第12節 無情なる優しさ
「おはよ………って誰もいねェ……かうぉぁ⁈」
翌朝、リビングに降りて来たルチアーノが見つけたのは、ソファの上、ぐーすか寝ているリアンだった。
「…………な、何だお前帰ってたのか」
「………んー」
声に反応し、眠そうな返事が返って来る。
「思ったより早かったな、もう少し凹んでるモンかと」
ルチアーノはキッチンでポットに水を入れ、スイッチを入れる。朝起きてすぐ紅茶を淹れるのが毎日の日課だ。
「……何で自分の部屋で寝てない」
「階段登る気力っつーか……体力が無くて……」
「…………歩く距離に比べたらすぐだろ」
「腰が……」
「あぁそう」
イラッとして、ルチアーノはソファの空いているスペースにどかっと座った。一つため息を吐き、すぐ横にあるリアンの頭を見下ろして言う。
「…………お前がそういう性格なのはアルヴァーロさんは知ってた」
「女のコと遊ぶのは怒られた」
「そっちじゃない」
「あぅーん……」
叩かれ、リアンは寝起きの猫の様な声を上げた。
「………知ってたからお前はいつも情報収集だけ」
「あーでも……情報収集の一環でヤるのは見逃してくれた……」
「オイ」
「イテテテテテ」
耳を引っ張られ、リアンは起きる。体を起こし、抗議の目でルチアーノを見る。
「何すんだよ!」
「俺は真面目な話をしてるンだ」
「……え、あ、そう」
「何だその反応」
「…………や、分かんない」
「寝ぼけてるな」
「うん」
「ハァ……」
ルチアーノは呆れ、そしてこれが一体彼に対して何度目の呆れなのだろうとそんな事を思った。
「………思えば俺達、結構長くやって来たモンだな」
「んー、そうだな」
「お前は昔っから何も変わンねェ」
「お前も変わんねェ…………あぁいや、変わったか」
「何が」
「…………そーだな……」
リアンはルチアーノから目を逸らし、天井を見た。
「ちょっと優しくなった」
「あ?」
「うん、優しくなったよお前は」
「………何だよそれ」
二人は笑う。が、リアンはすぐにしゅんとした。
「────ゴメン、昨日あんな事言って」
「あー……気にすんな、喧嘩なんかもっと酷いのやって来ただろ」
「あの頃は本当にお前、血も涙もない奴だったからなぁ」
「……それは否定しないが」
「『誰も信用しねェ!殺す!アルヴァーロさんは神!』みたいな」
「やめろ恥ずかしい」
「────でも実際アルヴァーロさんは神様みたいだった」
遠い目をして、リアンは微笑んだ。ルチアーノは応える。
「……まぁ、救世主みたいな人だった」
「俺達にとってはな」
「あぁ」
ふと、ルチアーノは思う。
「……俺はラファエルを拾っても良かったのか?」
「お前がそれ言う?俺は反対したんだぜ、殺しとけって」
「…………したな。そうだったな。……んで、俺が無理に……って言うかお前よく考えると酷いな」
「は?だってラファエルだってターゲットの一人だったろ」
「……そりゃ……そうだが」
思えば、何故殺すのをやめたのだろう。理由を考えてみたが、これと言って腑に落ちるものは無かった。と、そんな様子を見てリアンが言う。
「お前さ、多分自分に向けられた好意に弱いんだな」
「な」
「だから俺の事も嫌いになりきれない」
「……俺は今でもお前の事嫌いだぞ」
「ふぅーん?俺は好きだけど」
「は?やめろ、気持ち悪い」
「とか言っちゃって〜、心配してたんだろ俺の事」
「その緩んだ面見たらその気も失せた」
「えぇー、でもしてたんだ」
「仲間だからそりゃする」
「ふうぅぅぅん」
「はっ倒すぞ」
「いやんやめて」
「…………」
はたととっくに湯が沸いている事に気が付き、逃げるようにルチアーノはキッチンへと向かった。
「……あっ畜生温くなってやがる」
「あ、俺ちゃんにもくれる?」
「…………分かった」
もう一度沸かすのも面倒なので、そのままティーカップを二つ用意した。
「……何かなぁ。喧嘩してても飛んで来る拳がねェのは物足りない感じするよな」
「…………それは……確かに」
