童話 桃奇獣
ーむかしむかしあるところに島一番の強者のキッペイという男の子がいました。キッペイは誰よりも強くて優しい人気者です。そんな彼が住まう島には、頭にツノを生やした百人ほどが暮らししついる小さな孤島でした。
ードシッドシッザバーン
「いつもすまないねー」
「気にしないでください!助け合いが大事ですから」
その元気な返事は朝の眠気を吹っ飛ばすように明るく、みんなを元気にしているのはキッペイです。朝の稽古に向かう途中に木を切っているおじさんを見つけたので、自分の鉄棒を使い、手伝っていたのでした。
「では!俺は行きますね」
そういうと、おじさんはキッペイの袖を掴み、笑顔で引き留めます。
「ちょっと待ちな」
すると、おじさんは荷物を取りに行き、その中から取り出した唐草模様の包みを渡してきたのです。
「これは…?」
「にぎりだよ。持ってけ!」
にぎりとは、おにぎりのことでこの島ではその言い方が主流となっています。
「そんな、大丈夫ですよ。おじさんの分が無くなっちゃいますよ」
謙虚に断るが、にぎりを返却しようとしても包みを受けてってくれません。
「子供がおっさんの心配をしちゃいかんぞ。ほら、遅刻せんように稽古に行った行った!」
手を前に出したかと思えば、すぐに裏に返してしっしっと手で追い返すような動きをしています。きっと、断ることを知っていて、わざとやっているのでしょう。なぜなら、おじさんの顔は親切心に溢れていて、一目見ただけでわかってしまいます。
「ありがとうございます!これは後で美味しくいただきます!」
そうして、キッペイは大事そうににぎりを抱えておじさんの元を離れて行きました。
ーシュタッスッスッ
「ふぅ着いた」
ほんの少し急ぎ気味で来たのですが、想定より十五分も早く着いてしまいました。前には箒を掃く人物がいて、こちらを見つけると挨拶をしてきます。
「おはようございます。キッペイ」
「おはようございます!師範!」
そう、この方はキッペイに稽古をつけてくれている師匠なのです。そして、師範の持つ道場の元に集まってきて稽古をしてもらいます。
「さて、今日も自主練ですか?」
メガネをかけている師範は穏やかな声でキッペイに尋ねてます。
「いえ、違います。…師範!俺に桃の秘術を教えてください!もっと強くなりたいんです」
「ふむ、そんなにシオリの気を引きたいのですか?」
師範は奥で鉄棒を振っているポニーテールの女の子を見ながら再度問いかけます。
「なぁっ!そ、それは…」
テッペイは顔を赤らめて、言葉が続きません。
「いいのですよ。秘術を使えるようになりたいのですよね」
「…は、はい!」
師範は何もなかったかのように話題を戻し、テッペイは一瞬虚をつかれましたが、真剣に返事をします。
「実は私たちの種族であれば、桃の秘術は誰でも使えます」
「えっ」
「元々、桃国というひとつの国から私たちの種族が追い出されて、この島に来たのです」
「…」
「ですが、私の桃国への忠誠心、いや、尊敬する気持ちは消えていません。そして、生命を思いやる気持ちを持っていれば、秘術をつかえるのです。あなたなら出来ますよ」
「生命を思いやる気持ち…」
「そうです。それがあれば、命を奪わず桃に戻すという意味を理解できるでしょう」
ありがたい教えを聞き、テッペイは自分の心に問いかけてみました。
「ありがとうございます。少し掴めた気がします」
すると、師範は微笑んでテッペイの頭を撫でながら
「応援していますよ。ですが、他の大人も五年は修行して会得したので、ゆっくり頑張りましょう」
最後の励ましの言葉をかけると師範は奥に進んで行き、テッペイもそれに従います。
「シオリ。そろそろ稽古を始めますよ」
「はい!わかりました、師範!」
島一番の美貌を持ち、道場では二番目の強さを誇る彼女は素振りをやめて、テッペイの方を不思議そうに見つめて師範の後を着いて行きます。きっと、先ほどの二人の会話が気になったのでしょう。
「あたしのこと話してたよね?」
たまらずシオリは聞いてきますが
「ただの世間話だよ」
「ふーん…」
納得のいってないような目でテッペイを見つめる彼女とは幼馴染で、こんなやり取りを昔からしているのです。
「はい、揃いましたね。では、いつも通りです。テッペイさん挨拶お願いします」
