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Twin edge  作者: ニコと月時計
第一章
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17/22

【S】 第十二話

 キーンが試すような物の言い方をしたのは、事態がそれほど甘くはない事と、仮にも王位を継ぐ可能性のある者がこれしきでうろたえるべきではないという尤もな視点からだろう。エルンストも当然それを自覚していたし、それよりもキーンが元来そういう人物だというのを城内で誰より知っているのが彼だったから、どんな場面だってその態度を受け入れるに違いない。いずれにしてもシェリウスは不服そうな顔をしていたけれど、それもいつもの事だ。キーンが何と言ったところで素直に応じる方が珍しい。

 それに――王制の根付くルネファーラにとって、王城というのは相当の権力を持つ場所だ。たとえ王族でなくとも、そこへの出入りや干渉が可能な立場となれば相当の有力者という事になり、ある程度の無茶はまかり通ってもおかしくないという考えが出て来る。いくら王が善い政治を行ってきたとしても、それは光あるところに出来る影のようなもので根絶するのは不可能に等しかった。だからゲイルハルトという抑止力がなくなった今、いつ牙を剥いてもおかしくない――それがわからないエルンストやシェリウスではなかった。否、彼らだからというべきか、ともかくそんな様子でエルンスト達の表情に大きな衝撃はなかったけれど、それは確かな有力情報だった。有ると無いのとでは、判断の幅や正確性にも雲泥の差が出て来る。


「仮に……私が倒れたとなれば、次に王位を継ぐのは叔父上だ」


 静かに、しかし誰に遠慮する事もなくエルンストが口を開いた。縁起でもない事を言うのでシェリウスの表情が更に険しくなったりしたが、口を挟むには到らない。彼が堪えて続きを待っていると、その君主は優雅に椅子から立ち上がって、壁際の戸棚の方へと向かうようだった。話の途中ではあるが、キーンもシェリウスもその行動が何であるかすでに知ったところだったので、何も言わない。

 エルンストは戸棚を開くとそこからカップとソーサーを三つ、それからティーポットに既に用意してあった茶(キーンが戻って来たら振舞おうと準備していたのだろう)を注ぎ、クリーマーとシュガーポット、それに茶菓子を添え3人の掛けるテーブルへと運んで、

「しかし叔父上――ジールヴェルト様は、兄上ほど過激ではなかったにしろそれに近しい思想をお持ちの筈。だからこそ父上の事があった際も、どうにかして兄上を庇おうと必死だったんだ」

 話を続けながら紅茶を各々の前へと並べるまでの一連の流れは、本来ならばどう見ても使用人にやらせる事でありシェリウスが黙っているわけは無いのだが、こと紅茶に関しては別だったりする。それは彼らが出会うよりも以前からの習慣で、何より困った事にエルンストが淹れる紅茶は離宮内の誰がそうするよりも美味かった。だからこれだけは3人の中でも暗黙の了解のようにエルンストの役目になっており、砂糖を1つとミルクを掻き混ぜている主の姿を眺めながらシェリウスは、もしこの方が王位を継いでしまえばこんな機会もなくなってしまうのだろうか――と、らしくもなく場違いな事を考えたりもして。何も加えずにストレートで口にした紅茶は、集う場所こそ王城に移ったとしても何ら変わる事のない味わいだった。


「これだけ執拗に王族だけを狙って来ているというのは……父上の考えに不満を抱いていた貴族連中という線も有り得る。父上の崩御に乗じ、今までの王政そのものを崩さんとするか――」

 口へ運んだカップを置き、一息ついたエルンストはそう結論付けた。今のところ、暫定的ではあるけれど――それが一番可能性のありそうな線だろうかと。そして二人が各自の意見を挟めるよう、言葉を切って視線を向け――しかしそれは果たされる事無く扉のノック音と、報告の声に中断される。


「シェリ様ー! エルンスト王子に、リヴラ機関のカトラル様という方が――」


 その独特の呼称と、騎士にしては随分と暢気な声音。その主が誰かなんて、直属の上司であるシェリウスでなくともすぐに判別する事が出来ただろう。キーンなんかは頭痛か眩暈を覚えたように額のあたりを押さえているかもしれない。

 彼の口から語られた、組織と人物名についてはそれなりの知識を有する者なら聞き覚えがあっておかしくない筈。マリノの口ぶりからは、とても知っている様子は窺えなかったが――シェリウスは様々な思いが詰まったであろう深い息を吐いて席を立つ。

「その方は、リヴラ機関の精鋭である第一部隊を束ねられている御方だ。私が出よう」

 扉を開け部下と対面して若干諦め気味にそう告げると、シェリウスは応接間を通り抜け更に廊下側の来客が待機しているであろう間へと向かった。折角のエルンストが淹れた茶が冷めてしまうのは非常に不本意だったが、相手が相手とあらば仕方なく。

