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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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レインボーサーペント 6

「……PSIバリア……損耗率四十パーセント……」

 

 直人が、サニの魂を追って、PSI-Linkダイレクト接続に入ってから、二十分程が経過している。

 <アマテラス>ブリッジの緊迫は、ひしひしと高まっていた。

 

「なおと……早く帰ってきてぇ……なおとぉ!」

 

 亜夢は胸騒ぎを覚えていた。眠るように、シートにもたれた直人の、PSI-Linkインターフェースモジュールに乗せた左手に、そっと自分の手を重ねてみようとする。

 

 亜夢を拒むようにピシッと、小さな何かが砕ける音がした。亜夢は音を発した、直人の手首の方へと視線を落とす。よく見れば、彼の手首にかけたシュシュの幾つかのビーズに、細かいヒビが浮かんでいた。

 

「なおと⁉︎」

 

 

 ……い、いいよ……サニ……それで、キミの気が済むなら……

 

 直人は、覚悟を決め、瞳を閉じて両手を広げ、虹蛇の歯牙を待つ。ビートを刻むディジュリドゥの音が昂り、虹蛇は舞うように首を持ち上げた。

 

 ……それで……キミが……‥救われるなら……借りは……返せるから……

 

 虹蛇の大口が一気に落下し、直人を包み込む——

 

 

 またしても、深い闇の中だ。まるで、泥の中にでも埋もれていくかのような、周辺と混じり合う感覚の中で、かろうじて自分と認識できるところ(・・・)を意識して、取り戻していく。時も、空間も入り混じったこの、集合無意識の渚で、いつまで、『自分』を保てるのだろうか?

 

 ……あっ……

 

 サニが覆い被さるように、目の前にいた。いつか見たシチュエーションのようだと、直人が思った瞬間、そこは、あの見慣れたIN-PSID本部のスタッフ用医務室に変わる。

 

 二人の記憶が、この空間を作り出しているのだろう。

 

 検査ベッドに横たわったまま、周辺空間に飲み込まれつつある直人。覆い被さっているサニは、直人の溶けゆく様をじっと見つめている。

 サニは、いつものユニフォームのインナー姿だが、その顔には、虹色のグラデーションが、浮かび上がっていた。

 

 ……サニ……

 

 獲物を見下ろすかのように、直人を凝視する見開いたままのサニの瞳は、瞳孔が開き、深い闇へと続いている。

 

 埋もれていく意識の中、直人は、そっと、サニの背に両腕を回した。表情もないサニを、優しく包み込み、そのまま胸元へと抱き寄せる。

 

 サニは、僅かに動揺して、瞬きする。肌に、赤や橙の色味が差してくる。

 

 …………な、何? ……どういう……つもり……

 

 サニの声に、直人は安堵の笑みを浮かべ、彼女を抱きしめる腕と感じている部位に、残された力を込める。

 

 ……わから……ない……ただ、キミが……求めているのは……こう……いう事……だったのかなって……

 

 なんとか、形を取り戻した手で、サニの頭を撫でてやる。まるで、我が子のように……

 

 ……バカ……このまま、アタシに呑まれる……気……

 

 言いながら、サニは次第に穏やかな表情を取り戻し、直人に身を預ける。

 

 ……ファビオさん……なら……本当の……父親なら……

 

 …………きっと……こう……する……

 

 直人は、既にどこまでが自分で、どこからが抱きしめているサニなのか、区別がつかなくなっていた。自分を失う不安、しかし、それ以上に、何かもっと大きな存在と一つになっていく、安らぎの両方が、波となって直人の意識に迫ってくる。

 

 …………そう……だろ……父さん……

 

 ……‼︎ ……

 

 直人が溶け込んだ周辺に、直人の父、直哉の残した記憶の世界へと臨んだ、一月ほど前のミッションの光景が溢れ出す。

 

『……たとえ……集合無意識の一端となろうとも……私の……魂は……

 

 ……いつも……お前と共に……

 

 ……強く……生きろ……

 

 ……直人……愛している……』

 

 直人の魂に深く刻まれていた、直哉の最期の言葉——ミッションを通して、サニも共に聴いたその言葉が、泉のように湧き上がり、自分を抱きしめている直人の腕を伝って、温かいものが込み上げてくるのを、サニは感じ取っていた。

 

 …………そう……そうだったんだ……センパイに感じてた、この温かさ……

 

