ドリームタイム 4
「夢見衆……」「何者でしょう?」
東の問いに藤川も、何の答えも持ち合わせていない。藤川は、静かに首を二、三振る。
「うぅむ……アイリーン、<アマテラス>の通信ログから、何か掴めないか?」
藤川は、モニター越しの<イワクラ>で<アマテラス>管制中のアイリーンに問う。
『えぇと……詳細に解析してみないと……ぱっと見ですが……アンノウンの空間情報は、ダメですね。ですが、時間情報の方は……これは…… <アマテラス>や<クナピピ>との時間差異がほぼ、ありません。両船は、現象界の時空間座標情報を維持しているので……』
「……この現象界の何処かに居る、何者か……そして意思疎通が可能であるとすれば……」東は、腕を組み、アイリーンの言葉に続く。
「十中八九、現世の人間であろうな」
藤川の出した結論に、皆、深く頷く。
「まだ、十分な解明はできていませんが、前回の中国、そして、その前の諏訪……何者かが、我々のミッションに介入してきているのは明らかです。今回も……」東は、顔を強張らせて、藤川に言う。
——これはあくまでも勘ですが。この事件、背後に何か大きな陰を感じます。オモトワ以外にも、何か動きがあるかもしれません。くれぐれもご用心ください——
先月、IN-PSIDが内密に捜査協力した神隠し事件、その時、刑事が残した言葉……藤川は、その言葉をふと思い出していた。
「……同じ連中である可能性は高いな」藤川は、東に同意する。
組織だった何者かが、インナーミッションに介入している。その事実に、IMCに集う、皆は薄気味の悪さを覚えずにはいられない。
「サニ……」真世は、不安気な表情を浮かべて、<アマテラス>から送られてくる画像を見上げる。
……おや……あの娘のことが心配かい? ……
……! ……また? ……
胸の内に、湧き上がる何者かの声。事あるたびに現れるその声に、真世は辟易していた。
真世は、顰めた表情を周りに悟られないように俯く。
……邪魔よなぁ……あの娘……
ケタケタと笑いを含む、いやらしい女の声だ。自分の心の声だと、その声は以前、名乗った。本当にそうなのだろうか……
……そ、そんなこと、思ってなんか……
心の中で反論する。
……ど〜だかねぇ〜……ああ、最近は亜夢の方が気になっていたかぇ〜……
「な、なんなの⁉︎」思わず、真世は立ち上がって声を立てていた。
「ん、どうした、真世?」気が付いた東が振り返って見ている。藤川、田中の視線もこちらに向く。
「あっ……いえ……何でも……ありません」
脱力したように、真世はシートへ腰を落とす。胸の奥底に、僅かな笑い声を残して、それは消えていった。鼓動が幾分、速くなっているようだった。
……くくっ……夢見衆が出てきたか……コレは手強いぞぇ〜……ふふふふふふ……
心に湧いた、その最後の言葉を、真世はもはや聞き取る事はなかった。
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『パパ……パパ……』
サニの巨像は、何かを求めるように、ふらふらと波動収束フィールドが作り出す空間の中を、彷徨い歩く。
「アラン、波動収束フィールド情報から、索敵できない?」
[夢見衆]と名乗った者が、どこに隠れているのか、<アマテラス>と、シドレアを動かせない<クナピピ>は、その存在を見つけ出すことが出来ずにいた。
一方、空間の様相は、突然変化して、どこかのバーカウンターのような雰囲気を作り出している。シックなモノトーンの大人びた服装に身を包んだサニは、髪型も今に近い。
『お、キミ、かわいーね。日本、初めて? I’m ……! What’s your name?』ホスト風の男が声をかけてきたようだ。名乗った名前も、顔の作りもよくわからない。
『サニ……サニ・マルティーニ』
『マルティーニ? ……ねぇ、マスター。マルティーニ、そ、リキュールのヤツ』得意気な声が、音声変換されて流れてくる。
『ふふ……どうぞ。キミの名前に因んで』無口なバーテンダーがそっと差し出したグラスを、軟派男はサニの目の前に置く。
「奴のPSIパルスは感知している。が、このフィールド一帯のサニのPSIパルスに紛れ、判別が困難だ。まるで、サニのPSIパルスを纏っているかのようだ」アランが解析結果を告げた。
「ちっ、サニを『着ぐるみ』みたいにしやがって!」さっきから聞こえてくる男の声への苛立ちと共に、ティムは悪態づいた。
サニと男の会話は、続いていた。
『何、コレ……』『あ、日本語いける? マルティーニさ。キミみたいな女の子にもピッタリの……ね』
BGMなのだろうか? スロージャズのような音が、会話に混じって聞こえている。
「ん?」低音部の唸りと、妙に揃わないリズムの音が、直人には少し奇妙に思われた。モニターに見えるサニは、カウンターに片肘をつき、怪訝そうに耳に手を当てている。
『あっそ……マスター、できた?』サニは、男の差し出したグラスにそっぽを向き、バーテンダーが静かに差し出した、ショートグラスを手に取る。
