46 塔
迷宮都市に到着した夜、俺は転送ポイントを解放し、翠夢の森にある小屋へ戻った。
ガンド村にあるセリーナの本家はそのまま残してある。その本家と繋がる森の小屋は、俺とタピオカくんで少し近代風にリフォームした。
タピオカくんは得意げにセリーナたちへ小屋を見せ、家具を一つひとつ紹介していた。
小屋はリゾート並みに広くなり、部屋も分けた。天井には吊り灯を取り付け、柔らかな白い光が部屋を照らす。まるで北海道のリゾートロッジのようだ。
セリーナが「暇な時に料理を作りたい」と言っていたので、冷蔵庫と〈上級料理道具〉、オーブンを設置した。〈上級料理道具〉はゲーム仕様で、不思議な力によって欲しい調理器具がすべて揃う。
製作部屋も用意した。裁縫やポーションを作るための場所で、〈上級錬金道具〉と〈上級裁縫道具〉を置いてある。〈上級道具〉には使用回数制限はあるが、壊れたらまた作ればいい。
リビングにはソファー、本棚、テーブル、観葉植物を置いた。本好きなセリーナにはぴったりの空間だ。ソファー横のテーブルには、サクラリア用の妖精サイズのリビングも作ってやった。
本棚を完成させた時、製作メニュー通りに謎の本が並んでいて少し嬉しかった。読めない飾り物ならまた買えばいい。レア素材を売れば金はすぐ手に入る。
タピオカくんが一押しなのは、現代風の洗面室と浴室、それに寝室だ。浴室は世界観を無視して、一人用の「泡湯」付き浴槽を作った。寝室のベッドもレア素材製で、説明文には「最高の寝心地」と書かれていた。
最後の一部屋はサクラリア専用。この小屋のミニチュア版のようなプライベートルームになっている。
セリーナたちは「すごい!すごい!」としか言えない様子だった。そしたらセリーナはすぐに浴槽を試したいと言ったので、俺はしばらくログアウトした。
その後、タピオカくんもログアウトしたらしい。リアルの世界で彼女に聞くと、「サクラリアも浴槽を試したかったのでログアウトしたの。それと、ついでに彼女の浴槽とベッドをセリーナの浴室と寝室に移しただけ。」と言っていた。サクラリアはプライベートよりも、セリーナと一緒にいたいらしい。
再びログインすると、二人は新しいベッドで眠っていた。まだ外の畑を紹介していないのに……まあ、明日また驚かせておこう。
リフォームは終わった。いつもの遺跡ダンジョンはエルドラーナたちが潜っているようなので、しばらくは入れないだろう。
一応、迷宮都市に到着したことを妖精の女王様へ伝えておく。俺たちは翠夢の森中心部の妖精の国へ入り、まだ起きていた妖精騎士に女王様への伝言を頼んだ。
今日は仕事で疲れていたので、セリーナたちを迷宮都市の宿屋に戻し、俺たちも早めにログアウトした。
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翌日の朝――今日は土曜日。
私は宿屋のベッドから起き上がった。
「う…うん……あれ……。」
半分開いた目をこすりながら、周りを見回す。
「あの素敵な家は……夢?……いや、ここは宿屋……ふわ~あ。」
サクラリアはふわりと舞い降り、私の頭の上にちょこんと座った。澄んだ声でいつも通りの挨拶をしてくる。
『おはようございます、セリーナ。』
「うん、おはよう、サクラリア。」
『今日は土曜日ですよね。精霊様たちは先週と同じく九時くらいに来るでしょうか。』
「わからないけど……とりあえず朝ごはんにしましょうか。」
『はい。』
私はいつもの魔法使いのスカートに着替え、白いローブで姿を隠したまま宿屋を出て、いい店を探して朝食をとった。
食べ終わったら、精霊さんから与えられた任務をこなす。
昨日この街に到着した時はレオンさんたちと一緒だったので、レア素材を換金できなかった。 売る店はもう目星をつけてあるから、今日は直接そこへ行って売るだけだ。
精霊さんの素材は少し特別で、ほとんどが複製品のようなものだ。 だから冒険者ギルドで売るには向かない。 そこでレア鉱石はわざと半分に割り、良さそうな鍛冶屋に直接売った。 大量に回収したアラクネの糸は、そのまま服屋に買い取ってもらった。
それを済ませた後、宿屋に戻り、サクラリアと新しい家のことを話しながら、精霊さんたちの到着を待った。
