【K】 第十三話
「幸い、あちらもことなきを得て御身ご無事ですが。」
エルンストが安否を尋ねるよりも早くカトラルはそう続け、表情を引き締めた。同時にエルンスト達3人も平静に戻る。いや、取り繕ったといった方が正しいのであろうが。カトラルは重々しい口調で話を進めた。
「これは由々しき事態です。既にジールヴェルト卿は安全な場所に居室を移して頂き、我々が直接警護に当たるべく編成を組んでいます。同じようにエルンスト王子の警護も了承して頂きたいのです。一刻も早いルネファーラの平穏のために。」
「貴殿の助力の申し出はありがたいが、全ての警護となればその人手はかなりのもの。私にはこの二人がいる。他にまわした方が……。」
「昨晩の襲撃でお二人とも手傷を負ったことも聞き及んでいます。警護は万全を期してこその警護であり、安全に繋がります。それにエルンスト王子は今や一番王に近いお方。どうか、御身を護ることを最優先に。」
さもエルンストの身を案じているような真摯な表情でカトラルは頭を垂れた。その隙にというようにキーンは一瞬不機嫌を面に出した。シェリウスはそんなキーンを咎めるように視線を向けたが、恐らくシェリウスの心中も穏やかではないはずだ。カトラルの言葉は暗に傷を負わされた従者では力不足と言ったも同然なのだから。エルンストは2人を案じるような視線を刹那向け、カトラルに向き直った。
「カトラル卿。貴殿の言うとおりだ。どうか頭を上げてください。」
エルンストにしてみれば手負いの従者への負担が少しでも減るならばといった配慮だったのかもしれないが、その決定を2人が納得したかといえばキーンの微かに眇められた目とシェリウスのピクリと動いたか程度の反応が否と言っているのは明らかだった。尤もそれを読み取れるのはこの場においてエルンストだけ。かといって、エルンストの決定を2人が覆すはずもなく。
対談に口を挟むことは基本的に許されていない従者という立場で己の感情を面に出さず控えているというのはキーンにとって特に苦手なことであったはずだが、警護の配置や編成を話し合う王子と来訪者を見るキーンの目は何かを感じ取ろうとしているように静かに所作を追っている。クリストファー・カトラルは所作、態度に到るまで完璧だった。模範となる人物を挙げろといわれれば多数が彼を選ぶだろう。けれどキーンの直感は違和感を覚えていた。いわばスラムで生き抜いた本能ともいえるものがそれを訴える。
時を同じくして階下、城の周辺警備に当たっていたシェリウスの部下であるマリノは1人の少女を発見していた。短めのピンク色の髪。華奢な体躯。キーンの仲間、レイシアである。そんなことを知らないマリノは慌てて彼女に近付いた。ここは城の敷地内。一般人が、まして子どものようにすら見える者が入り込むなどありえない。更に言えば襲撃事件の翌日に外部の人間がいるなどということはあってはならないことだった。手荒に連れ出されてしまう前にと声をかけようとしてマリノは硬直した。無表情な水色と金色のオッドアイがあと数歩のところで振り向いたからだ。色の違う人形を思わせるほどの感情を映さない瞳は得体の知れない恐怖すら覚えるようで。対峙したまま暫く時間が過ぎ、音のないまま唇が確かに「マリノ」と言ったように見え、マリノは目を見開いた。我に返って退出を願うべく口を開くも途中で小さなけれどきっぱりとした言葉に遮られる。
「こ、ここは城内。城の敷地内です。許可のない立ち入りは……」
「キーンに渡して。」
「え?」
「渡せばわかる。」
折り畳んだ紙片をさっさと受け取れというように差し出したまま仰ぎ見る相手にマリノは困惑し、動揺していた。侵入者かもしれない相手を見た目で判断することは危険で、断固として対応しなければいけないのは騎士として当たり前のことなのだがレイシアは完全にマリノのペースを乱していた。勿論いざ戦闘となれば持ち前の怪力を使って大いにに立ち回るのだろうが。
