ドリームタイム 3
「船の呪縛が⁉︎」マヤは、PSI-Linkモジュールを通してPSIバリアへの負荷が、急激に軽くなっていくのを感じ取っていた。マヤの隣に座るミアも、同じように感じている。
「エリック! 今だ! 抜け出して!」空かさず、クリバヤシは命じた。
「イェッサー! フルスロットル!」
機関に蓄積されたエネルギーの塊を船尾から吐き出し、<クナピピ>は、絡みつく呪縛の波間から飛び立つ。
「座標3-2-4-0! 収束反応⁉︎ 何かが、波動収束フィールド内に!」ミアがレーダーの反応を即座に報告し、全天モニターのその一点を拡大した。
「アレは⁉︎」マヤは、腰を浮かす。
二本の衝角のような突起物が、その周辺を押し広げながら突き出してくる。続いて、青白色に輝く衣をまとった、白き船の側面が姿を現す。側面には、日本神話の太陽の女神の名が刻まれていた。
「<アマテラス>!!」クリバヤシの顔に、光が差す。
<アマテラス>の船影は、ピンボケしたカメラの映像のようにボンヤリとしている。幾分、時空同期のズレがあるようだ。<アマテラス>は、そのまま<クナピピ>を護る盾のように、その側方に並んで、停船した。
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「<クナピピ>のフィールドに、こっちの波動収束フィールドを完全同期させて。亜夢……」
カミラは、レーダー席へと視線を投げ、言葉を続ける事を諦めた。
「むにゃぁ〜〜……」「……は無理ね」
亜夢は、コンソールのレーダー盤に伏して、夢心地だ。
「さっすが、元祖[眠り姫]。気持ち良さげに眠ってらっしゃること」ティムは、溜め息と共にボヤキを吐き出す。
「いいわ。亜夢はただ乗ってさえいれば、いいんだから。アムネリア、どう?」
カミラの正面、<アマテラス>ブリッジ中央のマルチ投影ホログラムが、カミラの声に反応して、一人の人物の姿形を作り出す。
インナーノーツのユニフォームを纏い、両肩に垂らした二房の髪を青ビーズのシュシュで束ねた姿。もう一人の亜夢、アムネリアと呼ばれる存在が姿を現した。
『……大丈夫……あの船の波……感じています……』
フォログラムで映し出される、人形のような少女は静かに答えると、そっと目を閉じて<アマテラス>のシステムを操作する。アムネリアの魂は、<アマテラス>のシステム中枢と一体となっているのだ。
副長、アランが担当するコンソールモニターに、<クナピピ>の波動収束フィールドのデータが表示される。
「いいぞ! あとはこっちで……よし、フィールド、同期した。通信接続、メインに出す」
ブリッジ上部正面モニターに、<クナピピ>ブリッジの全景が、徐々に現れ始めた。
「こちらIN-PSID本部所属、<アマテラス>。<クナピピ>、応答されたし」カミラが呼びかける。
『こちら、オセアニア支部所属<クナピピ>、副長の栗林です。危ないところでした。貴船の掩護に感謝します!』
「状況は? サニは?」
カミラの問い掛けに呼応するように、モニターに通信ウィンドウがもう一つ立ち上がる。
『良いとは言えないようだな』
新たに立ち上がった通信ウインドウに出た、鋭い眼光の女性が、カミラに答える。その後ろに浅黒い肌の大柄な女性、そして、サニと良く似た髪質、褐色の肌の女性が佇んでいる。
「オセアニア支部、IMCとも繋がった」
「貴女は、確か<クナピピ>隊長の……」『ライラだ。先程からミッション時空エリアが、他所からの干渉を受けているのは、こちらでも掴んでいたが、一時的な通信障害で、状況が追えていない。リョウ、皆に説明を頼む』
指名されたクリバヤシは、椅子から立ち上がり、『気をつけ』の姿勢をとると口を動かし始めた。
『はい。先程からのミッション介入者の本船への攻撃は、<アマテラス>の掩護によって、止んでいます。おそらく本船、<アマテラス>両船による波動収束フィールドの結界効果が重なって、……』「おい、そんなことより、サニはどうなんだ! なんでぐったりしてんだ⁉︎」クリバヤシの説明に割り込んで、ティムが声を荒げる。通信モニターの向こうで、キャプテンシートに深く身を沈めたサニは、項垂れたまま、捨て置かれた人形のようになっていた。傍らに、オセアニアチームの一人が付き添って、介抱にあたっている。
「サニ……」直人は、顔を青白くしてモニターの向こうのサニを見つめている。
『す、すみません……サニせん……サニさんは、こちらの基幹システム、シドレアにダイレクト接続して……接続は五分を切って自動解除されています。ですが……意識が戻らず……マヤ、どう?』
