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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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レインボーサーペント 2

 水瓶から弾かれたまま、床に崩れていた夢見頭は、なんとか身を起こし、姿勢を正して正座し直した。

 

「お、お頭!」「お頭!」「おお……」「よかった……」

 

 取り巻きの尼僧らは、主人(あるじ)の無事な姿に、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「……仰々しいぞ……皆……座れ」

 

 尼僧らは、命じられたとおり、床に正座して、平伏する。

 

「うっ……くっ……」右腕の痺れがまだ残っている。苦悶に顔を歪める夢見頭に、その場の一同は、腰を浮かす。夢見頭は、それを左手で制して口を開いた。

 

「大事ない。案ずるな」

 

 その言葉で、一同は、浮いた腰を落ち着かせる。

 

「お頭、神子は……」先頭に座った盈月が、窺いながら問う。

 

 夢見頭はゆっくりと首を横に振る。

 

「も、申し訳ございません。我らの力が及ばぬばかりに……」盈月は、再び頭を垂れ、床に擦り付けた。小夜もそれに倣う。

 

「二人とも……良い。なに、今回はほんの小手調べじゃ」

 

「して、熾恩は……いかがじゃ?」急に話の矛先を向けられた、熾恩の看護担当の三人は、彼の身体を拭いたり、手を握りしめたりしたままの形で、顔だけをギリギリと夢見頭の方へと向ける。

 

「は、はい! あ、あの、その! お、おぉ落ち着いて、眠っておられますぅ!」熾恩の胸元の汗を丹念に拭いていた中年の尼僧が、声を裏返して答えた。

 

「そうか」夢見頭は、一言そう言って、微笑を浮かべると、三人から視線を逸らした。三人はフゥと溜息をこぼしている。

 

「あの……禍ツ神子は?」向き直った夢見頭に、小夜が尋ねた。

 

「奈落の底よ。穢れたあの魂は、もはや生きては戻らぬであろう」

 

 盈月は大きく頷いた。

 

「まさに人柱。禍ツ神子も本望でしょう」

 

「うむ……なれど、もはや無意味やもしれぬ……禍ツ神子ごときでは……」

 

 夢見頭は、自分を弾き飛ばした水瓶を見つめる。水瓶はかなり古いものだ。代々の夢見頭が引き継ぎ、夢への窓としてきたもの。僅かではあるが、水瓶の側面にヒビが走っている。異界船の放った光の矢は、夢見頭の右腕だけではなく、水瓶にすら衝撃を与えていたのだ。

 

 夢見頭は、集う皆の方へと再び向き直ると、口を開く。

 

「かの禍ツ神子を食らいしは、はるか南方の伝承にある虹の蛇。やはり地底に潜む、大鯰の化身よ」

 

「おお」「なんと……」尼僧らは、騒然となる。

 

「此度も……お頭の夢見のとおり……」顔を青ざめさせ、盈月が言う。

 

「うむ……」

 

「……急がねばなるまい……我らは……」

 

 

 ****

 

「次元深度、レベル5を突破!」

 

 <アマテラス>は、潜航限界である集合無意識界面域、レベル6を目指し、次元ポテンシャルを順に引き上げていく、次元連続シフト航行にあった。

 

 微弱に絶えず揺らぐファビオとサニのPSIパルスの変化に、<クナピピ>のトレースデータを元にアムネリアが時空観測を行い、軌道修正しながら追跡する必要があり、時空間転移による跳躍は不可能であったこと、また、潜航限界への時空間転移による、PSIバリアの大幅消費予測、船体への負荷を考慮しての航法選択ではあったが、まるで川海の難所をゆく船の如く、時空の畝りに<アマテラス>は翻弄される。

 

「アラン、PSIバリアは?」

 

「損耗率十五パーセント。航行に支障はないが、減りが速い! 安全限界時間を算出! カウント、出すぞ」

 

 舵を握るティムは、カウントを一瞥すると、眉を吊り上げた。

 