 リヴラ機関――この状況とタイミングを鑑みれば、顔を出すのは至極当然の結果と言えた。

 何故なら彼らは、ルネファーラ王国において唯一の中立的立場を保つ司法機関。




「リヴラ機関第一部隊長を任されております、クリストファー・カトラルと申します。お初にお目にかかります、エルンスト王子。――そして此度の件、心よりお悔やみ申し上げます」

 通された応接間にて、その訪問者は恭しく非の打ちどころがない動作で頭を垂れた。

 3人がこれからまさに茶をしばこうとしていた私室からは、エルンストもキーンも移動して来ている。繰り返すようだが、エルンストの淹れた茶が冷めてしまうのを3人ともが心から残念に思っているに違いない筈である。しかし王子として、外部からの来客をプライベートな場に通すわけにもいかず、4人に振舞われた茶も使用人が用意した紅茶に置き換わっていた。王城に務める一流の使用人の淹れる茶が美味くないわけはないのだが、やはり王子が手ずから振舞うものに比べると味もレア度も有り難味も見劣りしてしまうものだ。

「カトラル卿。貴殿の御活躍は、離宮にあったこの耳にも届いております。どうか頭を上げてください。それに貴殿がおいでになった目的は、私の心中を察するばかりでは達成されぬ類のもの。違いますか?」

 応接間へ移動する際、割とマジ顔で「紅茶が…」とかしょんぼりした様子をキーンに晒していたエルンストだったが、それとこれとは別人のように落ち着き払った態度で受け答えを行うのだからさすがは王族といったところか、否、さっきの紅茶の件の方こそが気の迷いであってもらいたい。

 ともかくその言葉を受けたカトラルは「お心遣い恐れ入ります」と、再度一礼をした後に顔を上げ、エルンストの碧眼を静かに見据え話し始めた。


「ご存知の通り、我々リヴラ機関とは、法に基づいた中立的な立場でルネファーラ王国の秩序を保つために存在しています。通常の事件であれば外部からの要請を受けて動くのが筋でありますが……、殺人・傷害など明らかな危険行為が国内で発生し、本来治安維持を管轄すべき騎士団での対処が何らかの事情によって困難と認められる――もしくは中枢に関わる事項である場合に、独自の判断で自主的に動く事が出来るとされています」


 彼が口にしたそれは、簡単に例えるなら「学校は勉強を教えるところです」的な、リヴラ機関の名を知っている者であればまず間違いなく同時に取得しているであろう一般的な知識であり、教科書の朗読のように淀みなく語られる事からも事務的に前置きとして示されたものだというのは想像するに容易かった。もしマリノあたりが聞いたら「そうだったんすか! なんか格好いいっすねリヴラ機関さん!」とか如何にも頭弱い発言を披露して騎士団の教養力を疑われそうなものだったが、幸いにして彼の役目は取次ぎのみで同席は許可されていない。余談であるが、その事をシェリウスは密かに本気で安堵したりしていた。


 若干話を戻して、クリストファー・カトラルについてである。

 リヴラ機関は、国王に仕える騎士団と違って実力主義であり、身分に関わらず有能なものが採用される傾向にあるため個々の平均能力は押し並べて高い。反面、その中立性と特殊性から必要以上に組織規模が拡大することを良しとせず、まさに少数精鋭の実力派集団なのである。

 また、彼らの活動範囲は危険行為への対処が主なものと思われがちであるが、騎士団が機能しなくなるという決して良くはない事態に備えて様々なケースを想定しなければならないため必要とされる分野は多岐に渡り、それに応じた部隊分けがなされているのだが、カトラルが属する第一部隊は、あらゆる事象に対応が可能な所謂エリート集団として結成されたオールマイティな部隊であり、彼が若くして隊長の任に就いている事からも実力は推して測るべし、といったところ。その上、家柄も由緒正しい貴族様というのだから明らかに神様から贔屓されている感は否めない、ある意味で罪な男だった。


「確かに、今の騎士団は主を失った事で指揮系統が機能していないにも等しい状態です。……不甲斐無い事ですが、貴殿の助力は彼らにとって確実に心強いものとなりましょう」

「……身に余るお言葉です。今回の件が中枢に関わるというのも勿論の事ですが、ゲイルハルト王・ベネディクト王子の急逝による混乱は――如何に訓練された屈強な武人といえど、絶対であった主君を失えば無理もない事とお察しいたします。」


