レインボーサーペント 4
「もしかして……初めて?」「う、うん……けど、やっぱ……こういうことは……」
「いいじゃん……酔った勢いってことで……大丈夫、アタシに任せて……」
意識が再び、記憶と重なる。
そう、忘れもしない、あの日……。
暗がりの中で、橙、黄色のグラデーションを帯びたサニが覆い被さってくる——
「……どう? 卒業した気分は?」「……好きな人と……こうなるものかと、思っていた……」「ぷぷ、ウブなのね。でも、良かったよ」
「……アタシも初めてかも。こんなに暖かかったのは……相性、いいのかもね、アタシ達」
闇の中で、あの日のサニの温もりと、会話が鮮やかに甦った瞬間、その感覚はすうっと離れていった——
気配を追いかけて、辺りを見回す直人。やや、離れた所から、声がする。
……この日から、始まったんだよ。アタシ達……
闇の中に、黄緑色のような仄かな色づきが見える。声はそこから聞こえてくるようだ。
……あ、ああ……
……何、照れてんのよ。相変わらず、ハートはチェリーね……
……うっうるさい……
……ふふ、かっわいい……ネェ、この日も、覚えてるでしょ……
「ぷぷ! えっ……付き合う? 何言ってんの、センパイ!」
気づけば、見慣れたサニの部屋の玄関先に立っていた。ラフな部屋着姿のサニは、時折、オーバーなジェスチャーを交えながら、ケタケタと笑っている。
「だっ……だって……その、こ、こんな関係を……」「ジョーダン! そういう、重いの。アタシはパスよ」
直人の口を塞ぐように掌を向け、サニは直人の言葉を押し込めた。
「で、でも!」「いーじゃない、友達? ううんン、ただのセンパイ、コーハイでさ。それに、センパイは、他に好きな人、いるんでしょ?」
胸の鼓動、締め付けられる感覚……この日、感じた以上に生々しく、直人は感じ取っていた。
「ま、まぁ、そうだけど……で、でも、これからは、サニのこと」「だったら、そーいうのは、その人に言うもんよ」
「けど、やっぱ、こ、こういう事、するのは……」「えっ、マジ⁉︎ ただのスポーツみたいなもんじゃん。それに、アタシ……別にセンパイだけってわけじゃないし……」「えっ……」
「この関係、やめたいならどーぞ、ご自由に。センパイ」「くっ……」
直人は踵を返し、玄関を出ると、ドアを乱暴に閉めた。
……ばーか……
サニがそう呟いたのが聞こえ、暗闇が戻ってくる。
……忘れられるもんか……キミに……見事に振られた日……
……振る? そんなつもりじゃ、なかったんだけどなぁ……
緑か青のグラデーションが、サニの形を作って、直人の傍に寄ってくる。
……はぁ? どういう、意味? ……
……アタシの昔の男達……見たでしょ? ……碌でもない奴らでも、身体さえ許せば、一時、それなりに優しくもしてくれるし、チヤホヤしてくれるし……男ってそんなもんだと思ってた……
また、いつの間にか、背中合わせにもたれかかっている、サニの気配を背後に感じる。
……あんな、アホみたいなこと言うの……センパイだけだったから……
……アホって……
…………アホでしょ……
……でも、ちょっと嬉しかった……
背中から伝わってくるサニの体温が、幾分、温かくなっているようだ。
……えっ? ……えっ……えっと……
後ろ手に、手と手が自然と重なりそうになって、直人は咄嗟に言った。
……と、とにかく、もう帰ろう! ……キミのお父さんだって、探さないと! ……
……パパ……そう、パパ……なのかな……
……パパ……
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「……五分経過……アラン、PSIバリアの消耗は?」
シートモニターに表示されたタイマーを睨みながら、カミラはアランに問う。
「三十パーセント。想定より速い」「監視を密に。六十パーセントを切るようなら……その時は……」「うむ……」
二人は、視線を合わせる事なく、眉を顰め、険しい表情を作っていた。
『…………』アムネリアは、静かに目を瞑ったまま、インナースペースの微細な動きに、神経を張り巡らせている。亜夢は、深い瞑想状態の直人の傍で、シートに寄り添うようにもたれかかったまま、モヤモヤと流動するモニターの映像をぼんやりと見つめている。
静か過ぎるブリッジに、ティムは一人、落ち着かない。足をイラつかせ、操縦桿を何度も握り返したりしている。時折、赤や緑などの滲みがある程度で、絶えず雲のようにモヤモヤとしたものだけを映し出す、人を小馬鹿にしてるようなモニターにティムの苛立ちが募る。
「ったく……何やってんだ? ナオ……なあ、やっぱりトレースしないか? こう、何も状況わからないんじゃ……」
ティムは、カミラへ振り返り、進言した。
カミラが答えるより先に、彼女の前に立つアムネリアが、静かに首を振って見せる。
「私も、アムネリアに同意よ。私たちが覗いて、サニが心を閉ざしでもたら、終わりだから」
ティムは、舌打ちし、奥歯を噛み締めて正面に向き直る。
「ナオ、急げよ」無常な空間のどこへともなく、ティムは言葉を投げかける。
「なおとぉ……」亜夢は、親の帰りを待つ子のような、淋しげな瞳を泳がせていた。