『バイタルデータを見る限り、肉体の異常は……深い眠りに落ちているような感じよ……けど、顕在意識反応は……このままだと、眠ったまま逝っちまう可能性も……』
『ってことは……この症状は、つまり……』『ええ、このミッション対象者の……ファビオの状態とよく似ている』ミアの推察をマヤが言葉にした。
「なんてこと……それで、ファビオとサニのPSIパルスは?」カミラは、険しい表情で確認する。
『幸い、シドレアが繋ぎ止めています。これを手繰り寄せれば……な、なんだ⁉︎』クリバヤシの動揺の理由は、<アマテラス>の一同にもすぐにわかった。モニターは、正面に空間の隆起を描き出している。
「波動収束フィールドに感! このPSIパルス……」
<クナピピ>の倍ほどの高さに達した、空間の隆起は次第に人のような形を形成し始める。その姿は、皆がよく知った人物であった。
「サニ⁉︎」
サニは、ハーフデニムにシンプルなシャツを身につけ、深く被った野球帽にポニーテールにした、長めの髪を束ねて通している。今より、幾分幼く見える。十代半ば頃の姿なのだろうと、皆は思った。
『……パパ……パパって誰……』
音声変換されたサニの声が聞こえてくる。
『……オレがなってやるぜぇ……』長髪、髭面の男が、浮き上がりサニの背後から抱きつこうと迫る。
『アンタは……ケビン……もう消えて……』
サニの一言で、ケビンの影は空間の闇へと吸収されていった。
『オレたちが……』『アンタらも……』
ディック、ジョンらしき男達の影も、立ち現れては瞬時に消されていく。
『……パパ……パパって何……』
帽子の影から虚な瞳を覗かせるサニの巨像は、揺ら揺らと<クナピピ>、<アマテラス>の方へと近づいてくる。
「見て、サニはノンレム睡眠状態に近いけど、脳の後部皮質から前頭部と側頭部にかけて、活動反応がある……つまりこれは」
マヤは、分析結果を<アマテラス>、及びミッションを見守る各所へと共有した。
『サニの夢、ということか』マヤの分析の意味を、藤川は即座に理解した。
「サニの夢……」直人は、向かってくるサニを見詰める。
『……御名答……』
冷徹な低い声が、音声変換を通して語りかけてきた。
「さっきからの侵入者⁉︎ <クナピピ>との通信帯に割り込んでいる」アランが、緊迫した声を上げる。
『……ようこそ、異界船。いや、<アマテラス>といったか。待っていましたよ』
「待っていた?」カミラは、反射的に答える。
『えぇ……あなた方のお仲間。可愛い子ねぇ。この子を遊んでやっていれば、必ず現れると思っていましたよ』
会話が成り立っている。相手はこちらの言葉も、感じ取っているらしい。
「どうやら、我々の事を知っているようだけど。姿も見せず、名乗りもしない。とんだ礼儀知らずのようね」カミラは、コンタクトを試みる。
『ふふふ……確かに、失礼した。我らは夢見衆
と呼ばれるもの。この夢と同じ、世の背後に潜むものゆえ、これ以上は語れぬ……ご理解願い頂きたく候……』慇懃無礼そのものの挨拶に、カミラは眉を顰めた。
「チッ! ふざけたヤロウだぜ」ティムが、吐き捨てる。
『ヤロウではない……私はオナゴじゃ、小童』
女の声だったのか? とティムは、目を丸めた。
「そ、そいつぁ、どうも……」ティムは、頭に手をやり、なぜか頭を下げている。
『まぁよい……それはそうと、如何じゃ? お前たちの歓迎に用意した、この余興は? 仲間の夢を覗けるなぞ、そうそうなかろう?』
余裕めいた声に続いて、含み笑いが聞こえる。
「悪趣味ね。どうやっているか知らないけど、人の悪夢を煽るような連中は、私が許さない!」
カミラは、胸元のジャケットの下に潜ませたモノを握りしめ、正面をキツく睨んで言った。
「カミラ!」落ち着けとばかりに、アランが叫ぶ。
『ほう……面白い。よかろう、相手を致しますよ。されど……私目を捉えられますかな? ふふふふふふ……』声音は、空間へ溶け入るようにして消えていった。
カミラは、苛立ちを奥歯で噛み潰すと、凛として声を上げる。
「総員、『戦闘』体勢! まずはこのミッションエリアから、邪魔者を駆逐する! <クナピピ>は、対象者とサニのPSIパルスを見失わないように!」『りょ、了解!』
<アマテラス>の船体を覆う、PSIバリアの青白色の薄衣が眩く輝きだす。<アマテラス>はゆっくりと前進を始めた。
……ふふふ、そうだ、来るが良い……<アマテラス>……『神子』の宿り船よ……