『えっ、それは⁉︎』『そ、マティーニよ』
『アタシの名前聞いて、リキュールの方、飲ませようとするバカ。コレで三人目。お生憎。そんな甘ったるい酒、好きじゃないの』
リキュール・マルティーニのロンググラスを見事に滑らせて、男の前へと突っ返す。
『返すわ、ソレ。あんたが飲みな』『そ、、それは、、ははは』男は、なぜかグラスを手に取るのを躊躇っている。
『飲めないの? よく眠れるんじゃなくて?』『チィ!』何か言いたげな男の影が、背景に飲まれていった。
『消えな……アンタは……絶対……違う……』
冷ややかなサニの声と共に、空間の様相が再び変化していく。サニの姿をした形も次第に崩れて、あたりの空間へと溶け込んで、消える。
波動収束フィールドの作り出す空間のあちこちに、顔のようなモノ、手足のようなモノ、身体の一部のようなモノ……それらが立ち現れ、意味を成す前にゲシュタルト崩壊するかのように、暗がりの中に広がって混じり合う。
「サニの意識反応が! どんどん落ちてるよ!」マヤが叫ぶ。
モニターには、はっきりとした形を示すモノはもはやない。暗闇の中で混ざり合った、顔のようなモノ達が、会話をしているようだ。音声変換だけが、まだその声を捉えている。
『……せん……せい……?』『ふふ……面白いね……キミは……』『何が……』
『キミが求めているのは、何だい?』
言葉に反応するように、正面の空間の一点が、脈打つ。
『……そ、それは……いいじゃない、そんなの……』
『……キミは、僕でも、他の男達でもない……僕ら……男の中にある何か……答えを求めている……』
「後方、空間励起!」「回避して!」
<アマテラス>の後方から、七色の光を放つ、矢尻のような形をした空間隆起が長く伸びてくる。それは、<アマテラス>と<クナピピ>を隔てるように、回避行動する両船の間に割って入り、<アマテラス>の前方へと真っ直ぐに伸びていった。
『求めている……アタシが……一体何を……あぁ……』
正面で脈打つ一点を、蛇頭の隆起が貫いていく。サニの心象空間は、そこから引き裂かれ始めた。
「このままじゃ、サニの心が壊れる! アムネリア、あいつを、見つけて! 早く!」直人は、後方のアムネリアのフォログラムへと振り向き叫んだ。
『はい!』アムネリアの光像は、一瞬、水妖の姿を見せながら、滝を描いて流れ落ち、投影機から姿を消した。
『……それは……何……』
引き裂かれた空間の闇に、燻銀の光点が輝く。輝きは次第に朧げな三日月、上弦の月の形を作る。
『ふふ……僕は、その答えにはならない……』
月は満月を迎える。その月は、常に揺めき、何かの表情を持っているようにも見える。その揺めきが放つ、柔らかな光の波が、<アマテラス>を浮かび上がらせた。
『センパイ……そこに居るの……センパイ……』
音声変換された、低く沈んだサニの声だけが、<アマテラス>、<クナピピ>、そして通信を繋ぐ各所に流れる。
「セン……パイ……?」クリバヤシは、その声に反応する自分の鼓動一つに、小さな痛みを覚えながら、顔を上げた。
……感じる……感じるぞ……強き霊気を…………
水瓶を正面に座す、夢見頭は、半眼のまま灯篭の光を映し込む水鏡を見つめ続ける。水面の波紋は、幾重にも広がり続けていた。
『センパイ……』「サニ! どこだ⁉︎」
音声変換されたサニの声に、直人は呼びかける。しかし、サニの姿はモニターの中のどこにも見当たらない。<クナピピ>に残されたサニの身体は、ぐったりとしたままだ。
……アムネリア、頼む! ……
月の光に導かれるように、<アマテラス>の下方から、何かが首を持ち上げる。燻銀に輝くその隆起場は、次第に赤から青の色のグラデーションの輝きに包まれながら、ゆっくりと<アマテラス>へと、触手のように伸び始めている。
<アマテラス>の一同は、まだそれに気づかない。
……大地の生気を取り込み始めたか。禍々しき神子よ……それで良い……
一部始終を、夢見頭の半眼は見通している。一方で、水瓶の波紋は、急激に数を増し、高波を作り始める。周りで様子を伺う尼僧らは、慄いて、身を退け反らせた。
……さあ、私はここぞ! 見つけに来るが良い、神子よ! ……
夢見頭の半眼が、ゆっくりと開かれていく。懐からもう一枚、呪符を取り出すと、夢見頭は身構え、水瓶を凝視する。
『! ……なおと!』アムネリアの声が、<アマテラス>のブリッジに突如、響く。同時に、カミラのシートモニターに、アムネリアが掴んだ座標情報が浮かび上がった。
「来たわ、ナオ! 座標データよ! 転送する!」
「はい! 座標入力! PSIブラスター、照準固定!」
直人は、アムネリアの声に空かさず反応し、PSIブラスターのトリガーに手をかける。
「かかった!」夢見頭は、呪符を握りしめた片腕を水瓶に容赦なく叩き込む。
『はっ⁉︎』アムネリアの驚嘆の叫びがブリッジに木霊する。
「アムネリア⁉︎」直人は、シートから腰を浮かせて呼びかけていた。