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土曜の朝。平日と同じ時間に、俺はタピオカくんからの電話で起こされた。
「はい、もしもし。」
『豆腐くん!』
「おはよう、タピオカくん。どうした?」
『あれ?まだ寝てた?』
「いや、起きたばかりだ。朝ごはん食べたら君に連絡するつもりだった。」
『そんなことより!塔!塔はあったよ!』
その一言で完全に目が覚めた。
「ダニィ?!」
『塔のことが気になって、半時間前にログインしたの。セリーナたちを塔の場所に連れて行ったら、ちゃんとあったのよ。』
「でも昨晩は見えなかっただろ?どうしてだ?」
『わからないけど、ゲームより低い塔だったわ。高さは十階くらいで、闘技場の後ろに隠れていたの。』
「なるほど……じゃあしばらくは迷宮都市に留まるな。場所を借りて家を作るか。」
『そうね。じゃあ私は先に戻るね。急ぐ必要はないから、あなたもゆっくりでいいのよ。昨日家を紹介した時、頻繁にあくびしてたから、セリーナたちも心配されてたわよ。』
「え?俺、あくびしてた?!悪いなぁ……昨日早めに寝たから、もう平気だ。」
『急ぐ必要はないんだから、ちゃんと朝ごはんを食べてから来なさい。』
「わかった、ありがとう。」
電話はそこで切れた。昨晩あくびした記憶はないんだが……二人にも心配させてしまったなぁ。
顔を洗い、朝ごはんを食べたあと、九時頃に俺もログインした。
ログインすると、目の前には年上で男っぽい女性冒険者がいて、鍛冶屋の前でこっちに話していた。
「ああ、あの塔ね。〈裁きの塔〉って言うんだ。」
セリーナ:精霊さん、おはようございます。あの……身体は大丈夫ですか?
サクラリア:おはようございます、精霊様。
『あ、どう…精霊くん。来たのね。今、情報を集めてるところよ。』
左耳からサクラリアの声が聞こえる。タピオカくんはサクラリアに憑依中で、いつものようにフードの中に隠れている。どうやらセリーナたちは、この女冒険者から塔の情報を聞いているらしい。俺も話の流れに乗るしかなかった。
「〈裁きの塔〉ですか。冒険者の方々は中に入らないのですか?」
「入らないよ。裁きの塔は犯罪者の処刑場だからね。」
「あら、そうですか。どうやら噂とは違うようですね。」
「噂って?」
「別の街の酒場で、その塔から出てきた人がいて、珍しい素材を手に入れたって話を聞いたんです。」
「ああ、それか。」
「その言い方だと、本当ですか?」
「まあな。大昔に犯罪者が一人だけ出てきたらしい。出た時、身体にはグリフォンの爪が刺さったまま死んでいたそうだ。だから中には強力なモンスターがいると確認されたんだ。グリフォンの爪はめっちゃ高いぜ。」
「これはこれは……。」
「あの塔には昔、上位の冒険者パーティーが何組も挑んだけど、誰も帰ってこなかった。だから今は死刑囚の処刑場として使われている。入るのはおすすめしないよ。」
「なるほど。興味深いお話をありがとうございます。」
「いいって。その杖を見て、君も只者じゃないってわかる。良かったらうちのパーティーに入らないか?」
セリーナが持っていた〈絶対零度のロッド〉の杖頭は布で覆っていたが、この人はその強さを見抜いているらしい。とはいえ、彼女のパーティーに入るつもりはないので、丁寧に断った。
「お誘いくださり感謝いたします。ですが、ワタシには果たすべき目的があり、今は冒険者を休んでいるのです。」
「そうか、残念だ。もし気が変わったら酒場であたしを探してくれ。うちのパーティーは魔法使いを欲しているんだ。」
「わかりました。」
その後、ドワーフの鍛冶屋のおじさんが「出来たぞ!」と声を上げ、片手剣を持って出てきて、その女冒険者に渡した。欲しい情報は手に入ったので、俺たちはさっさと退散した。
タピオカくんの案内で闘技場の裏にある塔へ戻り、良い場所を見つけて腰を下ろし、現状を確認した。
「間違いない、これは〈覇者の塔〉ですね。」
『ええ、でも低い。』
目の前にある〈裁きの塔〉――もとい〈覇者の塔〉は、外見こそゲームと同じ直径二十メートルほどの石造りの塔だが、思った以上に低い。高さは十階程度しかなく、隣の闘技場よりも低い。だから昨日、セリーナとタピオカくんも見つけられなかったのだ。
セリーナ:でもどうして〈覇者の塔〉が〈裁きの塔〉になったんですか?
