レインボーサーペント 3
……サニ……
…………どこだ? ……頼む、答えてくれ……
……サニ、キミは……どうして……オレを……
……オレなんかを……
肉体から離れた直人の意識は、絶えず赤から青のグラデーションに揺らぐだけのカオスの海をひたすら泳ぐ。アムネリアが感じ取っている、サニの魂の居る所……その、気配だけを頼りに————
「待っている……?」
『はい……あなたを……』
アムネリアの澄んだ瞳が、瞬きもなく直人を見据えている。心を鷲掴みにされたかのように、直人は暫し硬直していた。ブリッジの皆の視線が、さらにその心を貫いてくる。
「そうか……そうだよな……サニ……」
直人は、何かに憑かれたように、ふらふらと自席に戻ると、再び、PSI-Linkインターフェースモジュールに手を掛け、気持ちを引き締め直す。
「やるしかない! PSI-Linkフルコンタクト!」
直人の念に呼応して、モジュールが輝き始める。
「ナ、ナオ!」「ま、待て! こんな宙域で、それは自殺行為だぞ!」仲間の制止に直人は、首を横に振る。
「……この前は……その危険を侵して、サニは、オレを助けてくれた。今度は、オレの番だ!」
直人は決意を顔に滲ませて言った。
「なおとぉ‼︎」亜夢は、シートから立ち上がり、席を離れる。
「無茶よ! アラン、リンク回路、強制遮断……」
『待って』アムネリアの明瞭な声が、色めき立った皆を一瞬にして、鎮めた。
「アムネリア……」カミラは、真意を窺うように、目の前のフォログラムを見つめる。
『大丈夫……貴方は……常に我と共にある。例え暗き水底に沈もうとも……我が必ず……』
直人は、アムネリアに振り返る事なく、その言葉を胸に刻む。
「ああ……隊長、やらせてください!」
直人の決心に賭けるしかない事も、また確かだ。カミラもまた決断する。
「……わかった。サニのこと……頼むわ」
「なおと‼︎」
いつの間にか、直人の傍らに駆け寄っていた亜夢が、呼び止めた。「これ!」両手首に付けていた、青いビーズのシュシュを一つ外すと、亜夢は、直人の手首にそれをかける。
「これは……」直人は、IMCとの通信ウィンドウに視線を向けずにはいられない。
「あっ……亜夢ちゃん……それは……」案の定、真世が腰を浮かせて、こちらを見つめている。
そのビーズシュシュは、真世が亜夢の誕生日に、彼女にプレゼントしたものだ。
複雑な表情を浮かべた真世と、直人の視線がぶつかる。気づいた直人は、サッと視線を逸らし、亜夢に訊ねる。
「お、お守り……ってこと?」
「うん! 亜夢も一緒だよ!」無垢な笑顔を浮かべる亜夢の大きな瞳は、微動だにせず直人を見つめている。
直人は、顔を上げ、もう一度、真世へと視線を送る。真世は、小さく頷いてみせた。
「……か、風間くん……必ず、戻って来て……サニと一緒に……」
「藤川さん……皆……」
本部、及びオセアニア支部IMCで、ミッションを見守るスタッフ達、サニの母、ロワナ、<イワクラ>のIMS、<クナピピ>のオセアニアチーム、そして、<アマテラス>の仲間達。ファビオとサニの無事な帰還への願いが、ひしひしと伝わってくる。直人は、その想いを深呼吸と共に胸に納めた。
「……行きます!」————
……サニ‼︎ ……
直人は、懸命に呼びかけた。呼びかけることしかできなかった。
背後に気配を感じ、振り向く。七色の場が、揺らめいている。
…………センパイ……来てくれたんだね……センパイ……
……どこだ、サニ⁉︎ ……帰ろう! ……
揺めきは、今度は直人の横に現れる。
……帰る? ……どうして? ……
……どうしてって……
直人の反応を楽しむように、揺めきは直人の周囲を螺旋を描いて廻っている。
……いいじゃん、アタシがいなくたって、亜夢もいるし……真世さんだって……
……センパイの世界に、アタシは……
…………なに、何言ってるんだ⁉︎ ……サニ、頼む! 姿を見せてくれ! ……
……さっきからいるよ……ここに……
…………いつだって、近くにいたのに……
何かの気配に、咄嗟に身構える直人。その手首につけた、亜夢のシュシュのビーズが照り輝き、プリズムのようになって、おおよそ七色に分かれ、その七色のグラデーションと共に連なった、無数のサニの像を照らし出した。
……う、うわぁ‼︎ サニ……⁉︎
……わぁ〜い、センパァイ〜……センパイらぁ〜〜……
……えっ、な、サニ⁉︎ ……
赤みを帯びた、だらしない口調のサニがふらりと躍り出て、直人に絡みつく。抽象の世界が、一瞬にして現象化する——