 ……自分の命に変えても……子を守ろうとする親心……それをセンパイも……

 

 ……だから欲しかった! ……羨ましかった! ……

 

 …………サニ……愛は……ある……キミが……気づいていないだけ……

 

 意識だけのはずの体の内側に、力強く脈打つビートをサニは感じ始めていた。ビートと共に、あの、何処からか湧き上がってくる音が拡がる。

 

 ……ディジュリドゥ? ……

 

 ……パパ……パパなの? ……

 

 ディジュリドゥの音とビートをベースに、サニの音楽が重なっていく。

 

 …………まさか……

 

 ライブハウスでの情景が、ふと浮かぶ。

 

 歌い終わったサニに、飲み物を差し出した男がいた。喉の渇きに、何気に手を伸ばした時、強烈な耳鳴りがして、断ったことがあった。その直後、ケビンが激しく男を追い払った。聞けば、ドラッグのバイヤーが、薬を盛る手口だと言う。

 

 あの時、自分を躊躇させたのは、この音だったのだろうか?

 

 ……あの時は……アタシを守って……

 

 マルティーニのリキュールを呑ませようとした男の影が、不愉快なBGMの歪む音と共にふと現れる。

 

 ……あの時も……

 

 ……今も……

 

 サニを包んでいた虹色の揺らぎが薄らいでゆく。サニは、現世で、『今』を生きる身体そのものの実感を、取り戻し始めていた。

 

 ディジュリドゥの響きが、全身をめぐる血液と、絶えず循環する呼吸を活性化させているのを感じる。音は、自らの命の息吹と共にあったのだ。

 

 ……アタシを見守っていたというの……パパ! ……

 

 ……そうだよ……ファビオさんの想い……キミなら……うぅ……

 

 もはや周辺との境界をほぼ失いかけている直人の、絞り出すような声だけが聞こえる。

 

 ……セ、センパイ! えっ……何⁉︎ ……

 

 ……何なの⁉︎ コレは⁉︎ ……

 

 直人と思っていた、その相手は、虹色のグラデーションに色づく、ウネウネと動く何かの形のなり損ねだった。

 

 ……エレメンタル⁉︎ ……あっ⁉︎ ……

 

『それ』はサニをもまだ、諦めてはいない。

 肉体感覚を取り戻しつつあるサニの意識体に、蔦のように絡みついて、直人共々、飲み込み始めた。

 

 ……い、いやよ! このままじゃ、アタシもセンパイも! エレメンタルに……⁉︎ ……

 

 崩れゆく直人の形を、必死に掴む。虹色に混ざり合う、『それ』の中に、硬く角のある感触を感じ、引き上げる。

 

 ……こ、コレは、亜夢の⁉︎ ……

 

 かろうじて、形を残す直人の左手首に、青く光るビーズの宝玉。虹色のカオスの中で、何にも混ざり合うことなく、清廉な泉のように青く輝く玉の中に、決して消える事のない灯火が宿っていた——

 

 ……お願い‼︎ ……

 

 サニは、直人の左手を取り、青き玉の輝きに祈りを込める。

 

 

『……!』「あっ⁉︎」

 

 アムネリア、亜夢は揃って顔を上げた。

 

 …………助けて‼︎ …………

 

 声が聞こえる。直人の、この船の大切な仲間の声が。

 

『参ります。亜夢、貴女も』

 

「う、うん‼︎」

 

 

 ……死なせない! ……死んじゃいけないよ! ……センパイは! ……ナオトォ‼︎ ……

 

 青き玉が弾け、荒ぶる水流が、注ぎ込む。虹色の泥土から、直人とサニを秩序の洪水が洗い出す。そこへ飛び込む、不死鳥の羽ばたきが、二人が取り戻した精神の形を焼き固める。

 

 ……ナオト‼︎ ……

 

 ……サニ‼︎ ……

 

 二人は、取り戻した互いの魂を確かめるように、抱擁しあう。

 

 個のある精神の交感——泥の中で、感覚を奪われ、無秩序に溶け合うのではない、確かな音と音の響き合い——ハーモニーの如き、響き合いが生まれる。

 

 人がなぜ、人という形を持って、形ある世界に生まれくるのか……二人が、その意味の端緒に触れた気がした瞬間。

 

 ……あ、ああ! あああ〜‼︎ ……

 

