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Twin edge  作者: ニコと月時計
第二章
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19/22

【S】 第一話

シェリウスは城を離れ、とある場所へ単身で向かっていた。

マリノがキーンへと、何らかの情報が書かれていたのであろう紙片を持参してから数刻後の事である。

一人になったシェリウスは、不愉快な表情を隠しもせずに歩みを進める。すれ違った者達へ与える威圧感は相当なものだったろうか。

王子の従者としては最たる者――皆の模範であるべき立場に居ながら、得体の知れない人物から勝手に情報を仕入れ、尚且つそれを主に明かさずこそこそと動き回るようなキーンを、理解しろというのは今のシェリウスには到底無理な相談といえた。たとえ彼に、どんな事情や信念があったのだとしても。


不機嫌度が最高潮に達している彼がその足で目指すのは、今やエルンストと同じく渦中の人となっているであろう、王弟ジールヴェルトの居所だった。

警護はカトラル達に任せておけばいいと思うし、元より自分が最優先に護るべき人物など言うまでもない。他人の事を気にしている暇はないというのがシェリウスの本音だったが、しかしエルンストにとってはそうではない。繋がりが薄いとはいえ、血族である事に変わりはないのだし。襲撃があったとなれば案ずるのも解る、だから様子を見てきてほしいとエルンストが請うたのならば、それがシェリウスにとっての絶対になるのだから。



ジールヴェルトの邸宅は、王城からは然程遠くない場所に構えられている。

昨日の今日で警戒されやしないかと思ったが、エルンストの従者であることと己の名を伝えれば、すぐに扉は開かれた。

おそらくは、エルンストの元へ今朝カトラルが訪れたように、シェリウスのこの訪問も必然的なそれとして受け止められているのだろう。


エルンストと王弟との関係は、良くも悪くもない。繋がりが薄いゆえに――といえば皮肉になってしまうし、ベネディクトが健在の頃のエルンストが、如何に軽視されていたかという他に何物も無いのだけど、それが現実。

とはいえジールヴェルトも、王弟の肩書きに泥を塗るような愚か者ではない。第一王子であったベネディクトは、父の思想と真っ向から対立する、ある意味でわかりやすい人物ではあったが、ジールヴェルトはそれを支持しつつも王を立てる所では立てていた、食えない男だ。


シェリウスと対面した王弟は、飴色の髪を項の位置で括って横に長し、敵意はないが鋭さを備えた眼差しに相手を映す。

荘厳の中に穏やかさを宿していたゲイルハルトと比して、一回り若いのも手伝ってか、シャープな印象が強い顔立ちや振舞い。


「本来ならば、此方から出向くべきであったろうに。……すまぬと伝えてくれるか。そして互いに無事で何よりだと」


若干の苦笑いが添えられた、王弟の言葉は静かなものだ。それでも通りの良い声音は心地よさを伴って耳へと届く。エルンストと同等か、もしくはそれ以上に高位の身分の者との会談。本来であれば――例えばこれがカトラルなどであれば、最大限の敬意を尽くして、それとなく話題が広がるよう気の利いた返答をするのだろうが、このシェリウスをしてそんな芸当が出来よう筈もなく。むしろ無為に話を長引かせて自分程度に時間を割かせるなど言語道断、という堅物な思考の持ち主であったから、

「いいえ、エルンスト様も殿下を案じていました。まずは御身のご無事が何よりです。」

と、何の面白味もなく、微かな首の動きと少ない言葉で、相手に謝罪の必要が無いことを告げるのみだ。後は精々、互いの状況確認。

この間に通されるまで、ホールや廊下などは王弟の私兵か、先日カトラルが配置したというリヴラ機関の人間だろうか、数名が忙しなく行き来していた。どちらも似たような状況という事か――エルンストと居た城の様子とも照らし合わせ、シェリウスが控えめに相槌を打っていると、

「此方には、貴公のように秀でた人材が居らんでな…。私はこの通りだというのに、未だ騒然としておる」

穏やかでありながらも何処かしら厳かであった、そんなジールヴェルトは不意に破顔し、双眸に何かを含んだ笑みで告げる。それが何なのか、シェリウスには一見では解らない。

「そのような御言葉、……恐縮です。」と、無難に首を垂れるのが関の山。その後の会話も王弟が主導で進み、またシェリウスも、あれこれと口を挟む立場でないといっそ消極的なほどに弁えているから、それで良いと思っていた。出された茶に口をつける事もなく、ふとした会話の途切れ目――そこで不意に、王弟の口から一つの問い掛けが零れるまでは。


「時にシェリウスよ。お前は同僚、――あのスラム出身の男をどう思っている」


世間話のようなトーンだった。それでいて、シェリウスの胸を深く抉るような際どさだった。共に力を合わせるべき立場の二人の不仲を、この男は知っているのだろうか。それ如何で質問の意図が大きく変わってくるのだが、激情も姦計も無い平静の表情からは何も読み取れず、シェリウスに許された沈黙の間は僅か。元より、黙秘が認められる相手ではない。


「彼は――、……彼がどのような人物であろうと、私はエルンスト様をお守りするのみです。……」


言葉の内容を吟味するように思慮深い様相で、懐刀の一人は答えた。己が使命を全うするにあたって、身分など関係ない。もしくは、仕事上のパートナーでありそれ以上でも以下でもない。如何とでも取れそうな台詞を吐いておいて、しかしその先が紡げない。王族を守るという極めて重要な任に当たる手前、いくら相手の出自が曰く付きだろうと反りが合わなかろうと、表面上は協力の姿勢を見せるべきなのだ。なのに、言葉に詰まった。そういう流れで彼について表現する事に、躊躇った。

救いだったのは、王弟がそこで「そうだな」と、話を区切ってくれた事か。否、しかし次に続く台詞を聞いたら果たしてそう言えたかどうか。


「私はな、あのような男こそが、ルネファーラに新たな風を吹かせてくれはしまいかと、……そう感じているのだよ」


静かな声音で、シェリウスの鼓膜を震わせ脳を揺さぶる。

エルンストをも軽んじる男が、その部下を評価するなど有り得はしない。しかし、それなのに――内のざわつきを抑えきれずに、ひとみが揺れた。

どうして、何故あの男が、こんなタイミングで話題に上るのか。その答えも終ぞ知れぬまま、残りの会話内容も曖昧に、王城へと戻ったシェリウスの相貌が常以上に険しくなっていたことは言うまでもない。

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