自分達も大人になったが。アルヴァーロがいた頃は、しょっちゅうルチアーノとリアンが喧嘩する度に拳が飛んで来て両成敗、並んで正座させられ説教をされるまでがセットだった。当時はその度にうんざりしていたものだが、いざ無くなってみると寂しいものである。
「もしさ」
「うん?」
「ウィリアムを見つけたらどうする?」
リアンの問いに、ルチアーノは意味が分からないというような顔をして答える。
「そりゃ殺すだろ」
「それで終わり?」
「あ?」
「もう少し、生き地獄見せたいと思わない?」
リアンの顔は凪のように静かで、それに思わずルチアーノはゾクッとした。
「……いいや。すぐに殺す。見つけたら。何故殺したのかを聞き出してから……何かしらの情が湧く前に消す」
「そっか。優しいなぁ」
「どういう意味だ」
「まぁいいよ。お前がそうしたいならそうする。今はお前がリーダーだから」
「……違うぞ、俺はリーダーじゃない」
「あ、そうか。今はあの神父さんか」
「…………“蛇”のリーダーではあるが」
「そうそれ。それだよ。まぁ、ウィリアムについてはお前に主導権があるわけ」
「…………」
「早く見つかるといいな、あいつがのうのうと生きてると思うと吐き気がする」
「リアン、お前……」
「なぁにさ。皆んな気持ちは同じだろ」
時折、痛感する。誰よりも、誰よりも彼を信じ、崇拝し、懐いていたのはリアンなのだと。それに本人はあまり気付いていない。しかしルチアーノが見て、それは明らかだと思った。もし……もしも、リアンがウィリアムを目の前にしたら。抑えられるだろうか?必要な事を聞き出すより前に、さっさと殺してしまわないだろうか?そんな不安があった。
「……俺が良いって言うまで殺すな」
「その前にこっちがやられるかもしれない。だってあのアルヴァーロさんを殺したんだぞ?」
「…………」
「何よりあの人の血を継いでる。戦いのセンスが無い訳がない」
「……よく考えたら俺達、あいつの人柄とか何も知らないな」
「まぁ全部憶測でしかねっけどもさ……」
話す余地の無い凶暴な人間なのか、それとも自分達と同じタイプの人間なのか。一度会ってみなければ分からない。
「テオちゃんとかも、速攻刺しに行きそうじゃん」
「……まぁあいつなら……多分、自分が死ぬかもしれないなんて事は考えないだろうな」
「『アルヴァーロさんの為なら死んでも良い』っていうタイプだし……」
二人の間に訪れた沈黙。それは、ふとした不安だった。
「………ウィリアムを始末した後は、どうする?」
「………さぁ」
ルチアーノは彼から目を逸らした。
「そんな後の事はその時になって考えてみりゃいい」
「そっか」
ルチアーノは紅茶のカップを一つ、リアンに渡した。
口にしたそれはまだ少し温かかった。
*****
その日の昼。皆は教会に集まっていた。いつものように礼拝堂の一番前の座席にルチアーノ達が並び、その前に アクバールが立っている。
「……さて」
アクバールは五人を見渡し、口を開いた。
「昨日はご苦労だったね。これで一つスラムから害悪が消え去った。喜ばしい事だ」
「………」
リアンがムスッとしているのには気付いたが アクバールは敢えて彼には触れなかった。
「………では、ルチアーノからワタシの評価を聞こうか」
「……………俺ですか」
「あぁ」
ルチアーノは足を組み直すと、一つ咳払いした。
「……まぁ悪くはないですね」
「悪い所を言ってみたまえ」
「…………」
ルチアーノは目を細め、口を尖らせると首を振った。
「……いいえ。ありませんよ」
「そうかね」
「あなたは人の内面をよく見ている」
「………」
「ただ一つ、約束して下さい」
「何だね?」
ルチアーノはアクバールを睨み、声を少し低くした。
「俺達に嘘は吐かない。もう試すような事もしない。……あなたの為に働くんだ、それくらいのことは保証して欲しい」
やはり怒っているのではないか、とアクバールは内心思った。そして一つため息を吐くと彼は答えた。
「……そうだね。それについてはすまなかった。だがこちらにも言い分はある。君達の正確な能力を測っておく必要があったのだ」
「…………俺に殺させたのはその為……」
