締め出し
引っ越し当日の1回目、ゴミ収集庫前での2回目、そしてベランダでの3回目。
その3回の遭遇後も、一紗はお隣の男前、武田とちょくちょくと顔を合わせることが続いた。
生活パターンが似ているのか、朝のゴミ出しや、週末の洗濯物干しがほぼ同じタイミングで、週に2~3回は顔を合わせている。
その度に武田は
「今日暑いっすね」
「天気いいっすね」
などと、声をかけてくれるので一紗も
「予報では30℃近くなるらしいですよ。まだ4月なのに」
「洗濯ものが乾きやすいからいいですよね」
と返した。
一度、仕事が終わった一紗が夜ご飯を買いに近所のコンビニに向かう途中、同じく仕事から帰宅してきた武田にバッタリ会った時は
「暗くなってからの女性の一人歩きは気を付けた方がいいっすよ」
と言い「夕飯買い忘れてたので俺も行きます」と一緒にコンビニまで行ったこともあった。
なお、武田の助言通り、それからは夕方以降のコンビニ通いは止めた。
そんなちょっとしたやり取りを繰り返すうちに、GWが過ぎて梅雨が明け、季節は夏になっていた。
* * *
「暑い…」
一紗は呟いた。
7月も後半になった週末。
時刻は16時を回っているが、照りつける日差しはまだ強い。
ようやくじめじめとうっとおしい季節が終わったと思ったらこれである。
雨が続いた時期は太陽が恋しいなどと思ったりもしたが、こう連日のように日差しが照りつけ猛暑日になるのもそれはそれでウンザリしてしまう。
少し加減というものを考えて欲しい。
朝の天気予報では『観測史上初の13日連続の猛暑日!』と言っていたが、ここしばらくは毎年『観測史上初!』とか『前例の無い暑さ!』などと耳にしている気がするのは気のせいだろうか。
当然のように今日もうだるような暑さとなっており、食材や日用品といった細々とした買い出しに出るのも一苦労である。
(一応一番暑い時間は避けて出てきたんだけどなぁ…)
そんなことを考えながら、自宅マンションの入り口に着いた一紗は、オートロックにカードキーをかざした。
一紗たちが住むマンションは、それぞれの部屋の鍵がカード型になっており、共用部のオートロックもそのカードキーで開けるタイプである。
ピピッ。
(…ん?)
電子音がいつもと違う。
いつもであれば、カードキーをかざした後にピーッという長い電子音が鳴って開錠されるのだが。
そこはかとなく漂ってきた不穏な空気に気づかないふりをして、一紗はもう一度カードキーをかざした。
ピピッ。
無常にも先ほどと同じ音が鳴った。
試しにドアに手をかけて引いてみるが、やはり開錠されていない。
(嘘でしょ!?)
このままだと家に入れないではないか。
まずは管理会社に連絡をすべきだという考えに思い至った次の瞬間、一紗は絶望した。
(管理会社の電話番号がぱっと出てこない…)
これでは連絡できない。
(ど、どうしよう…。駅前のスーパーに合鍵屋が入ってたはずだけど相談すればなんとかなったりするのかな…。でもうちのマンションカードキーだし…。え? これ警察案件??)
「末藤さん? どうしたんすか?」
一紗が頭を抱えてうんうん唸っていると、武田に声をかけられた。
彼もどこかに出かけていたようである。
「武田さん! オートロックが開かないです!」
「え?」
「カードキーをかざしてもいつもと違う音がして開かなくて」
「俺のカードキーも試してみます」
武田が財布から自分のカードキーを取り出しオートロックにかざした。
やはり先ほどの一紗と同じく、普段とは違う電子音がして開錠されない。
「俺のでも駄目ってことはカードキー側じゃなくてオートロック側の問題っすね」
そう言うと、武田はスマホを取り出した。
「管理会社に連絡してみます」
「あ、お願いします…!」
武田はきちんとスマホに管理会社の連絡先を登録していたようだった。
(私も見習わないと…)
一紗が、「緊急事態が発生した時に、咄嗟に管理会社の連絡先が出てこないのはいい大人としてどうなのよ…」と自問している横で、武田はスマホで管理会社に状況を説明している。
「はい。そうです。今隣に別の住人の人もいるんですけど、その人の鍵でも同じ状態で。可能な限り早く対応してもらいたいんですけど。はい。わかりました。連絡お願いします」
話がついたらしい。武田はスマホを切った。
「管理会社から修理業者に連絡して今日中に修理させるそうです」
「ありがとうございます! 私、管理会社の連絡先が咄嗟に出てこなくて…。武田さんが来てくれなかったら中に入れないままでした」
武田は「気にするな」というように小さく首を振った。
「必ず今日中には対応させるけど、日曜だから管理会社も業者も人が少ないみたいで、修理まで少し時間がかかるかもって」
「そうですか…」
「俺、ここに越してきて3年なんですけど、今回みたいなことになったのは初めてですね」
「なんでしょう。オートロックも熱中症になるのかな…」
「また面白いこと言ってる」
「また?」
「いや前にも言ったけど、末藤さん言うことがいちいち面白いんですよ」
武田があの人懐っこい笑顔を浮かべて続けた。
「どこか涼しくて座れる場所に行きますか」
「え?」
「どれくらい時間がかかるか分からないから、このままここで待ってたら俺たちまで熱中症になっちゃいますよ」
「それはそうですね…」
「修理が終わったら俺に連絡くれるって管理会社が言ってたんで。一旦駅前まで行って入れそうなカフェなりファミレスなり探しましょう」