「気をつけ!礼」
「お願いします」
今、ここの道場の集まっているのは七人しかいません。師範とテッペイ、シオリ、その他は年下の子供です。未成年は他に十人ぐらいはいますが、道場に通わずに勉強や家事を励んでいます。
「何かあったら呼んでくださいね」
そう言い残すと師範は道場にある自室へ行ってしまいます。だが、これは通常運転で、特に変わったこともありません。なので、六人は準備運動、素振り、基礎体力、組み手を難なくこなしていると、気がつけば夜になっています。そうして、夜ご飯とお風呂を済ませると道場に布団を敷いてみんなで寝ます。平日は泊まり込みで稽古を行うのです。
「今日はお疲れ様でした。しっかり寝て体力を回復してください。では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
師範は自室で寝るため、道場生に顔を出したら蝋燭を持っていきます。灯りがなくなった道場では、それぞれが眠りに落ちて、静寂に包まれました。
ーユサユサ
「ねぇ、起きてる?」
すると、隣で横になるシオリが弱々しい声でキッペイに声をかけます。
「まだ寝てない」
流石に子供という歳でもないキッペイは寝てはいません。
「ちょっと、聞きたいんだけど、キッペイは将来どうするの」
真面目なトーンで問います。
「将来?例えば?」
「…結婚するとか、そういうやつ」
「結婚か…どうして俺にそんなこと聞くの?」
「えっ、いや、だって、キッペイは強いし、師範、みたいに、人を育てるために、結婚しない、とか気になっただけ」
明らかに布団の中でたじろぎながら答えています。声は大きくなり、しかも、早口で喋るため、動揺しているのが丸わかりです。
「俺は…師範見たくはなるつもりはないよ。なんなら結婚はしたいけど、相手がいるかどうか…」
これはシオリが好きかどうかという以前にキッペイの本音なのです。
「そ、っか…」
その返答でシオリは胸を撫で下ろし、小さな声で
「…キッペイがいいなら、あたしと…」
ーカーンカーンカーンカーンカーン
「なんだ!いや、これは異常事態を知らせる鐘だ!」
「…えっ」
二人だけだった幸せな空間を突如として、つんざく鐘の音が割り込み破壊されてしまいました。
「この方角は南…すぐに向かおう!ほら、お前ら起きろ」
呑気に寝ている後輩たちを叩き起こして、六人は準備を整えます。すると、奥の扉が開き、師範がこちらに近づいてきます。
「あなたたち…これは最悪の事態の可能性が高いでしょう」
「さいあく?」
テッペイとシオリは察しがついていましたが、他の四人は見当もつかないでしょう。そこで、最年少の子供が師範に問います。
「えぇ、そうです。まだ、習っていませんよね。恐らく、元凶は人です」
「…人って?」
幼きながら歴史も大人たちは隠していたのです。
「今は非常事態なので簡潔に教えますね。少し前に人が私たちの種族を滅ぼそうと刺客を送ってきました。その時は私が桃にして対処したのですが、その報復でしょう」
この話を聞いて小さな子供の顔は曇っています。ですが、その隣の子供は違いました。
「じゃあ!また、師範がやっつけてくれるから平気だよ」
と、子供同士で励まし合います。
「…」
「師範…」
そんな希望に満ちた眼差しを集められた師範は少し黙り込み、テッペイは声をかけようとしますが
「そうですね、私がなんとかしましょう。…では、早速行きますよ」
刹那の躊躇いは何なのか、誰も尋ねることは出来ません。そして、準備を整えた七人は南の方へ向かいました。
港として使われていたそこは、炎にまみれていました。
「何が…ありましたか」
この深刻な状況を遠くから見ている仲間に師範が尋ねます。
「奴らは空から来たんだ…三匹のキジとそれにぶら下がる猿と犬、あと、人だ。人が居たんだ」
「ここには私の道場生も居たはずで…」
「みんな死んだよ」
間髪あけずに仲間は答えます。
「人はそんなに強くなかったんだ。だから、動物に警戒をせずにいて、奴らに…」
酷い光景を思い出すと仲間は言葉に詰まってしまいました。
ーササッ
「お!こんなところに隠れてやがったのか」
草むらから血のついた刀を有した一人の男が笑いながらやってきます。
