43 独占できなかったね
月曜の夜。仕事帰りに夕飯を済ませて、俺はタピオカくに通話を入れた。
「タピオカくん、こんばんは。今大丈夫?」
『こんばんは、豆腐くん。大丈夫よ、夕飯食べてるだけ』
「俺もだ。今日はいつログインする?」
『夕飯のあとでログインするつもりだけど、大丈夫そう?』
「わかった。じゃあ俺も早めに済ませるわ」
『ログインしたあと、色んな意味で忙しいですからね』
「それな。セリーナたちは無事にミルデンに着いたかな」
『心配しすぎよ。ただの馬車移動でしょ』
「そ、そうだな」
『私はもう食べ終わったから、先にログインするね』
「了解。また後で」
通話を切って、俺も雑に夕飯をかき込み、軽くストレッチをしてから『セレアグ』の世界へとログインした。
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ログインすると、まず目に入ったのは空中に浮かぶ光の絵だった。セリーナたちは宿屋の部屋で、魔法の練習を兼ねて絵を描いているらしい。
セリーナ:精霊さん!こんばんは!
サクラリア:こんばんはです、精霊様。
「こんばんは、セリーナ、サクラリア。無事にミルデンへ到着できたのですね」
セリーナ:はい、ここはミルデンの宿屋です。
ワールドマップを開くと、今日セリーナたちが通った道の黒塗りが消え、移動ルートが綺麗に表示されていた。幸い、この街の近くには転送ポイントが存在している。
『精霊くん、こんばんは』
「こんばんは、タピオカくん」
『この辺り、転送ポイントがあるね。そっちに行くの?』
「はい、そのつもりです。セリーナたち、夕飯は済ませましたか?今から転送ポイントまで走っても大丈夫ですか?」
セリーナ:はい、大丈夫です。いつでもどうぞ。
俺は星月ドレスに着替え、外にローブを羽織る。サクラリアに憑依したタピオカくんはフードの中に入り、俺は窓から静かに外へ躍り出た。
街の外は暗闇に包まれている。頭上に照明用の〈天使の輪〉を浮かべ、最寄りの転送ポイントまで走りながらセリーナたちの報告に耳を傾ける。
「今日は無事に到着できたようですね。では、何か欲しいものがあれば教えてください。後で用意いたします」
セリーナ:ありがとうございます、精霊さん。
サクラリア:わたくしはプリンが欲しいのです!
「サクラリア、それは駄目です。甘いものは一週間に一度だけ。砂糖はとても高価なのですよ」
サクラリア:そうですか……残念です。
サクラリア:あの、ごめんなさい、タピオカ様。
サクラリア:わたくしは浴槽が欲しいのですが、作っていただけませんか?
『あら、妖精もお風呂に入るの?』
サクラリア:多分必要ないですが、セリーナがとろけそうな顔で入っていたので……だめでしょうか?
『いいですよ。すぐ作れるし、銅も昨日結構回収しましたからね』
タピオカくんは手際よくシステムメニューを開き、「銅の浴槽」の製作を開始した。
夜道を走ること三十分。最寄りの転送ポイントを無事に解放し、翠夢の森の小屋へ転送する。
セリーナ:やっぱり、うちが一番落ち着くわ。
セリーナは明日の馬車の中でレースを編みたいらしく、アラクネの糸や裁縫道具を用意しておくことにした。
その後は日課となっているクリスタルゴーレム狩りへ転移。さくっと討伐して貴重な素材を回収し、サクラリアのレベル上げも兼ねてナイジェリアの森の遺跡ダンジョンを周回する。
周回の途中でセリーナたちは眠りについたため、俺とタピオカくんはさらに二回ほどダンジョンを回ってから、早めに小屋へ戻った。
「はぁ……その後はまたミルデンの宿屋まで走って戻らないといけないのか。鬱だ……。運営さん、ミルデンの街中に転送ポイント作ってくれ……」
『「だが断る!」らしいよ。それとアリスの話し方!』
「おっと、失礼……疲れはないですが、精神的に長距離を走り続けるのはやはり辛いですね」
『いいからいいから、セリーナの家の改装をしましょう』
俺はセリーナの小屋の家具を、タピオカくんはサクラリア用のミニチュア家具を、それぞれ製作メニューから作成していく。完成した調度品を、タピオカくんのインテリア指示に従って設置していった。
『豆腐くん、製作メニューのこの鏡付きのドレッサーって作れそう?』
「作れますよ。ミルデン近くの川で砂をたくさん採取しましたからね。ついでに、ようやく部屋のガラス照明も作れそうです」
『完成したら出してね。それとね、豆腐くん。外に畑を作らない?』
「え?もちろん構いませんが、今週は毎日小屋に戻れるとは限りませんよ?」
