帰郷 4
『大地に潜むエネルギー……それを制御しようなど……』沈み込んだディジュリドゥの音色と共に、ファビオの心の呟きが聞こえてくる。
プラント構造物の影が崩れ落ちた跡に残ったディジュリドゥの柱。再び水面にファビオの顔が浮かぶ。プラントの崩壊物が、その水面の顔の至る所に散乱し、顔形を押し潰していた。それでも、ファビオは、苦しげにディジュリドゥへ息を送り続けている。
か弱い、ファビオの呼吸が、水面の水を吸いあげ、ディジュリドゥの柱へと送り込む。蛇は柱を巡り、再び天空の満月へと昇り始めた。
それに伴って、土石流に濁った泉は、次第に清らかさを取り戻し、その中に沈んでいた、あの石膏像達が起き上がり、人の形を取り戻していく。ロワナ、そしてサニらしき娘の姿も見える。蛇が柱を伝って天へと昇るたびに虹が現れる。
ファビオはディジュリドゥを吹き続ける。そこには、ファビオが思い描いた、大地のエネルギーの循環が見てとれた。
『そうか……ファビオは、いずれ現象化するであろう龍脈のエネルギーをプラントに誘導しようとしていたのか』藤川は、その光景から、ファビオの描いた構想を直感的に捉えた。
「じゃあ、プラントはママ達のコミュニティを守るため……ママと、アタシを守るために……」サニの瞳に、目の前の泉のように、暖かなものが湧き上がってくる。モニターの向こうで、直人が大きく頷いている。サニは、溢れ出しそうになるものを堪え、精一杯の笑顔を作ってみせた。
「だが、そのエネルギーに、当時の脆弱なプラントが、耐えきれなかったのだろう……」アランは、集めたデータから事故当時の状況をシミュレートしていた。
「けど、コミュニティも、周辺の地域も被害は少なかったって……サニ、お前の親父さんは!」ティムは、力を込めてサニに投げかける。
「ええ、ファビオのやった事は、決して無駄ではなかった」カミラがティムに同意して強調した。
「そうだったのね。パパ……」
サニは、頬に流れ出す涙をそのままに、顔を上げた。ロワナの頬も涙が筋を描いていた。
「帰ろう! お願い、アタシと一緒に、ママのところへ! パパ!」
サニは、物言わぬファビオの顔形へ必死に呼びかける。すると、泉の月影が次第に膨らみを増し、ファビオの顔に重なるように何かが映り込み始めていた。
「……パパ!?」
サニは、呼びかけながら水面を覗き込み、ハッとなって上空を見上げた。
水面の月影が膨張していたのではない。満月が次第に降下してきている。そして、ファビオの顔形に重なって、水面に映り込んで現れたのは……
「ワンジナ!?」ロワナが叫ぶ。
『ワンジナ』とは、アボリジナルの伝承に語られる雨と雲気の精霊だ。眼窩の様にぽっかりと空いた二つの穴、鼻と口が一体になった様な穴……古くから、想像されてきた異星人を彷彿とさせる、顔らしきものが満月の表面に浮き出ている。
月の引力に引かれるように、虹蛇が、泉の水面が持ち上がる。プラントの崩落物、崩れ落ちた建物の残骸が、その上昇を妨げていた。ファビオは、懸命に呼気を吹き込み、蛇を促すも、月へと届く手前で、蛇は霧散し、雲となって降り落ちていた。
その光景を前にして、幼い日、母から聞いた伝承が、サニの脳裏に過ぎる。
——ごらん、今日は満月だ。こういう月が明るい夜は、虹蛇が月の神様と会って、この世界をどうするか、秘密のお話をするんだ。その話を聞いてはいけない……泉、湖、海……どこかはわからないが、水のある所に虹蛇は現れる……
……月の明るい夜は、そういう場所に近づいちゃいけないよ——
水面のファビオは、苦悶に満ちながら懸命に、蛇を促す。
「力を失った泉の代わりに、ファビオさんの魂が……」クリバヤシは、思ったままを震える口に出した。
「これは……聖地を……穢した罰……」口に出しながら、サニの心は、鈍く疼く。
愛する人々を守るため、裏切り者の誹りを受けながらもプラント建設事業に携わったが、その失敗の責任を全て引き受けた挙句、天地の罰まで一身に背負う。なぜ、父一人が、そこまでしなければならないのだろうか? 胸の疼きは、サニの全身を打ち震えさせていた。
