↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Strain:BIBLE  作者: Ak!La
第4章 宵闇の名も無き悪魔
23/24

第22節 再臨せし悪魔

「ヒィッ……やめろっ、やめてくれ! こっ、こっちに来るなぁ! うわあぁ!」

 微かな窓明かりが射す薄暗い廃倉庫。悲鳴を最後に男の頭はコンクリートの地面に叩きつけられ、紅い華を咲かせた。それを見下ろしながら、ふぅ、とため息を吐く影にパチパチと拍手が降りかかる。見上げると、木箱の山の上でフードを被った死神が笑っている。

「壮観壮観。もう僕のサポートもいらないねローエン」

「……ほんっとに見てただけだなお前……」

「だって必要なかったんだもの。これで僕も安心して医者に専念出来るってわけさ」

 トン、と降りて来たグラナートは、血に濡れたローエンの肩を叩く。

「やり方は相変わらず汚いけど。嫌いじゃないな僕は」

「綺麗に……とか…ねェだろ……」

「そうでもない。その道のプロはいつだって美学を持っているものさ」

 二人は軽い足取りで光の中へ歩いて行く。暗がりに残るのは死体の山。ローエンは既に“悪魔”たり得る殺し屋へ成っていた。



 本格的にローエンが仕事をするようになって半年。教えていたグラナートも内心舌を巻く程、彼の成長は早かった。

 コツを教えればあっという間に飲み込む。勿論グラナートの教えた通りのスタイルとは行かなかったが────喧嘩屋出身らしい荒々しい戦い方ながら的確に相手の急所を突き、仕留める。そんな殺し屋になっていた。

 その手に躊躇いは見られない。今や慣れた、という訳でもなく当初から彼には一切の躊躇いがなかった。

「普段優しいような態度が嘘に見える。とんでもない殺戮機械になったよ彼は」

「君からそんな言葉が出るようになるとはね」

 仕事終わりのローエンに報酬を渡して返してから。奥の部屋でグラナートとアクバールは二人そんな会話を交わす。呆れるような感慨深いような顔をするアクバールに、グラナートは眉をひそめる。

「僕の努力に水を差すなよ。……彼は僕と違って天性のお人好しだよ。根が善良だ。だのにあんな風に出来るなんておかしい」

「どういう感情なのだねそれは」

「……分からない……けど」

 顔を曇らせるグラナートに、アクバールはからからと笑う。

「随分と人間らしい表情が出来るようになったなグラナート。あの青年のことが心配なのだろう。随分と肩入れするじゃないか」

「そんなんじゃ……ないと思うけど。……僕は殺しを愉しむ人間だ。だからあんな……あんな風に淡々とこなす人間の感情がよく分からないんだ」

「……不気味ということかね?」

「…………そうかも」

 頷きながらも微妙に腑に落ちない様子のグラナート。ふむ、とアクバールは面白そうに口角を上げる。

「分からないものは不気味に感じるものだ。理解しようとしても出来ないものもある。それはそれとして諦めたまえ。君と彼は別の人間なのだから」

「……あれが“悪魔”ってヤツなのかな。普段は優しい顔して優しい振る舞いをして、それでもって裏の顔は残虐……いや、違うな。冷酷という方が合ってるか……」

「君はそこまで他人のことを気にしない性分だと思っていたが」

「…………僕の掌の上で飼ってたつもりが、いつの間にか自分の足で地面に立ってすたこらと歩いていたって感じだ」

「はは。君らしくない例えだ」

 真剣に話しているのに適当に受け流されているようで、グラナートはムッとする。そんな顔にもアクバールは笑みを返す。

「そう難しく考えることはない。彼は無事使える手駒に育ったというわけだ。君は晴れて身を隠すことに専念出来る。喜ばしいことじゃないか」

「………あぁ……分かったよ。この感情の正体が」

「何がだね」

「いい。君には教えない」

 スクッとグラナートは立ち上げると踵を返す。

「どこへ?」

「帰る。今日はもう休む」

 ガチャ、とドアを開けて去って行くグラナート。その態度に含まれる嫌悪の感情を敏感に感じ取ったアクバールは、ふむ、と閉まったドアを見つめる。つい先ほどまでは感じられなかった────厳密にはグラナートは常にアクバールに対して嫌悪感を抱いているのだが────ものだ。何が彼の気分を害したのだろうかと考えるが、分からない。