『そうなんだけど、砂糖を量産しないとダメそうな気がするのよね』
「なるほど……あの二人、すっかり甘いものに目覚めてしまいましたからね。それに妖精の女王様が来られる際に甘いものが無かったら、少し困りますし」
『それな。この世界はリアルサイズだから、ゲームみたいに簡単に転送ポイントを解放できないし。拠点で育てるのが一番効率いいわ』
「分かりました。試しに四コマ分の畑を設置してみましょう。もしゲーム仕様の成長速度なら、二、三日で収穫できるはずです」
こうして俺は小屋の外に畑を設置し、サトウキビという砂糖素材を量産する準備を始めた。魔法で水をかければ、ゲーム仕様ならすぐに収穫できるだろう。この小屋は女王様の結界の力で人間には視認できないため、畑もきっと見えない……はずだ。
家具や畑の設置を終えたのは夜の十一時頃。俺はミルデンの最寄りの転送ポイントへ移動し、タピオカくんと一緒に宿屋へ戻った。こうして、その日の作業は終了した。
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翌朝。早くに馬車乗り場へ来た私を見つけ、爽やかな声で挨拶をしてくれた人がいました。
「おはよう!」
近づいてきたのは、昨日も馬車の護衛をしてくれていたレオンさんでした。そういえば、レオンさんも私と同じく迷宮都市ヴァロリアに向かっているのですよね。
「あら、おはようございます、レオンさん。今日もよろしくお願いします」
「今日もよろしくな」
その後ろから、昨日も護衛をしていた獣人の男の人が満面の笑みで声をかけてきました。
「お、昨日のお嬢ちゃん。あんたもオルヴァンに行くのか?」
「はい、よろしくお願いします」
「レオン、お嬢ちゃんと仲いいみたいじゃねぇか。昨日何かあったのか?」
「ないって。少しダンジョンの話をしただけだろ」
「おい!ダンジョン!お嬢ちゃん、ダンジョンに興味があるのか?どこに行くんだ?」
獣人のヴァルクさんは、面白そうに私の目的地を尋ねてきました。
「王都の付近です」
「なるほど、じゃあ途中まで一緒だな。良かったな、レオン!」
「ヴァルクさん、何を勘違いしてるんだ?俺とセリーナはあなたが考えてるような関係じゃないぞ」
「はいはい、イケメンは余裕だな〜!羨ましいぜ!俺の春はいつ来るんだろうな〜〜!」
獣人のヴァルクさんは大笑いしながら去っていきました。
「悪いな、セリーナ。あいつ、人をからかうのが好きみたいなんだ」
「いいえ、平気です……レオンさんは、あの獣人さんとご友人なのですか?」
「いや、今回の護衛でたまたま一緒になっただけだ。昨日が初対面だよ」
「そうですか……」
「ああ、言いたいことはわかるよ。大半の獣人はあんな感じなんだ。馴れ馴れしいというか、一度心を許した相手にはすぐ懐くんだよ」
「なるほど……私、獣人の知り合いは今までいませんでしたので」
「まあ、多分悪い奴じゃないと思う。俺は護衛に戻るけど、昼は一緒に食べようぜ」
「はい、ぜひ。またダンジョンの話を聞かせてください」
「わかった」
こうして私は馬車に乗り込み、昨日の続きで小説を読み始めました。
馬車でオルヴァンへ向かう途中、ゴブリンやウルフ、虫系のモンスターが現れました。
周りは騒がしかったけれど、私の感覚ではサクラリアのマナショットだけで十分倒せそうでした。だから完全に無視して、サクラリアと一緒に小説を読み続けました。
午後、小説を読み終えてもまだオルヴァンには到着しません。私はレース編みを始めました。
そうしているうちに、知らない間に街へ到着していました。今日も昨日と同じく、安全面を考慮して少し高めの宿を借り、精霊さんたちを待つうちに、気づけば眠ってしまっていました。
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火曜日の夜。タピオカくんと一緒にログインすると、珍しくセリーナはすでに眠っていた。サクラリアの話では、今朝読んでいた小説の感想を語り合っていたらしいが、途中で寝落ちしてしまったとのことだった。
ログインしたあと、セリーナを起こす手段はない。わざわざログアウトして起こす必要もないし、今日あった出来事はすでにサクラリアから聞いている。報告を終えたサクラリアも眠そうのため、彼女もこのまま休ませることにした。
オルヴァンの街には幸い転送ポイントが存在する。俺は小屋へ転移してセリーナの明日のお弁当を用意したあと、夜九時頃に再びサクラリアのレベル上げのため遺跡ダンジョンへ転送した。
