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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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浜辺の狂詩曲 2

 壁の影で、真世は息を飲みこむ。

 

「……関係? ……やっぱり付き合ってたんじゃん……でも、今、終わりって……」思わず、溢れ出た声を手で覆い隠しながら、恐る恐る、二人の様子を窺い見る。

 

 

「サニ……」「センパイも解消したがってたでしょ? それとも、今更、未練でも?」

 

 胸の高鳴りが、徐々にトーンダウンしていくのを直人は感じていた。

 

「……無いと言ったら……嘘になる……」

 

「ぷっ、ド正直ね」

 

「そりゃ……サニは一緒にいて楽しいし…………わぃぃ……から」俯いて、胸に込み上げてきた言葉を、直人は無理矢理押し殺した。

 

「なんて? はい、もう一回!」片耳に手を当て、催促するサニの口元には、次第にいつもの小悪魔が蘇り始めている。

 

「か……わいい……」「聞こえな〜い」「可愛いっ‼︎」

 

「くくっ、やっと認めたね!」「う……うるさい……」「センパイから、その言葉、聞けただけで、満足よ。ふふふ」

 

 赤く染まる頬とは裏腹に、直人は、穏やかになっていく鼓動に、妙な安らぎを感じていた。

 

「……アムネリア?」と、サニが問う。直人は、小さく頷いた。

 

「そりゃ、魂が繋がってるんだもんね」

 

「……他人とは思えないんだ。それに、彼女との間には、まだ何か……大切な事があるような……とにかく、よくわからないけど……好きとか、付き合いたいとか……そういうのとも少し違うよう……でも……」

 

「失いたくない……」

 

「ふぅん……そっかぁ……」しれっとした顔のまま、サニは相槌を打つ。

 

「………でも……」

 

「あのコはどうなのかしらね?」

 

 ……これが……コイ? ……なのでしょうか? ……貴女が教えてくれた……

 

 集合無意識の辺縁で聞いた、アムネリアの言葉が、サニの心にふと浮かんでいた。

 

「……それにさ、亜夢のことは?」

 

「アムネリアは亜夢でもあるのよ」

 

「亜夢……」直人はハッとなって目を見開いた。

 

「亜夢、今はあんな子供じみてるけど……女ってさ、急に変わるよ。アムネリアのことだけってワケにはいかないからね」

 

 二人の会話に、真世は小さく俯いて、壁の影に隠れ直す。

 

「うん……わかってる……」

 

 会話が止まる。真世は、出ていくに出て行けず、壁に背を預けたまま、ぼんやりと足元を眺めてた。

 

「……真世さんのことは? もう、いいの?」

 

 再び聞こえてきたサニの声が、真世の胸を突き刺さす。もう一度、二人の様子を窺わずにはいられない。

 

「……あ、え? ……ま、まぁ……その……」直人はサニから顔を背け、天井と足元を交互に見渡している。

 

「アタシ、思うにさぁ。結構、脈アリだと思うんだよね」

 

 サニが言い放った言葉は、真世を廊下の影へと押し戻した。

 

「え、ええ?? ない……ないよ、それは……」

 

 上擦った直人の声が聞こえて来る。

 

「え、どうしてよ? こういうアタシの勘、当たるよ?」

 

 無意識のうちに真世は、両の手を固く握りしめ、呼吸を止めていた。身体を張り詰めたまま、直人の次の言葉を待つ。

 

「か、彼女は……オレのこと、そういう風には想ってないよ」

 

「……ティムとかなんじゃ……」一気に緊張を失った真世の身体を通路の壁が支えると、彼女は壁伝いにズルりと体勢を崩していた。

 

 

「ティムゥ⁉︎ んなワケないじゃん。ハハハ……ダメだこりゃ。センパイ……ホント、わかってないね」「えっ……」

 

 溜め息をつきながら、真世は身を起こす。頃合いかなと、真世は身を起こし、壁の影から踏み出そうとした。

 

「……で、でも……オレ……恨まれてるし……」

 

 直人の言葉が、真世の足を阻む。

 

「彼女のお母さんを……あんな風にしたのはオレだから……オレが……あの二十年前の地震の発端だから……」真世は、全身の血の気が、スゥと引くのを感じていた。凍りついたまま、二人の会話に耳を傾け続ける。

 

「センパイ……それは、それは違うって! あれは事故! センパイこそ被害者だって、所長も言ってるじゃない。アタシも皆も、センパイのせいだなんて誰も思っていないよ! 真世さんだって!」サニは語気を荒げて言う。

 

「……ありがとう。そうかもしれない……でも……オレは、彼女を……」「好きになる資格ない、って?」

 

 直人は口を固く閉ざす。

 

「……はぁ、ま、気持ちはわかんなくもないけど……センパイはそれでいいの?」

 

「……わからない」「……それで、アムネリア、なの? 同じ当事者の……」「そうかもしれない……」

 

「センパイ! それは!」語気を荒げるサニに背を向け、直人はベンチから立ち上がった。

 

「……もう、いいだろ……先、帰るよ」

 

「センパイ……」

 

 直人は、サニに振り返ることなく、棟を逃げるように出る。夜の闇が、すぐに直人の背中を包み隠していった。

 

「風間くん……」

 

 ……恨まれてるし……直人の残した言葉が、真世の胸の内で繰り返される。その声をかき消そうと、真世が一歩踏み出したその時。

 

 直人の言葉のリフレインは、次第に自分の、いや、いつの間にか巣くった『あの女』の声に変わってゆく。

 

 …………ざわざわ……ざわざわ…………

 

 …………ざわざわざわざわざわざわざわざわ………

 

 ……なんなんだい、この騒めきは………みっともないねぇ……

 

 ……くくくっ、ほんと、愉快だわぁ〜……あんたの心は……

 

 ……また、貴女⁉︎ ……誰、誰なの? ……

 

 ……言ったろ、もう一人のあんただって……

 

 ……嘘よ……そんなの嘘……私の心を勝手に決めつけないで……

 

 ……おう、そうかい……なら、今すぐあの坊やを追いかけて……お前の本心を伝えてやれぇなぁ〜……

 

 ……あの女とも終わった……いい頃合いじゃないかぇ〜……今なら……あの坊や……簡単にお前のものさぁ〜……

 

 ……わ、私……風間くんのこと、そんな風には! ……

 

 ……はん! 嘘、嘘、嘘、嘘……お前は何もかも嘘だらけ……

 

「くっ! ……」声に抗って、足を進めようとするも、それ以上は身体が動かない。

 

 ……くくっ……ほぉほほほ……きゃぁはははは‼︎ ……

 

 ……やめて…….

 

「もう止めて‼︎」声を張り上げて、真世はその場にへたり込んでしまった。

 

「嫌! なんなのよ、お前は‼︎」頭を抱え、言葉を吐き捨てる。

 

「真世さん⁉︎ しっかりして、真世さん!」

 

 不意に肩を誰かにゆすられ、ハッとなって真世は顔を上げた。

 

「……サ、サニ⁉︎」

 

「どうしたんですか? 急に声がしたんで……」

 

 サニが心配気な表情で、覗き込んでいる。

 

「えっ……あ、いや……その……お、お化け……見えた気がして……気のせいだったみたい。はは」そう言いながら、真世はフラフラと立ち上がった。

 

「真世さん……もしかして……聞いてた?」

 

「え、何? ……か、片付け忘れしちゃって。そ、それじゃあね」そそくさと、真世は逃げ込むように、ホールのドアを押し開けて、入っていく。

 

「…………真世さん」

 

「お疲れぇ……」閉まったドアに呆然としながら、サニは一言、声を投げかけていた。

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