 ……亜夢! ……

 

 頭上を見上げれば、鳳凰が二人の抱擁を見下ろし、燃え盛る火炎を撒き散らしながら、ぐるぐると飛び回っている。

 

 サニは、抱擁を解き、直人を突き放す。

 

 ……あ、亜夢、ありがとう! お陰でなんとか戻れそう……

 

 サニが取り繕うように言っているうちに、火炎の形が、みるみるうちに見慣れた亜夢の顔を形造り、眉を吊り上げる。

 

 ……サァニィ〜〜‼︎ ……

 

 ……な、何⁉︎ まだ、やる気⁉︎ ……

 

 キャットファイトの二回戦をやろうというのか、亜夢はサニを睨みつけ、サニは、身構えた。

 

 ……や、やめろ! 亜夢、サニ! こんな事、してる場合じゃ……

 

 直人は、二人の間に立ち、止めに入る。

 

 ……ううぅうう〜〜……

 

 亜夢を作る火炎が、あちこちで燃え盛る。

 

 ……あ、亜夢……や、やめ……

 

 ……亜夢もぉ‼︎ ……

 

 ……あ、あああ⁉︎ ……わぁあああ‼︎ ……

 

 直人の胸元に、燃え盛る炎の塊の如き、亜夢が飛び込できた。

 

 ……ナッ!……セ、センパイ‼︎ ……

 

 熱い、熱すぎる。

 

 焼かれる……これが、死か……

 

 直人は、今度こそ、自身の魂が失われる事を覚悟した。瞬間——

 

 頭上から大瀑布の激流が襲いかかる。一瞬にして、直人の魂に、冷や水の如き感覚が突き刺さり、亜夢の炎は、瞬時に鎮火されていた。

 

 三人が、ずぶ濡れの感覚に包まれ、唖然となっていると、水の流れが一箇所にまとまり、アムネリアを形作った。

 

 ……さあ、帰りますよ……

 

 アムネリアは、表情一つ動かす事なく、冷ややかに言う。

 

 ……あ、ああ……そうだった……

 

 三人は、宥められた子供達のように、落ち着きを取り戻す。

 

 ……戻ろう……サニ、亜夢……

 

 呆然と言う直人に、サニと亜夢は小さく頷いた。

 

 ……我が船へと導きます……あなた達は先に……

 

 直人、そして亜夢は、精神の目を瞑り、肉体の感覚へと意識を向ける。二人の形は、空間の中へと溶け込むように消えて行った。

 

 ……さあ、貴女も……

 

 ……はいはい……と、面倒くさげにサニはゆっくりと立ち上がり、同様に<クナピピ>に残る肉体へと意識を向ける。

 

 ……サニ……

 

 アムネリアが不意に呼びかけたので、サニの意識は、その声の方へと向く。

 

 背を向けたアムネリアの姿が見える。

 

 ……今……貴女方が見せたものは……

 

 ……我が感じた……貴女のなおとへの想いは……

 

 ……これが……コイ? ……なのでしょうか? ……貴女が教えてくれた……

 

 サニは、肩をすくめ、微笑を浮かべる。

 

 ……さあ、どうかしら? ……

 

 ……アタシ、恋なんて、とうに忘れた女だから……

 

 ……けど……悪くないかもね……

 

 アムネリアは、その言葉に振り向いた。不敵な笑みを作り、サニは、再び精神を肉体へと指向する。

 

 ……恋ってのは、人から教えられるもんじゃない……そう感じたなら、そういう事よ……感じるままでいいんじゃない? ……もう一人のアンタ……亜夢みたいにさ……

 

 ……我は、人を知りたい……人の思いを……もっと多く……もっと深く……

 

 ……はぁ? 何言ってんの? アンタは人よ……他に何なの? ……

 

 ……我が……人? ……

 

 ……少なくとも、アタシ達にとってはね! ……

 

 サニは、今度は表情を緩めた笑みを向けた。

 

 ……さぁ、送ってちょうだい! ……

 

 アムネリアは、小さく頷き、<クナピピ>への帰路を示す。サニは、そのイメージに乗るようにして、肉体へと意識を戻していった。

 

 ……我は……人……

 

 アムネリアは、三人の戻った先の中空を見上げ呟くと、そっと瞳を閉じる。

 

 アムネリアを形は気嵐のようになって、静かに舞い上がっていった。


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