童話 『亀虐末路』
ーむかしむかしあるところに嫌がらせが好きな男の子が二人いました。そのうちの一人のかん太は町一番の傲慢者だと知らぬ者はいません。
「かん太やー、裏山から木を切ってきてはくれないか」
かん太が玄関で靴を履き、出かけようとしていると母がお手伝いをしてほしいと言ってきます。ですが、いち早く遊びたいかん太は、優しい母の頼みを無視して行ってしまいます。
「やれやれ、あの子ったら」
まるで、いつものことのように母は呆れて、額に手を当てています。弟がたくさんいる長男なんだからしっかりしてほしいと思いながら薪を割る母なのでした。
「けっ!俺様は偉いんだ!母ちゃんの手伝いなんて、ダサくてやってられねー」
頭に手を回しながら、先程のことを自分は悪く無いと遠回しに発言するも、誰も返事を返してはくれません。なぜなら、ここは大田舎。人と人がすれ違うことも珍しいような過疎地域なのです。
「てか、あちー。そうだ!暇だし、へい助でも誘って海に行こう!」
真夏の昼間にかん太は家から出たものの、行き先はおろか内容すら決めてもいませんでした。ですが、ふと閃つきます。山を一つ越えた一軒家に住んでいる子分のへい助を誘い海に行けば涼めるのではないかと思ったのです。
「えーと…この道であっ、てる!あぁーこっからずっと歩くのかよー」
ボロボロの道標を発見し、一応方向を間違えてはいないか確認しておきます。そこには、この先ずっと真っ直ぐと書いてあり、かん太は気が遠くなりました。ですが、一度やると決めたことはやり通す性格なため、諦めるつもりはありません。そうして、まるで人を拒んでいるかのように木が入り組んだ山に入ります。
「あっ!こりゃなんて美味そうな枇杷だ」
少し進んだところになんと、橙色で埋め尽くされた大きな木がありました。そして、かん太は木によじ登り、沢山の枇杷をもぎ取り懐の中に詰めてゆきます。
「うわぁ!」
20個目辺りに差し掛かった時に味見をしようと思い、枇杷を口元まで運びます。すると、大量の蟻が群がっていたのです。最初は驚きましたが、次第に怒りがふつふつと湧いてきます。
「全部おらの枇杷だぞ!ありんこなんざに譲ってやるもんか」
ーブチッブチッ
怒りの矛先が向けられた蟻たちは次々と潰されていきます。それは何と酷いことでしょう、爪を突き立てて頭と体をちょんぎっているのです。
ーブチッブチッ
そうして、大半を殺したら怒りも収まっていき、興味が無くなったのか、その枇杷を地面へ放り投げます。
「もう飽きたし、いいや」
集めた枇杷を抱えながら木を降りました。途中で落とした二つ枇杷には見向きもせずに、目的地へと歩き出すのです。
「おっ!やっと見えた」
長く険しい山を越え、へい助の住まう家が見えました。この頃には、たくさんあった枇杷も全部食べ尽くし、枇杷で膨らんでいた服は萎んでいます。もちろんのことながら、へい助に残しておこうなんて気遣いはさらさらありません。
「暇だから来たぞー」
かん太は小さな一軒家の前に立ち、大声でへい助を呼びます。
「はーい!今行くー」
甲高く生意気な声が家の後ろ側から聞こえます。
―スタスタスタ
「何かよー?」
裏から出てきた声の主は手には二本の竹を持ち、颯爽と現れてました。
「へい助、なんか面白い事ないか?」
「んー、じゃあ海に行こ?」
へい助はいつものように適当な返事を返します。
「またかぁ、まっそれでいいか。ん?それよこせ」
かん太はへい助の持つ竹に興味を持ち、一本ぶんどってしまいました。
「もー、せっかく切ったばかりなのにー」
「うるせー、さっさと海行くぞ」
文句を垂れるへい助を横目にかん太はとことこ歩いていきます。それに流石子分と言わんばかりに走って着いていきます。道中、子犬を見つけて追いかけ回したりしているうちに、足音が変わりました。
ーシャッシャッシャッ
土から砂になり、地面の感触が変化し、へい助ははしゃぎます。
「わーい!やっぱり海はいいー!…あれ、あそこに変なのがいる」
少し離れたところに砂浜の上でしゃがむ子供と岩があります。気になった二人は近くで見てみることにしました。
「大丈夫だよ、僕が海に返してあげるからね」
距離を縮めるにつれて、そんな話声が聞こえます。
「あのチビ、岩に話しかけてる。キチガイじゃないかよ」
「ねー、変なの。…いや、まって、あれ亀だよ」
ともに侮辱をしているとへい助は気付きました。あれは岩ではなく、生き物の亀だったのです。