 エルンストが伏目がちになりながら告げた言葉は、謙遜でも弱気でもなく真実である。

 主君を失ったのなら、新しいそれを立てれば良い。しかしそれがすぐには出来ないから問題だ――エルンスト本人も勿論だが、騎士団や一般市民まで誰もが、ゲイルハルト亡き後はベネディクトが世を継ぐものだと――善し悪しは別にして、単純に継承権の順位からそう思っていた事だろう。第二位であるエルンストはほとんど中央に姿を現さなかったし、レジスタンスの動きもあったとはいえ活発ではなかった。とてもベネディクトを暗殺に動くとは思えない程度だったのだ。

 それに加え、騎士団内でのエルンストの知名度というのは、離宮に居るのが長かった分どうしても見劣りしてしまう。彼らが真にエルンストの人柄に触れ、信頼関係を築き心からの忠誠を捧ぐに至るには、圧倒的に時間が少なすぎた。王弟であるジールヴェルトの方がずっと馴染があるくらいで、それも団員の足並みが揃わない一因となっているのであろう。良く知らない妾腹よりも、王弟について行きたいという声が上がったとて誰も責めはしないに違いない。実際それは、継承順位という唯一の壁を取り除けば尤もな正論とも取れるのだから。

 本来ならあるべきでない状態にあるのは確かなのだけど。しかし――こうなってしまった以上は、認めざるを得ないのも現実。そしてそんな事が万が一にでも起こり得るからこそ存在するのが、リヴラ機関でありカトラルなのであって、

「一刻も早くルネファーラに平穏が訪れるよう、我らも微力ながら尽くさせていただく所存です」

 彼はそんな言葉と共に、この場において完璧な表情での笑みを浮かべた。


 ところで、キーンとシェリウスは同席こそしているものの、来客がそれなりの身分を有する者であって王子を訪ねてきたという以上、彼らの対談に口を挟むことは基本的に許されていない。従者が干渉出来るのは、エルンストが発言を求めてきた時、そして相手が無礼や害を加える者であると見做された時。

 キーンなどは、この嫌味なくらいに優秀すぎる来訪者に対して何かしら思うところがあったかもしれないが、それでもエルンストだけが雰囲気を読み取れるくらいの微妙な変化で、元々刻まれていた眉間の皺を深くしたくらいだった。普段から不機嫌な顔をしているから、本当に不機嫌になった時にそれを隠すのに苦労しないというのもおかしな話だけれど。そんな二人の心中を知らなくとも無理のないカトラルは、更に話を進める。


「既に数日前より、この城や、王に連なる方々の屋敷などに私の部下を潜伏させています。勿論、エルンスト王子の周辺にも気を配っていたのですが……昨晩の襲撃の際は、お力になれず申し訳ございません」

 そこで初めて、カトラルは口調に翳りを見せた。助力できなかった事への申し訳なさもあったろうがそれ以上に、精鋭揃いである己の部隊が、その実力を発揮する事無く沈黙させられたというのは、相当な屈辱と不甲斐無さを感じるものだろう。

「いえ、あの時は、城内の兵もほぼ全てが無力化されていました。……敵ながら鮮やかな手際としか言いようがありません。この二人が退けてくれなければ、私は今日この場に居られなかったでしょう」

 当然、昨晩の賊――ツバキの実力を身をもって知っているエルンスト達は、そのことで彼らを責めたり侮ったりとする事はないのだが、実際に刺客を退けていたのがキーンとシェリウスであった以上、誰の意思とは関係なしに、リヴラ機関は彼らに遅れを取ったという図式が成り立ってしまう。

 それがカトラルにとっては不本意なのであった。そんな負の側面は、端整な作りの仮面に隠して決して見せる事がなかったけれど。

 そして、昨晩の件は昨晩で、既に片付いてしまった事。無論、今後の対策もあるといえばあるのだが、それはツバキだけを警戒すれば良いという話ではないから、もっと全体的な議論をする必要がある。最初から、そのためにカトラルは王子の許まで馳せ参じたのだ。

 だから彼は――恐らくは自分達の周辺だけで手一杯であろうエルンスト達が、まだ入手するに至っていない情報。それを、声のトーンを一回り落とした神妙な口調で告げる。


「実は――昨晩時を同じくして、ジールヴェルト卿の元へも刺客が送り込まれていました」


 王に連なる様々な者達を見張っていた彼らだからこそ、いち早く知り得る事が出来た情報である。その言葉にエルンストは勿論の事、キーンとシェリウスも言葉に出さないまでも一定の反応を示した。

 それは先程、私室の方でエルンストが口にしていた――王に不満を抱いていた貴族などが、王制そのものを否定するために動き出したのかという推測を裏付けるための、確固たる証言だったのだから。

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