「…ひ、ひと!」
「おいおいー、その人っていうの辞めてくんないかなぁ。人間様に向かって失礼だろっ!」
その男は怯えた仲間に逆上し、刀を振り回しながら怒りを表しています。
「まぁいい。俺様の名前がタイスケだと知ったところで…」
自己紹介を始めたところで、男の空いた口が塞がりません。
「ま、まさかお前ぇ!俺様に大恥辱を与えたツノメガネ野郎!」
「覚えていらっしゃいましたか」
「おま、お前のせいで、あっちではモモナリと呼ばれてんだぞ!うぅ絶対に許さねぇ」
かつて、襲来したタイスケを桃にして国に送り返した師範に唸りをあげて威嚇をします。
「ハハっ、だが、この怒りも今日までだと思うと寂しいもんだ」
ーガサガサ、シュバッ
すると、タイスケの背後から五匹の動物が飛び出してきたのです。
「もう片付いたのか」
「ワヲォーン」「ウキキ」「ケーン」
そこには、犬、猿、三匹のキジが雄叫びをあげ、その口元や猿の手には
「嘘だ!みんなやられたのか…」
同族の角が合計二十本あったのです。最初に気がついた仲間は信じられず、頭を抱えて動揺しています。
「ッ!もう二度とあなたにはこんなことを出来ぬように封印しなくては」
「待てよ!まだ、始まったばかりだ」
ーボキャッ、ズサッ
「シオリ!」
ーキーン
なんと、後ろからの予期せぬ攻撃を間一髪のところでテッペイはシオリを守ることが出来ました。ですが、テッペイやシオリよりも後ろにいた四人の子供たちと仲間は、なす術なく、地面に倒れ伏せます。
「お前たち…すまない…」
そんな子供らを守れなかったテッペイの胸は痛み、目の端には涙すら浮かんでいました。
「テッペイ…」
シオリにはどうすることもできません。なので、悔しさに拳を強く握りしめるテッペイのそばに寄り添い、手を優しく包み込みます。そんなテッペイは、シオリの優しさに触れて、少し落ち着きを取り戻し、背後から襲ってきた元凶に目をやりました。
「師範、俺はこんな奴らを許せません」
そこには、最初にいたのとは違う犬二匹、猿二匹、キジが四匹います。その動物たちは角を数えきれないほど持っていたのです。もうこの島の原住民は師範、シオリ、テッペイしかいないのではないと思ってしまうほどあります。
「どんな気持ちだぁ?…ニヒッお前らやっちまえ!」
タイスケの合図とともに、一斉に動物が三人に飛び込んできます。
ーシュパン
「わぅ」「ケ…」「ウキ」
師範は計十三匹の生き物に鉄棒を振り、受けた生き物はたちまち巨大な桃に変化しました。そのまま、表情を変えずにタイスケの方に歩いて行きます。
ーシュン
タイスケはにやけながら勢いよく手を空にあげて、降参の構えになりますが、師範は止まりません。
ーシュパン
「ニヒッ」
そのまま鉄棒をくらい、桃となります。そして、この場には巨大な桃が十四個転がる異様な光景が広がります。
「二人とも、この者らを封印します。手伝ってください」
師範はこちらを向いて指示を出しますが、師範が何を考えているかは、うまく読み取れません。
ークルクルクルクル、ザパッ
「し、師範!」
上から包丁のようなものが回転しながら落ちてきて、タイスケの桃を一刀両断してしまいます。すると、そこからタイスケが出てきて
「油断大敵!」
「あが…」
背後から師範の心臓を貫きました。
「よし!これで、復讐完了だ。あと、二人か」
「ぐすんっぐすんっ」
立て続けに起きた同胞の死にテッペイはなにをしたら良いのわからなくなり、シオリはテッペイの腕にしがみつきながら涙を流しています。普段はどんなことに対しても強気な彼女もこんな状況には耐えられません。だからこそ、シオリの手を振り解いてテッペイはタイスケに立ち向かうのです。
「弟子ならお前もあの技を使えるんだよな」
「いいや、そんな慈悲はない」
「来い!」
ーシャキーン
刀と鉄棒はぶつかり合い火花が生まれます。
ージャキン、スパッ、ドシン
「くそっ」
テッペイはこの島で一番強く、誰にも負けません。ここでも、タイスケを押しています。
「やるじゃないか」
ードシャン
シオリの見守る中でテッペイは何発も攻撃を浴びせて、完全なる優位になり、タイスケはどんどん窮地に追い込まれていきます。
「はぁ…これは俺様には勝ち目がないな」
