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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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帰郷 2

 満天の星空に舞いあがる焚き火の煙は、はるか頭上の満月を掴み取ろうとでもするかのように、月影に絡みついていく。

 

 ディジュリドゥの風を切る音に、煙はその身をくねらせて踊る。炎の揺めきは、漆黒の闇の中に黒光りする人肌を浮かび上がらせていた。

 

 顔や腕に、白い幾つものボディペイントを施した、老アボリジナルは、縮れた灰色の長い髪を揺らしながら、何かに憑かれたように、一心不乱にディジュリドウを吹き鳴らす。

 

 ディジュリドゥの昂まりに、焚き火の木々が砕ける音がセッションを楽しむように、合いの手を入れる。軽快な焚き火の音に混じって、突然、異質な破裂音が一つ、悲鳴をあげ、ディジュリドゥの音を変質させる。

 

 老アボリジナルは、演奏を止め、自分の愛器を確かめる。楽器の中ほどにクラックが走っていた。

 

「……ファビオ……」

 

 異音に気づいた数人の若いアボリジナルが、闇影から姿を現す。

 

「長老!」「長老! 何です、今の音は?」

 

 長老は、焚き火の煙と満月をじっと見上げていた。

 

「……月……虹蛇……」

 

 徐に立ち上がると、若者達に告げた。

 

「儀式じゃ。すぐに準備を!」

 

 

 ****

 

「おい、見ろ! あれ!」ティムは、光が踊る水鏡の中央を指差した。水面に、いくつかの丘陵が浮かび上がり、次第に何かの形となっていく。

 

「水面が……あれはファビオさん!?」クリバヤシが、それがよく見知った顔だとわかって、声を張り上げる。

 

「パパ……」

 

 浮かび上がったファビオの顔面のような形の、口にあたる部位から月へ向かって、一本の柱が伸びてゆく。それが、彼の愛用するディジュリドゥである事は、皆、直ぐにわかった。

 

 ディジュリドゥの音。サニの心の奥底から鳴り響いていた音が、再び聞こえてくる。まるで天地を支える伝説の巨木であるかのように、ファビオのディジュリドゥは、泉と月を繋ぎ、水面から躍り出た虹が絡みつきながら、月へと登っていく。

 

 音声変換された、その音を拾うたびに、虹が放つ光が、水面に何かを映し出している。

 

「これは! シドレア! アンプ増幅。何としても映し出しなさい!」気づいたサニは、シドレアに命じた。

 

 水面にゆらゆらと現れたのは、年配のアボリジナルの男性。長い髭を蓄え、白髪混じりのウェーブを描く黒髪、着古したシャツの下にボディペイントがいくつか見える。サニは、不思議と懐かしさを覚える男性だ。モニターを通して見守るロワナは、その男に目を丸めていた。

 

『フォビオ……なぜ、ここを離れろと……』

 

 音声変換された会話が、聞こえてくる。クリバヤシは、その音声を<アマテラス>と各所に共有する。

 

『多次元地質調査の結果を見る限り、この数年のうち、ここ一帯に地震、地崩れ……どんな形で顕れるかははっきりとは言えませんが、とにかく大規模な災害に見舞われる可能性が高いのです。だから……』そう話すのは、ファビオのようだ。

 

『よい……だとしても、ここは我らを産み育てた地……天地の行いに委ねるのみじゃ。だが、ファビオ……お主は別じゃ。好きにするがよい』『……そ、そんな……』

 

『……ディジュリドゥに訊ねてみよ。きっと、お主を導く』『先生……』

 

 虹のグラデーションが、柔らかな光溜まりを作り、水面にまた別のイメージを描き出す。

 

「あ、あれは!」ティアナは、思わず声を上げ、ロワナを見やった。ロワナは両手で口を押さえ、瞬きもない。

 

『ファビオ! お父さんは……』『……』

 

 浮かび上がってきたのは、若き日のロワナ。サニによく似ている人物だと直人は思った。

 

『そう……でも、何とかなるって。アタシ達は何万年もここで暮らしてきたのよ。この大地と共に。災害も……災厄も……全てはドリームタイムの足跡だから。アタシ達は、それを見聞きして体験する為に、今ここに居る』

 

『ロワナ……』『そんな哀しそうな顔、しないで。ほら……わかる?』

 

 ファビオの白く細い指の手を、若き日のロワナが、そっと自分の腹へと導き、触れさせる。白い手は、何かに気づいたように、手をビクつかせた。

 

『蹴った!? 蹴ったのか!?』『もう、元気な子よ。アタシのお腹、蹴り破って出ていきそうなくらい……』

 

『……いい子だ……ロワナ……ありがとう』『ファビオ……』

 

「……ママ………パパ……」サニは、自ずと目頭が熱くなってくるのを止められない。見守る一同も、暫し、その光景に心奪われる。だが、その光溜まりを突き破り、ファビオの顔形も飲み込みながら、巨大な塊が持ち上がる。

 

 山……巨大な山だ。山の下方には、古代の街並みも見える。

 

 ディジュリドゥの音が激しさを増す——

 

「これは……」

 

 突然出現したどこかの山の形状に、アランは見覚えがあった。

 

「ヴェスヴィオ火山……ポンペイか?」

 

 虹が振り撒く光の粒は、幾つもの火山噴出物となって街へと降り注ぐ。白い塊が幾つも浮かび上がってくる。白い塊は、人の形をしている……それは、石膏で型どった、人々の最後の瞬間……

 

「聞いたことがある……ファビオは、幼い頃、見学に行ったポンペイの情景が、まるで、その場にいたかのような気がして、ずっと頭から離れなくなったって。地質学者を目指したのも、そうした災害から人々を守りたかったからだって……」ロワナは、誰にともなく呟いていたが、漏れ伝わってくる声音にハッとなって顔を上げた。

 

『助けて……助けて……ファビオ……』『パパァ〜〜、熱い、熱いヨォ〜〜』

 

 石膏像が、蠢き出す。水面にはいつしか火砕流、土石流が雪崩れ込み、石膏の像達を飲み込み始める。

 

『ロワナ! サニ!!』

 

 石膏像に浮かびあがるのは、愛する妻、娘だけではない。ファビオを迎え入れたアボリジナル・コミュニティの長老、ディジュリドゥの演奏仲間、コミュニティの生活を教えてくれた親しき友、いつも気遣ってくれる夫婦とその子供達……溶岩と火山灰が、その皆を容赦なく飲み込み、虹の螺旋へと集合していった。

 

 ファビオのディジュリドゥが、戦慄き打ち震えている。

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