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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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レインボーサーペント 5

 目に染みるスモッグと思わず咽ぶ匂いに、直人は困惑していた。酒と人の汗の匂いがそれに拍車をかけ、熱気と絶叫、笑い声、罵声に混じって、何かの音楽が聴こえている。

 

 ……サニ! ……サニ、どこだ⁉︎ ……

 

 突然放り込まれた空間は、今度は直人の知らない世界だ。自分は、そこに居る誰か、になっているのだろうか?

 

 とにかく物凄い煙の量だ。喉の違和感に、思わず咳き込む。

 

 ……キャハハ! だっらしなぁい〜。こんな煙くらいで……

 

 今度は、青か紫か……そんな色味を帯びたサニが、傍にいた。

 

 ……サ、サニ⁉︎ なんだ、ここ? それに、この煙……

 

 ……タバコよ、ターバーコ。ま、闇だけどね。普通に生きてたら、縁がないのも無理ないね……

 

 ……こ、これが……タバコ……ゲェホ……聞いた、ことはあるけど……なんなんだよ、これ! ……

 

 ……前時代の遺物? 闇でも相当な値打ちものなんだけど。金を積んでも欲しい人がいるのね。中毒性高いみたいよ〜。センパイもどう? 金ならほら……

 

 ……な、なにこれ? ……

 

 数枚のメダルと紙の薄汚れたカードを渡される。前時代の映像資料で見た事がある。コインと紙幣、いわゆる『現金』、というモノだろうか?

 

 ……チップよ。ここだけで使える……

 

 ……売人ならそこら辺に。あ、でも、ドラッグのバイヤーもいるから気をつけて。アハハハハ……

 

 ……いい、遠慮しとく。サニも吸うの? ……

 

 ……試してみたけど、喉痛めるからやめた。それにアタシは酒の方が……ね……

 

 ……喉? ……

 

 ……歌うのよ! ここじゃ、アタシ、ボーカルだから! ……見て! ……

 

 サニの指差した方を見上げる。人混みと煙でわからなかったが、どうもライブハウスのようだ。

 

 バンドの奏でる激情的なロックのリズムと歓声の只中に、アコースティックギターを掻き鳴らしながらマイクに向かう、サニらしき少女の姿が見える。

 

 ……この声……サニ? ……

 

 十代の少女の見た目とは裏腹に、ハスキーで低めの声が、大音量で掻き鳴らされるバンドの音の中で唸る。オーストラリア訛りの強い英語の歌詞は、ほとんど理解できない。しかし、嵐の中を耐え凌ぐ、草花のようなイメージが、ありありと浮かんでくる。

 

 ライブハウスの殆どの客が、サニの歌に釘付けになっている。騒然となっていたホールが、今は音楽以外の音はない。客は、皆、聴き入っているのだ。

 

 …………凄い……

 

 ……どう、聞き惚れるっしょ。アタシの歌。ちなみに作詞作曲もアタシよ。ふふ……

 

 いつの間にか、空いたテーブルで、ショートグラスを傾けているサニ。サニに勧められるまま、直人は、その席に着く。

 

 ……サニは音楽の才能、あるとは思ってたけど……何だ、この魂の底から震えてくるような音楽は……

 

 ……アタシもわからない……なんか、感情が昂ったり、逆に落ち込んだりすると、突然、湧いてくるんだ……それをケビンがアレンジして……こうやってステージで歌ってた……

 

 ……家出してから、一年くらいはこんな生活続いてて、ケビンとずっと音楽続けて、生きていくんだって……思ってたんだけどね……アタシが妊娠して……

 

 ……えっ⁉︎ ……

 

 ……あ⁉︎ ……そこは見てなかったっけ? ……

 

 サニは、開き直ったように、自分の過去を直人に打ち明けた。比較的、穏やかな、でも平凡な普通の(・・・)十代を過ごしてきた直人にとって、サニの十代は、あまりにも過激で衝撃的であった。直人は、あんぐりと口を開いたまま、しばし固まっている。

 

 ……ふふ、軽蔑する? ……碌でもないティーンエージャーよね、まったく……

 

