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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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ドリームタイム 5

 夢見頭は、右腕を水瓶に突っ込んだまま、数珠を垂らした左手で片合掌し、呪詛を唱え始めた。

 

「お、お頭!」

 

 まるで生簀の魚でもいるかのように、水瓶は水飛沫を飛ばし、夢見頭は突っ込んだ右腕でそれを押さえ込まんとしている。

 

「かような事……これまで一度も」取り巻いて見守る尼僧らは、恐れ、慌てふためくばかり。

 

「うぬ……ううっ!」

 

 夢見頭の蒼白な顔に苦悶が浮かび上がる。大物の霊力と対峙している事は、取り巻き達もすぐに理解した。

 

「こ、このままでは、お頭も! ……と、とにかく、術を解かせるのだ! は、早う!」中年の尼が立ち上がって、指示を下す。尼僧らは、わやわやと動き出す。

 

「なりませぬ」「さ、小夜!」

 

 俯していた小夜、続いて盈月がゆっくりと身体を起こす。尼僧らは、動き出した体勢のまま、固まって小夜へと視線を注ぐ。

 

「……わかりました……」軽く目を閉じながら、小夜は言った。

 

「皆様、お頭の命です。すぐに魂寄せの祈祷を! 堂を閉じ、結界を最大に!」

 

「さ、小夜! 一体、何を?」中年の尼僧は狼狽している。

 

「早うせい!」小夜に代わって、盈月が命じた。「……わ、わかりました! 皆、すぐにかかれ!」

 

 動きを止めていた尼僧らに、再び時が戻る。

 

 

 ****

 

『うぅ……くぅうう……! ……なおとぉ!!』

 

 <アマテラス>のブリッジにアムネリアの悲痛な叫びが響いていた。

 

「アムネリア!!」直人は、左手を翡翠色に発光するPSI-Linkインターフェースモジュールに乗せ、ダイレクト接続で、アムネリアの気配を探る。

 

 直人の心象に広がるイメージの中で、アムネリアは、IN-PSIDで『メルジーネ』と呼称していたインナースペースの霊的存在(エレメンタル)である、水妖の姿をノイズのように顕しながら、荒れ狂う大波に揉まれている。いや——むしろ荒波そのもの。

 

 閉ざされた壁のようなモノが押し迫る、どこともわからない囲まれた空間で、激しくもがく。その度に、高波が壁に打ち付け、大量の飛沫をぶちまけていた。

 

 ……何と強大な……これが、神子⁉︎ ……まるで、大波が押し寄せるが如き……

 

「……わ……私の呪法が……耐えられるうちに……急げ!!」

 

 水瓶に突き入れた右腕の戦慄きを左手で抑え、夢見頭は更に念じる。熾恩の部屋は閉め切られ、尼僧らが、呪符の織り込まれた結界幕を張り巡らす。小夜、盈月らは、並んで座り、夢見頭の唱える呪禁を重ねて唱える。

 

『なおとぉ!!』

 

「貴様ぁああ!」直人の心象とリンクしたモニターに、朧げに人の形が浮かび上がってくる。直人は、討つべきターゲットと認識し、PSIブラスターのトリガーに手をかけた。

 

『ふふ、熾恩を討った少年か。ならば、礼をせねばな! 禍ツ神子よ。其方が求める者は、ほれ、そこじゃ』

 

 直人の狙いの先に、虹を描く螺旋の光が伸び、ターゲットに立ちはだかるように、もう一つの人の形を作り出す。

 

『センパイ……』

 

 赤から青のグラデーションを畝らす身体を持ち、蛇のように鎌首を伸ばすその者は、紛れもないサニだった。

 

「ナオ! ダメ!!」咄嗟に、カミラが気づいて直人を制する。

 

「サニ⁉︎」PSIブラスターのトリガーから、手を浮かせ直人はモニターに現れた、異様な姿のサニに目を見開いた。

 

『……アタシの……』

 

 <アマテラス>に食らいつかんばかりに、虹色のサニは頭を振り下ろす。

 

「回避して、ティム!」「おうよ!」

 

 ティムは、鋭く舵を切り、紙一重で攻撃をかわす。

 

『センパイ……』憂いげな声と共にサニの幻像は、<アマテラス>を再び追ってくる。それと共に、暗闇の空間の様相が、また変化を見せ始めた。

 

 ……おや、これは? ……

 

 混み合うどこかの店舗、バーチャルネットの業務端末、暗がりの部屋……浮き上がるポップな文字……

 

「オモトワ……」直人は、その様相が示すものが何か、すぐにわかった。夢見頭も、アムネリアを押さえつけながら、この様相の変化を心眼で具に捉えていた。

 

 ……『刈場』か? ……

 

 ……刈損ねの禍ツ神子とは……益々、面白い……

 

「おい、コレって⁉︎」<アマテラス>を巧みに操船し、サニの追跡を交わしながら、ティムが言う。

 

 辺りは、いつの間にか、幾つもの円柱型水槽が立ち並ぶ、<アマテラス>のインナーノーツには馴染み深い、とある施設の光景が浮かび上がる。

 

「ええ、オモトワ……それに、あの『水織川研究所』よ! でも、なぜ⁉︎」カミラは怪訝そうに辺りを見回す。

 

 直人は、戦慄に打ち震えている。ここは、直人にとって『宿命』とも言うべき場所。それが、サニにとっても重要な記憶となっているのか……

 

 地震で破裂した数多のPSI精製水の水槽、中央の貯水タンク。水槽から溢れた水が、広大な施設の処理区画を満たしている。

 

「父さん……」直人の胸に、溢れんばかりの想いが込み上げてくる。

 

 二十年前、急性PSIシンドロームを発症した直人の心象世界へ、PSIクラフトプロトタイプ<セオリツ>を駆り、身を挺して直人を救った父。ここは心象世界の中で、その舞台となった地……

 

 ちょうど、あの時のミッションと同じく、<アマテラス>は、貯水タンクを正面にして突き進んでいた。

 

 その貯水タンクの水が、虹色に怪しく光り出す。

 

『……ちょうだい……センパイ……』

 

 扁平な円形貯水タンクは、戸愚呂を巻いた蛇のような姿をとったのも束の間、まるで遺伝子のような螺旋を描きながら、再び巨大な人の形を作り出す。

 

 一糸纏わぬ、虹色に輝くサニは、何かを求めるように、両手でゆっくりと、<アマテラス>を包み込む。

 

 危機を感じながら、変わり果てた仲間の姿に、<アマテラス>のクルーらは、身動きを失っていた。

 

 サニの巨大な瞳がブリッジを、いや、直人を覗き込んでいる。

 

「……な、何を……くれと? ……」

 

 直人は、戦慄く唇で問う。

 

『パパ……センパイは…………持ってる……』

 

「えっ……」

 

『だから……ちょうだい!』

 

 サニの巨像の両手が、<アマテラス>のPSI バリアを侵食する。身の危険を捉えたモニターが、警告を掻き鳴らす。

 

「目を覚ませ! サニ!」

 

 直人は、渾身の叫びで、サニに呼びかけた。

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