第11節 救いとは時に救う者にとって残酷なものである
一方その頃。地下。
「……見張りいるなァ」
「思ってたより多いね?」
天井裏。空間は少し広くなった。二人は天井の通気口から下を覗いていた。下は大部屋になっていて、そこを銃を持った男達が巡回している。全体が見えないため何人いるかは分からないが、見た限り五人はいる。
「この金網外したらバレっかな」
「音を立てなきゃバレないよ」
「…………ここで見つかるとやべェよな」
「うん。蜂の巣にされる」
「ハルっち、ワイヤーで下の奴ら括れない?」
「無茶言わないでよー……」
辺りを見渡すと、他にも出口はある。リアンは少し考え、言った。
「……よし、俺ちゃんが向こうのから降りて囮になる」
「リアン大丈夫?酸欠?」
「何でだよ」
「……だってリアンがそんな事言い出すと思わなかったから……」
「…………まぁそーね、正直怖いけんど」
リアンはそーっと、一つ向こうの通気口へと移動した。そこから下を見ると、檻が真下に見える。四角い檻。動物を閉じ込めておくような、そんなものだ。その中に人の気配を感じる。
「モタモタしてらんないじゃん。ここを全部燃やされねェとも限らねェし」
「…………そうだね」
あまり長引くと、全てを消して逃げるかもしれない。そうなったら終わりだ。
「よし、俺が一旦注意引くから、その後降りて俺の事助けてね」
「分かった」
ハルが頷く。リアンも頷き返すと、一つ深呼吸した。手が震える。あまりこういう事は慣れていない。もしかしたら死ぬかも、という考えが頭を過ぎった。しかし。その震えを抑え、リアンは思い切って蓋を開けると、穴から飛び降りた。高さ2m程。檻の上に着地し、大きな音が鳴る。
「‼︎」
一斉に、注意がこっちに向いた。
「…………どーも」
ガチャガチャとたくさんの銃口が自分に向けられる。さっと辺りを見回し、リアンは状況を確認する。
(……八人。囲まれた。大部屋。障害物は檻のみ……だけどここじゃあね)
檻の上。そこはステージの上のように、目立ち、狙い易い格好の場だ。
「……お前!上の奴の仲間か!」
男の一人が言った。リアンはにこりと笑って答える。
「いやぁーどうだかなぁ。どんな奴?」
「眼帯の!赤いシャツを着た男だ!」
「……へぇー、それって」
リアンはにやりと笑う。
「…………こんな色?」
「!」
スパァン!とリアンの前にいた男達三人の首が一斉に飛んだ。その返り血が、リアンの白いシャツにべったりとついた。
「ひ……ああぁ‼︎」
残る男達がリアンを撃とうと銃を構える。その時銃が一瞬にして斬れてバラバラになった。唖然とした男の胸に、ナイフが刺さる。
「うぐ……ぁ……」
「貴様!ごぁっ!」
リアンの跳び蹴りが頭へ炸裂し、一人が倒れ、そこからまたリアンがナイフを投げ一人を仕留める。得物を失った残りの二人は危険を感じて逃げるが、直後ギシ、と動きを止めた。
「…………うっ⁈」
「おにーさん達逃げたらダメだよー」
「んなっ⁈ガキ…………⁈」
その男達が最後に見たのは、にひ、と高い檻の上で笑うハルだった。ハルが手を引くと、その肢体はあっという間にバラバラになった。
「…………汚れちった」
「仕方ないよ」
「ハルっちはもうちょっと地味にやれないの?」
「楽しいじゃん、バラバラにするの」
「…………うげー、無理ですわ俺」
血の匂いが濃くなる。今までも微かにしていた。檻の中は血で汚れている。どれも人が二、三人入っているが、全然動かない。
「……へーい、生きてる?」
リアンは近くにあった檻の一つをガンガンと叩いた。するとゆっくりと、虚ろげな顔がこちらを向いた。
「あ、生きてら」
「…………ア」
「俺達助けに来たんだけどさ。歩ける?」
「開いたよ」
ハルがピッキングで鍵を外す。リアンが頷くと、彼は他の檻の方へと走って行った。
「……大丈夫?」
