクリスタルの花は薄く光ってるけど、夜の森はやっぱり暗い。天使の輪を買っておいて正解だった。
ワールドマップを確認して、攻略サイトで調べた最寄りの街へのルートを思い出す。次の転送ポイントを目指す。〈ナイジェリアの森の外側1〉から北にある川の上流に向かえば、たどり着けるはず。
よし、行こう。
川はすぐに見つかった。上流に向かって走れば、迷うことはない。
移動中もやることは多い。昨日は基本のチュートリアルを受けてなかったから、木材の伐採方法すら知らなかった。
攻略サイトによると、剣や斧系の武器で木を軽く叩けばいいらしい。試してみると……ほら、視界の右側に『ひのき×1』が表示された。一本の木につき、一日三回まで叩けるらしい。
これで初期の万能素材“木材”をゲット。すぐに簡易製作台を作り、製作リストを開いて、木材を板に加工。板から紙や、非戦闘用の木の槌などを作る。
紙はもうできた。あとはペン。ペンさえあれば、日本語でもいいからセリーナと交流できるかもしれない。
ついでに〈N 木の槌〉で近くの「鉄鉱石」と書かれた石を叩いて、鉱石類も回収。鉄があれば鍛冶台が作れる。これで鍛冶システムが解放されて、武器の製作が可能になる!
これで基本システムはほぼ全部解放。やることが一気に増えたぞ。
俺はすぐに〈N 初級の水魔導書〉を作って装備。予想通り、魔法のチュートリアル画面が表示されて、スキル画面にも「魔法レベル1」が追加された。
あとは初級魔法〈アクアエッジ〉を連発してスキルレベルを上げるだけ。確か、魔法レベル10になると定番の回復魔法〈ヒール〉が習得できるはず。できれば早めに覚えておきたい。
物作りは製作リストに入れておけば、時間経過で完成するから、移動しながらでも問題なし。
もちろん、途中で遭遇したモンスターはすべて経験値にする。この辺りの夜の敵は、はぐれゴブリン、ウルフ、暴れ猪くらい。
ミニマップもあるし、昨晩レベル26になったフルUR装備のセリーナなら、ステータス差もあって気を張る必要はない。
レベルアップするとMPが全回復するから、レベルアップ前後に水魔法を乱発して、魔法スキルを効率よく上げる。
簡易製作台も作ったので、製作リストは常に何かを作り続けている状態。簡易だから製作時間は短縮されないし、使用回数も少ないけど、手軽に作れるのがそれでいい。
……なんだろう。
俺、普通にこのゲームを楽しんでる気がする。
だって、作れるものが多くて、普通に楽しいんだよな。
こんな感じで、夜の森を走って新しい転送ポイントに向かってから、すでに一時間が経過。焼き鶏丼の経験値1.5倍バフも切れた。
メニューでワールドマップを確認すると、最寄りの転送ポイントの方向にまっすぐ進んでいたはずなのに、まだ半分しか移動できていない。
「はぁ~~……やっぱり、この世界のフィールドはゲームと違って、リアルサイズだ。」
これは……大問題だ。
転送ポイントを登録しながらマップを解放して、他の街に逃げるつもりだったけど、夜にログインして数時間しか動けないなら、転送ポイントに到達できなかった日は、移動距離がまるごと無駄になる。
マップで見た次の転送ポイントまでの距離を考えると……狩りも採集もなしで、まっすぐ走れば、あと1~2時間くらいで着けるかもしれない。
今のセリーナはレベル31。この辺のモンスターよりレベルが高くなったせいか、経験値も下がってきた。
今のリアル時間は……22時。狩りなしでも問題ないだろう。スピード上げて走るか。
薬草もモンスターも全部ガン無視。最寄りの転送ポイントに向かって、全速で走る。
たぶんシステムのサポートのおかげで、ドレス姿でも移動は問題ない。服は汚れないし、体も疲れない。休憩の必要もない。ただ、高低差のある場所では、念のため最も安全なルートを探す必要がある。
さすがに、こんな“ゲームじゃないゲーム”の世界で、崖から飛び降りる勇気はない。あ~……氷魔法で滑り台でも作れたら、もっと楽に降りられるのに。あるいは、足場を作って段差を埋めるとか、橋代わりに使うとか……。いやいや、オリジナル魔法は使えないし、魔法カスタマイズは魔導国に到着しないと解放されない。残念。
え?課金して移動手段を確保しないのかって?
