帰郷 6
PSI波動砲発射口の波動共振フィールドの振動が、波動収束フィールドが生み出した空間全体を揺り動かす。
水面のファビオの両目が見開かれる。呼応するように、上空の満月に浮き出たワンジナの目と思しき部位が拡張している。ワンジナのそれが表情であるなら、『怒り』の形相にも見える。
「蛇が!?」ディジュリドゥの柱に絡みつく虹蛇は、過敏に反応して、<アマテラス>を睨むと、首を持ち上げていた。襲いかかってくるのは明白だ。
「アラン! シールドを展開! PSI波動砲発射まで持たせるわよ!」「よし!」
<アマテラス>の船体をシールドが覆うのと、虹蛇の襲来は同時だった。衝撃が、PSI波動砲の照準を狂わせる。
「亜夢! 今は身動きがとれない! もう一度、アレを!」
直人は、船の射角を修正し、ターゲットを覗いたまま言った。
「わかった!!」亜夢は、直人の意図をすぐに理解し、亜夢は溌剌とした笑を浮かべ、PSI-Linkインターフェースモジュールに手をかける。
瞬く間に、シールドは、炎の様相を帯び、再び鳳凰が翼を広げる。虹蛇は、亜夢の鳳凰に気色ばみ、ひたすら威嚇している。
『蛇さん、亜夢と遊ぼ!!』
亜夢の鳳凰の羽ばたきに食らい付こうと、虹蛇は左へ右へと、首を伸ばす。
<アマテラス>の射線を遮るものは無い。
「今のうちよ! ナオ、急いで!」カミラが声を張る。
「はい! サニ!」
……パパ……パパ……
直人の心の中に、サニの声が聞こえてくる。
……お願い、気づいて。アタシよ。パパが守ってくれたから、こうやって、生まれて、大きくなれたの……パパはもう、苦しむ必要なんてない……
……パパ……
通奏低音のように鳴り続けていた、ディジュリドゥの音色が変わる。
「パパ! 応えてくれているの?」
サニは、その音色に聴き覚えがある気がした。
……この音は……そっか……アタシの心の中に湧き上がってくるこの音は……この音楽は……
「この音楽は……」
通信から聞こえてくるディジュリドゥの音に合わせて、口ずさみ出すロワナ。その歌声を自然と、サニも鼻歌で口ずさみ始めていた。
ディジュリドゥを吹くファビオ、それにキーボードで伴奏を付けながら、歌を歌うロワナの姿がサニの心象に浮かんでくる。
「ずっと聴いてた……ママのお腹の中で……だから……あの時……」
ふと、既に忘れ去っていた、幼少期の記憶が甦る。目の前で、ベッドに横たわる意識薄弱のファビオ。だが、ディジュリドゥだけは深く静かに鳴らしていた。不思議そうに、でも興味津々にディジュリドゥを見つめる幼いサニに優しくディジュリドゥを差し出すファビオ。サニは目一杯息を吹き込むが、鳴りもしない。
……や、やめなさい! サニ!! ……
そこへ駆けつけたロワナが、血相を変えてサニからディジュリドゥを奪い取る。
……マ、ママァ……ヤダヤダァ! サニも吹きたいぃ! ……
……ダメだったらダメだ! ……
……いいかい! これは女が吹くもんじゃないんだよ! ……
……わぁああん! ママのばかぁあああああ……
「そうか……サニは、覚えてたのか……アタシらの音楽を……だからあの時……ファビオの……すまなかったよ、サニ……掟とばかりに、辛くあたって……」ロワナもまた、同じ記憶を呼び起こしていた。溢れる涙を拭い、ロワナはモニター向こうの娘に、涙にくしゃくしゃになった顔を上げて、精一杯の笑顔を見せた。
「もういい、一緒に歌おう、サニ! アタシ達の歌を……家族の歌を!」
『ママ……』
サニの口から歌詞があるようでない歌が流れ出す。ロワナと共に。
その時、クリバヤシが監視するシドレアモニタリング画面に、突然、プログラムの羅列が走り出す。
「シドレアが自己再フォーマット!? そうか! シドレアが、いやファビオさんが、必要としていたのは……」
その家族三人で歌い、演奏する姿。笑い合う姿が直人の心象にも浮かび上がってくる。
「サニ……いい歌だ」
……センパイ……
…………ありがとう……
「一緒に撃つよ! サニ!」『うん!』
<アマテラス>船首の共振場生成ブレードの間に、サニの願いを凝縮したエネルギー場が、金色に発光し、蓄積している。
直人の発射前カウントに、ミッションに携わるオセアニア支部IMC、本部IMC、<イワクラ>、<クナピピ>、そして<アマテラス>の皆が、祈りを託す。