転移が終わると、クリスタルゴーレムが鎮座する広場の前に躍り出た。そこでタピオカくんが即座にフードの中へ隠れ、声をかけてきた。
『豆腐くん、待って』
「どうしました?」
『外側の森に人がいるわ』
「……」
俺もすぐに画面隅のミニマップへと視線を走らせる。索敵範囲のギリギリに白い点が集まっており、広場の外縁にある森の中に焚き火と人影が確認できた。俺はすぐにキツネの仮面を付ける。
敵か?……いや、白い点ということはNPCだ。もしかして、バールヴィレッジの領主から派遣されたクリスタルゴーレム攻略隊だろうか。
『私、確認してこようか?』
サクラリアに憑依しているタピオカくんを偵察に飛ばすのも手だが、彼女の姿は人間には見えないとはいえ、もしそこに人間以外の種族や感知能力を持つ者がいたら余計なトラブルになりかねない。
「大丈夫です。森の中で他の冒険者と遭遇するのは、この世界でもよくあることですしね」
今の俺は星月ドレスセットの上に白いローブを羽織り、頭上には照明用の〈天使の輪〉を浮かべている。たとえ見られたとしても“仮面の冒険者アリス”だと認識されるはずだ。この姿はバールヴィレッジ周辺ではすでに有名になっている。
『あいつらを無視するなら、このままゴーレムを倒して遺跡に入りましょうか』
「そうですね。軽く二周ほど周回してから、セリーナたちの小屋の改装に取り掛かりましょう」
『ええ、そうしましょう』
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崩れかけた石柱と、青々とした苔がむす床石が静かに並ぶ遺跡の広場。その外縁に広がる深い森の中で、あたし——エルドラーナは、〈暁の誓い〉と〈爆雷の爪〉という二つの優秀なパーティー、そして火魔法に秀でた魔法使いたちと共に野営を行っていた。
簡易テントの中で明日のクリスタルゴーレム討伐の戦術を練っていると、〈暁の誓い〉のリーダーであるアレンが、押し殺した声でテントの外から呼びかけてきた。
『ギルド長……起きていらっしゃいますか?』
「何かあったの?」
『あのアリスさんが……急に広場へ現れました』
「なに……!?」
あたしはすぐさまテントを飛び出し、森の木陰に身を潜めながら広場の様子を窺った。
静寂の森のなか、白いキツネの仮面をつけ、美しい白いローブを纏った少女が立っていた。その手には凄まじい魔力を秘めた純白の杖。そして彼女は、何の躊躇もなくクリスタルゴーレムが鎮座する広場の中央へと歩みを進めていた。
「……本当に、アリスさんなの……?」
なぜ彼女が今、こんな場所にいるのか。もしかして、のゴーレムを打ち倒すつもりなのか――!?
いや、それ以上に……彼女の頭上には、神聖な淡い光を放つ“輪”が漂っていた。まるで天使の証明のように、夜の闇と広場を優しく照らし出している。
普段ならどんな異常事態であれ冷静に状況を分析するあたしの瞳が、その瞬間ばかりは強く揺らいだ。あまりの神々しさに、思わず息を呑む。
「……これは幻覚?それとも、本物の天使……?」
だが、呆然と見惚れている暇はない。あたしはすぐさま小声でアレンに命じた。
「アレン、静かにテントの中の魔法使いたちを起こして、ここに潜ませなさい。〈爆雷の爪〉と他の者たちにも、絶対に声を出さないよう厳命するのよ」
「わかりました……!」
アレンは迅速に動き、配下の冒険者たちを呼び寄せた。あたしは再び視線を広場の中央へと戻す。
アリスは白い杖を静かに握り直し、ゆっくりとクリスタルゴーレムの索敵範囲へと足を踏み入れていく。――本気で、たった一人で挑むつもりだというのか?確かに彼女は以前にもこのゴーレムを退けたと聞いている。しかし、今の彼女の背中からは一切の緊張感が窺えない。まるで軽やかに、散歩でもするように挑もうとしている……。
やがて他の魔法使いたちもあたしの背後に集まり、固唾をのんで広場の光景を見つめた。あたしは背後の者たちへ低く、絶対の威厳を込めて告げる。
「いいこと、皆。一切の声を禁じます。この戦いを、最後までその目に焼き付けなさい」
ギルド長の重々しい命令に、猛者揃いの冒険者たちも言葉を発することなく、ただ深く頷いた。誰もが目の前の信じがたい光景から目を離せずにいた。
白いローブを纏い、頭上に聖なる天使の輪を輝かせた少女が、クリスタルゴーレムへ立ち向かう――。
広場の結界が侵入者を感知し、クリスタルゴーレムの目が不気味な光を放ちながら起動した。