もうショップで確認済み。このゲームの移動手段は“モンスター”だ。買ったとしても、俺がログアウトしたら、そのモンスターはセリーナをプレイヤーじゃなくて、ただのNPCとして認識するかもしれない。
それに、ゲームと違って、たぶん食費もかかる。未確定要素が多すぎる。これはナシ。車系が出たら考えてもいいけど……いや、森の中じゃ車も無理だ。
そして大前提として、石が足りない。大人のカードも使えないと思う。
全速で走ってから2時間半。
ようやく次の転送ポイント――クリスタルの花のつぼみを見つけた。
つぼみに触れると、花が咲き、〈ナイジェリアの森の内側3〉転送ポイント解放の通知が表示された。
ふぅ~~~……予想以上に時間がかかったな。でも、これで2つ目の転送ポイントを解放できた。やっと森の内側に入った。攻略サイトによると、この森を抜けた先には、そこそこ大きな街があるらしい。俺はそこを目指している。
マップを開いて確認すると、次の転送ポイントは東側の森の中心部――ダンジョン前。距離はそこまで遠くない。ダンジョン前なら、レベリングにも最適だ。
北側の街方面の転送ポイントは……この距離だと、たぶん3時間は走らないと無理。今から向かうと徹夜コースだ。今日はここまでにしておこう。
俺はセリーナの家に転送した。
リアルでも少し休みたい。セリーナのベッドに横たわって、ログアウト。
VRヘッドギアを外して、水を飲み、トイレに行って、軽く体を動かして休憩。もう日付は変わっていたけど、明日は土曜日だし、まだまだ作りたいものがある。あとでまたゲームに戻るつもりだ。
ネットで必要な情報を調べて、30分後――俺は再び、セレアグの世界に戻った。
セリーナのベッドの上で目を開ける。俺は……いや、セリーナはまだ、あのウサギのぬいぐるみを抱きしめていた。
このぬいぐるみ、確か……古びたウサギのぬいぐるみは、可愛らしいスカートを着ていて、背中にはボタンがついている。
もしかして……ここか?
ボタンを外してみると、中には――俺が知っているものが入っていた。少し古いけど、巫女さんが俺に渡してくれたお守りと、まったく同じもの。
やっぱり、あの巫女さんが俺に渡したお守りは、“セリーナのお守り”だったんだ。だとしたら、このお守りの中には、俺が持っているものと同じく、例のコインが入っているはず。
お守りに触れると――変な感じがした。
嬉しい、優しい、温かい、幸せな気持ちが、じんわりと伝わってくる。これは、きっとセリーナがこのお守りに込めた気持ちなんだろう。
……まぁ、別に中身を確認しなくてもいい。これはセリーナの大事なもの。それだけわかれば、それで十分だ。
もし何かあったら、このぬいぐるみだけは、最優先で回収する。俺はそっとボタンを留めて、ぬいぐるみをベッドに戻した。
こんな時間にログインしたのは、作業の続きだけが理由じゃない。
村長の犯罪証拠――それを確保する。これは、先にやっておくべきだ。
村長がいつセリーナを脅すかはわからない。予想外のイベントで証拠が消える可能性もある。信頼できる人物に渡せば、村長を裁くことができる。
だから、今やる。
深夜。村は静まり返っていた。村長も、今頃は眠っているはずだ。
俺はそっと天使の輪を外し、足音を立てないように気をつけながら、村長の家の前に立った。
この村で唯一、木造ではない二階建ての家。窓の隙間からは光が漏れていない。やはり、寝ているようだ。
軽くジャンプ。村長の家の屋根に着地する。フム……ダンボールが欲しい。
事前に確認しておいたサブクエスト動画によれば、証拠は寝室に隠されている。窓は硝子ではなく、ただの木製。俺はダガーを隙間に差し込み、静かに窓締め棒を切断した。
侵入成功。
痕跡は残さない。切断した棒は回収し、窓はただの締め忘れにしか見えない状態に戻す。完璧だ。
ミニマップを確認。
二階にいるのは村長だけ。“赤い点”は寝室のベッドの上に表示されている。いびきも聞こえる。うるさいが、逆に安心だ。多少の物音では起きないタイプらしい。
……ここで村長を殺せば、セリーナは安全になる?
いや、ダメだ。
借金という名の捏造がある以上、真っ先に疑われるのはセリーナ。冤罪のリスクが高すぎる。却下。別に殺すことに戸惑いはない。リアル調なら躊躇するが、俺の目で見たこの世界の人間はアニメ調。ゲーム感覚が重い、ただのNPCキャラだ。それに村長は悪人。生きてても村の癌だ。
でも、今は証拠だ。
俺は静かに寝室へ。案の定、村長はベッドで爆睡中。動画の通りければ、机と壁の隙間、そこに、例の書類があるはずだ。
その机に近づくと――
「うかーーーっ!ひひぃ!ひひっひひぃ!」
(?!)
即座に動きを止める。
ベッドの方向を見ると、村長が腹を掻きながら、謎の笑い声を上げていた。
数秒後、再びいびきが響く。
うわ~~~王道展開だけど、リアルすぎてめっちゃ怖かった……!