「あと五十分⁉︎ 厳しいな……そうだ、シールドも併用すれば!」「いや、次元連続シフト航行中は、抵抗になる。船速が落ちるぞ」アランは、ティムのアイディアをにべもなく退ける。

 

「だぁかぁらぁ! 亜夢が乗ってんだぜ。この間のアレなら!」「もしかして、あの、鳳凰?」

 

 直人は、ティムの考えを直感的に理解した。

 

「そう! アレなら推進力も増す!」「なるほど……」アランは、先日のデータを用いて、手早くシールドを使用した場合のPSIバリア耐久と推進率の向上をシュミレートする。

 

「確かに、いけそうだ! またやれるか、亜夢?」

 

「ん??」アランに突然名指しされ、亜夢は丸い両目を大きく見開いて、キョトンとした顔を浮かべた。

 

 

 船体表面を伝うPSI精製水の被膜は、あたかもそれが、引火性のある液体であったかのように燃え上がり、<アマテラス>の船体表面をあっという間に燃え盛る炎の衣となって包み込む。

 

 <アマテラス>船体後方上部、機関部外殻である、左右二基の球形状構造の部位から、焔が盛り上がると、船体を大きくはみ出して広がり、巨大な翼を形成する。船首の方には長く伸びた首が、そして後方には、多数の尾羽が顕れる。

 

 火炎を撒き散らせ、鳳凰が羽ばたく。

 

「いいぞ! 亜夢! やっぱ最高だぜ、このフェニックス!」ティムは、操縦桿から力強い推進力を感じていた。

 

「でしょ! でしょ! でしょ! もっと燃やすよ!」左手を乗せる、感応光を赤に変えたPSI-Linkインターフェースモジュールに、亜夢は思い切り念を込める。

 

 鳳凰は咆哮をあげ、炎が一層燃え上がり、狂い舞い始めた。

 

「わっ‼︎」急激な加速がブリッジを襲う。

 

「や、やり過ぎだ! 針路が狂う!」ティムが暴れる舵を必死に抑え込みながら叫ぶ。

 

『落ち着きなさい、亜夢。皆と心を合わせて……』

 

 アムネリアの言葉は、亜夢の無邪気に熱った心を、不思議とよく落ち着けさせる。

 

「う、うん。……こんな感じ?」亜夢は、目を閉じて、あの古代中国の民らが信奉した、神の鳥のイメージを心象の中にしっかりと描く。

 

 自由奔放に燃え盛っていた炎は、次第に秩序を覚え、優雅な火の鳥を形作っていく。

 

「いいよ、亜夢。その調子」「なおと……うん!」

 

 安定を取り戻し、速力を増した<アマテラス>は、一気に目的地へと直走る——

 

 

「次元深度、レベル5.8! 目標座標宙域!」ティムは船を停め、報告する。

 

「アムネリア、安全確認を」本来、サニに命じるはずの作業を、カミラはアムネリアに頼んだ。

 

『……静まり返っている……大丈夫……』

 

「よし、波動収束フィールド展開! 直ちに、探索を開始!」

 

 <アマテラス>のデータベースは、フル回転で波動収束フィールドに空間構成情報を展開していく。しかし、マーブルや幾何学的な模様を描いたかと思えば、すぐに形の概念を成さず流動的に蠢いているばかりの様相へと戻る。

 

「くそ、これじゃぁ、わけわかんねぇぜ! もっと解像度、あげられないのか?」「これでいっぱいだ!」

 

 この時空間では、PSIバリアに守られた<アマテラス>だけが、唯一、個を持つモノとして存在できているのだ。直人は、固唾を飲んで、そう理解する。

 

『……到着したようだな。どうだ……カミラ、そちらの状況は?』

 

 <クナピピ>、及び、ここへ来るまでに敷設した多元量子マーカーのリレーにより、通信はなんとか出来ている。

 

「チーフ。まだ、何も……無気味なくらい静かです」カミラは辺りを窺いながら答えた。

 

