ドリームタイム 5
夢見頭は、右腕を水瓶に突っ込んだまま、数珠を垂らした左手で片合掌し、呪詛を唱え始めた。
「お、お頭!」
まるで生簀の魚でもいるかのように、水瓶は水飛沫を飛ばし、夢見頭は突っ込んだ右腕でそれを押さえ込まんとしている。
「かような事……これまで一度も」取り巻いて見守る尼僧らは、恐れ、慌てふためくばかり。
「うぬ……ううっ!」
夢見頭の蒼白な顔に苦悶が浮かび上がる。大物の霊力と対峙している事は、取り巻き達もすぐに理解した。
「こ、このままでは、お頭も! ……と、とにかく、術を解かせるのだ! は、早う!」中年の尼が立ち上がって、指示を下す。尼僧らは、わやわやと動き出す。
「なりませぬ」「さ、小夜!」
俯していた小夜、続いて盈月がゆっくりと身体を起こす。尼僧らは、動き出した体勢のまま、固まって小夜へと視線を注ぐ。
「……わかりました……」軽く目を閉じながら、小夜は言った。
「皆様、お頭の命です。すぐに魂寄せの祈祷を! 堂を閉じ、結界を最大に!」
「さ、小夜! 一体、何を?」中年の尼僧は狼狽している。
「早うせい!」小夜に代わって、盈月が命じた。「……わ、わかりました! 皆、すぐにかかれ!」
動きを止めていた尼僧らに、再び時が戻る。
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『うぅ……くぅうう……! ……なおとぉ!!』
<アマテラス>のブリッジにアムネリアの悲痛な叫びが響いていた。
「アムネリア!!」直人は、左手を翡翠色に発光するPSI-Linkインターフェースモジュールに乗せ、ダイレクト接続で、アムネリアの気配を探る。
直人の心象に広がるイメージの中で、アムネリアは、IN-PSIDで『メルジーネ』と呼称していたインナースペースの霊的存在である、水妖の姿をノイズのように顕しながら、荒れ狂う大波に揉まれている。いや——むしろ荒波そのもの。
閉ざされた壁のようなモノが押し迫る、どこともわからない囲まれた空間で、激しくもがく。その度に、高波が壁に打ち付け、大量の飛沫をぶちまけていた。
……何と強大な……これが、神子⁉︎ ……まるで、大波が押し寄せるが如き……
「……わ……私の呪法が……耐えられるうちに……急げ!!」
水瓶に突き入れた右腕の戦慄きを左手で抑え、夢見頭は更に念じる。熾恩の部屋は閉め切られ、尼僧らが、呪符の織り込まれた結界幕を張り巡らす。小夜、盈月らは、並んで座り、夢見頭の唱える呪禁を重ねて唱える。
『なおとぉ!!』
「貴様ぁああ!」直人の心象とリンクしたモニターに、朧げに人の形が浮かび上がってくる。直人は、討つべきターゲットと認識し、PSIブラスターのトリガーに手をかけた。
『ふふ、熾恩を討った少年か。ならば、礼をせねばな! 禍ツ神子よ。其方が求める者は、ほれ、そこじゃ』
直人の狙いの先に、虹を描く螺旋の光が伸び、ターゲットに立ちはだかるように、もう一つの人の形を作り出す。
『センパイ……』
赤から青のグラデーションを畝らす身体を持ち、蛇のように鎌首を伸ばすその者は、紛れもないサニだった。
「ナオ! ダメ!!」咄嗟に、カミラが気づいて直人を制する。
「サニ⁉︎」PSIブラスターのトリガーから、手を浮かせ直人はモニターに現れた、異様な姿のサニに目を見開いた。
『……アタシの……』
<アマテラス>に食らいつかんばかりに、虹色のサニは頭を振り下ろす。
「回避して、ティム!」「おうよ!」
ティムは、鋭く舵を切り、紙一重で攻撃をかわす。
『センパイ……』憂いげな声と共にサニの幻像は、<アマテラス>を再び追ってくる。それと共に、暗闇の空間の様相が、また変化を見せ始めた。
……おや、これは? ……
混み合うどこかの店舗、バーチャルネットの業務端末、暗がりの部屋……浮き上がるポップな文字……
「オモトワ……」直人は、その様相が示すものが何か、すぐにわかった。夢見頭も、アムネリアを押さえつけながら、この様相の変化を心眼で具に捉えていた。
……『刈場』か? ……
……刈損ねの禍ツ神子とは……益々、面白い……
「おい、コレって⁉︎」<アマテラス>を巧みに操船し、サニの追跡を交わしながら、ティムが言う。
辺りは、いつの間にか、幾つもの円柱型水槽が立ち並ぶ、<アマテラス>のインナーノーツには馴染み深い、とある施設の光景が浮かび上がる。
「ええ、オモトワ……それに、あの『水織川研究所』よ! でも、なぜ⁉︎」カミラは怪訝そうに辺りを見回す。
直人は、戦慄に打ち震えている。ここは、直人にとって『宿命』とも言うべき場所。それが、サニにとっても重要な記憶となっているのか……
地震で破裂した数多のPSI精製水の水槽、中央の貯水タンク。水槽から溢れた水が、広大な施設の処理区画を満たしている。
「父さん……」直人の胸に、溢れんばかりの想いが込み上げてくる。
二十年前、急性PSIシンドロームを発症した直人の心象世界へ、PSIクラフトプロトタイプ<セオリツ>を駆り、身を挺して直人を救った父。ここは心象世界の中で、その舞台となった地……
ちょうど、あの時のミッションと同じく、<アマテラス>は、貯水タンクを正面にして突き進んでいた。
その貯水タンクの水が、虹色に怪しく光り出す。
『……ちょうだい……センパイ……』
扁平な円形貯水タンクは、戸愚呂を巻いた蛇のような姿をとったのも束の間、まるで遺伝子のような螺旋を描きながら、再び巨大な人の形を作り出す。
一糸纏わぬ、虹色に輝くサニは、何かを求めるように、両手でゆっくりと、<アマテラス>を包み込む。
危機を感じながら、変わり果てた仲間の姿に、<アマテラス>のクルーらは、身動きを失っていた。
サニの巨大な瞳がブリッジを、いや、直人を覗き込んでいる。
「……な、何を……くれと? ……」
直人は、戦慄く唇で問う。
『パパ……センパイは…………持ってる……』
「えっ……」
『だから……ちょうだい!』
サニの巨像の両手が、<アマテラス>のPSI バリアを侵食する。身の危険を捉えたモニターが、警告を掻き鳴らす。
「目を覚ませ! サニ!」
直人は、渾身の叫びで、サニに呼びかけた。