「面白いじゃん」
かん太の欠けていた心が満たされたのか、悪い笑みを大っぴらに表現し、亀への距離を詰めていきます。
「なぁ!ガキ、おいらたちも混ぜてよ」
「ぇ!?一緒に亀さんを運んでくれるの!」
ーバンッ
「何言ってんだ?遊ぶんだよ」
会話の途中でかん太は亀を竹で叩き始めたのです。しかし、これほどまで巨大な亀を見たのは初めてで、突きたくてたまりませんでした。
「ずーるーいー、おいらもっ」
ーバッチン
「や、やめてよ!!可哀想だよ」
武器を持つ二人の前に僅かな勇気を振り絞り、亀を守ります。ですが…
「うっ」
そんな子供をいともせず、かん太は竹でぶっ叩きました。
「じゃあ、先に亀を死なせたら勝ちな。始め!」
ーバンバンバンバン
「早いー、負けるもんかっ」
ーバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン
いじめっ子どもは亀を滅多打ちにしていきます。横で泣き喚く子供は場を盛り上げる歓声のように思っています。
「まだまだぁぁ」
「おりゃっおりゃっ」
―バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン
二人は激しさを増していき、亀はぴくりとも動きません。
「ふぅ、おらの勝ちだな」
「いやいや、おいらだ。っいて!うーもうおいらの負けでいいよ…」
言葉ではなく拳骨でへい助に言い聞かせて、この勝負を勝ちとったかん太ですが、何か閃いたのか泣く子供に命令をします。
「おい、チビ。この死体の甲羅だけを上手に剥げ」
「…」
子供は一瞬意味を理解できませんでした。
「二度は言わん」
狂気の顔から眉間に皺を寄せた鬼の形相に変わり、子供を追い詰めます。
「イヤダ!やりたくないよ」
必死にそう訴えかけているとへい助が悪魔の囁きのような助言をします。
「このガキ、おいらの近くに住んでる気がする。確か、好きな子がいるんだっけ?」
「ぇ」
「体の弱いおばあちゃんもいるんだろ?」
「…わかった、やるょ」
子供の心は恐怖で支配され、従うしかありませんでした。そして、亀を解剖していきます。絶望に満ちた顔をしてはいますが何も考えぬようにしているのです。自分がやったと思わないように。数十分すると子供が口を開きます。
「…終わった」
「ちょっと来い」
かん太はへい助と子供を連れ、波打ち際まで来ると甲羅を綺麗に洗うように促します。それはもう綺麗に中身がくり抜かれ、着れそうなほどでした。
ージャバジャバ
血や内臓を洗い落とした甲羅を奪い取るとそれを着てみます。それはすっぽりはまり、気に入った様子で、海にどんどん浸かっていきます。
「あはは!おらは亀になったぞ」
「わぉ!流石に似てる!」
二人はふざけて浅瀬で泳いでいます。一方の子供は足首が浸かるあたりで見下ろしています。
ーゴツン
泳いでいるかん太は岩にぶつかり、動きが止まってしまいました。へい助に関しましては、足を引っ掛けて躓いてしまいます。すると、子供は叫びます。
「あ、あぁぁ!!亀さんが怒ってるんだぁぁ!」
なんと、三人の足元には無数の亀がウジョウジョいたのです。転んだ際に亀の甲羅の上に背中から倒れたへい助は…
「うごっ動けないっ!」
見えざる不可思議な引力が働いて背中と甲羅が離れません。すると、へい助を乗せた亀は徐々に沖に進んで行き、かん太の鼓動は早まり、焦りの色を隠すことができませんでした。
「一体何なんだよー!」
ーグラッ
今まで踏み締めていた砂が突如として盛り上がり、ふらついてしまいます。
「おい、チビ!なんとかし…」
子供に責任転嫁をさせているような口調で振り返りますが、もうその姿はありません。残されたのはかん太一人なのです。
「これしきのことで…間抜けめ!」
亀に追い詰められたところで希望の光が差し込みました。。三つの楕円から生まれる必然的な隙間に足を忍びこませることができれば、この窮地を脱せれると…。そして、かん太は慎重に足を上げようとしますが
「え?足が、足が…」
地面、ではなく潜伏した亀に引きつけられ、一歩が踏み出せないのです。そのまま、亀は海の奥へと潜り始めます。
「いやだ!いやだー!」
直立不動立ちを維持したまま、どんどん海に引きづられ、数秒後の砂浜にはもう誰一人いません。ただあるのは、砂の上の赤黒い染と毟り取られた残骸だけです。