 ……そ、そんな風には……

 

 ……ふふ……まぁ、どう思ってくれてもいいよ、センパイには、何でもぶちまけられそうだから……

 

 ……なんなんだよ、オレは……

 

 ……さぁ、わかんない……

 

 音楽は、さらに熱を帯びている。ワンコーラス終えたサニへ、聴衆が賛辞の拍手や歓声を盛大に送っていた。

 

 ……ケビンが、アタシを捨てたのは、妊娠の事だけじゃない……アタシに嫉妬してた……アタシの音楽に……

 

 直人は、ステージ中央でドラムを演奏している長髪、髭面の男に視線を向ける。その男がケビン、この当時のサニのパートナーという事だ。この時、三十代前半くらい。ずいぶんと年の離れたパートナーだと、直人は思う。

 

 サニの母、ロワナが連れてきた、父親候補三人目。水商売がてら、ジャズシンガーとして生計を立てていた母のバンドで、何度かドラマーとして参加したのがきっかけだったと、サニは言う。母の影響で音楽は小さい頃から、歌や鍵盤には親しんでいたが、ケビンは、サニの才能に早くから気づき、サニに音楽の手解きをした。いわば、音楽の師匠でもある。

 

 ……まぁ……嫉妬したくなる気持ちも……わからなくはない……

 

 直人もまた、ピアノ講師である母の勧めで、音楽の道を一時は志した。だが、残念ながら早いうちに自分の才能の限界を感じたものだ。サニの天性の才能に、自分も嫉妬しなかったかと言えば、嘘になる。

 

 ……はん、そういうとこ、男ってちっさいよねぇ……見栄とかプライドとか……アタシは、ケビンの才能にも、惚れてたのにさ……

 

 ……子供ができたって、知った時……ホントは嬉しかった……これで、ケビンも、もう一度、愛してくれる……ケビンが本当のパパに……本当の家族になれると思ったのに……

 

 ……それなのに……

 

 青みを帯びた目の前のサニの身体は、次第に藍、そして濃い紫へと変化していく。

 

 ……あのクズは……アタシを捨てた……

 

 ……サニ⁉︎ ……

 

 紫は、益々黒みを帯び、ライブハウスの情景と共に、闇の中へと溶け込んでいった。

 

 ……愛なんて……ない……幻想よ……

 

 

 ……皆、アタシの音楽と、カラダを欲しがる……

 

 ……それが、男、それが……人間……

 

 直人を包み込む闇の空間が蠢き出す。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……闇の中で仄かに色づく虹色のグラデーションが、直人の周囲をぐるぐると廻り、螺旋を描き始める。

 

 ……アタシは惜しみなく与えた……

 

 …………なのに、男達は……人は……奪うだけ……

 

 虹の螺旋は、次第に明瞭な形となって、次第に直人を締め上げるように、迫ってくる。

 

 ……蛇⁉︎ これは……虹蛇か⁉︎ ……サニ! 呑まれるな‼︎ ……

 

 直人は、必死に呼びかけた。

 

 ……ママも……騙されて……あんな裏切り者のパパなんかに……固執して……損な人生……

 

 ……あんな惨めな生き方……うんざりなのよ! ……

 

 不意に、あのディジュリドゥの音が聞こえる。

 

 ……また、この音⁉︎ ……

 

 ……だから……アタシは、アタシはぁ! ……

 

 ……男を利用して……喰って生きるって決めたの! ……

 

 …….…サニ! だめだ! 戻れなくなる! ……

 

 虹の螺旋は、アボリジナルの壁画からそのまま抜き出たような、平面的な頭部を描き、直人の頭上に迫る。見上げれば、大きく開かれた口内に、鋭い歯列が見える。獲物を貫く喜びを待ち侘びるかのように、虹色のグラデーションの彩りが、歯列の表面で踊っていた。

 

 ……センパイ……ふふふ……

 

 ……アタシの一部に……なりなさい……

 

 ……サニ‼︎ ……

 

 ……センパイの持ってるモノ、アタシにちょうだい‼︎ ……

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