漂うアルコール臭、其処彼処はガヤガヤとうるさく、たわいもない話題で馬鹿騒ぎだ。
大広間から臨む日本庭園は、大きくはないが、小綺麗に手入れされており、もう時期、見頃を終える桜が、ヒラヒラと花びらを散らせている。昼間、晴れていれば、鳥海山も一望できるような話を、中居が話しているのをチラッと耳にした。学生にはちょっと、無相応な料亭を選んだものだと、直人は思いながら、喧騒から距離を置いて、盃を傾ける。
……こ、ここは……
直人は、はっきり覚えている。この日、この場所での事を。いや、今、まさにその場に居るのだろうか? 直人は、意識がのまれていくのを感じつつも、もはや記憶の自分と一体となっていた。
「Fu〜! Japanese SAKE サイコー! excellent!」
……サ、サニ‼︎ ……
ふらついた足どりの外国人の女の子が、倒れ込むようにして、急に直人の横に座り込むと、そこにあった徳利をとり、自分のぐい呑みに注いでいる。そう、確か、幹事の友人が言っていた。今年の新入生には外国人がいるから、歓迎コンパは、この「ザ・日本」な料亭にしようと。このコのことかと、直人は理解した。
ウェーブの黒髪、青い瞳、褐色肌のその女の子は、注いだ酒を一息で飲み干し、さらにもう一杯、注ぎ足している。
「だ、大丈夫?」思わず、直人は声をかけた。
「Oh! what’s your name? I’m Sunny!」
「ちょっ、待って……今、翻訳……」左手に光形成ディスプレイを広げ、ワタワタと操作を始める直人。
「モウ、メンドーイ!」「うぁ⁉︎」
外国人の女の子が、勝手にディスプレイを操作すると、脳内で自動変換された声が鳴り響き始めた。
「ったく。今どき脳波感応、使わないなんて。面倒くさくないの?」「と、時々、頭痛くなるから……」「あー、わかる、わかる。アタシも時々。でぇも〜それわぁ〜」
女の子は徳利を持ち上げ、直人の口元に押し付けた。
「うゎ、ちょ、ちょっと‼︎」「飲み足りないからだぁ‼︎」
相手の気迫、というより、女に酒で遅れをとりたくないという、全く不合理な衝動が、直人を徳利に駆り立てる。まだ十分入っていた徳利の残りを、勢いで飲み干してしまう。
「うぅ〜〜」「まったく、こんくらいで! え、えっと……」
「直人……風間直人」後悔が胸元を蹴り上げているのを感じながら、直人はムスッとして言った。
「ナオト! じゃ、改めて! 一年のサニ・マルティーニよ。ナオトは?」「四年……一応、先輩なんすけど……うっ〜〜」「センパイ? 何、それ?」
「はあ、来るんじゃなかった……一応、顔出せって……アイツがうるさいから来たけど……」向こうで、新入生の大人しそうな女の子二人を相手に、一人、盛り上がっている友人を指さして直人が面白くなさそうに言うと、サニは、嬉々として言葉を被せて切り返す。
「よかったでしょ! アタシみたいな、チョーカワいい女の子と知り合えて」「……かわいい……?」「なに、なんか言いたそうね、セ・ン・パ・イ」
「可愛いコって、こんな、ガバガバ飲むもんかい? ……だいたい、キミ、十八? ……それで、そんな飲んでいいの?」「へへん! こー見えても、ちゃんと、アルコール許可証は持ってるからネ。ま、母国では……いいじゃん、そんなことどーでも! 飲も、飲も!」
「こ、こら! やめなさいって! 身体にも悪いから!」「もぅ、なんなのぉ? 親みたいなこと言って!」「はぁっ⁉︎」「ぷぷっ」
「な……何だよ……」「何でもない……ふふ」
——
……くくくっ……一杯飲むぅ? ……キャハハハ! ……
景色は幻だったかのように、いつの間にか消え去っていた。暗闇の中で、赤系統のグラデーションを纏ったサニが、自分に身をもたれながら、並々に注いだぐい呑みを差し出している。
……うわっ、サニ! ……
……なによぉ、呑まないの? 呑めないのぉ⁉︎ ……
……くっ……
直人は、ぐい呑みを奪うようにしてとると、一気に呷る。
……ぷっはは! イィね、サイコー! それでこそ、アタシのセンパイ……ふふふ……
……こ、これでいいだろ? さぁ、帰ろう! 皆、心配してる! ……
……なーに言ってんの……せっかく来てくれたのにさ……ほら、センパイ……この日はセンパイの記念日じゃん……見ていきなよ〜……
サニの言葉に直人は、硬直した。
サニが、トロンとした目つきで、直人の胸元にしなだれる。その身体は、段々と橙か、黄色のような色味に変化していく。
そう、この日は……