「……ますます扱いにくくなったな彼は……」

 はぁ、とため息を吐く。ふと、窓の外へと目を向ける。青い空を鳥が駆けて行った。はたと時計を見る。……そう言えば、そろそろ約束の時間であった。


* * * * *


「どーも、ご無沙汰してまっす」

「……おや」

 いつもの酒場。アクバールを待っていたのはルチアーノではなくリアンだった。

「君がいるとは思わなかった。珍しいこともあるものだ。ルチアーノはどうしたのだね」

「ラファエルが風邪引いちまって、看病してまさぁ。俺が見てるって言ったんですけどこれが聞かなくってねえ。仕方ねえんで俺が来たんです」

「そうかい」

 誰もいない店内の座席に座る。裏から店主が出て来て、水を置いてサッと去って行った。それを見計らい、リアンが足元にあったアタッシュケースを机の上に立てる。

「はい、これ今月分です」

「助かるよ。……そちらの調子はどうだね」

「変わりなくって感じですかねー、まぁぼちぼち依頼も入ってるんで。金持ちってどうしてあんなにすぐ他人を恨んだり妬んだりするんでしょうねぇ、ほんと。まぁ俺たちは助かるんで良いんですけど」

 ペラペラとひとしきり喋ったかと思うと、リアンはアタッシュケースを倒し、肘をついて片眉を上げて笑う。

「そういや見て来ましたよ。金持ちの家のワン公の仕事現場」

「!」

 彼が言うのはローエンのことだ。予想外のことにアクバールは驚いて言葉を返し損ねる。

「ありゃすごい。どいつもこいつも一撃死。素手かその辺のものを使って殺されてる。うちのルチアーノでもあんなことは出来ない。勿論俺にだって……あぁ、俺は殺し苦手なんすけど」

「……何が言いたいのだね」

「手駒は十分でしょ? 俺の見立てだとあんたはウィリアム……グラナートを下げる。だから、ほら、早く俺たちに下さいな」

「それは出来ない相談だ」

「どうして? もう必要ないんでしょう」

 トントン、と一定の間隔でリアンの人差し指がテーブルを叩く。口は笑っているが目が笑っていない。ヘラヘラした男だと思っていたが、実は彼が誰よりも危なっかしいのかもしれない。アクバールは一つ深呼吸して、言葉を吐き出す。

「…………随分と余裕のないことだ。そこまで切羽詰まっているのかね君は」

「今に始まったことじゃないっすよ。俺は一刻も早く奴の息の根を止めたい」

「敵うものかね、君が」

「何だっていい。……あんたが無力化でもしてこっちに引き渡してくれたっていいんだ」

「勝手なことを。…………どうしてもというなら止めはしないが。その果てに何が待っているかは君が一番分かっていると思うがね?」

「………」

 ぎり、とリアンの歯が食いしばられる。憎悪の感情。それは幾度も見た、“被害者”の顔──────。

「……君たちも、難儀なものだな。復讐の為に生きるとは」

「それはあんたも同じだろ」

「!」

 ────思いもよらない言葉だった。ハッとしてリアンの顔を見る。哀れなものを見る目で、彼はこちらを見ていた。

「……何を」

「あんたは。………本当に何もかも自覚がないんだな。自分のことを何も分かってない。あんたの事情は知らない。……でも分かる。あんたはいつも怒ってる」

 リアンは立ち上がった。毒気の抜けた顔をして────ふらふらと店の外へ歩き出す。

「……リアン」

「いっす。ウィリアムのことは今は置いておく。あんたの行く先も見てみたい。………いつか破滅する。その時はきっと一緒です。俺たちは──首をすげ替えられた蛇は、一生地を這っていつかは踏み潰されるんですよ」

 薄汚れたドアの前に立ったリアンは振り返る。青い瞳が細められる。

「あなたもよく知ってるでしょう」

 軋んだ音を残して、リアンは消えた。アクバールは残された、少しも口をつけられていない水に視線を落とす。そこに映る己の顔は……


(……こんなに冷たかったか、ワタシの顔は)


 頭上でネズミが駆け回る音がする。人の気配のない店内は、そう遠くない己の未来を示唆しているような。そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。