「PSI波動砲、発射!!」
直人は、自身の腕にサニの気配が重なるのを感じながら、トリガーを引いた。
PSI波動砲の煌めきが、<アマテラス>の船首に蓄積された金色のエネルギー弾を弾き出す。
螺旋を描く金色の閃光が、真っ直ぐに泉の中央へと吸い込まれると、泉は虹色に次々と色を変え、水面を覆っていたプラントの遺留物と共に、ファビオの顔形を安らぎの中に溶かしてゆく。
ディジュリドゥの柱は、静かに消え行き、代わりに泉全体が巨大な虹蛇に生まれ変わり、辺りに虹色の残光を散りまめながら月へと、引かれて舞い上がる。
月から降りてくるワンジナは、どこか微笑んでいるかのような表情を表し、虹蛇を迎え入れ、柔らかな光を周囲に広げながら、消えていった——
乾いた大地に立ち上がる焚き火は、一瞬、激しく燃え上がり、煙は不思議なほど真っ直ぐに、天空の満月へと向かっている。ハタと何かに気がついた長老は、ディジュリドゥを止め、遥か聖地の方へと目を凝らす。儀式の踊りに明け暮れていた若者らも動きを止め、長老の視線の先を追う。
「……おお……なんと……」皆は、一様に目を見開き、聖地の天空を見上げていた——
波動収束フィールドいっぱいに広がった光は、次第に落ち着きを取り戻し、星空を映し込む泉の水面が戻ってきた。
「終わった……んだよね……」静まり返る<クナピピ>のブリッジで、マヤは、恐る恐る声を出す。
「あ、ああ……」「おそらく……」エリックとミアは、顔を合わせて、お互いの認識を確かめ合う。
シドレアと接続したままのサニは、目を閉じ、言葉なくキャプテンシートに身を預けていた。
「……えっ……そんな……ファビオさんの……ファビオさんのPSIパルス……消失……やはりPSI波動砲が、ファビオさんの魂を……くっ……サニ先輩!」クリバヤシは、顔を青くしてサニへと振り向く。
見守る皆も固唾を飲んで成り行きを見守るしかない。
「……大丈夫」緊迫する空気の中、直人は一人呟いていた。
「……ええ、シドレア。それでいいわ。……うぅんん……大丈夫。パパは戻るわ……」
するとサニは、両目を開き、穏やかな微笑みのまま、シドレアに命じた。
「シドレア! データバンク解放!」
再び<クナピピ>の上部超次元転送波送信機が発光する。呼応して、泉の中央が虹色の光を取り戻す。その光はフィールドいっぱいに広がっていった。
「泉に未知のPSIパルス励起……未知? いや……これって……」ミアは、<クナピピ>のレーダーが捉えた反応に困惑していた。
「えっ……ミア、データをこちらに……待って…………こ、これは……」クリバヤシは、立ち上がったPSIパルスをスペクトル分析にかける。「……そうだよ……パルス波形が変わっているけど……このパターン……間違いない。ファビオさんだ!」
七色、いや、無数の光のグラデーションに彩られた、ファビオの心象世界の光景は、緊迫した各所の空気を和らげ、次第に安堵へと変えていく。
「囚われからの魂の解放……ファビオは今、一度、死んだのだ。だが、死は再生の始まり。これはファビオの生まれ変わり……」藤川は、ファビオの魂の輝きに、深い癒しを感じながら語る。
「人は何度でも生まれ変わる。何度でもやり直せる……生きている限り、やり直す権利があるのだ」
藤川の言葉と共に広がった虹色の光は、無限の可能性のページをめくるかのように、グラデーションを織りなす。再び遠くから聞こえるディジュリドゥの倍音が、色彩と重なり合う。
……生まれ変わる……何度でも……やり直せる……生きている限り……それが人……それが……生きるということ……
アムネリアは、藤川の言葉を胸に刻みながら、自然とその視線を亜夢に向けていた。
モニターから差し込む光に、亜夢は手首のシュシュのビーズを煌めかせ、ブリッジ壁面に反射光を照らして、嬉々としている。直人のお守りにした際にできたキズも、興味津々に指で撫でたりして、笑みをこぼしていた。
『亜夢……我の……』
亜夢を見詰めるアムネリアの眼差しが、柔らかい。
『こちらオセアニアIMC!』暫しの温かな静寂の中に、喜びを隠しきれないオペレーターの声が飛び込んできた。
『ミッション対象者が……ファビオが……目を覚ました!!』