リアンが独り言のように呟いた。アクバールは頷く。
「君は少し話しただけではよく分からなくてね。手荒な方法だったと思うが、許して欲しい」
…………サイコパスだ、とリアンは思った。己が目的の為に他人の命を簡単に捨てた。いや、彼に言わせればそれも救済の内だったのだろう。……でも、リアンには彼の思考はよく理解出来なかった。
そんな彼の内心を知ってか知らずか、アクバールは続ける。
「君は敵と見なした者には容赦しないが、そうでない者には『殺せ』と言われてもすぐには手を下せないようだな。一方ハル君は違う。……途中で君が通信を遮断してしまったので詳しい事は分からないが」
「……すんません」
リアンが謝ると、アクバールは「まぁ構わんよ」と笑って答えた。
「ラファエル君は集団戦に強い。ルチアーノがいれば身を隠しながら上手く彼の補助も出来る。そしてルチアーノは単独での戦闘に長け、近接も遠距離もこなす事が出来る」
アクバールが確認するようにルチアーノを見ると、彼は頷いた。そして、最後にアクバールはテオドラを見る。
「君は基本的には戦闘には出ない。主にリアンと同じく情報収集、そして機械の扱いにも慣れているね」
「…………そうね、多少は。戦えない代わりに色々教えてもらったのよ」
「前のリーダーにかい?」
「……えぇそうよ」
なるほど、アルヴァーロという男はなかなか万能な人間だったらしい。
「ハッキングなどは?」
「少しくらいなら出来るわよ。……あまり強いのは無理」
「ふむ、なるほど」
頷くアクバール。改めて、彼らの能力はバランス良く、そして極めて便利なものであると認識した。そうなるようにアルヴァーロが教育したのだろうか。だとしたら凄いものであるし、アクバールは彼らとの出会いを神に感謝した。
「…………さて、それでは」
次は何を言われるのだろう。五人はそう思って待ち構えた。が、その口から出て来たのは思いも寄らぬ言葉だった。
「これで一時“エデン”は解散とする」
「………え」
「な、どうして⁈」
ルチアーノとリアンは驚いて言った。他の面々も一様に驚いていたが、まぁまぁ、とアクバールは手を振る。
「そう驚く事でもないだろう、一時的に解散すると言っただけだ」
不思議そうな顔をするアクバールに、ルチアーノは恐る恐る訊き返す。
「つ、つまり?」
「君達は“蛇”に戻る。ワタシが再び招集をかけるまで。元からそういう話だっただろう、普段は君達は“蛇”として活動し、普通の依頼を受け報酬を稼ぎその一部をワタシへ渡すと」
……あぁ、そう言えばそうだった、とルチアーノは思い出した。自分達が稼いだ5%をアクバールへ提供する。それは彼の生活費と、この教会の維持費、そして慈善活動の資金だ。
「という訳だ。ワタシはしばらくウィリアムについて探ってみるよ」
「!」
「何か分かればまた連絡しよう。……仕事はしばらく無いつもりだ。今回の事がしばらく効くかもしれん」
恐怖による抑制、あれは『悪事を働くとこうなるぞ』という見せしめ。そういう噂も適当に撒くつもりだった。
「…………何か分かったら、その時は何も隠さないで下さいよ」
「分かったら用済みだと言ってワタシを始末する事もやめておくれよ」
「……それは大丈夫ですよ。ウィリアムを見つけてくれたならそれは恩になる」
「そうかね」
「えぇ」
ルチアーノは義理堅い。それは分かっている。なら大丈夫だろうとアクバールは思った。そこで切られては意味がない。……しかし、万が一の為に他にも使える人材は探しておくべきかと、そんな事も考えていた。
「ならばワタシも約束するよ。ウィリアムの事を見つけたらすぐに君達に知らせよう」
「恩に着ます」
「おやおや、礼を言われるにはまだ早いよ。それはウィリアムを見つけるまで取っておきたまえ」
「えぇ……そうですね」
ルチアーノは目を瞑り、頷いた。必ずや、見つけた時には殺してやる。その時が、己が命の終わりだとしても。
────かくして、楽園の使者は生まれた。それは果たしてスラムの光か────或いは底知れぬ闇となるか。
歪な形の歯車は、ゆっくり軋んで廻り行く。