テッペイと距離をとると、弱音を吐き始めました。
「この手だけは使いたくなかったんだが、お前らに負けるよりはましだ」
「何をして…」
トドメを刺そうとしていたテッペイはタイスケの行動に呆気を取られて呆然としてしまいます。
ームシャムシャ
ありえません。タイスケは地面に落ちている桃を拾うと口を大きくあけて齧り付いたのです。数秒後には巨大な桃を平らげてしまいます。そして、二個目三個目と桃を拾って食べ始めます。気がつけば七個目に差し掛かっていました。
「はぁはぁ、訳がわからない。だが、させてたまるか!」
理解は追いつかないまま、鉄棒を大きく振りかぶりタイスケの頭部を狙います。
ーパシッバコンッ
「うぅぅっ」
なんと、片手で鉄棒をいなして、その手でテッペイを殴り飛ばしたのです。
「食事の邪魔はするもんじゃないのよ」
シオリの隣にある木に衝突して、悶えます。そんな、テッペイをシオリは泣きながら駆け寄り、必死に声をかけますが、痛みがひどくて耳には入りません。
「もういいよ!逃げよう。あたしたちじゃ勝てない」
「うぅ、シオ…リ逃げろぉ」
そんなやりとりを交わしている間に、もう桃はありません。
「最高な力を手にした気分だわ!」
どうやら、融合した動物の雌の割合が多く、脳の性別が変化したようです。しかし、脳だけではありません。体には猿の毛皮、背中に翼、手と足には肉球があります。
「わたくしはね、あなたたちと戦えば桃にされることは想定済みだったのよ。だからね、こんな風にできるかなって考えてたの」
シオリは怯えながらも、テッペイの方を支えて二人で逃げようとしていて、タイスケの話は聞く余裕がありません。ですが、タイスケは続けます。
「んーそうね、今のわたくしを名付けるとしたら、キメラ…ちょっと違うわね。じゃあ、合成獣とか?なんかしっくりこないわ。あっ!桃奇獣なんてどうかしら!いいわ、決まりね」
タイスケが自分に夢中になってる間に二人は離れて逃げることに成功していました。
「シオリごめんな。俺がみんな守れたら…」
「違うよ。テッペイは悪くないから。このまま二人で逃げて、どこかで一緒に暮らそうよ」
絶望の中でシオリは将来の話をして、テッペイに未来への希望を持たせるのです。
「シオリ…ありがとう。俺は…シオリが…シオリのことが…」
「みぃつけた!」
ーブシャッ
地獄の中で生まれた微笑ましい瞬間を化け物の声で遮られてしまいます。そして、テッペイは目をうたがいました。化け物の腕がシオリの胸を貫通していたのです。
「くはぁ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
好きな人が、いま、好きだったと伝えたかった人の血が胸から流れていて、テッペイは倒れ掛かる彼女を抱き抱えることしかできません。
「あぁぁぁぁぁぁ」
「あははん。安心して、あなたもすぐに送ってあげるわ」
「カハッ、ケホケホッ」
「はっ、良かったぁ。まだ、生きてる」
吐血をしながらも、まだ、息のあるシオリに安心してテッペイは覚悟を決めました。
「てぇりぁぁ!」
残りの力を振り絞りって、今までで一番の攻撃を繰り出し、タイスケにダメージを与えられました。すると、化け物タイスケの足の一部が桃になります。
「あんた…死にたいようね」
「お、俺にもできた」
複数の生命が混ざり合った生き物だからか、完全に桃にはなりません。けれど、時間稼ぎには十分です。そして、重傷を負ったシオリを抱えて走り出します。
「…もう、あたしを、おいて、行って」
「喋るな!俺はシオリを見捨てたりしない」
どのくらい走ったのでしょうか、無我夢中だったので覚えていません。
「こんな、きず、あるし、」
「…一つだけ、助けられる方法がある」
それは、確証はないけれど、きっと救うことが出来る唯一の手段です。
「いい、よ」
ーキエェェェェ
もう時期タイスケに見つかるでしょう。なので
「ごめん、いつか助けにくるから」
そうして、別れの言葉を告げたあと、シオリは桃になり、キッペイはその桃を地面に埋めました。
「あら?死体は捨てちゃったのね。ぐちゃぐちゃにしてあげようと思ったのに」
これから、一対一の勝負が始まります。
ーこれより先の物語は伝承されていない