ーゴポゴポゴポ
水中て息ができない人間は呼吸を止めるほかありません。なので、かん太は必死に口を押さえます。ですが、30秒後には苦しくなり、亀に抵抗しようと甲羅に手を伸ばせばくっついてしまうのです。そうして、いつしか大海の中で気を失っていました。
「ぅぅう…んう?」
かん太が目を覚ますと廃れた豪華な白の前にいました。その城の多くに亀の装飾が施されており、不気味さがより一層醸し出されています。辺りを見渡すと二人が倒れていました。駆け寄ると丁度へい助が目を開きます。
「ここ、は?っ!!うわぁぁあ」
眼前に聳え立つ亀と人を混ぜた趣味の悪い像を見て発狂してしまいました。
「い、いきなり大きな声を出すなよ…」
「うん?僕たちはどうやってここにきたんだろう」
へい助の大声で目を覚ました子供は二人に問いかけます。
「…知るかよ」
いいえ、そんなわけはありません。これが、自分が犯してきた罪による天罰だと分かっていたのです。
「夢なんだよ!こんなことありえない!」
とうとうへい助は現場に耐えられなくなり、現実逃避を始めます。薄暗く、ジメジメした場所に不気味な構造物と亀の城、悪夢で無ければ何だというのです。
ーズシズシズシ
重量のある足取りで、城からこちらに歩いてくるものがいます。ですが、暗くて顔は見えません。
「ひやぁっ!」
目の前に立ったのは異形の人間。まさしく、あの像と似たような見た目にへい助は素っ頓狂な声が出てしまいます。
「若者たちよ…今から制裁を行う。着いてこい」
その怪物は、三人にそう告げて城に戻っていきます。戸惑うかん太とへい助でしたが、弱虫の子供は亀の怪物の後を律儀について行くのです。そんな子供をかん太は引き留めようとしますが…
「僕たちが悪いんだからさ、受け入れるべきなんだよ」
全てを悟ったような声色は憐れみの情を感じられます。
「おらは絶対に行くもんか!なぁ?へい助…」
共感を求めたかん太でしたが、へい助はもう廃人のように座り込み、返事もまともに出来ません。けれど
ーズシズシズシ
背後から現れた新たな亀がこちらに近づいてきます。警戒をするかん太に目もくれず、へい助の前で止まりました。
ーガブ
「えっ…」
突然のことでした。かめの化け物は前屈みになり、へい助の頭を口内に収めてしまいます。
「うぅーーー」
唸り声をあげても、何の意味も持ちません。なぜなら、歯という器官が退化した口で何度も咀嚼されていきます。いつしか体は脱力し、首から下が地面に落ちました。その後、へい助を嘴でぶちぶち啄んで食したのでした。
「やめ、ろぉ」
腹が満たされた亀はかん太の頭を鷲掴みにし、子供の跡を追っていきます。速さはとろく、引きづられている間は砂浜から身につけていた甲羅が地面にぶつかり、最悪な様子です。
ードサッ
乱雑に解放されて地面に頭を打ち付けます。
「いてて」
頭を押さえながら、前方を見ると子供と亀が会話をしているではありませんか。ですが、そんなことより、周りにいるたくさんの観衆の方が気になって仕方がありません。
「なんだ、ここは。教えてくれ」
「…」
かん太はさっきまで頭を掴んでいた亀に話しかけますが、こちらをまじまじと見つめるだけで会話に取り合ってくれません。ですが、聞かなくとも何となく察してはいます。ただ、確認したかったのです。こんな小さな土俵の上に連れてこられて、何をされるのかを。
ーブシャァァァ
「…はぁ、おらも死ぬのか」
会話をしていたはずが、何の脈絡もなく亀は子供を鉤爪でバラバラに引き裂いてしまいます。もう動揺すら出来ない程に打ちひしがれてしまっていたのです。子供のブロック肉に群がる怪物どもにも何とも思いません。
ーズシズシ
前から最初に会った亀が近づいてくるではありませんか。
「自らの罪を認め、懺悔せよ。さすれば、選択の余地が与えてられる」
恐らく、目の前の亀は喋ることのできる唯一知能を持った個体だと理解します。ですが、今そんなことを知ったところで意味は無いけれど、かん太は喜びを覚えていました。そして、答えます。
「たくさんの人に嫌なことして、多くの生き物を殺めた、最低な人間だ」
これまでの人生を大雑把に語り、亀に伝えました。
「そうか、ならば選べ。お前ならわかるはずだ」
そう言われてみると、不思議と理解することができました。これにしようと思うことが…
「おらは――」
ーこれより先の物語は伝承されていない