……そうではない……そうではないぞ……
疼きの中に、微かでありながら、はっきりとした声を聞く。
「えっ? 誰?」サニは、思わず辺りを見回す。
「どうした、サニ?」「もしかして、また敵?」<クナピピ>クルーらが、サニの様子を訝しみ、辺りを警戒し始めると、ファビオのものとは異なるディジュリドゥの音色が、音声変換されて混ざり合ってくる。
「ディジュリドゥの音……どこから……」
音は昂まり、ファビオの音と共に虹の蛇に力を与えていく。
……精霊が人を罰するのではない……人は人を……己を罰するのだ……
声は、厳格な中に優しさと温かさをもって、サニの心の深いところに語りかけている。敵ではない……いや、この声は……
「……己を罰する……贖罪だとでもいうの?」サニは声に出して、問う。
……ファビオの心を救えるのは……お前だけじゃ……
疼きは、サニの全身に広がる。耐えきれず、サニは身を屈めて、奥歯を噛む。
「……そんな……パパ……アンタはそれでいいかもしれない。でも!」
顔を上げてモニターが映し出す、水面が作る父の顔を睨んだ。水面の顔は、生気を吸われているかのように、次第に痩せ細ってきている。
「ママは! アタシは! どうでもいいの!?」
『危ない、サニ!』
虹蛇の首が、サニの発した念に反応して、突如、巻き付くディジュリドゥの柱から長く伸び、<クナピピ>へと襲いかかる。<アマテラス>から放たれたPSIブラスターが、それを阻むと、蛇の頭は、柱へと巻き戻り、大口を開けて威嚇してくる。
「いかん、ファビオのPSIパルスが! このままでは完全に失われる!」アランが声を上げた。
「くっ、どうすりゃいいんだよ!」ティムは、苦々しく顔を顰める。
「あの人……これでいいって言ってる……」「泉に……想いが囚われているのか」亜夢の呟きをきっかけに、直人はファビオの深層心理を咄嗟に理解した。
『……なおと……あの者は、我と同じ……我を……亜夢を生かしたは……貴方の……新たな願い……』アムネリアの言葉に、直人は深く頷く。
……ファビオの娘よ……お前の想いを……泉に描くのじゃ……それが伝われば……
サニの心には、まだ『声』が届いていた。昂った感情を包み込む安らぎを覚えながら、その声に集中して目を閉じる——褐色や黒い肌にボディペイントを施し、満月の元、焚き火を囲んで踊る人々、クラップスティックを打ち、リズムを刻む人々、そしてディジュリドゥを吹き鳴らす老人——
「……あ、あなたは……」心に浮かんだ情景にサニは、ハッとなって目を開く。
『サニ!』<アマテラス>から、直人が呼びかけている。
「センパイ……」
直人は、真っ直ぐにサニを見つめていた。その後ろで、アムネリアのフォログラムもまた、サニを見つめている。
……お前の願いを……泉に……
心に浮かんだ声が重なる。
「そうか!」サニは、目を見開いてクリバヤシへ声をかける。
「クリバヤシくん! シドレアのデータバンク、<アマテラス>へのリンクは!?」
「ま、まだインターフェースの開発が途中ですが、送信する事は何とか……」「じゃあ、送って! シドレア、いい。もう一回、ダイレクト接続、やるよ。アタシのイメージをしっかりトレースしなさい!」
「サ、サニ先輩!? 一体何を?」ダイレクト接続と聞いて、クリバヤシは、心配を顔いっぱいに描いている。
「……大丈夫。きっと上手くいく」
先程とは違い、確かな覚悟と自信、それでいてどこか慈愛の籠った、サニの青く輝く瞳に見つめられたクリバヤシに、抗うことはできない。クリバヤシは、それ以上何も言わず、求められた作業に取り掛かる。
「<クナピピ>との繋ぎは?」直人は、アムネリアの方を向いて問う。
『……それは我に、お任せを……』アムネリアが瞳を閉じ、<クナピピ>への意識集中を始めたのを認めると、直人は、自席のコンソールに向かって操作を始めた。直人の正面に、拳銃型コントロールユニットが迫り上がって来る。
「隊長、[PSI波動砲]を使います!」