『そうか』『こちら<クナピピ>。サニ先輩の脳波も段々弱まって来ています。シドレアの情報を転送します。探索領域を絞れるかと……』

 

「ありがとう。全力を尽くすわ」

 

 間も無く<クナピピ>の観測最新データが転送されてくる。

 

「探索領域データ入力! 波動収束フィールド、局所フォーカス、最大!」

 

 <クナピピ>によって絞り込まれた座標に、波動収束フィールドのエネルギーを集中する。太鼓の皮のように振動する場が形成されると、既知の『音』のパターンと認識したシステムが、音声変換により、あの低く唸る音を奏で出す。

 

「くっ……また、この音だけかよ……」「でも、これを糸口にするしかない。アムネリア」

 

 カミラに呼びかけられ、アムネリアの光像が振り返る。

 

「やはり貴女に頼るしかなさそうね」

 

 魂が個として存在できる、ギリギリの宙域において、アムネリアにその探索を求めることは、彼女にとっても大きなリスクを伴うことだ。

 

『気になさらないで。カミラ。それが我の役目なれば……』アムネリアの海の青さを映した瞳が、瞬きもなくカミラをじっと見つめている。

 

 このアムネリアという存在は、水の気質情報を多分にもつ霊的存在であり、遭遇した当初は、『メルジーネ』と呼んでいた。初期のミッションで、<アマテラス>のシステムを乗っ取っり、ブリッジに顕現した彼女と対峙したことは、まだ記憶に新しい。しかし、その後のミッションを通して、いつしか彼女に強い信頼を寄せていた事に、カミラは気づく。そんなカミラの胸の内を感じているのか、アムネリアは、両目を暫し閉じ、頷いて見せた。

 

「お願い……サニを、探してちょうだい」

 

 それ以上、二人に言葉はいらなかった。アムネリアは、正面に向き直り、心配気に様子を伺う直人に、一つ微笑みかけると、凛として顔を上げる。

 

 瞳を閉じて、両手を左右下方へ開き、静かに瞑想を始める。しばらくすると、モニターが映し出す船外に、水の流れのようなストリームが充満していく。

 

 アムネリアのPSIパルスが、波動収束フィールド内で、カオスに秩序をもたらし始めている。ディジュリドゥの音が、より鮮明になって、ブリッジに響き渡ってくる。

 

 しかし一方で、アムネリアの光像は、全体的にボヤけだし、ノイズの混じり込みや、データ欠損による投影損失が、あちこちに発生し始める。

 

「亜夢! ダイレクト接続で、アムネリアの魂を追って!」「う、うん!」直人の咄嗟の指示に、亜夢は、すぐにPSI-Linkモジュールに飛びつく。

 

「ここに肉体として居るキミが、アムネリアの命綱! 絶対、見失っちゃダメだ! オレも一緒に追う!」「わかった‼︎」

 

 二人の思念がPSI-Linkシステムに流れ始めると、アムネリアの映像も幾らか、安定を取り戻してくる。

 

 アムネリアが語り出す。

 

『……感じる……あの者は……すぐそこに……傍にいるのは……あの者の……? ……』アムネリアの言葉を遮って、ディジュリドゥの音が、激しくはじけた。

 

『……‼︎ ……』「うっ! 痛っ‼︎」

 

 アムネリアが、瞑想を破られ、姿勢を崩した時、同時に亜夢も、モジュールからの思わぬ抵抗に、身を退け反らせていた。フィールドに広がった水は、空間に染み込むように消えていく。

 

「アムネリア⁉︎ 亜夢⁉︎」直人は、立ち上がって振り返り、叫んだ。

 

『…………』「何、これ……なおとぉ……」

 

「どうしたの、アムネリア?」カミラは、焦りを露わに問いかけた。

 

『……拒まれました……』「拒む?」

 

 怪訝に顔を歪める一同。フォログラムのアムネリアは、姿勢を正し、自身を呆然と見つめている直人を見据えた。

 

『…………なおと……』

 

 ハッとなって、直人は顔を上げた。

 

『待っています。あの者は……』

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