「…………」
中にいた男はゆるゆると首を振る。もう一人いるが、そちらはぐったりとして動かない。色は青白く、既に死んでいる様だった。
「……あんただけでも」
「…………ダメ……ない……」
「え?」
「長く……ない」
弱々しい声で男が言う。彼は酷く痩せ、土気色をしていた。リアンは檻の中へ入ると、男のほとんどボロ布の服をめくった。
「!」
腹には傷痕。縫合されているがかなり荒い。傷口は赤く腫れ、酷く膿んでいる。
「……取られてるのか」
こくりと男は力なく頷いた。リアンは唇を噛み、檻から出ると無線機のスイッチを入れた。
「…………神父さん」
『彼は駄目かね』
「えぇ。……と言うか」
ハルがこっちにやって来る。リアンの上着の裾を掴むと、首を横に振った。
「…………手遅れみたいだ。誰も助かりそうにないですぜ」
『……そうか』
「どうします?」
リアンは返答を待つ。それでも彼は「生きているなら助けろ」と言うのか。それとも。
「……ろして……」
「!」
檻の方から、か細い声が聞こえた。
「殺……して…………くれ……」
「……!」
彼は目を見張った。まさか。自分から言ってくるなんて。心が震えた。どきりと。その耳に、穏やかな声が届く。
『送ってやりたまえ』
「……神父さん」
『それもまた救いだ』
変に温かい声が、リアンの胸に冷たく突き刺さった。今まで感じたことの無いような、恐怖と虚無感を感じた。
リアンは定まらない視線をハルに向けた。。ハルにはアクバールの声は聞こえていないので、じっとリアンの言葉を待っている。
「どうするって?」
「…………」
リアンは無言で、無線の通信を切った。映像も一緒に。
「……全員楽にしてやる」
「ん」
「出来るな」
「うん」
ハルはただ頷き、走って行った。
ここには、女子供もいる。皆等しく、臓器を奪われ、瀕死の状態で辛うじて生きている。だが、もう助からない。誰も。ここへ来た時点で、彼らはもう生きてはいない。
(…………クソッ)
リアンは拳を握りしめ、歯を噛み締めた。そしてナイフを手に、近くの檻へ入る。
「……ゴメンな。今楽にしてやる」
キラリと光る刃を見た男は、フッと力なく笑った。
「────ありが……とう」
その顔が酷く、リアンの網膜に焼き付いた。
*****
「…………片付いたか」
「そうですね」
静かになった工場の中。辺りは死体の山と血の海だ。多くは無惨な斬死体。幼いラファエルの体は返り血に濡れていた。
「怪我は」
「ありません」
「そうか。じゃあリアン達を待とう」
イテテ、とルチアーノは呻く。彼自身は少々弾が掠ったりしていたが、どれも小さなものだ。すぐに治る。
と、足音が近づいて来た。下から登って来る、大人と子供の足音が二つ。
「……お、来たな」
────二つ?どうして。
ルチアーノがそう思った時。さっきまで男達が湧いていた階段から現れたのはリアンとハルだった。リアンは俯いて、酷く血に濡れた姿でフラフラとこちらへ歩いて来た。その後ろを、ハルが心配そうな顔をしてついて来ていた。
「……リアン?」
「…………」
ルチアーノの前で立ち止まった彼は、俯いたまま何も言わない。
「どうした、救出は」
「…………助けたよ。助けたんだ、俺達は」
握りしめた手は赤く染まり、震えていた。
「────助からなかった。……だから、せめて楽にしてやれって」
「……リアン、おい」
「何でこんなに心が苦しい」
「!」
上げたリアンの目は赤くなっていた。潤んだ目は悔しさに満ち溢れていた。
「殺すのだってとっくに慣れてんのに」
「何がどうなったんだ、おい、説明しろ」
「捕まった人たちは皆んな手遅れだったんだ」
「!」
ハルの言葉に、ルチアーノは目を見開いた。そして、彼はやっぱりそうか、と舌打ちした。
「……薄々考えてはいたんだ、ここに捕まった時点でもう…………」
