【K】 第七話
嫌な音と共に飛ばされた姿にエルンストが駆け寄るのを肩越しに認める。好戦的な瞳を次の標的に移し笑みを浮べた相手に対し、前髪を苛立たしげに握り潰しながらキーンは舌打ちした。
「面倒くせぇ……アイツは偉そうなこと言って吹っ飛ばされやがって役に立たねぇし、お前は心底気に入らねぇ。」
吐き捨てるように悪態を吐くと、右手のナイフを順手から逆手に持ち替え、何処からともなく出した2本目のナイフを左手で順手に握りだらりと下げた。その様子を楽しげに見つめているのは自分の方が強いという余裕からかツバキは、キーンが仕掛けるのを待っているようだった。
キーンの足がいきなり足払いを狙うように動いた。軽く跳躍して避けた体に左手のナイフを勢いをつけて突き出す。弾かれ胴体に迫る短刀を今度は逆手の右手が受け止める。
「へぇ、器用だね。両手使えるんだ?」
「非力だからな。」
唇を吊り上げて見据える目は、ツバキと負けず劣らず好戦的だった。スラム出身、親に捨てられ自分の身は自分で護らねばならなかった境遇。簡単に望むものが手に入ることはない。望むなら勝つしかない。キーンにとって戦闘は生きがいにも似たものだった。
2本のナイフが体術と組み合わせた動きで応戦する。相手の攻撃を受け流し体勢を崩す手法。体格が劣る分、素早い動きで補うキーンの独特の戦い方だ。但し、この戦い方には問題があった。敏捷な動きで相手のペースを崩し、隙を狙って止めを刺す。長時間の戦いには向かないのだ。しかも相手の力が強く、なかなかペースを崩さないとあれば持久力が持つもの時間の問題にすら見える。
「変則的な動き、噂以上だけど……疲れない?」
「るせぇ。」
内心の焦りを見透かしたようなツバキの顔にはまだ余裕がある。キーンも面にこそ出さないが余裕はなくなってきていた。迷いに似た翳りが瞳に映る。不意を衝く方法はある。恐らく確実に一矢報いることもできる。けれど。
シュッと鋭い音がして頬にピリッとした痛みが走る。
「考え事なんて、余裕だねぇ?」
「……確かにな。」
どうやら隙ができてしまったらしい。ナイフを握った手に赤い雫が落ちる。舌打ちと微かに浮かんだ自嘲の笑み。少しだけ長い瞬き、キーンの瞳が酷薄な色を帯びた。ざわりと気配が変わる。室温が少し上昇したような錯覚。
背後、シェリウスの手当てをしていたエルンストが弾かれたようにその視線をキーンに向け、目を見開いた。
「キーン!」
切羽詰ったその声にびくりと体が揺れる。得体知れない何かを感じて動きを鈍らせていたツバキがその隙を逃すはずもなく、鋭い一閃がキーンの鎖骨に近い皮膚を切り裂いた。呻き声と共に崩れかける体勢。数歩よろけて歩を進め、傷を押さえて顔を上げた。出血は激しく、服が色を変えていく。けれどその面に浮かんでいたのはどこかあきれたような微かな微笑だった。声を出さずに唇が呟いた。『お人よしバカ』
血を流す傷をそのままに、自分の手に付いた血を拭いキーンは再び攻撃を開始する。これくらいの傷は影響しないとでも言いたげな先ほどよりも鋭さを増した動き。ありったけの気力を総動員したはったり。それが好機を呼び寄せる可能性は限りなく低いとわかっていたが、それで諦めるほど往生際はよくなかった。
「意外にタフなんだ。君みたいなの、嫌いじゃないよ?」
「気色悪いことを言ってんじゃねぇ……っ!!」
揶揄するような態度が癇に障る。が、逆に言えばその間は止めを刺す動きにならない。あがりはじめた呼吸を抑えてキーンは口を開いた。勿論応戦の動きは止めないまま。
「俺も、嫌いじゃないぜ?用意周到な、お前みたいなの。」
「へぇ?興味持ってくれた?」
「戦う相手の事は、知りたくなるぜ。気配消すの下手だけどな。」
「ちょっと、何処が下手なのさ……!?」
「忍び込んだの、日が沈んだ辺りの引越し作業の間だろ?」
一瞬黙ったのは図星だったからか、楽しそうな笑みの裏、お気に入りを見つけたような可虐的な表情が深まった。対して好戦的な微笑を浮かべキーンは応じる。相手が自分以外見ないように。時間を稼げば援軍が来る可能性も皆無ではない。
「ご苦労なことだ。宿直の兵全部眠らせたんだろ。」
「君と違って仕事熱心だから、ね。」
「へぇ。……なのに、あっちの暗殺にはレジスタンスを使ったんだ?」
鎌をかけたのだが結構核心を突いたようだ。ぴくりと一瞬鈍った動き。左手のナイフが一閃した。褐色の肌に濃い色が浮かび上がるのを見ながらキーンは挑発するように自分の頬の傷を指して首を傾げた。
「お揃い、うれしいだろ?」
「なるほど。手加減はいらないってことだね。」
「誰が手加減しろって言ったよ。遊びたいんだろ、サディスト男。」
無邪気にすら感じる笑みと裏腹の酷薄な目。命がけの業と口喧嘩の応酬が激化していく。キーンもツバキもお互いしか見ていない。