「これは恐らく、この世界の人たちのレベルが低いのが原因かと思います。」
セリーナ:えっと、レベルで私は今確か52ですよね。
サクラリア:わたくしは31です。
「セリーナはもう53になりましたよ。サクラリアも今は35です。」
目の前を歩いていた冒険者らしい人物を見ると、その頭上にはゲームのように名前とレベル12と表示されていた。
セリーナ:そう言われると、確かに他の人のレベルは低いです。
サクラリア:そうですわね。
二人も俺とタピオカくんの視界を通して他の人のレベルを確認し、すぐに納得した。
塔に入ったことがあるタピオカくんが口を開く。
『うーん、さっきの女冒険者もレベル17だったけど、あの塔を十階まで行くのはちょっと厳しいと思うよ。』
セリーナ:あの塔はそんなに難しいの?
セリーナ:あ!この塔はソロ限定ですから、だからパーティーで入るとみんなバラバラになる!
『そういうこと。普段仲間に頼っている戦術が全部使えなくなる。ポーションもヒーラーが持っていることが多いし、バラバラになった冒険者たちは回復なしで強敵と連戦することになる。だから実力があっても十階まで行ける人はほとんどいないと思う。それに、この世界の人たちはその塔がソロ限定だということを、まだ誰も知らない。』
セリーナ:なるほど。
サクラリア:回復魔法は使えないのですか?
セリーナ:サクラリア、人間は全員が魔法を使えるわけではないのですよ。
サクラリア:そうですか。大変ですね。
『まあ、セリーナのレベルならまだ余裕あるけど、この世界の人たちにはキツイ。一階目はレベル11の変異ゴブリンナイト。前衛なら平気でも、ヒーラーならもう無理そう。二階目はウィントバード。前衛が遠距離攻撃を持たないと攻撃が届かない。魔法使いも前衛がいないと中位魔法を使うのは難しい。それに勝ち進むごとに敵はさらに強くなる。』
サクラリア:一階ごとにレベルが一つ上がるのでしょうか。
『ええ、そう。だから十階のグリフォンはレベル20。ソロでグリフォンを倒せる人なんて、この世界では指で数えられるほどしかいません。』
セリーナ:だからこの塔は犯罪者の処刑場になったんですね。
『多分、犯罪者たちは何の装備も持たずに中へ入れられたんだろう。何も持たずに十階をクリアしたあの犯罪者は、本当に強かったんだ。』
セリーナ:えっと……私たちはこんな怖い塔に挑むんですか?
『大丈夫。私たちなら多分三十階までは楽勝だよ。』
サクラリア:なぜそう言えるのですか、タピオカ様。
『私たちは情報を持っている。次にどんなモンスターが出るか、その攻撃方法も知っている。だから事前に準備できる。それだけで大きな差になる。』
「それですね。それにセリーナたちのレベルも塔を登るたびに上がっていく。加えて、他の冒険者と違ってあなたの装備は一級品です。」
セリーナ:そ、そうかな~。
まあ、無理もない。処刑場と呼ばれる場所を周回すると聞けば、普通は頭がおかしいと思うだろう。
「大丈夫ですよ、セリーナ。戦うのはワタシですから。あなたは心配しなくていいのですよ。」
セリーナ:い、いいえ!私にできることがあるなら、手伝いさせてください!
「わかりました。では塔がある以上、予定通りこの街でしばらく滞在します。セリーナ、ここで借地することは可能でしょうか?」
セリーナ:えっと……もしバールヴィレッジと同じなら、多分できると思います。
セリーナ:私たちはこの街の住人ではないので居住用はわかりませんが、
セリーナ:商業用なら商業ギルドに申請すれば、多分可能です。
「わかりました。セリーナ、ワタシたちがいない間、時間がありますよね。何か興味はありますか?」
セリーナ:興味……ですか?
サクラリア:セリーナは料理に興味があるみたいです。
セリーナ:サクラリア!
「そうですか。ではセリーナ、自分のお店を持ちたいと思いませんか?」
セリーナ:店……自分の店?え?!えぇぇぇ?!
「どのみち拠点を確保する必要があります。店にすれば、ワタシたちがいない時にも、時間を有意義に過ごしながら収入を得られます。料理に興味があるなら小さな飲食店を開きましょう。店はすぐに建てられますし、ガンド村のセリーナの家や翠夢の森の小屋とも繋げられます。ただし秘密にしたいので人を雇うことはできません。もしポーション作りに興味があれば錬金の店でも良いですし、裁縫を極めたいなら洋服屋でも構いません。やりたいことがあれば遠慮なく話してください。」
チャット欄はしばらく沈黙した。俺たちはサクラリアに「店を開く」という意味を説明したあとも、セリーナの返事はなかった。もしかして嫌だったのだろうか。
「もちろん、セリーナが嫌なら、いつも通り自由にしていいですよ。」
セリーナ:……私の店……興味は少しあります。
「おお!良かったです!では商業ギルドに行きましょうか。」
『おーー!』
サクラリア:おーー!