「俺は!わざわざこんな事しに来た訳じゃねェのに‼︎」
リアンは叫び、そしてその目から涙が溢れた。それを隠すように、彼は再び顔を伏せる。
「……リアン、俺達は……」
「お前はな。お前は殺し屋だよ。俺だってソレ自体に抵抗はねェさ。…………けど、こんなのは違う……俺は情報屋だ、本業じゃない。お前とは違うんだ」
「!」
「…………お前なら平然とやるんだろうな。被害者側を殺さなきゃならなくなっても」
「…………」
「血も涙もねェ奴」
リアンは赤い目でルチアーノを睨んだ。ルチアーノは否定も出来ず、何も言えないでいた。リアンはくるりと踵を返すと、出口へと歩いて行く。崩れる瓦礫の山をさっさと登って、先に外の光の中へと消えて行った。
「……血も涙もねェ、か」
「ルチアーノさんはそんなじゃありませんよ」
ラファエルが言うが、ルチアーノは首を横に振った。
「…………あいつとは昔から反りが合わない」
「?」
「あいつにとっちゃ俺は────……」
言葉を止め、ハァ、とルチアーノはため息を吐く。そして、ラファエルとハルに言った。
「帰還だ」
「はい」
「うん……あのねルチアーノ」
「ん」
ハルが彼の顔を見上げ、困ったような顔をする。
「リアンね、捕まってた人達殺したあと吐いちゃったんだ」
「…………」
「何でかな?」
心底不思議そうな顔で、ハルが問う。ルチアーノは少年の顔から目を逸らした。
「あいつは人なんだ」
「?」
「────あいつは、蛇にはなれない」
どこからか、冷たく湿った風が吹き込んで来た。
*****
教会の屋根を、大粒の雨が叩く。どうどうという重い音の下、重々しい空気を挟んで神父と殺し屋は相対する。机の上に置かれた二つの紅茶はとうに冷め切っていた。
「……怒っているのかね?」
先に口を開いたのはアクバールだった。
「正直イラついてはいますよ」
「思ったことを言ってみたまえ」
言われ、ルチアーノはため息を吐くと椅子の背もたれから体を起こし、言う。
「…………あなたは少々考えが甘い」
「………………」
「よくある事ですよ。人身売買じゃ大抵は攫われてすぐに“捌かれ”る。生きられるギリギリのところまで取ったら、後は心臓やらの為に生かしておく。…………助かるはずがねェ」
「あぁ。そうだね」
淡々として、アクバールはどこか遠い目をして答えた。ほのかに笑った口元を見て、ルチアーノは目を細める。
「………アンタ」
「知っていたよ、そんな事は。ワタシがそこまで考えられないような浅はかな男だとでも思ったのかね」
「……!」
アクバールは「やれやれ」と言わんばかりに頭を手で抑えて首を振った。
「どんなものかと思ってね………少し試させて貰った」
「試した……?」
「彼は少々優しい様だから、どこまで出来るのかと思ってね」
言葉が出て来なかった。それに対してどういう感情を抱いて良いのか、すぐには分からなかったからだ。
「リアンの様子はどうだね」
「……しばらく帰ってませんよ。現場で別れたっきり姿は見てません」
「そうか」
「多分女のトコほっつき歩いてるンでしょうけど」
「心配はしてないのかね?」
「えぇ、まぁ……」
少しリフレッシュすればまた戻って来るだろう。でなければ他に居場所などない。
「……一つ提案があるんですが」
「何だね」
「リアンはもう作戦には使いません」
ルチアーノが真剣な目をして言うと、アクバールは少ししてから頷いた。
「そうだね。そうしよう。…………全員動員した方が効率が良いかと思ったが、そうでもない様だ。適材適所と行こう。君達が元々振られていた役割を果たしたまえ」
「……つまり、実行は俺とラファエルだけで」
「他は情報収集、下調べというところだね」
どうかね?とアクバールはルチアーノに訊ねた。彼は頷いた。
「えぇ。それが良いでしょう。異論はありません」
「リアンには辛い思いをさせた。すまなかったね」
