【K】 第二話
シェリウスがエルンストの命を受けて城を出るのとほぼ入れ替わりに1人の少女が居室に招かれていた。短めのピンク色の髪。華奢な体躯。無表情な水色と金色のオッドアイ。先刻マリノを動揺させたキーンの仲間であるレイシアだ。
少しでも軋轢を防ぐためという名目でエルンストがレイシアとシェリウスを会わせることを提案してきたのだが、タイミング悪く入れ違いになった次第。浅く椅子に腰かけたレイシアの前にはクッキーとエルンスト手ずから注がれた紅茶がある。
「久しぶりだね、レイシア。元気だったかい?」
「……これ、お土産。」
朗らかに問いかける声に表情変えず頷き、手にしていた包みを躊躇なく片手で差し出した。香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。エルンストがうれしそうに目を輝かせた。その様子にキーンは思わず肩を竦めた。
高価で質の良い食べ物を口にできる立場にいて、城下の庶民が好む荒さが目立つ全粒粉に木の実を混ぜて焼いた素朴な菓子が好物という王族。過去にレイシアと関わった折にエルンストがまた会う時はこの菓子が食べたいと言い、レイシアは頷いた。それは律儀にその後の逢瀬でも守られている。本当に王族らしくないやつだと言いたげな視線の先、いそいそと皿を出して茶菓子のひとつに加えているエルンストがいる。
このどこまでも貴族らしくないエルンストは過去にスラムに介入したことが2度。1度目はレイシアがスラムに来たきっかけの貴族の児童買春事件。2度目は……
「キーン?」
「あぁ、悪ぃ。」
「傷が痛むのか?」
「いや。……あんた、ほんとに王族っぽくないよなって思っていただけだ。」
シェリウスがいたら間違いなく噛みついて来るだろう砕けた口調でキーンはテーブルから少し離れた位置の壁に背を預けた。共に茶を供する時であっても、たとえレイシアという仲間がいても気を抜くことができない状況下で腰かけることを良しとしない。エルンストにしてみればそれが寂しくもあるのだが極力無理強いをしたくないのも確かだったから気が向いたら座ってくれとでもいうようにすぐに動けるようにテーブルとの間を広く開けた位置に椅子をずらす。
「で、さっきは何を聞いたんだ?」
「1度聞いてみたかったのだが……キーン。シェリーが嫌いかい?」
キーンはその問いかけが意外だったらしく一瞬言い淀み、呆れたように視線を投げる。その視線の言うところは「好きに見えるのか?」と言ったところ。キーンにしてみればシェリウスはいちいち目くじらを立ててくる面倒な優等生だ。
「好きか嫌いか、の2択なら間違いなく嫌いだと思うぜ。」
「2択じゃなければ?」
「…………得体がしれねぇ。相容れねぇ……という部分だけは確かだと思う。育った環境とか、考え方とか俺とアイツは全然違うんだろう。」
「それでもキーンは……拒絶はしないな。何故だい?」
「拒絶したら仕事になんねぇだろ。でも、強いて言うなら……危なっかしいから?」
「トゲトゲはりねずみ?」
「良い表現だな、レイシア。今度からひっそりそう呼んでやろうか。」
くくっと珍しく笑い声を立てたキーンと無感情にエルンストには不可解な例えを口にしたレイシアを交互に見やり途方にくれた苦笑を浮かべて続きを促す。
「2人だけで分かり合わないでくれないか。」
「説明が面倒くせぇ。レイシア、頼む。」
「……警戒しているはりねずみは、棘だらけ。敵味方関係なく、全てを拒絶する。あの人が、何を考えているのか、わからない、けど。誰にも頼ろうとしない。それは、強いけど、危うい。」
「なるほど……つまりやっぱりキーンは優しいということだね。」
「気色悪い事言ってんじゃねぇ!?」
シェリウスがエルンストのことを特別な存在と位置づけていることは疑いようもない事実。そして、キーンにとってもエルンストは無事でいてほしい存在だ。それだけがシェリウスとキーンが互いを許容しうる要素だ。
レイシアが説明したのと大まかな部分はあっている。完璧を求め、融通が利かない。それは誰とも手を取り合わないことに繋がる。有能だから、それだけの努力をしているから今まで問題なく済んでいるとしても、もし何かが起きた時、それは大きな失策に繋がるのではないだろうか。そうなった場合、エルンストをも危険に晒すことに繋がりかねないとすらキーンは考えていた。
「只今戻りました。」
「あぁ、ご苦労だった。シェリー? 何かあったのか?」
随分険しい余裕のない表情だ。いつも不機嫌な顔をしているが、いつも以上だ。何でもないと首を振り王弟ジールヴェルトの状況を報告しながらレイシアを認めた視線はちょっとした者なら脱兎のごとく逃げ去るであろう程。レイシアは無言で見返していた。
「私が呼んでもらったのだ。彼女はレイシア。キーンの仲間で、私の友人でもある。」
なんのてらいもなく告げた言葉にシェリウスだけではなくキーンも、レイシアも瞠目した。スラムに住む本来なら関わることもない身分差を全く頓着なく友人と言ってのけるエルンストの器の大きさといえばそうなのかもしれないが、少なくともシェリウスには許容できかねる言葉であったろう。反論こそしなかったがレイシアに向けられた視線はさらに冷たく鋭いものとなっていた。
「キーンの情報源ですか。」
「……おい、間違っても殺すなよ。」
「貴様、私を何だと思っている。戦う力もない者まで斬る気はない。」
ぴくりとレイシアが反応した。キーンが顔を引き攣らせ、エルンストが窘めるよりも早くレイシアは席を立ち、ちょうど入ってきた相手に弓矢を放っていた。太腿にスカートに隠すように装着していたレイシアの武器。手首から肘くらいの長さの非力な者でも使えるように工夫を施した弓を番え素早く2本ずつ、3度。シェリウスすれすれに飛んだ矢は入室者の顔・腕・足の両脇に突き立って動きを封じている。
「な、何事ですか~!? あ、あの時の!」
「貴様、何のつもりだ。」
「……見た目で判断するなんて、小者。」
「レイシア……城内で武装化するな。」
「自己紹介代わり。誰にも怪我させていない。」
「そういう問題じゃねぇ。」
「レイシア。」
「……ごめんなさい。」
頑なだった態度をエルンストの困ったような表情に気付いてひっこめたレイシアは無表情ながらに謝罪した。そのまま縫い止める形にしてしまったマリノの傍ら矢を回収に行く。レイシアとしてはキーンを拒絶するシェリウスは好ましいと思える要素がなく、軽んじて見下したように思える態度も許せなかった。相手がそういう態度ならこちらも応じた態度をとる。それがレイシアの流儀だ。とはいえ、エルンストやキーンを困らせるのは本意ではない。気まずい空気をどうしようかと上の空で矢を回収していた手がガシッと掴まれた。
「すごい腕っす! こんなに細い腕なのに、さっきの技。格好良いっすー!!」
「!?!?」
大興奮したマリノが部屋を訪ねてきた用件を思い出すまでレイシアは半ば振り回され、動じることなく事態を収束したシェリウスに「前言撤回、あなた、すごい」とのたまった。それを聞いたキーンが思わず噴き出し、シェリウスは当然のように睨み付け茶会は終了となった。肝心の顔合わせが成功したのかといえばとても微妙なところだろう。