こうして〈覇者の塔〉の存在は確認済み。目標は変わらず、拠点を確保するために俺たちは商業ギルドへ向かった。
商業ギルドに到着。
ギルドに入る前に、俺はセリーナのローブを外し、現代風のお嬢様姿に整えた。外見は派手な〈絶対零度のロッド〉を持ったまま入場する。これはタピオカくんの提案だった。
ギルドの職員に「セリーナはただの子供」や「良いカモ」と認識させないため。第一印象は大事らしい。
そして、わざとカウンターでアラクネからのレアドロップ〈蜘蛛女王の目〉と砂糖を売った。
作戦は成功。商業ギルドの上役はすぐにセリーナを取り次いだ。
そのおかげで、意外なほどすんなりと登録が完了し、迷宮都市の中央区から少し離れた場所にある小さな借地を半年間貸してもらえた。
商業ギルドの職員に案内され、俺たちは借りた空き地へ足を踏み入れた。
俺は当然のように、職員の目の前で【臨時拠点―商家型―】を取り出す。
小さな玩具のような縮小版の拠点を地面に置き、軽く押すと──俺たちにしか見えない展開可能の緑の枠がふっと消え、拠点はバルーンハウスのように膨らみ始めた。空気を吸い込むように一気に広がり、ほんの一瞬後には、しっかりとした木造の商家が目の前に完成していた。
「これで大丈夫そうですね。」
「え?!え?!セ、セリーナ様、これは……一体……。」
ギルドの職員は目を丸くしてこちらを見ている。俺は微笑んだまま答える。
「これはただのダンジョン内で見つけた魔道具なだけです。気にしないでください。」
強者感を示しておかないと、商業ギルドに舐められる。くだらない嫌がらせはごめんだ。
俺が魔道具の詳細を語る気がないと悟った職員は、仕方なく退散した。こうして、驚くほどすんなりと迷宮都市の拠点を確保できた。
すぐにメニューで店を非公開に設定し、ガンド村のセリーナの家へ転送して店と繋げる扉を設置する。まさか午前中で拠点の問題が片付くとは思わなかった。やはり第一印象は大事だ。
翠夢の森の小屋へ戻ると、妖精の女王様は面白そうにリフォームした小屋の中を飛び回っていた。……うん、想定内だ。気にしたら負け。
昼食前にセリーナたちへ森の小屋前の畑も見せた。ゲーム仕様の畑は種を埋めれば数日で収穫できる。先ほど商業ギルドで売った砂糖も、この畑で育てたものだ。女王様は毎回当然のようにお菓子を所望するので、この畑は重要だと説明すると、すぐに妖精を派遣して手伝うと仰った。……どうせ自分のお菓子のためだろう。
昼食を済ませ、小屋で今後のことを女王様も交えて話し合う。
「拠点は確保できましたので、午後は予定通り〈覇者の塔〉に挑みます。問題はありませんか?」
『ええ、問題ありません!隊長!』
セリーナ:はい、問題はありませんです。
サクラリア:問題ありませんです!隊長!
「わかりました。では塔に向かいます。セリーナは引き続き、どんな店を開きたいか考えてください。」
セリーナ:あの……実は……自分が作ったケーキを売る店にしたいのです。
『なるほど、セリーナはパティシエ志望ですね。』
セリーナ:ぱてぃ?……えっと、脳内に作り方があるので、
セリーナ:その……ケーキ作りに少し興味がありますです。
サクラリア:わたくしもお手伝いします。
セリーナ:ありがとう、サクラリア。
「そうですね。職員を雇えない条件もありますから、毎日数量限定なら問題ないでしょう。」
ここで女王様が口を挟んだ。
『妾も興味がある。人間はどのようにして、あのように美しい菓子を作るのか……見てみたい。しかし残念ながら、妾は森の結界を張るため、森から離れることは出来ぬ。』
「その点はご安心ください。料理道具は小屋に揃っていますから、作るのはここで行えます。女王様が興味をお持ちなら、ぜひ小屋へお越しください。セリーナ、小屋の〈上級料理道具〉はほぼすべて揃っています。足りないものがあればワタシに話してください。」
セリーナ:わかりました!ありがとうございます、精霊さん。
「いいえ、セリーナの思うままにやればいいのです。では女王様、ワタシたちは塔へ向かいます。先に失礼いたします。」
『気にせん、妾はここで本を読む。』
女王様はリビングのサクラリアのリビングで妖精サイズの本棚から本を取り、ソファーに腰を下ろした。……ここに住む気か?
俺はタピオカくんと目を合わせる。彼女はため息を吐き、やれやれと返した。どうやら女王様とそのメイドたちの分の家具も作らないといけないらしい。
迷宮都市の店に戻り、俺達は〈覇者の塔〉へ向かった。