机と壁の隙間を覗く。やっぱり、悪事の証拠が隠されている。机を動かす?必要なし。
俺の視界には、はっきりと〈捏造した借用書の束〉と〈トビアスの裏帳簿〉の文字が表示されている。もちろん「拾う」コマンドも出ている。
これで簡単にストレージに回収完了。あとは――静かに脱出するだけ。
メニューを開いて、セリーナの家に転送。静かに、確実に転送。カンベキ~~!
ふぅ~~……危なかった。
ホントにギリギリの脱出劇だった。でも、これで証拠は確保できた。あとは、この証拠を信頼できる権力者に渡すだけでOK。
村長の悪事は、もう逃げられない。
明日は休みとはいえ、もう遅いし、そろそろ寝たい。
寝る前に、ささっと作りたいものを作っておこう。掘ってきた鉄鉱石で、インテリアの〈安い冷蔵庫〉を制作。
高さ1メートルほどの、見慣れた現代風の小さな白い冷蔵庫。この世界観とはまったく合ってないけど、逆に安心感がある。電気が通ってないのに、なぜか中はちゃんと冷えてる。
原理はまったく不明。この中に入れた食材は、料理メニューで料理を作る時、優先的に使われる。つまり、別枠の食材倉庫ってことだ。
昨日棚に置いておいた回復ポーションも、俺がログアウトした後も消えていなかった。ってことは、冷蔵庫として普通に使えるはず。セリーナも中の食材を使って料理できるだろう。あとで「使っていいよ」って伝えないとな。
最後に、製作メニューから〈N 村人の服〉より防御力が高い〈N 商人の服(女性)〉を作成。このままドレス姿じゃ、またセリーナを怖がらせるかもしれない。だから、村人の服に近いデザインで、ポケット多め、ちょっと防御力が高い商人の服。彼女に渡すつもり。
〈N 商人の服(女性・上下)〉(効果なし)
いよいよ最後の問題。
どうやって彼女に「これを着ていいよ」と伝えるか?
ペンはない。
砂の上に書く?いやいや……セリーナの家は貧しそうだし、文字が読めるかどうかも怪しい。でも、母親のエメラルダさんは元伯爵家のメイド。読み書きを教わっていた可能性はある。
あとでトレーを探して、砂で試してみる?それともナイフで木の板に文字を刻む?……あ!そうだ、かまどには灰がある!
俺は指でかまどの灰を取り、紙の上に描いてみた。
まずは、スカートっぽい模様。次に、防御力を示すために盾の形。その上に矢印を描いて、「この服は防御力が高い」と伝える。隣にはプレゼント箱の絵。
これで「これは贈り物です」とわかるはず。
続けて、冷蔵庫の箱を描いて、矢印で漫画肉を描く。これで「冷蔵庫の中の肉は食べていいよ」と伝わる……はず。……多分。
一応、別の紙には日本語でこう書いておいた:
「これはあなたを守るために作った服です。ぜひ着てください。冷蔵庫にあるものは食べても大丈夫です。」
ふわあぁ……眠い。寝る前に、今のステータスを確認。
【名前:セリーナ】
レベル:31
- 短剣レベル:5 → 8
- 魔法レベル:1 → 7
- 調合レベル:6 → 7
- 走るレベル:7 → 12
- 料理レベル:5 → 7
- 鍛冶レベル:2 → 4
- 加工レベル:2 → 7
- 伐採レベル:0 → 8
- 採集レベル:6 → 8
スキル、めっちゃ上がってる。
焼き鶏丼、生活スキルの経験値まで上げるのか……万能すぎる。でも、二周年でもらった焼き鶏丼は残り一個。作ることはできるけど、鳥肉と卵はある。問題はお米がない。あとで攻略サイトで、この辺でお米が手に入る場所を調べておこう。
リアルの時間を確認。01:32。そりゃ眠いわけだ。でも、このままドレス姿でログアウトするのはマズい。
まずは部屋を片付けて、使ったものを元の場所に戻す。
最後に、ドレスセットをすべて解除。セリーナの服に、普通の方法で着替えさせる。たぶん、普通に着替えると、脱いだ服はストレージに入らない。
……にしても、こんなリアルなスカートの着替え、やっぱりドキドキするな。セリーナの体、隅々まで見えてしまうし………だめだ!だめ!寝る!ささっと寝よう。
明日はまた、次の転送ポイントまで走る予定だし。ダンジョンにも入りたいけど、でも長距離移動は休日じゃないと無理だ。……もし森の内側のモンスターの経験値が美味しければ、少しレベリングしてもいいかも。
最後は照明用の天使の輪も解除。
部屋は再び、静かな暗闇に包まれた。
あ、そういえば……メニューのこの辺に「家を非公開にする」設定があったな。効果があるかはわからないけど、オンラインゲームでは非公開設定にすれば、他人は入れない。もし機能してるなら、この家が一番安全な場所になるはず。
「ふわぁ~……」
もうダメだ、眠い……!
セリーナのベッドに戻って、横になり、ログアウトボタンを押した。