「いえいえ、あいつは普段弛んでますからアレくらいが丁度いいんですよ………」
……とは口では言いつつも、心の底からそう思っている訳ではなかった。リアンの睨む顔が脳裏に思い出された。
『お前なら平然とやるんだろうな────血も涙もねェ奴』
その言葉は痛くなどない。痛くなどないが、どこか胸に異物感を感じた。
「…………アクバールさん」
「何だね」
「……人は救えるんですか?」
そう訊いたルチアーノの目を、じっとアクバールは見つめ返した。その質問の意図を図るかのように。……そして、やがて彼は口を開く。
「……人にしか人は救えんが、人にも人は救えまいよ」
「…………謎かけみたいですね」
「真理とは常にそういうものだ」
ヒ、とアクバールは笑う。ルチアーノも笑った。
「そんな難しいことをやろうとしてるんですか、あなたは」
「君達も今は同類であることを忘れないでくれたまえ」
「……そうでしたね」
ハハハと笑い合うと、二人は冷めた紅茶へと手を伸ばした。
*****
「ちょっとリーアーン、重い」
「…………」
「ねぇ、聞いてる?」
リアンの頭をペシペシと女の手が叩く。薄手のワンピースを纏った肩に、彼がもたれ掛かってる。
「……寝てるの?」
「…………アンちゃん良い匂い」
「もう」
もう一度彼の頭を叩くと、女はリアンを引き剥がした。ソファの背もたれでなんとか自立したリアンの顔は酒で赤らみ、そして陰鬱としていた。
「あのさぁ、私もそんな顔した男と付き合うの嫌なんだけど」
「俺もアンちゃんの怒った顔見たくないなぁ」
アハハハハと笑うリアンは完全に酔っている。どこか焦点の合わない目が、女の方を見、彼女は少し胸の奥に不安を感じた。
とあるホテルの薄暗い部屋、ソファの上で二人になってから数時間。彼女の名はアンジェリカ。リアンがこの街に来てすぐ知り合った女であり、リアンも数いる愛人の中でかなりの頻度で会っている。アンジェリカの方も彼に複数の愛人がいるのは承知の上だが、彼が一番自分を頼ってくれているような気がして、愛想を尽かせないでいる。
「一体どうしたってのよ、もう。いつもそんなじゃないでしょ」
「………叱ってよアンちゃん、俺悪いコだから……」
「はぁ?」
彼女の栗色の長い髪を弄りながら、リアンは呟く。
「いけない事、しちゃったんだ……」
「……なぁにそれ。イケナイコトならいつもしてるじゃない、今さらよ。今さら悔いようっての?」
「アハハ、そうか、今さらか、今さらだよなぁ」
アンジェリカの言う「イケナイコト」とリアンの言う「いけない事」が違う事にアンジェリカはなんとなく気付いていたが、それが何なのかまでは訊けなかった。
「………よく分かんないけど、そんなに落ち込むことないんじゃない?」
「そうかなー……そうかなぁ……」
「そうよ」
「………そうかぁ」
リアンは突然、体を起こすとにへらと笑った。
「…………エヘヘへ」
「な、何」
「そんじゃあ今から俺とイケナイコトしよっかぁ」
「!」
リアンはアンジェリカをソファの上に押し倒すと、その唇を奪った。酸欠で頭がくらくらし始めた頃、リアンは離れるとズボンのベルトを外し始める。
「…………急にいつもの調子になったわね」
「目の前に美味しそうなコがいるのにくよくよしてらんないなって」
彼の顔は相変わらず赤かったが、あの陰鬱さはどこかへ行っていた。……だけどどこか、彼の顔には元気がなかった。
アンジェリカはため息を吐くと、笑った。
「いいわ、今日は好きになさい」
「やったぁ」
「単純な男ね」
「やーねぇ、俺ちゃん結構複雑なのよ?」
(……でも、単純に生きた方が楽だな)
リアンは内心、そんな事を思った。
(…………あいつみたいに淡々と、こなせられりゃあいいのに)
彼女が手を顔へ伸ばして来る。今は単純な獣でいようと、リアンは思うのだった。