レイシアの目が僅かに細められた。キーンであれば面倒くせぇというところだろうか。焦りを濃くして質問を始めたマリノを見る目はひたすら冷ややかだった。
「あのっ、名前聞いてもいいですか!?じゃ、じゃないと、伝言できないっすよ?」
「……。」
「えーと、キーン様の知り合いっすか?」
レイシアの内心はマリノの質問全てに突っ込みを入れていたが他の人間に見られることをよしとしなかったこともあり延々と続くかに見えた質問をレイシアは心底疲れたようなため息で止め、強引にマリノの手に紙片を握りこませるとくるりと背を向けた。そして、呆気にとられた僅かな隙にレイシアは城外へ出る。小柄な体躯のレイシアだけが使えるルートがあるのだが例え大雑把な括りでキーンの味方に入る相手でも教える気は全くといってないのだ。
さて、慌てて周囲を探したところで見つけられず、手には強引に持たされた紙片がある。こうなった以上身元確認の手がかりはキーンということになり、全くコミュニケーションができなかったという動揺をぶつける相手もひとりしかいないと判断するのは当然といえば当然なことで一直線に駆けたマリノの通過点で物が壊れていったのもまた仕方がないといえただろう。幸いなことに来訪者は帰った後で上司であるシェリウスは真剣に安堵していたかもしれない。キーンはあからさまに嫌な顔をしたが紙片に目を留め僅かに瞠目した。
「それ。」
「キーン様、あの子、誰っすか!?全然喋んないし、表情がないし!渡せばわかるって。」
「あー……お疲れ。」
「へっ!?え、いえ、とんでもないっす!」
「……あの子かい?」
キーンは珍しく苦笑気味に労いの声ををかけた。レイシアのクセの強さはずっと仲間として過ごしているキーンにはよくわかっている。だからこそ出た労いだったのだが、マリノにいたっては初めて見たキーンの苦笑といえども笑顔に属する表情に興奮気味に手を振って紙片を差し出した。シェリウスはいつもよりも明らかに不快気な顔をして、恐らく城に得体知れない人間を呼ぶなとでも言おうとしたのだろうが、エルンストの穏やかな問いかけに遮られるように口を閉じる。
キーンは黙って頷いた。目は情報を追っている。あの紋章を拾った日に依頼しておいた王弟ジールヴェルト卿の屋敷に出入りしている人間の情報。エルンストは疑いの枠から外しているように見えるが、キーンは身内であっても不都合や欲で切り捨てあうのが王族だと考えているから、一番立場が近しい相手から調べていくことにしていた。勿論、王子とシェリウスには告げていない。2人に話すのは証拠が固まってからでいい。
「!」
「どうした?キーン。」
「なんでもねぇ。」
「貴様、王子に対してそのような――」
「うるせぇ!確証がある情報になってからじゃなきゃ、情報は意味がねぇんだよ、黙ってろ。」
不機嫌に言い捨てたキーンは紙片をギュッと拳に握り潰した。まだ話すわけにはいかない。だが自分が感じた違和感は外れていなかったようだ。レイシアが持ってきた情報の中にクリストファー・カトラルの名前があった。それだけならなんら問題はないだろうが、問題は時間だった。夜、しかも深夜に近い時間に訪れている。目上の者に謁見するのにあれだけ完璧な礼儀を見せる相手が時間帯を考えないはずはない。つまり何かがある。
視線だけで射殺せそうな険悪な目つきで見ているであろうシェリウスと、苦笑混じりに様子を伺っているであろうエルンストの視線を感じながら考えていると、場違いな暢気な声が響いた。
「なるほど、あの子、キーン様の情報屋さんだったんすね!」
何故このタイミングで理解するのか、雰囲気を読め的な空気が流れる中グッタリと額に手をやったキーンはシェリウスを横目で見やりボソリと呟いた。
「よくアイツの上司ができるな……。」
勿論返ったのは「貴様は黙っていろ」と言いたげな険しい一瞥。




